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第8話 「自覚はあるか?」

 温かい暗闇の中で、緩やかに目を覚ます。ここどこだっけ? とまた閉じかける目を瞬かせつつぼんやりとした頭で考えたところで。

 

「ところで陛下、とうとう処分されたのです?」

 

 声が聞こえて、頭が一瞬覚醒した。

 謁見の間に連れていかれる時にたまに聞く声の人が居る、と理解してすぐ。

 

「何をだ?」

 

 魔王の声も聞こえてくる。僅かに空間が揺れた気がして、首を傾けた。


 

「鳥籠にも机にも、あの虫がいないではないですか」

「その呼び方も間違いでは無いがな。我が可愛がるアレまで虫と呼ぶのはやめろ……翅の形的にどちらかと言えばアレは小鳥だ。正式名称を呼ぶのが嫌なら次から小鳥と言え。虫は許さんぞ」

 

 聞こえる会話の内容に私の事だなと考えて、もぞりと心地よい空間で身じろいだ。

 自分が今いるのは身体を丸める程狭い場所だが、なんだか落ち着いてしまう。

 また意識が溶けかけた頃、部屋が狭くなる。やんわりと身体が包まれている物に押される。

 

「今、シャンテレール家の嫡子が来ているだろう。

 我に何故か懐いているのでな。部屋に遊びに来たのだが……その時に、素肌で我のが触れられた」

「おや。それはそれは……凍え死にでも?」

「させるものか。今は我のここに……懐に入れて温めているだけだ。後でしっかりと責任は取らせる」

「たかだかむ……いえ、小鳥に対する悪戯では無いですか」

「宰相。お前であっても我の愛玩するコレを軽んじることは許さん」

 

 きゅ、と部屋が圧迫される。その圧で眠気は残るものの意識はハッキリとした。そうだ、ここ魔王様が着てる服の胸ポケットらしい場所だった。

 もう身体はポカポカとしている。寝る前の冷たさが嘘のようで、前世で雪山で遭難したら裸で抱き合えという話を聞いたなぁと思い出した。人肌って凄い。

 

 恐らく服の上から私を確認するかのように大きな手で触れているんだろう。

 起きようとモゾモゾ身じろいで、圧が緩くなれば周りを触って感触を確かめて、やがて胸板だろう少し硬い壁に触れたのでそこを強めに叩く。

 

「……小鳥が起きたようだ。

 宰相。先程の話は考える。1度戻れ」

 

「はっ」

 会話の後、扉の音が響く。感触をしっかり受け取ってくれた魔王が宰相を退室させたらしい。

 バサリと大きな衣擦れの音に明るくなる空間。

 大きな指が2本、胸ポケットの入口から入って私を包むハンカチを摘んで引っ張り出す。一緒に引き出された私をそのままジッと見下ろして、やがて机の上にあるクッションにハンカチごと私を下ろした。

「もう寒くはないな?」

 問いを投げながら顔を寄せて様子を見逃すまいとする魔王さま。そんな姿を見て私は首を縦に振る。

「うん、むしろポカポカしててまた寝そう……」

「寝れる元気が戻って良いことだな。我の此処が良いならまた貸してやれるが?」

「いやさすがに起きる……でも、ありがとう」

「あぁ」

 胸ポケットを指さし悪戯っぽく言ってくるご尊顔に向かい眠い目を擦りながら感謝を述べれば、大きな瞳が薄らと笑みを浮かべる。

 横に大きな手が添えられ、身体を触れられて頭も触られる。ほのかに温かい温度が心地よくて、起きると言ったのに眠気が強くなった。思わず身を擦り寄せ預けてしまったところで。

「んぐ……っ!?」

 奇妙な呻き。視線をそちらに投げてこてりと首を傾ける。魔王様が口を抑えてそっぽを向いていた。横顔は髪が隠しているため見えないが、身を預けている手も震えてるため何かに耐えているようにもみえる。

「あるべぬ……?」

「お前それはわざとか……?!」

 眠いため少し舌足らずな声になった呼びかけに大きな口角が引きつっていた。わざと? なんで?

 不思議そうに見上げていれば、チラと顔を、視線を戻される。信じられない物を見るような、驚いたような、でも少し嬉しそうな。そんな感じの。サプライズを食らった子供のようにも見える。

 なんで?

 不思議そうに見上げる私を見て魔王様が眉根を寄せる。口から手を離して、はぁぁと深く息を吐いた。

「なるほど……お前、実は相当寝起きが弱いな……?」

「……? そんなこと」

「ある。お前今何に擦り寄ってるか自覚はあるか?」

「……?? あるべぬのてだけど……」

「舌も回っておらんではないか……」

 身を預けている手指がキュッと握れられて中に閉じ込められる。頭の上にある指がぐりっと強く押し込まれれば、痛みでぼんやりしてた頭が覚醒した。

「ちょ、痛い痛い割れる!」

 私の悲鳴にパッと手指が離れる。一気に解放されて頭を擦る私を見下ろす魔王様は呆れ顔だった。

「起きたな」

「さっきから起きてたでしょ!」

 意識はあったし! と言い返せば魔王様が信じられないものを見る目でガッツリ見下ろしてくる。

「お前本気か……?!」

「あったわよ!」

「それであれか……無自覚にも程があ……ーーいや待て、我、か……! 我のせいだな……!!」

 言い合いに近い言葉を投げ合っていた所で、なにかに気付いたのか今度は魔王が頭を抱えた。

 次いで、少し申し訳なさそうな顔を向けてくる。まるで魔力をうっかり食べすぎた時のような、あんな感じの。

「……説明、してくれるの? 聞かない方がいい?」

「その、優しさが辛いな……正直に言おう。少し恥ずかしい気もするがな……! この歳になってこんなに恥じらうとは……!」

「言い難いなら無理にとは……」

「いや言っておかねばこれは今後に関わる問題だ」

「そこまで!?」

 すごく重い感じだが一体私に何したんだこの人。思わずごくりと喉を鳴らして真剣に見上げる。

 聞く体勢に入った私を見て、魔王様も渋面を作り。

 

「……フェロモン、だ」

 

 言いにくそうに、ボソリ、と呟いた。

 思わぬ言葉に私も目を瞬かせる。

「フェロモン、って、あの?」

「恐らく、お前の考えるもので間違いない……我はラミアの母を持つと言ったろう。ラミアは魅了に特化した種族ゆえ、常にそういうものを纏っている……我もそうだ。微々たるもの故に気にもしていなかったのだが」

 そう言って、チラと私を見下ろして息を吐く。

「今まで無事だったからと油断したが、寝入って無防備になってしまえば、お前のような大きさであれば……厚い服の中に閉じ込めてしまえば効いてしまうのであろうな……!」

「厚い、服」

 思わず復唱して魔王様の服を見る、恐らく素肌に直接纏ってるだろうシャツと、肌蹴られているが普段はしっかりと前が止められている正装の分厚いローブ。

 さっきはその中に、温められるためにしっかりと包まれて寝入ってしまったわけで……ぞわっ、と背筋が震える。

 つまり、それはあれか。

 私の前世でもラミアやハーピーなどはモンスターとしてポピュラーに描かれる。

 そしてそれらの共通点は、美女。そして異性を魅了して骨抜きにして襲うということ。

 魔王様はハーフということで、同じ大きさの存在には知覚されないほど微々たる、効果などないと言われるほどの物しかもっていないのだろう。

 普段はきっと外気に触れて霧散する。だからか私にも普段なら効果は無い。しかし、外気に触れない体温の篭もるところならそうでは無いのだ。溜め込まれたフェロモンの温床になっている所に入れられて、寝入ってる間に魅了された。ということだろう。

 恐怖も何も感じずに、この巨躯に身を委ねてしまっていたほんの少し前の自分を思い出して、うわぁと遠い目になる。

「すまない、浅慮だった……!」

「んー……! いやまぁ、わざとじゃないならいいや……」

 事実、他意はなく私の身体を温めるためにやった結果なのだから、怒るに怒れない。

 身体は温まって元通りだし、魅了もおそらく先ほどの痛みで解けた。何も問題はない。

「体質は仕方ないし、だから気にしないで」

 クッションの横に添えられているようになっている手指に近づいて一本に触れて撫でれば、ひくりと大きな指が反応し震える。

 魔王様を見上げれば複雑な表情だったが、やがて瞳を静かに伏せた。

「お前がそう言ってくれるなら、それに甘えよう」

「うんうん。もしまたルミさんに触られて身体冷えたら、私からまた入れてくれってお願いするかもだし」

 少し安堵したような魔王様の声に頷きながら私がさらに言葉を重ねれば、その言葉に魔王様がカチンと固まる。

「……まて、なぜだ。また意図せず魅了を付与してしまうぞ」

「うーん、まぁ懸念ではあるけど……文句のつけようもなく暖かかったし、それに……また戻してくれるでしょ?」

 あっけらかんと言った言葉に魔王が目を瞠って、やがて頭を振って片手でその額を押さえた。

 ぇ、何どうしたと私が身体をそちらに向き直せば、クッションに添えられていた手も動いて私にのしかかる様に横から添えられ、その手指に包まれる。

「ま、え、いきなり何」

「また……っく、お前っは――フ、フッフフ……!」

 思わずまた顔を手に向けて両手で押し返そうとし慌てて声を上げる私の声を遮り、笑いを必死に耐えているような魔王の言葉が耳に入る。

 顔をそちらに向ければ、額からずらされた手で口元を押さえて笑い声をセーブしようとしている楽しそうな顔があった。

 ひとしきり肩を震わせて落ち着いたのか口元から手を離して。楽しげな笑みを珍しく浮かべた顔のままこちらを見つめる。

「ぇ、何か楽しいことあった?」

「ククッ、あぁ。あったとも。本当にお前は、我にとって良い刺激をくれる存在だ」

 大きな手がもう一つ添えられてその指で後頭部が撫でられ始めて、しばらくの見つめあい。

 特に何かしたわけでもないと思うが、と首を傾けたところで満足したのか撫でていた指が離れる。

 しかし身体は包まれたままで丁寧に掬い上げられ、片手に座らせられると魔王様が立ち上がる。

 エレベーターのような重力の負荷に身体を揺らすも、反対の手が身体を支えてくれているので落ちる心配はない。

 緩やかに動く視界に、あの青年が歩いてきていた時の動きを思い出して。なぜ恐怖を覚えたか理解する。

 この魔王様、私に絡むときだけ相当動きをゆっくりにしている。

 こちらに負荷のないように考慮して常に動いていると改めて理解できたところで、ガシャリと聞きなれてきた金具の開く音。

「我は少し出てくる。宰相と話さねばならない仕事が残っていてな。すまないが、またここで大人しくしていてくれ」

 扉を開けた入り口に指先を添えて傾け、私を滑り落す。

 床にしりもちをつく形になった私が振り返ったところで、ガシャン、と目の前に格子の扉が下りてきた。

 その向こうにある身体の壁に沿って見上げた先にある自分を見下ろすご尊顔に、鳥籠に戻されたと理解した。立ち上がって改めて身体ごと向き直る。

「いってらっしゃい」

 もはや恒例となる挨拶を投げれば、大きな顔の瞳が細められた。鳥籠を指先で揺れぬように力加減をして撫でてから大きい扉を開いて出ていく。

 それを見送った私は中央の布が雑に置かれたままのところに行って、また誰が来てもいいように布を被った。

 誰も入ってこないのが一番なんだけど、と思いつつ肩を竦めて広大で何もない、自分が寝るためだけのマットレス代わりのクッションと今頭から被る掛布くらいしかないこの鳥籠の中、何をして過ごそうかと考えて、その考えている間に時間がつぶれているのが現状。

 今度何か暇つぶしの道具でも貰おう。そうしよう。

ちょいペース遅くなるかも…しれませぬ…('ω')

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