第3章:セルシウス教皇の策謀 (1) 皇女セシリア③
「兄上。面目ありませんが、セシリア皇女が何を話していたかさっぱり覚えていないのですよ。一体どうしちゃったのでしょうか?。」
宮殿と渡り廊下でつながった迎賓館へ案内されている途中、ルキウスはガイウスに小声で話しかけた。
「うん。彼女は相当に高度な魔法を使ったんだと思う。ルキウスをはじめとして使節団には闇刻魔法の高位術士が多くいるし、神力をもつローバック隊長や系統の異なる鬼神神道流の使い手瑞鬼もいるのに、誰一人として攻撃に気づいて防ぐことができなかった。」ガイウスは小声で返答した。
「聖煌魔法ですか!?。いつの間に。」ルキウスは驚いた。
「そう。我々闇刻魔法にも相手に状態異常を引き起こす魔法体系があるが、聖煌魔法にもあるんだよ。基本的には治癒系統や能力向上系統の味方にかける物が多いのだが、今回のように敵の意識を奪って戦力低下や無力化を行う聖浄魔法系統も存在する。ただ、今回のように大人数・広範囲に強力な術を、詠唱や魔法具なしで発動する方法はないはずだ。こんなことができるのは聖女級の高位魔術士だけだよ。恐るべき皇女だ。」ガイウスはつぶやいた。
「確かに武闘オリンピックでも、セシリアは途中で体調を崩して棄権しなければ、優勝候補の一人でしたからね。試合であたらなくて良かった。でも、なぜこんなことを?」ルキウスは尋ねた。
「わからない。リリエンベルクのように示威行為なのかもしれないし、朱雀姫のように我々の実力を疑っているのかもしれない。なににしろ、ファーレンハイト国の名誉を保てて良かったと思いたい。」ガイウスは答えた。
「相手の攻撃を撃破するだけでなく、当方の名誉を保ち、さらに相手のメンツも傷つけずに丸く収めるとは、さすが兄上です。おや、その手の傷は?」ルキウスは、ガイウスの手のひらから血が滲んでいることに気づき、尋ねた。
「おや、意識を失わないように知らないうちにきつく手を握りしめていて、爪で傷付けてしまったようだ。」ガイウスはハンカチで血をぬぐいながら、独り言のようにつぶやいた。
「まったく恐るべき聖女だ。」
総監室へ戻ると、秘書官はセシリアに話しかけた。
「こんなことになるとは、思いもよりませんでした。皇女様の魔法が破られるとは。」
「準備は万全だった。聖浄魔法の出力も手加減はしていなかった。純粋にあの男、ファーレンハイト卿の個人的な魔法力に勝てなかった、ということね。」
セシリアはまだ火照っていた頬を手で冷やしながら答えた。
「なんという強大な魔法力なのかしら。下手をすると伝説の魔王級かもしれない。」セシリアは続けた。
「まさか、そんなことが。」秘書官は驚き、半分呆れたように言った。
「ファーレンハイト国の封魔族は、神代の時代に、我々天使族の好戦的な一部の部族が闇刻魔法の能力を得て堕天し、魔物が湧き出てくる地底の魔界との通行路を塞ぐように建国したという伝説があります。その一族からは稀に強大な魔法力と膨大な魔法量をもち、神をもしのぐ力を持つ魔王が生まれると言われています。」セシリアが語った。
「封魔族の源流の一人、ルシファーはその魔王中の魔王であったという伝説ですね。」秘書官が続けた。
「そう。世界が混乱に陥るとき、魔王は現れる。そう言い伝えられているわ。今がその時かはわからないけれど。いずれにしろ、儀式が終わるまであの人を監視しておく必要があるわね。いろいろな意味で。」セシリアは言った。
「それは、どういう意味でしょうか?」秘書官は少しとぼけて聞いた。
「ハイト卿が本気を出したら彼を止めることができる者はいないでしょう。教皇内閣でもかなり難しく、良くて相打ちかしら。そんな人物が聖煌剣を携えて皇都にむかうのだから、私も闇刻盾で万が一に備えないといけないと思うの。それに・・・。」セシリアは答えた。
「それに・・・?」秘書官が先を促した。
「少し彼に興味が湧いてきたの。これからどうなるのか・・・。」かすかに頬がまた赤らんできた。
「おやめください、封魔族の男は粗暴で野蛮だと聞きます。」秘書官がからかった。
「やだなぁ、そんなんじゃないわ。単なる興味よ。」セシリアは慌てて打ち消した。
「ともかく、儀式にむけて準備をすすめておいてくれないかしら。ガートルード主席秘書官。」
「御意。万難を排して任務を遂行いたします。」秘書官はおどけて敬礼すると、総監室から退出した。
「おそるべき魔王、ハイト卿。」セシリアはつぶやいた。