第3章:セルシウス教皇の策謀 (2) 古代城の秘密①
翌日、使節団の一行は風光明媚なローゼンブルクの町をセシリアの案内で観光して回った。建国の古都だけあって、歴史的な宮殿や城館、教会や礼拝堂、美術館や博物館、図書館、庭園や公園、古くから栄えた商業地や芸術街等、見物する場所は山ほどあった。今回は珍しくガイウスも参加し、一行は異国情緒にあふれる古都を堪能した。
「今後の日程を確認してきました。明日正午、闇刻盾の開封儀式の後、即日ローゼンブルクを出発し、皇都セレスブルクへ向かいます。隊列は、国内の街道をよく知るローゼンハイム皇女率いる闇刻盾護衛隊が先頭で、我々聖煌剣警護隊がその次、最後に朱雀姫が指揮する髑髏杯護衛隊となります。100名を超える旅団となります。予定通り進めば、皇都到着は3日後の夕刻です。」
ローバック隊長は宿泊先兼臨時執務室の迎賓館の最上等室でガイウスに報告した。ローゼンブルク名物の静謐豚・静謐魚介絶品料理の昼食を楽しんだ後、午後の美術館巡りと湖畔の絶景観光に向かうルキウスと瑞鬼に別れを告げ、政務のため宮殿へ戻って来ていたのだった。
「しかし、昨日の会見は奇妙でした。私も不覚をとりましたが、聞いてみたところ誰一人として皇女様が話されたことを覚えていませんでした。神狼の一族である私ですら遅れをとるとは、面目次第もありません。」
ローバック隊長は鉄面皮にかすかに悔しさを滲ませたようだった。
「相手に言質を取られないようにする高度な交渉術といったところかな。」
ガイウスは若干核心を外しつつ答えた。
「天使族は昔からややこしい権謀策術を使ってくるから厄介なんだ。」
手のひらの傷を隠しつつ、ガイウスは言葉を継いだ。
「そういうものなんでしょうか。今後の動向にかかわる重要事項なのに、なかなか手の内を見せないのは、何か意図があるのでしょうかね・・・。おや、噂をすれば・・・。」
ローバックは言葉を切った。
ドアをノックして入ってきたのは、皇女付き主席秘書官だった。彼女に守られるようにしてその後からセシリア・ローゼンハイム皇女が室内に入ってきた。なぜか二人とも軽装魔法戦闘装備を着用している。
「ローゼンハイム皇女様、先ほどは直々のご案内ありがとうございました。朱雀姫とは親しい間柄なのですね。大変楽しい時間を過ごさせていただきました。」
ガイウスは挨拶をした。
「いえいえ、ハイト卿様。こちらこそ久しぶりに息の詰まる宮殿を出て旧友と観光できて大変楽しく過ごさせて戴きました。」
セシリアは返答した。
「てっきり皇女様も弟たちと一緒に観光を続けるものと思っていましたが、宮殿に戻られていたのですね。」ガイウスは続けた。
「わたくしは体が丈夫な方ではないので、失礼して帰らせて戴き休息していたのですが、そうも言っていられない事態が発生しまして、失礼ながらご協力をお願いできないかと思って伺ったのです。」
セシリアは勧められた椅子に座り、事情を話し始めた。
「実はこの宮殿の奥に建っている城はこの町で一番古くから存在しており、建国の時の王宮だったと伝えられています。しかし、いつからかその扉は固く閉じられ、何世紀も前から誰も入れないようになってしまったのです。城館の玄関口とこの宮殿とは地下の通路でつながっているのですが、行き止まりになっており、普段は閉鎖されているのです。
ところが数日前より、奇妙な事がその付近で頻発するようになり、宮殿の女官たちや警備兵たちも怯えて浮足立っているのです。」
セシリアは語った。
「奇妙な事とは?」意外な話題に若干驚きながらガイウスは尋ねた。
「夕刻にたまたま通路の近くを通りかかった女官がみると、普段は薄暗いはずの通路がぼおっと明るくなっており、奥の扉付近で翼をもった大きな影が揺らめながら動くのが見えたそうです。驚いた彼女が警備兵を連れて戻ってきた時にはもう何もなかったそうです。
また、翌日には深夜に巡回していた警備兵が、通路に通りかかると低音の振動が伝わってきて、石が擦れる音とともに魔物が唸るような声が聞こえて来たのです。驚いた警備兵が通路を通って閉ざされた扉に駆け寄ると、普段は全く物音がしない内部から、重たいものが動き回るひどい物音と地響きがして、魔物の唸り声が響き、扉の隙間から明かりが漏れて来たそうです。驚いた彼らが応援を呼んで戻ってきた時には、何事もなかったかのように静まり返っていたそうです。そんなことが、頻繁に起こるようになってしまったのです。」
セシリアは続けた。