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第65話 「それくらいしても当然かと」

 それを見てまた私がアルベヌを見上げれば、彼は勇者ちゃんを見つめて。謁見の間で見たイレインさんのように無としか言えない色の瞳を細めて向けていた。

 イレインさん、模倣能力ほんとすごい……この人こんな目本当にするのか……思わずぷるりと身を震わせてしまって、その小さな震えを感知したんだろう指と手が動き出す。

 私の肩に添えた指先がするりと後ろに滑って手が迫り、前から覆うように添えられた。

 顔は覆われていないが、あまり身動きは取れない。ゆるく手に包まれているようなこの状態。

「決めるために必要というのなら、少しばかりは許そう」

 私を両手で捕まえているような状態になったアルベヌが、ただジッと勇者ちゃんたちを見下ろし続けて淡々と答える。

 その様子に少し言いづらそうにしつつ。勇者ちゃんは恐々とアルベヌを見つめて、その唇を頑張って動かし始めた。

 

「一つ目は、わかります……でも、二つ目は……

 ……――働く、というのは、その……奴隷になる……ということ、でしょう……か……」

 

 だんだんと尻すぼみになる問いかけに、ヒクリと私を包む手が引きつるように動いた。彼の顔を見上げたくて私が大きな手の中、自分の首元にある彼の肌に触れて見上げれば。大きな瞳も同時にこちらに視線を投げてくる。表情も瞳も、先ほどから全くと言っていいほど変わってはいない。少しして前面を覆うように被さっていた手が退けられて、私を乗せている手も動かしては左右のひじ掛けにそれぞれの腕を落ち着ける。

 いや、また潰されると思ったわけじゃなくて、苛立ったのかと心配しただけなんだけど。

 私の気持ちも何のその。アルベヌは私から視線を外して勇者ちゃんを眺め、聖者くんを眺め。その瞳を少しばかり剣呑に細めた。

「あぁ、確か帝国は魔族を奴隷にしている輩もいるのだったか……奴隷……奴隷か」

 少しばかり嫌気がさしたような声色。そんな声を出して少しばかり口を閉ざしたアルベヌを見て、勇者ちゃんの顔もだんだんとうつむき気味になっていく。

 聖者の子も似たような様相で、それを見ていた彼は淡々としたその表情の口角を持ち上げた。

「ハッ! ……なんだ? 奴隷になりたいと? それとも、奴隷とされるならば一つ目を選ぼうと、そういうことか?」

 冷笑。嘲笑。どちらともとれる笑いのこもった一声を発し、だんだんと呆れたような声色へと変えながらアルベヌが言葉を紡いでいく。

 聖者くんは俯ききって身体を縮こまらせるだけ。その隣の勇者ちゃんは、弾かれたようにアルベヌを見た。

「ちが――!」

 

「何が違う。そのような言葉が出るということは望んでいるということだろう? 事実。お前たちはこの国に来るまであの帝国の都合の良い駒――……いや、違うな。

 契約の護符などというものが貼られていたのだ。駒など上等なものでもない。お前たちはまさに帝国の奴隷であったな?」

 

 勇者ちゃんの否定の言葉を遮る様に、吐き捨てるような勢いで声を上げたアルベヌの言葉に。私も勇者ちゃんたちもどういうことか、と思わず顔を向けてしまう。

 私と違って勇者ちゃんたちは顔色が相当悪い。護符のことを聞いたときに彼もメイドさんたちも良い顔はしていなかったのを思い出して、私は彼の口から続いて出るだろう言葉を待つ。

 彼は勇者ちゃんたちの様子を見て、呆れたような色を含んだ瞳でただ見下ろして、私を乗せていない方の腕を動かしてゲイルさんに何かのハンドサインを送る。ただひらりと振っているように見えるが、それを見たゲイルさんは頭を軽く下げてから勇者ちゃんたちに向かって一歩進んでからしっかりと身体ごと向き直って。

 

「解呪したときは教えておりませんでしたが、今この場であれがどういったものか。陛下の命により私がご説明させていただきます」

 

 眼鏡を整えながら発言したその言葉に、視線がゲイルさんに集中する。

 アルベヌはゲイルさんを見た後で小さく吐息を零し、私の乗る手を動かして胸元あたりに持っていっては反対の手で再び小さな体を撫で始めた。

 その顔を見上げれば、面倒くさいと如実に語る瞳が自分を見下ろしていて。勇者ちゃんたちに対し自然と背を向ける形になり、背中の羽根で腕の動きも見えにくいのを利用して私はどうどう、と両手を宥めるように軽く振り揺らして見せながら苦笑を向けた。

 彼の瞳が疲れたと言いたげにゆるりと細められるものの、私には今は撫でられたりすることしかできないので……頑張って? 処遇まだ決まってないんでしょ。

 

「契約の護符……お前たちがどう聞いていたかは知りませんが。アレは護符とは名ばかりの、人を縛り付けるだけの拘束具でしかないのです」


ゲイルさんの言葉に私は目を見開く。聖者くんが呆然と、え。と声を上げるのが聞こえた。

そんな様子を見てゲイルさんは呆れたような目をそちらに向けて、声を止めることなく紡いでいく。


「直接的に付けてきた相手を害すこともできず、また付けてきた相手が望んだことを遂行できなかった場合。その護符をつけられた人は相当な激痛を味わうと聞きます。我らの国ではそのような野蛮なもの、使用を検討したこともないのでどのような痛みかは存じませんが」


 いや何そのイヤなマジックアイテムー!!

 ぇ、勇者ちゃんたち激痛味わってないよね!? アルベヌ倒せなかったあの時に実は痛み走ってましたとか……いや、ないか。勇者ちゃんはともかく聖者くんは痛みとかに耐性なさそう。ごめんね男と女って痛みへの耐性違うんだ。君ら日本人だろうから言ってる意味はわかるよね、ってこれ私の脳内の独り言ですけども!

 私が一人で百面相をしているのを見下ろしていたアルベヌが少し怪訝そうに見下ろしてくるも、私はそれに首を左右に振って何でもないと答えていた。

 あれだ。きっと施行者が魔力注ぐかなんかしないと発動しないタイプだろうと思っておこう。その方が私のためだ。これ以上考えない。


「……簡単に言えば。勇者だ聖者だと言われていたに関わらず、お前たちは帝国から奴隷の刻印を押されていたに等しいのですよ」

 

 言われた発言に後ろで息を呑む様な音が聞こえる。

 私も、いやほんと帝国ろくでもない……事実上の奴隷扱い……と少し遠い目になった。そんな私を撫でる手を止めずに、アルベヌが少し冷めた色を浮かべた瞳で私の後ろになった勇者ちゃんたちを見下ろす。

 ゲイルさんは横でアルベヌに頭を下げて、元のような立ち位置に戻った。

「宰相の発言を踏まえた上で追加するが……我が望む労働は我や特定の存在のためではなく。国民、ひいては国のための労働だ。

 適材適所に置いてもらうつもりではある。奴隷のように扱うつもりは毛頭ない」

 アルベヌが吐いた言葉に私が彼を見上げれば、大きな顔も私を見下ろしいて。何を考えているのかわからない表情と瞳に見下ろされるまま、頭を一度強めに撫でられた。

 私から視線を外さないまま、アルベヌは唇を動かして言葉を紡ぎ続けていく。

 

「自身の命をあっさりと他者に譲り渡すような問いを投げかけるな。我だから良かったが、横のコレに先ほどのを言ってみろ。骨まで貪られることになりかねんぞ」

 

 言葉を紡ぎ連ねる過程で私から手を離し。ゲイルさんを指で指示したアルベヌに、指し示された当人は咳ばらいを返していた。それを聞いた彼は肩を小さく竦めてまた手指を私に伸ばし直して触れてくる。そんな様子を、ゲイルさんが少し呆れたような顔で見つめてきていた。

「……お言葉ですが陛下。それくらいしても当然かと」

「いくら見目は考えれる年頃とはいえ、この世の常識すら知らぬ赤子に取り立てる方が間違いだと言っている。何度も言わせるな宰相……

 さて、娘ら。我は問いに応えたぞ……返答を聞かせよ」

 アルベヌのゲイルさんに視線を向けずに投げた返答の最中、勇者ちゃんたちに視線を投げて言葉を投げる。

 私もそれを振り向いて眺めれば、勇者ちゃんたちは顔を一度見合わせてからおずおずとアルベヌを見つめて。

 

「二つ目を、選ばせていただきます……! できることを精一杯、していきます!」

「俺、いや、私もっ! 二つ目を、選びます……!」

 

「であれば……今日からお前たちはただの人間だ。勇者でも聖者でもない。ただの城仕えとなる。せいぜい励むと良い……

 宰相。勤め場所はお前の采配に任せる。我はもう戻るからな」

 勇者ちゃんと聖者くん、二人が頭を下げながら度合いは違えども震える声を絞り出して伝えてきた内容にアルベヌは瞳を細めて嘆息を零し。私を撫でながらゆっくりと立ち上がった。

 立ったままで静かに二人を見下ろし、ゆっくりとした言い含めるような口調で言葉を紡いだ後でゲイルさんに言葉を雑に投げてしまえば、私を抱いたままさっさと勇者ちゃんたちの横を素通りして謁見の間から出て行ってしまう。

 え、その後の指示丸投げ? 本当に?

 私がポカンとした顔で思わず見上げてしまうも、彼は私を見もせずに撫で続けながら自室への道順を歩いていく。せめてどこに連れて行くかは見届けた方がいいのでは、と顔の前に飛んで制止させようと考えて羽根を震わせるがそれを感知したか。羽根を動かされないように羽根から背中全体を片手で押さえ込まれるように添えられてしまう。

 チラと私を見下ろした瞳と視線が絡むも、またすぐに視線は前に戻される。

「我が必要なところは終わったのだ。これ以上あの赤子たちに時間を割くなど面倒事はせん」

 独り言ちる様に呟く彼の言葉を聞いて、私は小さく息を零す。まぁすごく穏便に終わったし、あの二人に関しては大丈夫だろうと思う。ゲイルさんも変な仕事は割り振らないだろうし……

 まだ魔法使いの子が残っているけれど、あちらはどうするんだろうか……まぁ、こういう話を彼は振って来ないから、私が考えることでもないんだけれど…

 そんなことを思いながら手の上で彼が歩く動きに身体を揺らして。私はただ彼の動きに身をゆだねるのだった。

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