第2章:邂逅への道程 (1) ツンドラムのローバック①
一行は広い湖を横断して進んでいた。乗っているのは分狭間の戦いで鹵獲した館船である。順風を帆に受け、爽快に水を切って進んで行く。
結局分狭間の町から出港できたのは戦いから一週間後だった。
瑞鬼はあの後三日間ぶっ通しで眠り続けて、ルキウスと副長をずいぶん心配させたが、ケロッとした顔で起きだしてきて皆をビックリさせていた。
その間に新都の領主へ急使が送られ、事の顛末を知った朱雀王が瑞鬼の兄(のうちの一人)を新地方総監として送り込んで来たのであった。新総監が来るまでは、副長(瑞鬼)と陸軍司令部が一時的に町を統治していたが、到着と共に引継ぎが行われ、ようやく特使団の行程が再開できることとなったのだった。
髑髏杯は館船に封印されているため、大事をとってそのまま川を運搬することになった。
「朱雀王様からの速達便があり、ハイト卿様へ感謝の意が記されていました。」
館船のデッキの風が通るさわやかなベンチで外務副大臣が前に座るガイウスに話しかけた。あたりには誰もいない。
「朱雀王も仲義の不穏な動きは報告で知っていたそうです。ただし、確証がないので動けずにいたところ、今回のことで明確なクーデターであることが判明したと。さらに迅速に事が収まったので、大変喜んでいるとのことです。」
「うーん、我々が政府治安部隊に代わってクーデターを鎮圧してあげたということか。うまく使われたな。」ガイウスは唸った。
「そういうことになりますな。ですので、月鬼およびその配下を殺害したことも、国内で戦闘行為をおこなったことも、超法規的に不問に付すとのことでした。」副大臣は手紙を示した。
「自分では何もしてないのに上から目線だな~。国際法上はそうなんだろうけど。そもそも、仲義を攻撃したのは正当防衛だし、殺すつもりはなかったんだ。」とガイウス。
「闇制魔法は強度を調整して、一か月程度恐怖で外が歩けなくなるぐらいの精神圧迫レベルにしていたんだ。後遺症が残らない程度にね。距離も離れていたし。」
「しかし、誤算だったのは髑髏杯の威力だな。闇制魔法の攻撃を受けて暴発したということだけど、あそこまで強力とはね・・・。」ガイウスは言葉を切った。
「朱雀姫様も怒っておられましたね、父領主に囮に使われたと。ともあれ、被害を最小限に食い止めることが出来、無事に旅を再開できたことは何よりですな。」と副大臣。
分狭間の港を出港した後、館船は狭間川を遡上しその源流となるカスミ湖へ到達した。聖煌剣は大事をとって別の船に積んであり、館船と船団を組んで進んでいる。ガイウスもルキウスもそちらの船で移動する予定だったが館船が大型で快適なため、こちらで生活しているというわけである。
しばらくすると、カスミ湖岸の港町トリビシが見えて来た。狭間川の両岸を占めていた天鬼国とドルクスタン共和国は既に後方に過ぎ去っており、カスミ湖はツンドラム自治領国にある。ツンドラム自治領国は寒冷な地方に位置し、平原にまばらに林が点在しているような荒涼とした風景をしている。
館船は帆と櫂を巧に操りトリビシ港へ入港・接岸した。
接岸と同時に髑髏杯を積んだ荷車の陸揚げ、関係者の下船が行われた。警備部隊も抜かりなく要人警護に徹している。続いて接岸した後続の船からも聖煌剣の荷馬車が引き出された。
「うーん、久しぶりの陸地ね。やはり揺れない地面は安心するわ。」伸びをしながら瑞鬼が言った。
「かなり寒冷な土地のようですね。空気が澄んでいる。ハイランドを思い出すなぁ。」深呼吸しながらルキウスも独りごちた。
「あーら、かわいいワンちゃんね。こんにちは。」
野良犬と思しき一匹の犬がエサでももらえると思ったのか、馬車の準備を待つ一行に尻尾を振って近づいて来た。
「ごめんなさいね。私たち移動しなければいけないの。バイバイね。」瑞鬼が投げたクッキーの切れ端を咥えると犬は揚々と去って行った。あたりを見渡すと、結構な数の犬が港にいるのである。荷揚げ人足のたまり場の焚火の前で一緒に暖を取る犬や、陸揚げされる魚のおこぼれを狙う犬、狭い日向でうずくまる犬・・・など。
「兄上、ここは犬の楽園なのですかね?。ずいぶんたくさん犬がいるようですが。」とルキウスが話しかけた。
「ここらあたりはツンドラム犬が有名だとは聞いたことがあるけどね。その影響かな。」とガイウス。
「そういえば、ツンドラム犬は狼に近い種族と聞いたことがあります。ここの人々にも良くなれていますね。」
そんな話をしているうちに馬車の準備が整い、一行は宿屋に向かった。ツンドラム自治領国は人口が少なく国力も低いため強力な中央政府が存在せず、自治体政府の許可を得られれば通過できるのであった。