第3章:セルシウス教皇の策謀 (5) 皇都到着②
「我が娘、セシリアが同席することを許して戴きたい。彼女は臨席天使の職務を持っておって、重要な会議に陪席する権利があるのです。」カール9世は説明した。
ガイウスはセシリアに軽く頭を下げた。
「内密の話とは、なんでしょうか?」ガイウスは尋ねた。
「実は、単刀直入に話すと、封魔神器交換儀式を中止したいと考えています」。
「それは、どういうことですか?」
「聖煌剣と闇刻盾の交換は、魔界の脅威が取り除かれ、地上の安全が確保されたことが条件となって実施されることになっています。」
「そう認識しています。」
「ところが、その条件が満たされていないことが判明したのですよ、ハイト卿様。」
「どういうことでしょうか?」
「弑逆鬼神元治経義が討伐され、魔界の魔物たちの大半が殲滅されたとの報告を貴殿の父上から受け取りました。しかし、最近また魔物たちの活動が活発化し、想定を超える大群で地上を襲う様になってきておるのです。我々は聖撰国聖煌魔法治安情報局に調査を指示しました。すると、魔界の我が国の真下にあたるところに非常に強力な闇魔法力の源泉があり、そこから膨大な量の魔物が生成されておることが分かったのです。」教皇は続けた。
「さらに、我が国の聖煌魔法高等学術研究所に探らせたところ、単純な魔法流の噴出ではなく、明らかに意思を持った者の仕業であること、そしてその魔法力波動パターンの分析から、ほぼ間違いなくその者は元治経義であることが、判明したのです。」教皇は淡々と説明した。
「なんと。元治経義は父上がとどめを刺したはず。それがなぜ。」ガイウスは尋ねた。
「お父上が討伐したのは元治経義の化身の呑龍。じつは本体は攻撃を逃れて弱体化しながらも隠れていたようです。それが、なぜか魔力を得て急激に復活し、魔物を操って地上へ攻勢をかけようとしているのです。」教皇は説明した。
「にわかには信じられない話ですね。」ガイウスは言った。
「我々も当初は他の可能性を検討したのですよ。しかし今の事態をうまく説明できる他の仮説は一つもなかったのです。貴殿も見られたであろう、聖煌剣の最大の攻撃をもってしても殲滅できなかった魔物の大群を。そんなことができる存在は彼以外にあり得ないのです。」教皇は反論した。
「それで、どのようにされるおつもりですか?」ガイウスは尋ねた。
「我がファーレンハイト封魔国の軍団を呼び寄せ、聖煌剣と闇刻盾、髑髏杯の威力を用いて、元治経義を消滅させる戦いを挑むことを期待されているということですか?」
教皇は首を横に振った。
「いや、そうすることはできない事情があるのです。」
「それは?」
「弑逆鬼神元治経義は、我々が到達できないタンタロスにいるのです。」教皇は答えた。
「タンタロス!!。魔界の最深部にあり、結界で固く閉ざされ、いかなる魔法を使っても誰も内部に入ることができない謎の空間のことですか?」
教皇はうなずいた。
「それでは、何もできないではないですか。」ガイウスはうめいた。
「方法が無いわけではないのですよ。」教皇は続けた。
「学術研究所の研究によると、聖煌剣と闇刻盾、聖煌魔法軍の全魔法力を結集すれば、結界を超えてタンタロスの中へ兵を送り込むことが可能であることが、分かってきたのです。」
「タンタロスにいる元治経義を倒す方法が見つかったのですね。」
「ところが、その方法には重大な欠点があるのですよ。結界を超えるためには膨大な量の魔法力を必要とし、聖煌剣と闇刻盾、聖煌魔法軍の全魔法力をもってしても、タンタロスに確実に送れるのはほぼ一人に限られるのです。」
「一人!!」
「そう、一人です。そして、一人で弑逆鬼神元治経義を倒せる可能性がある戦力を持っている人物は、ハイト卿様、あなたなのです。」教皇は言い放った。
「まさか。」
ガイウスは全身に鳥肌が立つのを感じた。それは恐怖よりも興奮から来るものであるようだった。
「教皇様、それは買い被りすぎです。」ガイウスは言った。
「貴殿のお父上から連絡があったのですが、魔界で最初に元治経義と直接対峙した際、貴殿と配下の闇刻魔法軍団が彼を魔法で追い詰めて、魔法騎士団とお父上が聖煌剣でとどめを刺そうとしたそうですな。その時、鬼神の最後の力を振り絞った魔力とそれを抑え込もうとする貴殿の魔力が激突しているところに、お父上が聖煌剣で突撃したため一瞬魔法のバランスが崩れ、その勢いで鬼神の魔法体の核がどこかへ消失してしまったのだそうです。鬼神の魔法体は攻撃により崩壊したので、はた目には鬼神が消滅したように見えたが、すぐ近くでこのことを目の当たりしたお父上は、鬼神の核となる依り代がまだどこかに生き残っていることを確信したのです。」
「そんなことが起こっていたとは。元治経義の魔法体を破壊することに成功したので、残りは化身である呑龍に身を変えて逃れたと思っていました。」ガイウスは言った。
「膨大な魔法力の奔流がぶつかり合っている場での出来事なので、すぐ近くにいたお父上にしかわからなかったことなのでしょう。」教皇は続けた。