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第7話 「小妖精だよね!?」

 すごく砕けたような、飄々とした雰囲気を醸し出す青年。思わぬ豹変に目を見張ってしまい、思わず見上げた魔王の顔はやれやれといった顔をしていて肩を竦めていた。 

「さてな。我もよく覚えておらぬ」

「そんなドライな貴方が小妖精なんてものを愛でてるなんて噂が聞こえたから、確認したかったんだけど……その手に持ってんのソレ?」

 軽い口調で言いながら無遠慮に近づいてくる足音にそちらを見れば、私から見たら壁か建造物か山か。そんなものが勢いよく迫ってくるような視覚的な感覚に身震いする。

 普段接するこの魔王には感じたことのないそれを少し不思議に思うも、もはや胸から上が見えない巨躯が近寄ってきたことで引き気味になった身体が逃げ場のない手のひらの上で少し後ろにずり退った。

「言葉も待たずに覗き込もうとするな。我の気に入りだ」

 自分の退った動きと同時に、上から魔王の言葉と共に降ってきた何かに視界を遮られた。下から漏れる光で視界が慣れると、上に手を被せてきたらしいと理解できて少しばかり安堵する。

 

「えー、いいじゃん見せてくれても。それに喋るんでしょ?」

 

 自分を無遠慮に覗きこもうとした青年の言葉に、私はひゅっと息をのんだ。

 ちょっと待って何で知ってるの!?

 使用人たちの前で喋ったことなんてない。思わぬ言葉に手の中で口を押えて巨躯二人の声に聴き耳を立てる。 

「喋る? 小妖精が? 何の話をしている」

「あれ? そう聞いたんだけどなぁ? ……その子を危ない目で見る誰かがいるんでしょ? 王が小妖精に言われたらしいって噂立ってるけど」

 あの時わざと声上げてたあれですねー!!!

 そういや言ってた!! なんであんな言い回ししたの!? 思わず手のひらをベシンと叩いてしまえば、きゅっと私を覆う両手が握られて空間が狭められる。

「あぁ、言葉通りに捉えた愚か者がいたか? 馬鹿らしいことだ」

「え?」

「小妖精の声は鈴音のようなものだろう? 喋れなどするものか」

「じゃぁどういうことだったの?」

 魔王の言葉に純粋な疑問符を投げる青年の声が続く。

 ゆっくりと、大きな手が上からどかされた。

 視界が開けてそろりと顔を上げれば、見慣れない大きな顔と見慣れてきた大きな顔の二つに見下ろされていて身を震わせ、思わず傍に添えられていた手指に縋る様に身をのけぞらせてしまう。

 

「知らぬ者が傍に来て恐ろしかったな?」 

 

 その言葉に、何となく自分がしないといけないことを察知する。

 チラ、と青年を見た。魔王と同じ金色がきょとりとしたのも束の間、値踏みするような色を孕んだその瞳で笑顔を浮かべるのを見て私は身を震わせ、勢いよく顔を背けて身を預けている手指に身体を押し付けるように動く。

 隠れる場所などないのに、無理に隠れようとしているような動き。

「え、俺何もしてない!」

「嘘をつけ。思い切り価値を測るような目で見ていただろうが」

「は!? それがわかるの!? 小妖精だよね!?」

 

「我がこいつを置いて行って戻った後に、たいてい布を頭から被って視線を遮るようにしているようだからなぁ?

 我が戻ると安堵したようにこの小さな肩を落とすのだ。我以外の何かに恐怖を覚えているとすぐにわかる」

 

 寝てたのかとか聞いてきたくせにばっちりばれてる……! 羞恥で震えるのを見下ろされているのか、魔王様の含み笑う声が後ろから聞こえる。私の身体が人肌に……手指に包まれた。

「へー、なるほどなるほど! 行動で言ってたってことね。ほーん……しかしあの傍若無人の権化ともいえる小妖精がここまで懐くとはね。何したの」

「さて、特別なことをした覚えはないが。今のところは愛玩しているのでな」

 やわやわと強弱をつけて手慰みにするように私の身体を握る魔王の為すがままに身を預ける。暫くして手が開かれて、指先でくるりと向きを変えられた私は見慣れぬ壁についそちらを見上げてしまい、先ほど顔をそむけた灰色肌の青年を見上げることになった。

 今度は価値を測るというよりは、興味津々といった瞳と表情で見下ろされている。

「我の国の北方の貴族の嫡子だ。ルミという名前で、我はルーと呼んでいる。覚えておけよ」

 どうしろと、と考えていた矢先に魔王様が始めた青年の紹介に私はもちろん、紹介された当人もぎょっとした顔をして魔王を見る。

「いや小妖精が名前覚えれるわけないでしょ!? 言えるわけもないじゃん!?」

「害意がないだろう存在を教えて何が悪い。それに、もし覚えたとしたらお前だって我のように懐かれるかもしれんだろう?」

「えー……いや小妖精に懐かれても……」

 本気で困惑した声を上げて私を見下ろしてくる。私だってこんな巨体二つにじゃれてこられても困るわ。命が足りない。

 私が思わずため息をつきそうになったところで、魔王の指が私を撫でた。

「まぁそう邪険にするな。言ったろう? 我の気に入りだぞ?」

 クツクツと笑いながら言う姿に私はもはや何もできない。というより。ここで行動するのはダメだ。今この時の私はペットなのだ。大人しく受け入れる。

 撫でられ続ける私はチラチラと魔王と青年の顔を交互に見上げて、数回繰り返したのち青年とバチリと視線が合ってしまう。

 これどうしよう、と冷や汗が出た気がするが視線が逸らせない。

 向こうも少し悩んでいるような素振りを見せてから、グッと顔を下げて近づけてくる。身体を少し引いてしまうも、向こうは特に気にした様子はなさそうだった。

「あー、えっと、まぁ……よろしくな?」

 軽い挨拶。思わず口を開いて普通に返しそうになってしまうが唇を噛んで耐えた。

「わかってくれて嬉しい限りだな。あぁ、それでだ。一つ聞きたいんだが?」

「なに?」

 魔王の言葉にパッと青年の顔がそちらを向けば、息を吐いてじっとする。

 後頭部から背を繰り返し撫でる指の動きは止まらない。

 

「こんなに我が大事にしているものを……小妖精を、お前なら狙うか?」

 

 青年は一瞬驚いた表情をするも、すぐに顔を顰める。私は瞳を瞬かせるだけだ。唐突に何を言い出してるんだこの人。

 私とおそらく青年も問いかけの意図を掴めずに魔王様を見つめる。

「さすがに1000歳超えて耄碌した? 自分が忠誠誓ってる存在のもの狙うってそんなの反逆行為じゃん。できるわけないよ」

「耄碌は余計だがまぁ、その言葉の通りだろうなぁ」

 二人の言葉の後で、4つの金色が私を見つめてくるのにどうしろとと背中にある手指にまた縋るように動く。

 それを見て二つはゆるりと細められ、もう二つは眉根を寄せてさらにガン見してきた。

「純粋においしそうだから狙ってたりするんじゃないの? 魔力豊富じゃん」

「この城にそこまで飢えている者はいないと思うが?」

「それは確かに……じゃぁやっぱ謀反とか敵対勢力とか? 人質みたいに使えるって?」

「はっ……また陳腐なことだ」

「小妖精だしそれはないか……それなら目の前で喰った方が早いし」

 なかなか怖いことを言い出した青年から距離を取りたくて思わず顔を背けて身体ごと持たれていた手指に埋めるように。先ほどのように顔を隠す。

 その動きを見ていただろう魔王がまた指を体に滑らせてきて。 

「安心しろ、お前が別の奴に取られるくらいなら我が食べてやる」

「それこいつ安心できなくない? 可愛がってんじゃないの?」

「可愛がっているからこそだが?」

「王様? 可愛がるの意味なんかずれてない??」

 ほんとだよ!!!

 いつものように手で叩きそうになったがこぶしを握って耐える。ルミさんが出ていったら覚えてなさいよと考えつつ撫でられる動きに身を任せ、やがてそれが終われば顔をそろりと後ろに向けようとした所で。ぐらりと座っている手が揺れた。声が出そうになって口を自身で塞ぎ、倒れそうになったところで壁に支えられる。感触は人肌なのに、驚くほどの冷たい温度。

「~~~~っ!?」

 声が出そうになって必死にこらえる。その冷たい凭れた壁を見れば、灰色の壁。

「おい、手荒に扱うな……そして勝手に触れるな。脆いんだぞ」

「いーじゃんちょっとくらい。それにこのくらいじゃ壊れないって。それにさっきのじゃ顔良く見えてないし……ってなんで口塞いでんの?」

 巨体二人の声に今の自分の位置では何が起こったか全てを知る術はないが、地面が細かく震えている。もしかしたら魔王の腕を無理やり掴んで動かしたのかもしれない。

 勢いで落ちようとした小さい身体を空いている手指で抑えたんだろう。灰色の肌って不思議だとは思っていたが魔王様より体温が低い種族らしい。

 顔がグイッと近づけられる。思わず壁から……青年の手指から身を離し、何をされるのかと身構えてしまった。そんな私を上から下まで舐めるように見つめて、やがて瞳を瞬かせたかと思えば。

「ん? まって、風だと思ってたんだけど、この、薄氷色……」

 

「いい加減にしろお子様が。爪弾け風の玉」

 

 ドゴン、と中々に重痛そうな音が大きな灰色の顔に見下ろされて固まるしかなかった私の耳に入ったときには、目の前から灰色の顔も横に添えられていた手も消えていた。

 え、と更に頭の中が硬直したところで、いってぇ! と少し離れた所から聞こえる声にそちらを見れば、入り口の扉近くまでなんでか吹っ飛ばされたような青年の姿。

「いきなりは酷くない!?」

「触れるなといったのに触れ続けるからだ」

「あーそうですね! 俺が悪かったですよーだ。まぁでも狙われるのもわかるわ。空の小妖精なんて超貴重すぎるし、あの国知ったら絶対欲しがるだろうしね」

 お腹をさすりながら起き上がる青年が言い放つ言葉に何言ってんだろうと思うも、まだ身体が硬直している。やばい固まって動かない。

「また後日交流する時間はくれてやる。が、今日はもう部屋に戻るといい。我は執務に入るのでな」

「はいはーい。じゃぁ長々お邪魔しましたっと……ぁ、ペットちゃん怖がらせてごめんなー!」

「さっさと行けまた食らいたいか」

「うわおっかな。じゃぁまた食事時にー!」

 ビュオっと頭上で風が逆巻く音が聞こえるが、青年が部屋からいなくなればバジュッと音を立ててそれがなくなる。

 とりあえず、嵐が去った。そう思った瞬間身体が弛緩する。ぺたりとだらしなく手の上に横たわった。

「フォノ、大丈夫か……?」

 横たわる小さな自分を上から心配そうに見下ろす魔王様のご尊顔を見上げつつ、背中からジワリと広がる体温の温かみに安堵する。

 なんで、こんなに身体が冷たいんだろう。

「凍傷などはしていないな?」 

「……凍傷? なんで……確かに、冷たかったけど」

「あいつはフロストデビル……氷属性の悪魔の種族でな、体温が氷のように冷たい。普段は手袋をつけているが、今日は付けてきていなかったからな。冷気が直接当たったろう」

「道理で、冷たいわけだ……寒い……」

「あいつめ……! 後で絞めておくから安心しろ……とりあえず今はお前を温めるのが先だが、鳥籠の中に火はさすがに危ないか。我の手も空かぬ……そうだな、息苦しいかもしれないが。ここに入っていてくれ」

 色々と思案してくれた魔王様がふいに着ているローブを片手ではだけさせた後で指を鳴らす。魔法で出しただろう少し厚めな生地のハンカチに私を包んで、ローブの下に着ていたシャツらしい服の胸ポケットに私を滑り込ませた。温もっていた場所に入れられた身体がジリ、と痺れる感覚を覚える。体温を相当持っていかれていた。

「我の手も相当やられていたな。結構冷えている……苦しかったら叩いて知らせろ。出してやる」

「うん、ありがと……」

 真っ赤になっている指先が自分の頭を一度触ってから離れて、ローブを着直したのか視界が真っ暗な闇になる。

 身体の冷たさと周りからくる温さの落差に身体が震えるが、人間周りが暖かかったりすれば眠くなるもので……真っ暗な中で私は意識を蕩かせてしまったのだった。

 

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