第1章:弑逆鬼神の髑髏杯 (4) 分狭間の戦い④
ルキウスが乗りこんだ高速艇が出発するのを見届けると、ガイウスは馬車を人気が少なく、敵船に近い桟橋の突端に向かわせた。到着すると突端に立ち、折り畳み望遠鏡を伸ばして覗き込み、敵船の状況を確認した。高速艇は全力で月鬼の館船を追っており、そろそろ射程距離に入るころ合いだった。彼は魔法杖を掲げた。
「高位闇魔法(High Class Destruction)、砲撃(Shooting)、幻覚悪夢(Psychedelic Nightmare)!!」
黒い半透明のエネルギー球体が魔法杖の先の空間に発生し、3メートル程に膨らんだ。表面に複数の小さな稲妻が光っては消える。
「目標、敵船艦橋。距離1500、仰角30。行けッーーー!!。」
ガイウスの号令と共に、エネルギー球体は弾かれたように猛スピードで飛行し、高速艇を飛び越えて、館船の艦橋へ命中した。命中したとたんにエネルギー球体は液体のように膨らみ船全体を包み込んだ。船全体が暗闇に包まれる中、船の一角だけ直方体に光る場所があった。
「あそこが結界の場所に違いない。封印結界が闇制魔法を反射している。」
船を覆っていたエネルギー球体の色が薄くなり、やがて消え去ると懸命に漕いでいた櫂や、動き回っていた人影が急にバッタリと止まり、船はコントロールを失って流され始めた。
「よし、今だ。接敵・・・。いや、待て、回避だ、急げ!!」
高速艇で攻撃の様子を見ていたルキウスが叫んだ。
急に地響きのような音が聞こえ、水面が小刻みに振動した。館船の船倉から禍々しい気を纏った黒いエネルギー球が発生し、急速に船を包んで行った。そのエネルギー球は船全体を覆うと、おかしな形を形成し始めた。それは頭部上半分を欠いた頭蓋骨のようであった。はっきりとその形を表した瞬間、叫び声ともつかない轟音と共に爆発し、爆風が高速艇を襲い、水面の木の葉のように翻弄した。爆風が治まり、エネルギー球が消え去る瞬間に白く輝いていた封印結界が、割れるよう音を立てて壊れ、応接室のすべての扉、窓が吹き飛んだ。黒いエネルギー球の圧力に耐えきり、力尽きて崩壊したかのようであった。
「何だ、今のは?。次代様の攻撃ではないのは確かだろうが。」ローバックはつぶやいた。
「嫌な予感がする。瑞鬼は大丈夫だろうか?。髑髏杯は?。行こう。敵は無力化されているはずだが、慎重に。」ルキウスは指示を出した。
高速艇は慎重に動きを止めた館船に接触し、ルキウスたちは縄梯子をかけて乗り移った。封印結界があった応接室にルキウスが飛び込むと、主人を守るために覆いかぶさった女官の下で瑞鬼は気を失って倒れていた。
「瑞鬼!!」ルキウスが瑞鬼を抱き起し、少し揺さぶると、瑞鬼はやっと目を開いた。
「ありがとう。また、助けてもらっちゃったわね。」
「良かった。大丈夫かい。」
「なんとか。封印結界が壊れた衝撃で急に気が流れ込んで来て、圧倒されたみたい。髑髏杯、仲義はどうなったの?」
その時、船橋の方からルキウスを呼ぶローバックの声が聞こえて来た。
「何かわかったみたいだ。行こう。」ルキウスはそう言うと、瑞鬼を抱え上げて船橋へ昇って行った。
「これは!?」
船橋の操舵室へ入ると、その光景にルキウスと瑞鬼は声を失った。
操舵手や高級船員に交じって、月鬼仲義はいた。しかし、目は裂けんばかりに見開き、顔は極度の恐怖で引き歪んでいた。体はあり得ない方向に捻じ曲げられた形で、船長席の前の床に転がっていた。こと切れているのは確かめなくても十分見て取れた。他の船員たちも似たような状況だった。
「全滅です。」ローバックが声をかけた。
「よほど強力な精神攻撃を受けたとみられます。」
「そのようだ。兄上の魔法攻撃の後に起こった爆発によるものだろう。こんな惨事をひき起こせるものは、髑髏杯しかない。」とルキウス。
「髑髏杯はどうなったのかしら。」ルキウスの腕から降りた瑞鬼が聞いた。
「まだ、若干呪力を感じるわ、行きましょう。」駆け出そうとした瑞鬼だが、足がもつれて倒れそうになった。
「まだ、無理しちゃダメだよ。」ルキウスが肩を貸し、三人は髑髏杯の保管してある船倉内の車庫へ向かった。
船内は髑髏杯護衛隊や特使親衛隊、陸軍強襲隊等が続々乗込んで来てごった返して来ていた。その中をかき分けて船倉へ入ると、暗い光を放つ場所があるのが分かった。近づいていくと、副長が部下に指示して結界を構成している途中だった。
「姫様、お怪我は大丈夫ですか?。こちらは御柱の呪力が漏れてきて危険なので、結界を構築中です。」副長は報告した。
「わかりました。私が鎮めます。結界完成をたのみます。」
瑞鬼は小刀を取り出し、自分の左手の親指を突いて血を出すと筆に含ませ、半紙に封印の文字を書いた。構築された結界の中に入ると、荷車に乗せてあった大幣を打ち振るい、祓詞を唱えながら荷車の扉を開いた。奉遷の儀式のときと同じく強い気のようなものが噴き出して来た。半紙と大幣でその気を防ぎながら中へ進み、髑髏杯が納められた神輿の扉に封印の半紙を張ると、祓詞を唱えながら大幣を振り、ひざまずいた。
「呪詛髑髏杯に賜いし御心を鎮め給え。我らに仇成す悪しき者は根絶されしなり。」
すると、神輿を覆っていた暗い光が徐々に収まり、ついには消えていくのが分かった。
呪力が消えるのを確認し、瑞鬼は最後に大きく礼をすると、立ち上がって、結界から出て来た。そのとたん、力が抜けたようにルキウスの腕の中に倒れこんだ。
「大丈夫かい。」介抱しながらルキウスは聞いた。
「髑髏杯の怒りは治まったと思うわ。もう大丈夫でしょう・・・。」それだけつぶやくと、瑞鬼は気を失ってしまった。