第1章:弑逆鬼神の髑髏杯 (4) 分狭間の戦い③
「それはどういうことだ!!。」
ガイウスはファーレンハイト商館に乗りこんできた、月鬼地方総監の代理という男に迫った。
「だから、出国を許可するので、即刻退去願いたいということです。」と代理の男は告げた。
「その点に関しては、その失礼な言い方以外は、問題はない。髑髏杯の通過を認めないということはどういうことかと聞いている。」ガイウスは圧力をかけた。
「総監様は、神器髑髏杯の国外持ち出しは重大な国家反逆行為とご判断されている。よって、髑髏杯を没収し、首謀者を拘束しておいでになる。貴訪問団については、外交上の配慮から共謀の罪を問わず、放免すると仰って下さっているのだ。有難く思い、早々に国外に退去されよ。」代理の男は高飛車に言った。
「なんだって!!、瑞鬼…朱雀姫をどうした?」ルキウスが掴みかかった。
「言った通り、総監様が身柄を拘束している。」
「彼女が大人しく捕まるなんて、そんな馬鹿な!!。」
「フン、我々には我々のやり方があるのだ。」
「こいつ!!。」ルキウスは代理の男を締め上げた。
「やめるんだ、ランド卿!!」ガイウスがルキウスを制止した。
解放されて荒い息をしている総監代理にガイウスが宣言した。
「地方総監からの提案について、ファーレンハイト全権特使として回答する。
1.特使使節団の目的はセルシウス国へ髑髏杯を持参し聖煌剣の解呪を行うこと
であり、そのための髑髏杯国外持ち出し許可は天鬼国領主より得ている。
その髑髏杯の国境通過が実現できないことは国家間の契約不履行と認定できる。
2.ファーレンハイト国の正式な特使使節団の行動が不当に制限されており、
国際法上相互に保証される外交特権が著しく侵害されていると認める。
3.我々の信頼できる仲間に危害が加えられようとしている事態を、我々は断じて
許すことができない。
以上のことから、提案を全面拒否するだけでなく、地方総監およびその指揮下にある軍事勢力をわが国に敵対する勢力として認定し、排除を行う!!。
ランド卿、ローバック隊長、この者たちを制圧するのだ。」
「オオーーッ!!」
室内での闘争はほどなく収まり、拘束された総監の手下たちが、柱に縛りつけられた。
「ルキウス、ローバック隊長、外の護衛隊と商館警護部隊の応援に回ってくれないか。そのまま親衛隊を率いて髑髏杯と朱雀姫の奪回に向かって欲しい。私はこいつから情報を聞き出してから追いつくから。」ガイウスは指示を出した。
「わかりました、次代様に護衛を付けますので、我々はブツを追います。」ローバックは答えた。一行はガイウスの護衛を残し、ルキウスを先頭に親衛隊は月鬼配下の治安部隊と小競り合いをしている中庭へ飛び出して行った。
「さぁ、洗いざらい喋ってもらおうか。」
ガイウスは散々殴られてぐったりしている地方総監代理の男に魔法杖を突き付けた。
中庭では、ファーレンハイトの警護部隊が月鬼傘下の治安部隊を押し返そうとしているところに、ルキウスたちが加勢に入ったため、治安部隊は散り散りに退却を始めた。そこへ髑髏杯の荷車を奪われた副長一団が応援を求めに商館に到着した。瑞鬼が派遣した近習警護の女官も一緒である。
「誘導を信用して荷車を市庁舎の車庫に入れたとたんに、敷地から締め出されました。頑丈に門を守っていて埒が開かないので、応援を頼みに来ました。また、面目ないことに姫様を拉致されました。大変申し訳ありませんが、ご協力お願いします。」
副長は悔しげにルキウスに懇願した。そばから近習警護の女官が紙切れを差し出した。
「朱雀姫様が、月鬼との面会の前に渡されたものです。副長へ見せろと言われました。」
紙切れはお札をちぎったものらしく、「封」の文字だけが読み取れるようになっていた。
「多分、姫は鬼神神道流の気力を封じられているんだ。だからあっさりと捕まってしまったに違いない。」ルキウスは言った。
「先ほど、月鬼仲義から我々への国外退去の命令があった。今回の件は彼が首謀者だ。即刻市庁舎へ行き、朱雀姫と髑髏杯を奪回するのだ。行くぞ!!」ルキウスは檄を飛ばし、自分の馬にまたがると駆けだした。そのあとを、ローバック、親衛隊、副長の一団が続々と馬車で出撃した。
市庁舎へ着くと、辺りは大混乱に陥っていた。
「なんだこれは!?。市庁舎がなくなっている。」
市庁舎の一部が建物ごとなくなっていた。川面に目をやると、建物が船になっていてどんどん岸から離れていく様子が見えた。
「あそこだ。荷車が入った車庫も船の一部だったんだ。」副長が叫んだ。
「姫様が入られた応接室もあの船のなかです。ああ姫様!!」女官も叫んだ。
「落ち着くんだ。あの船を追おう。我らが使える船はあるか?」負けずにルキウスが叫んだ。
「弟君様、落ち着いて下さい。月鬼仲義は地方総監といえどもすべての機関を支配していたわけではないはず。現にここで我らに歯向かう者はいないのですから。彼の支配下にない機関なら、我々に協力してくれるでしょう。」とローバックが冷静に言った。
「奴は海軍司令官だが、陸軍は管掌外です。陸軍の艦艇が使えるか交渉してきます。」副長が言うなり飛び出した。それをローバックも追いかけた。
「ルキウス、大丈夫か?」ようやく馬車で乗り付けたガイウスが声をかけた。
「兄上、義仲はあれへ。早くしないと捕捉できなくなります。」ルキウスは言った。
「うん。あの男から聞いたよ。奴らは狭間川上流の海軍秘密基地へ立てこもるつもりだ。そこへ逃げ込まれると厄介だな。」とガイウス。
「今、副長が陸軍に船を出すように要請中です。来次第追撃します。」とルキウス。
「わかった。私は遠隔魔法であの船の動きを止めよう。」とガイウス。
「しかし、あの船には瑞鬼と髑髏杯が。船を破壊すると髑髏杯が失われてしまいます。」
「大丈夫だよ。敵の動きだけを止める闇制魔法を使うから。」
「そうすると瑞鬼にも影響が・・・。」
「それも大丈夫。代理の男が白状したが、朱雀姫は強力な封印結界の中に囚われているんだ。闇制魔法といえども封印結界を貫通することはできない。彼女は囚われていると同時に守られてもいるんだよ。」ガイウスは語った。
「大丈夫でしょうか?」ルキウスは心配そうに言った。
「大丈夫に決まっているさ。彼女が簡単にやられるはずはないだろ。」ガイウスは励ました。
「わかりました。兄上の遠隔攻撃が終わり次第、敵船の制圧にかかります。」
「ありがとう。気を付けてほしい。」
その時、陸軍強襲揚陸部隊の高速船が市庁舎前の埠頭に到着した。
「ランド卿様、お乗りください。敵船を追撃します。」ローバックが叫んだ。
「わかった。兄上が遠隔攻撃を行うから、それまでに追いつくんだ。」ルキウスは走りながら指示を出した。