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小妖精に転生したら魔王のペット(友達)になりました  作者: 須野 リア


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第83話 「何処かよくわからない」

 光が落ち着くと同時にそよ、と風が頬を撫でる感触がして震える。

 思わず瞑ってしまっていた目を開くと、私の周りは不思議な光景になっていた。

 ヒラヒラと向こうが透けるほどの透明なカーテンが幾重(いくえ)にも重なり、遠くは白んで見えない。

 近いところは、快晴の晴れ空のような真っ青な色に染められ、辺りにフワフワと白いものが舞っている。

 

 ここは、なに? どこになるの?

 

 自然と口から私にも覚えなんてあるはずのない呪文が溢れていたが、ここはその魔法の中なんだろうか。呆然としていたところで、ハッとする。

 フェレノラはとにかく、アルベヌは?

 彼は確か、後ろにいたはず。後ろを振り向いて、誰もいなかったりしたらどうしよう。

 思えば今、声も聞こえない。

 

「……アルベヌ……?」

 

 ぼそりと声を出しながら、意を決してゆっくりと振り返り、目を見開く。

 前と同じような光景の中に、一つだけ違うものがあった。

 真っ白なモコモコとしたもので出来上がった、大きな三日月型の舟のようなものがゆらゆらと揺り篭のように揺れている。

 キラキラと様々な色の燐光がそこで舞っていた。

 シャラシャラ、キュルキュルと響き出した音にどこかで聞いたような、と思いながらそちらに近寄るように動けば。燐光のいくつかが私の周りに飛んでくる。

 

 ―― オ気ニ入リノオ気ニ入リ、揺リ篭ユラレテユラユラシテル ――

 ―― ユラユラ、ユラユラ。イタイノイタイノ、トンデクヨウニ ――

 

 片言気味に聞こえる声に、私は目を見開いて思い出す。他の小妖精の声と似た感じの感覚がする。

 小妖精は魔力の塊。この燐光は、もしかしたら小妖精になりかけているのかもしれない。もしくは、精霊だろうか。小妖精が精霊のなりそこないなら、精霊も魔力の塊のはずだから。

 思わず呆然と燐光を見てしまっていたが、頭を振る。

 

 お気に入りの、お気に入り。

 

 意味は分からないが、何となく誰を言っているのかが分かって、私は揺り篭と呼ばれた舟の中を見るように上から近付いた。

 真っ白い柔らかそうな船の中、そこに横たわっているアルベヌが、私の視界に映る。

 燐光たちが彼の身体の上をなぞるように飛び回って、その身を弾けさせている。弾けた後に残った残滓を彼の傷の上に振りまいていた。

 

 少しずつ、少しずつ。顔にできていた傷が残滓が降りかかる度に治っていって、顔色も良くなっていく様子を見つめて。安堵の息を吐く。

 

 思わず脱力してしまってガクリと高度が下がるも、彼の身体に落ちる前にまた飛び上がって、ふわふわとする舟の縁に腰を落として、気絶しているのか寝ているのかわからない彼をただ見下ろした。

 あぁ、良かった。何がどうなってるのかはよくわかってないが、助けられたらしい。キラキラ光る燐光たちに視線を投げれば黒色の光がふわりと寄ってきた。

 両手を差し出せば大人しく乗り上げてくれる姿と、意外とモフモフとした感触に驚くも。私は首を傾けて口を開いた。

「治療……してくれてるんだよね……?」

 手の中の黒色の光がもぞりと動いた感覚の後、別の金色の光もふよりと寄ってきて、シャラリと音が鳴る。

 ―― ココハ、オ気ニ入リノタメニ用意サレタ、特別ナ場所。アナタノ望ミニ寄リ添ウ聖域 ――

「……そっか。よくわかんないけど、私が望んだからなんだね。ありがとう……でも、お気に入りって……? なんのこと……?」

 ―― 精霊王サマ、創造神サマ、アナタガトッテモオ気ニ入リ ――

 ―― オ気ニ入リト、オ気ニ入リノオ気ニ入リ、見守ッテル ――

 ―― ダカラ、壊サレナイヨウ、手ヲ出シタ ――

「はい……?」

 どうやら言葉は通じているらしい。返される返答に私が目を瞬かせるも、手に乗った子も、傍で飛んでた子もアルベヌの身体の方に飛んで行ってその身体を弾けさせた。

 精霊王――創造神様のお気に入りが、私で? その私がアルベヌを気に入ってるから、壊させないように……手を出した?

 訳が分からない。じゃぁ私のあの自然と口から出た呪文は、創造神様が言わせてたってことになるの?

 私が一人で頭を悩ませている中、ぐらりと舟が大きく揺れる。バランスを整えようと縁に手を添えて踏ん張ったところで、またあの鈴音のような声色が鳴り響き出した。

 

 ―― オキル、オキルヨ ――

 ―― オ気ニ入リノ、オ気ニ入リ。イタイノイタイノトンデッタ ――

 

「……ぐ……ぅ」

 

 シャラシャラ、キュルキュルと鳴り響く音の合間に。アルベヌの呻きが聞こえる。ぐらりと揺れるのは、彼が身を捩らせたりしているせいらしかった。

 薄らと、黒の中に光る金色が見える。そのまま数度、彼は瞳をゆっくりと瞬いてほんの数秒固まったあと。身体をビクンと一度震わせ、ヒュッ、と息を呑んでいた。

 

「ッ!? フォノカッ!!」

 

 ガバリと勢いよく上体を起こした彼の動きに、揺り篭がグランと大きく揺れる。燐光たちが悲鳴のような高い音を立ててパッとその身を消した。音に驚いたんだろう、彼が片手で片側の耳を塞ぐ仕草をする。もう片方の手では舟の縁を捕まえてバランスを取りながら周りを見回し始めて……少しして、私と視線が絡んだ。

「……フォノカ……!」

 私の方に身体を向かせ、私を間に挟むように舟の縁を両手で掴む。ジッと私を見下ろした後、彼は肩をストンと落としていた。

「怪我はなさそうだな……」

「なんとかね……でも、私より貴方だよ。体調はどうなの?」

 安堵の声を零す姿を見上げ、投げた私の問いかけに彼は瞳を瞬かせ。頭だけを動かして自身の様子を見た後で、頭と身体を弾かれたように周りを見回していた。さっきは寝起きに近かったから、景色をあまり意識してなかったのかもしれない。

「――……身体は不思議となんともない。すべての怪我が癒えているし、魔力も戻っているようだ……が、これはどういうことだ。ここはどこだ」

 周りを見回して少し固まったあと、私を見下ろして真剣に言葉を上げる彼に、私は肩を竦めた。なんて説明しよう。

「……えーっと、怒らないでね……」

「なぜ怒らねばならんのだ」

「あー……その」

 思わずワンクッションを零してしまった私の言葉に怪訝な顔を浮かべるのを見上げ、私は困ったように彼を見上げたままに口をもごつかせるように唇を動かした。

 

「私も、ここ、何処かよくわからない」

 

 私の言葉に、彼は目を丸く見開いて愕然とした顔をする。金の三白眼が際立って小さく見えた。

「は? 待てそれはおかしいだろう」

「うん」

「こんな、天属性の魔力で満ちた空間だぞ? お前が何らかの魔法を行使したのも光が()ぜる前に見たし聞いていた。これは、その結果なのではないのか?」

「……た、ぶん」

「……何の魔法か把握していないのか」

 ズイッと胡乱な目になった顔を寄せられ、私は言葉に詰まって視線を逸らそうとするも、大きな片手が私の傍に伸びていて両頬をまた二本の指先で挟み持ち上げ、逃げるのを許してはくれなかった。

 いやだってあの子たちから聞いた感じだと私自身が作った魔法じゃないからぁ!!

「その、あの……いっぱいいっぱいだったし、勝手に浮かんだというか口から出たというか出されたというか言わされたというか」

「落ち着け。不穏な言葉しか出ておらんぞ……特に最後の言わされたというものが」

 そう言われましても私もさっきここにいた子たちに教えてもらったことだからぁ! いやアルベヌに通じないのはわかるんだけどみんな戻ってきて助けてくれないかなぁ!?

 私が困り切った顔でアルベヌの指を剥がそうとしている様子を見下ろし、少ししてからまた視線をぐるりと回して周りを見るように動かす彼を見て私が肩を落としたところで。

 

 ―― オ気ニ入リノオ気ニ入リ、オ気ニ入リをイジメテイルノ? ――

 ―― ソレナラ、ソレナラ。揺リ篭カラ出ス? ――

 

 シャラシャラと、あの小妖精独特な声色が聞こえてきて私は身を震わせる。

 アルベヌにも聞こえたのか、怪訝な顔をして私を見つめ、そして音の方を見ようと動こうとするが。ちらほらと視界を横切るように現れ始めた燐光に、その動きは止められた。

 

「えっと……ここから彼が出たらどうなるの……?」

「フォノカ?」

 

 何となく不穏な内容な気がしたから問いかけてみる。アルベヌが唐突に何を言い出すと言いたげな顔をして指先を離した。

 同時に、いくつかの燐光がアルベヌと私の間にふよふよと漂って留まった。アルベヌがジッと訝しげに見つめるのも気にもせず、それは軽やかに音を出す。

 

 ―― 此処ハ、オ気ニ入リノタメノ、(ソラ)ノ聖域 ――

 ―― 揺リ篭ガ、オ気ニ入リ以外ヲ安全ニ此処ニ留メル(クサビ) ――

 ―― 降リタリ出タリ、天カラ落チル。何処ニ落チルカ、ワカラナイノ ――

 

 待て待て怖い怖い怖い! どんな経緯であれ私が発動させた方法で助けた存在をそんな扱いされたら困る!!

「いじめられてるわけじゃないから絶対に彼を追い出さないでね!」

「おい、誰が誰をいじめていると?」

 

 ―― イジメテナイノ? ――

 

「ない!」

 ―― ワカッタ、オ気ニ入リノオ気ニ入リ、落トサナイ ――

 

 私の断言に納得したらしい燐光が舞い踊るように間から飛んで消えていく。

 肩を落として安堵の息を吐いていれば、大きな指先が伸びて私の腹部を突いてきた。少し疲れた顔で彼を見上げれば、彼の真剣な顔がそこにあった。

「とりあえず。お前の目線でどういう経緯でこうなってるのか、周りで飛んでるこれらと何を言い合っていたのか。詳しく説明をしろ」

「はい……説明はするけど私もちょっと戸惑ってはいるから、質問は後にしてね……」

 彼の有無を言わさないような言葉に私はここに至るまでの私の内情と、先ほど燐光たちから教えてもらったことを伝えていこうと居住まいを正した。

 

「えっとね、まず、あの。ポケットから出るちょっと前にさ、ちょっと呼ばれてる気分になっちゃって」

「……魔力に惹かれたか?」

「質問後にしてぇ……いや、惹かれたとかじゃなくて……呼ばれてたの。ほんとに。それがなんだか、すごく大切な、親身な人からのものみたいな感じに感じ取れちゃって」

 私の言葉にアルベヌが渋面を作って見下ろしてくるが、私はそれに軽く肩を竦めて返す。ふわりと視界に動くものがちらついて、そちらを見れば。傍に寄ってきていた風景と同化しそうな空色の燐光がいて、何となく手に招いた。もふんと乗ってくるそれをツンとつつけば、ふるりと震えてパッと弾ける。

 じわり、と温かな感覚が手のひらから広がった。

「なんかね、私の捉え方は普通の子たちとは違うかもしれないけど……一緒にいてって言ってきてた気がするんだよね……

 私の身体に触れて混ざってくるときすごく温かくなって、すごく嬉しそうなものに変わった感じもしてて……それからかな。なんか、頭とか身体がふわふわしたというか……妙な感覚になって。

 でも、それでも後ろで満身創痍っぽいアルベヌのために、たぶんイレインさん来るだろうからそれまでの盾くらいにはならないとって思ってて」 

「待て。そんなことを考えていたのかお前は」

 私が先ほどのことを思い返しつつ言葉を紡げば、最後の言葉に反応した彼が腹部にあった指先を上に滑らせて。私の顎を爪の背で持ち上げる。

 視線がそちらに向けさせられ、少し怒ったような瞳でアルベヌが見下ろしてきているのが視界に映った。けれど、私はその指に手を添えて。彼を眉根を寄せた顔で見上げ返しながら一つ息を吐いて見せる。

「……だって、私さっき覆面のあの人たちに負けたんだよ? 勝ったわけでもなし、一回戦っただけでバリバリ戦闘できるようになるわけないじゃん……

 でも、魔力量が多いなら……守りに持ってけば行けるかなぁとか考えてただけで……」

「浅慮過ぎるぞ。お前は魔力の塊そのもの、つまり魔力が命となる。何度も言っているはずだ。使い過ぎれば命に係わる」

 

「うん、そうだね。だからこそ……創造神様があの時の私に手を出したんだと思う」

 

 私の言葉にアルベヌが目を見開く。それを見上げ、周りをふよふよと自由に飛び回る燐光を見て。周りで鳴り響く音を聞く。

 声に聞こえるときと、音に聞こえるこの違いは何なんだろうか。純粋に言葉になってないだけなのか、飛ぶ時の音なのか。

「この光の子たちがね、教えてくれたの。お気に入りと、お気に入りのお気に入りが壊されないように、精霊王様、創造神様が手を出したって」

「創造神の……ふむ。お気に入りがお前で、そのお気に入りの気に入りが、我……か?」

「多分そう。それで、ここはね。私のために用意された聖域らしいよ。私の望みに寄り添ってくれるんだって、この子たちが言ってた」

「何ともとんでもない魔法だな。我が回復したのはそれか?」

「うん、この子たちが治してくれてたよ……ってアルベヌ? 質問後にしてって言ってるのにもう」

「すまんな。今がどういう状況かわからんのであまりのんびりもしてられん。

 が……情報は欲しいのでな。されたくないならさっさと要約して話してしまえばよい」

 アルベヌの言葉にそういえば、フェレノラを今現在放置してるんだもんなぁ。ここに私たちがいるけどあちらはほんとどうなってるんだろう。イレインさんとかもう来てるんだろうか。

 要約。要約ね……と言ってもほぼもう話してる気がしないでもないけど……!

「えぇっと、アルベヌが危なくなって私が捨て身っぽいことしそうになったから、見てたらしい精霊王様こと創造神様が私を精神操作したかなんかしてこの私用の聖域? みたいな魔法発動させてくれて……!

 アルベヌの怪我とか完全回復させてもらって、その後でアルベヌはその舟から降りたりしたらどこに送られるかわからないってことを聞いたかな……!」

「……お前にここでも助けられていたのか我は。とりあえず、この白いのから降りなければいいのはわかったが……逆に、どうやって戻るのだ」

 私の話を聞いてから投げられた言葉に、そういえばそう。と私も考えて周りの光たちを見回す。

 その様子を見下ろしてきた彼は、肩を落とした。わかってないということが分かったらしい。でもしょうがないじゃん! 私の作った魔法じゃないって言ったじゃん今!

「ねぇ、ここから元のところに戻るのは、どうしたらいいの……? 何か知ってる子いない……?」

 困った時の周りの子たち頼み。私が飛び回ってる子らを見回して声を上げれば、近くにいた燐光がぴたりと動きを止めた。

 

 ―― オ気ニ入リ、モウイイノ? ――

 ―― オ気ニ入リノオ気ニ入リハチャント治シタケド、イッチャウノ? ――

 

 シャラシャラと音を立てながら燐光が周りに集まってくる。アルベヌが耳を軽く抑えるが、手を振って追い払うようなことはなかった。

 

 ―― 出タイナラ、ソノ気持チ、ソノママ言エバイイ ――

 ―― ココハ、オ気ニ入リノタメノ聖域ダカラ。出ルモ入ルモ、自由ダヨ ――

「いやそんなアバウトでいいの……? ファンタジー小説でよくある魔法の力あるあるネタで何でもできるとかそういう次元なわけ……?」

 

 うーんそっかぁ。私の一存でいいんだぁ……

 私が何とも言えない顔をしたところで、アルベヌが私に手を伸ばしてきてひょいっと縁から持ち上げる。そのまま手の上に乗せるように動かされ、彼の手の上でぺたりと座り込む形になった。

「その様子だと分かったらしいな? ならば()く戻るぞ。あの耳長モドキを取り逃がしては後々面倒なことになりそうだ」

「わかった。上手くいくように祈ってて」

「不安を煽ることを言うでないわ」

 アルベヌの縁起でもないと言いたげな返しに苦笑を返したところで、私は周りの燐光たちを見回した後、一度小さく頭を下げる。それを見たのか、燐光たちの動きが少し楽しそうなものになった気がした。

そのまま私は両手を胸の前で握りしめて、さっきの場所に戻れるようにと唇を動かす。

「私たちを元居た場所に……!」

 願いを口にするように言葉を発し。それと同時に、ぶわりと周りのカーテンが動くのが見えて。また私の視界は、白い光に塗りつぶされていた。

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