ドカ盛りラーメン屋でたまたま相席した同級生の丸森さんが可愛すぎる件
※この作品には 〔深夜の閲覧にふさわしくない表現〕〔飯テロ描写〕が含まれています。
「相席でもよろしければ、すぐご案内できますが……」
「あっ、じゃあそれで」
行列のできるラーメン店。スープの香り漂うなかで、三十分ほど並んだ僕はもう、一秒でも早くラーメンをすすりたい気持ちに支配されていた。
店員さんに食券を渡して、案内された四人掛けのテーブルに腰掛ける。隣で向き合いラーメンをすするのは、会社帰りだろうスーツ姿のサラリーマン二人。
そして僕の正面に座っていたのは。
「ほっ!? 細野くん!?」
僕の名を呼ぶ、僕と同じ高校の制服を着た、僕の知らない女の子だった。
「……ええっと……」
いや、確かに見覚えはある。
そして向こうはこっちを知っている。
驚きで見開かれたくりっくりの瞳も、ちょっと太めの困り眉も、広い額の露わなポニーテールの髪型も、ふっくら柔らかそうな頬も──全てがとてつもなく魅力的な女の子で、知り合いなら好きになっていてもおかしくないのに、なぜ名前が出てこないのか。
「あ……!」
僕の視線に気付いた彼女は、恥ずかしそうに両手で額を隠す。その体勢のせいで、制服を下からこんもり盛り上げる膨らみがさらに強調され、そこから必死に目を逸らしながら僕は気付く。
「……丸森……さん……!?」
額を隠したことで普段のパッツン前髪のイメージが重なったから、僕はようやく、彼女がクラスメイトであることを理解した。断じて胸だけで気付いたわけじゃない。
「ごめん、眼鏡と髪型のせいで、わかんなかった」
「うっ……ううん、いいの……っていうか気付かないままで良かったのに……」
彼女はあきらめて、額を隠していた手を下げる。おかげで目のやり場に余裕ができた。
よく見ると彼女の手元には、いつもかけている丸い眼鏡が置いてあった。セミロングをまとめたポニーテールもピンで止めた前髪も、食べる邪魔にならないように、なのだろう。
丸森 憐樺。彼女はその優しくて控えめな性格と、適度にふっくらした癒し系の容姿から、一部の男子に絶大な人気を誇っている。
「丸森さん、こういうとこ来るんだね」
「えっ……あー、うんまあ、たまにはほら? こういうのも食べてみようかなって、好奇心っていうか?」
「……そう、なんだね」
目を泳がせながら急に饒舌になった彼女の前に、ちょうど店員さんが丼を運んでくる。
「こちら、ラーメン大のニンニク抜きになります」
「……あ……ハイ……」
どちらの前に置くべきか迷っている店員さんに、丸森さんは観念して小さく手を挙げた。そうして彼女の前に、それはドンと着丼する。
「すご……」
思わず声が漏れ出た。
まさしく、山だった。すり鉢のように巨大な丼に、こんもりとドームを形成するドカ盛りのモヤシの山頂、降り積もる雪のような背油。
その中腹に乱立するのは茶色く四角い山小屋──ではなくて、ゴロゴロの分厚い叉焼たちだ。さすがにニンニク抜きなのは乙女のたしなみだろう。
──いわゆる「二郎インスパイア系」だった。
その山の向こう、丸森さんはいそいそと紙エプロンを身につけると、恍惚とした表情で拝むように手を合わせ「いただきます」と囁いていた。
そして箸を取った瞬間に、はっと僕の目を見る。
「……す、すごーい、こっ、こんなの食べきれるかなー……」
目を泳がせながら、セリフを棒読み。どうやら、着丼の瞬間から今まで僕の存在を忘れていたっぽい。
「丸森さん、大丈夫だよ。遠慮なく食べて」
いろいろな意味を込めて、僕は彼女にそう伝える。遠慮せず、いつも通りに食べてほしかった。
「……うん……知ってるよ、細野くんが優しいひとだって……でも……うん……」
何かを振り払うようにうなずいて、彼女は山に箸を着ける。まずは中腹からごっそりともやしの束を掴み取り、大きく開けたお口の中に放り込む。
もしゃ、もしゃ、んむ、んむ
幸せそうに目を閉じて、もやしを頬張る。
これは──最初に野菜の食物繊維を摂ることで、血糖や脂質の上昇を抑えることができる、いわゆるベジファースト。さすが普段は優等生で鳴らす丸森さん、ちゃんとしてる。
そのまま続けて二度もやしを頬張った彼女は、手前に崩れつつある山を巨丼ごとくるりと半回転させる。
そして、箸で山頂を抑えつけながら山をこちらに崩し──いや、ずぶずぶと山全体を丼の中に潜り込ませ、汁の中で大蛇の如くのたうつ極太の縮れ麺たちと上下を綺麗に入れ替えていた。
──見惚れるほど美しい所作の「天地返し」である。
これで山のようなもやしを食べきらずとも麺に到達できる。麺を伸ばさず、もやしと叉焼をスープに浸しつつ、背脂も底から溶け出して全体に広がる。
今さら言うまでもないけど、なんとなく好奇心で覗いてみた女子高生の技術ではない。
丸森さんの口元に浮かぶのは、一部男子(含む僕)が聖母になぞらえ崇める癒しの微笑。
同時に彼女の箸が捉えた荒ぶる極太麺が、聖母の唇に運ばれズズズとすすり込まれていく。時に紙エプロンに汁を飛ばしながら、止まることなく運ばれる麺、響くズズズ、脂で艶めく唇、ときおり漏れるため息と恍惚の表情。
──ああ、なんて可愛いのだろう。僕は息をするのも忘れて、その光景に見入っていた。
女子の中ではちょっぴり大きめの弁当箱から、美味しそうに白ご飯を頬張る姿に目を奪われたのは、高校入学と同時に同じクラスになった最初の昼休み。
そう、他の男子が彼女の性格や容姿に注目しはじめるよりずっと前から、僕は彼女のことが気になっていた。
「……やっぱり、引いてる?」
「え?」
ふと手を止めた彼女が、僕の視線に気付いて問いかける。
「……もう卒業した先輩なんだけどね。誘われて、一回デートしたの。気は進まなかったけど、イケメンでサッカー部のエースで、友達から絶対もったいないって言われて……」
僕の胸がチクリと痛んだことを、彼女は知らずにズズズと、ひとすすり挟む。
噂は聞いていた。どうやら付き合ってるらしい、とも。だから、運動オンチでもやし代表の僕なんかにチャンスはないと思ってる。
「先輩もラーメン好きだって言うから、ここで一緒に食べることになって」
続きを話すのはもちろん、しっかり麺を飲み込んでから。ちゃんとしてる。
「食べてる途中から、先輩ぜんぜん喋らなくなって。帰りに、お店の前で言われたの」
ズズッ、ズッ……
「お前の食べっぷり見てたら萎えた……って。先輩とはそれっきり」
ズズ……ズズズ……
下を向いて麺をすする彼女の表情は見えない。ただ、自嘲めいた口調がどことなく強がりに聞こえたものだから、沸々と湧き上がっていたその先輩への怒りもあって僕は、後先考えず口走っていた。
「引くわけないし、そんなの先輩がおかしいよ。だって」
「──お待たせしました、こちら中華そばの小になります」
店員さんの声で「だってこんなに可愛いのに」は遮られ、おかげで冷静さを取り戻す。
同時に、僕の前には小ぶりの丼が着丼していた。
いや、丸森さんのラーメン大との比較で小ぶりに見えるだけで、実際はごく一般的なラーメン丼なのだけど。
そこにもやしの山はなくて、琥珀色に澄んだスープに中太の縮れ麺がたゆたっている。具はネギとメンマと半熟煮卵、そして彼女の山の中腹に建っていた半分の厚さの叉焼が一枚。
この店の看板メニューは丸森さんの前に鎮座すインスパイア系「ラーメン」と、僕の目の前の昔ながらの「中華そば」の二種。
食の細い僕は中華そば小でお腹いっぱいになってしまう。インスパイア系ならラーメン小でも完食は厳しいだろう。
だからこそ丸森さんの食べっぷりに憧れ、魅了される。
なのになんだ、その先輩は? イケメンだかツケメンだか知らないけど、どうせ丸森さんのお胸目当てに決まってる。
彼女を傷つけたことは万死に値するものの、それはそれとしてどこかホッとした自分もいて、我ながら複雑だった。
ズズズ、と丸森さんが麺に戻る気配がして、思考を中断する。目の前には美味しそうな中華そばが、湯気を上げて僕を待ってくれている。
まずは、スープをレンゲでひとくち。
「うま……」
液体化した旨味そのものみたいなスープが口の中いっぱいに拡がる。さあ続けて麺だ。
ズズズッ
絶妙な堅さと弾力のある中太縮れ麺にスープがたっぷり絡んで、さっきとは別の美味しさが押し寄せてきた。
煮卵がまた、ぎりぎり固形を維持する絶妙の半熟加減にたっぷりと味が染みてたまらない。
ちなみに、あまり量を食べれない分こうやって脳内で言語化して二度味わう「独り食レポ」が僕の楽しみの一つだ。
ズズッ、ズズズッ
ズズズ……ズズズズ……
丸森さんに負けじと麺をすする。なんだかいつもより美味しく感じる。目を閉じて、じっくり味わう。
目を開けると、丸森さんが僕の方をじっと見詰めていた。
「細野くんて、すごく美味しそうに食べるんだ」
「え……?」
「ちょっと……か……」
「か……?」
「ううん、なんでもない……私『中華そば』は食べたことなくて。食べてみたいけど、結局こっち頼んじゃう」
「そうなんだ。僕も『ラーメン』食べてみたいけど、たぶん食べきれないから諦めてるんだ」
互いの丼を見ながら、僕の中にひとつの提案が浮かんでいた。しかし、さすがに口には出せない。
「あ……じゃあ、細野くんがもし、そういうの駄目なひとじゃなかったら……ちょっと交換……」
なんと、丸森さんも同じことを考えていたらしい。
「いいの?」
「うん」
聖母の微笑が肯定して、ほとんど間を置かずに机の真ん中でお互いの丼が交差していた。
おおお……夢にまで見たインスパイア系が目の前に! しかも丸森さんの食べかけ……は意識しないことにして……とにかく!
「「いただきます」」
ズズズ、ズズズ
「ううんまっ!」「おいしっ!」
二人の感嘆が重なる。
「……なんて繊細な美味しさ……次は中華そば大にしようかな……いや、ラーメン小プラス中華そば小なら行ける……?」
どうやら丸森さんの方も気に入ってくれたようで、嬉しい。
「こっちもすごいよ。中華そばのそれがさらにドロリと濃縮されたスープをまとって、強烈な存在感の極太麺が口の中を支配する……ああ、これがインスパイア系の衝撃力、なんて凶暴な美味しさ……」
丸森さんが、またじーっと僕の顔を見る。
「細野くん語彙力すごいね……なんだか『孤独のグルメ』みたい!」
しまった、独り食レポをうっかり声に出してしまった。しかし丸森さんは、キラキラと尊敬のまなざしを向けてくれている。
ああなんて優しいんだろう。もうこの場で「ずっと好きでした」って告白したい。もちろんそんな度胸はない。
そしてお互いにもう数回──丸森さんの方が二倍は行ってたけど──すすったところで、名残を惜しみながら再び机の真ん中で丼を交差させた。
──そこで、ぴたりと時が止まる。
「あれ……」
二人同時に、気付いていた。
「もしかして……」
「お箸……」
「入れ替わってる……?」
思わずどこかで聞いたようなやり取りをしてしまう。
勢いに任せて丼を交換したせいで、記憶があやふやだ。でも、お互いにそう思うということは、きっとそうなんだろう。
つまりそれは、間接的なアレに……。
「……たぶん、気のせい……丸森さんは丼だけこっちにくれたよ、たしか……」
「そう、だよね。うん。私も丼だけ受け取った気がする」
しかし僕らは共謀して、それを無かったことにした。
そこから二人は無言で食べ続けた。
「ごちそうさまでした」
先に食べ終えた丸森さんが、しっかり丼に両手を合わせてから、椅子を引いて立ち上がる。
「じゃあ細野くん、お先に」
「うん」
綺麗に底にスープだけ湛えた丼を残し、僕の背後の店舗入口の方へ、そそくさと去って行った。
こちらの中華そばも、丸森さんと交換したぶんが利いたのか、もうすぐ食べ終えそう。けど「ちょっと待ってて、いっしょに帰ろう」なんて言う勇気はない。
丼を掲げて澄んだスープを飲み切ったところで、ふと、隣席の客の小声が耳に入り込んでくる。
「──いや、あれは萎えるわ」
「顔と胸は最高だったけどな」
「女であの食べっぷりは、無しでしょ」
「確かに」
横目で見ると、丼の底に麺ともやしを残したまま、サラリーマン二人がしゃべくっていた。
鎮まっていた先輩への怒りがふつふつと蘇る。それは不甲斐ない自分への怒りと結びつき、僕は掲げていた丼をドンと音を立て机に置いた。
こちらに向けられた彼らの視線を、睨み返すのではなく、思い切り無表情を作って軽蔑の意思を伝える。
「……ああ、ごめん知り合い? でも別に彼女とかじゃないよね?」
一人は面食らって、ばつが悪そうに下を向き、もう一人は謝罪しながらも問いかけてきた。その声にどこか嘲りの色が滲んでいたから、僕は立ち上がりながら言い放っていた。
「世界一可愛い僕の彼女ですが、何か文句ありますか?」
サラリーマンは「いや別に」と口ごもって、目を逸らしていた。
我に返ると心臓の鼓動がすごい。そして、立ち上がったことで僕は気付いていた。彼女の残していった丼の陰に、メガネが置き忘れられていること。
そっと手に取りつつ、胸騒ぎに後ろを振り向く。
そこに、口をぽかんと空けて顔を真っ赤にした丸森さんが呆然と立っている。
「……これ……」
おずおずとメガネを手渡す。黙って受け取る彼女。そのまま僕らは何も話さず、店員さんに「ごちそうさま」だけ言って店の外に出る。
すこし歩いて、隣の建物との境界あたりで彼女は足を止めた。
「ここで、メガネ忘れたのに気付いたの。戻ったら、ちょうど細野くんが席立って……」
ああ、やっぱり完全に聞かれていた。恥ずかしさで記憶が飛びそうだ。
「ごめん、ほんとごめん! 勝手にあんな嘘ついて!」
とにかく、思い切り頭を下げて謝る。通行人がチラ見していこうと気にしてる場合じゃない。
「ええと……たぶん、私のために怒ってくれたんだよね?」
お見通しだった。僕は、頭を下げたままうなずく。彼女の顔はとても見れない。
「だけど……嘘は……」
呟くような一言が、ズンと重くのしかかる。
「さっき話した先輩もね、ほんとはラーメン好きじゃなかったと思う。細野くんみたいに美味しそうな顔してなかったし」
これに関しては朗報だった。ラーメン好きじゃないやつとは仲良くなれない。
「まあ先輩はたしかにイケメンだったけど、私は、本気で美味しそうに食べる細野くんのほうがかわいいと思うし、サッカー上手いひとより食レポ上手いひとのほうが尊敬できる」
…………はい?
「それから、私のために怒ってくれたよね。先輩と、さっきのスーツの人と、二回も。嬉しかったし、かっこよかった」
だめだ理解できない。彼女はいったい何を言いたいんだろう。
「あと、お箸……ほんとは入れ替わってたよね。ちょっとドキドキしちゃった……。なんだかすごく楽しくて、ラーメンもいつもより美味しかった気がする……」
それは僕も同じだった。
ゆっくりと顔を上げて、様子を盗み見る。普段通りに前髪とポニテを下ろしメガネをかけた彼女は、僕と同じように俯いて下を見ていた。
「ね……細野くん。さっきの『世界一可愛い』も嘘……?」
自分で言いながら、耳まで真っ赤になる丸森さんが可愛すぎる。だから、答えはもちろん。
「嘘じゃないよ、本気でそう思ってる。特に食べてる時が最高に可愛い」
少しの偽りもない本心を、伝える。
「……! それじゃあ、さ。せっかくだから、ぜんぶ嘘じゃないことにしない……?」
そして僕は、彼女の言わんとすることを理解した。つまり、そういう世界線にしてしまおう、ということ。
ゆっくり顔を上げ、ゴクリとひとつ唾をのみこんで、返答の替わりのセリフを口にする。
「今日は楽しかった。また次も、待ち合わせて食べに来ようね」
「……うん! ラーメンデート楽しかったね」
同じく顔を上げた彼女が、満面の聖母スマイルで答える。そうかこれはラーメンデート! 初めて聞く日本語だけど妙にしっくり来る。
「でね、もし良かったらだけど、もうひとつ行きたいお店が近くにあって」
「えっ!? これから!?」
「あ! もちろん、デザートのお店だよ?」
「……そうだよね。びっくりした」
「もう、私をなんだと思ってるの?」
そう言われるとまあ、丸森さんならラーメンもう一杯くらい行けるんじゃないかと思ってるわけだけど、そこは乾いた笑いとともに飲み込む。
「ははは……うん、いいよ、一緒に行こう」
──それから、十分ちょっと後。
僕ら二人はとあるお店のカウンターに、仲良く並んで腰掛けていた。そのシチュエーション自体は、この上なく幸せだったけど。
「……丸森さん、塩ラーメンのことデザートって呼んでるんだね……」
「うん! 大丈夫、食べきれなかったら私が食べてあげるから!」
それでも、美味しそうにラーメンをすする僕の彼女は、やっぱり世界一可愛かった。
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