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第6話 「前の私をぶん殴りたい……」

 寝て起きて、食事を貰って魔王様からの声かけあればそれに応えたりして過ごす。

 そんな日々が続いている。友と言うよりまさにペットな生活。

 飛び方とか魔法とか、聞きたいことは山積みなんだけど魔王さま。公務が忙しそうだった。書類持ってくる魔族や人間の多いこと多いこと。

 異世界転生をして、ひょんなことからぱっと見は見目麗しい異性の存在に助けてもらうっていうのはある程度の鉄板だろうと思う。

 まぁ本来だったらそれで恋仲にとかラブロマになるんだろうけど、きっと私はそうならない。だってほら、大きさが違いすぎる。

 もとは人間だった私だけど、今はただの手乗りサイズの、それも人権すら持ってない小妖精らしいし。

 そんなことを考えている中、ガシャンと私の寝室代わりの鳥かごが揺れる。

 あえて意識しないように、と思考にふける様にしていたのだが、下から毎度床を突かれると振動が体に残るのでほんと勘弁してほしい。

 

 今現在、魔王様ことアルベヌはこのお部屋に不在。いるのは、私と。

 

「ねぇ、こっち見てよー」

「痛くしないからお世話させてー?」

 

 そういう時を狙って私にちょっかいをかけに来るメイドたちだけである。

 念のためと自分以外が開けれないように施錠魔法をかけている魔王様に心の底から感謝した。

 この鳥籠は私の落下や逃亡防止も兼ねて割と目の細かい格子になっているので、指を突っ込まれることもない。

 アルベヌ早く戻ってきてくれないかなぁ……

 体格差があり過ぎて一挙一動が怖いと思えてしまえるようになってしまっているが、向こうは慣れろと言わんばかりに今まで通り。そんな存在の帰還をひっそりと願って嘆息する。

 ある程度私を連れまわしている、と前に言った覚えがある。

 つまり、私を部屋において行く時があった。それがこの、魔王の公務での食事会や普通の食事時だ。

 私との初対面で喰らおうとしたのを意識しているのか、自分の食事のシーンを見せたくないようだった。

 行ってらっしゃいと見送ったその時から、こんなことが続いている。

 言葉を返せば絶対厄介なことになりかねんと思って言葉なんてわかりませんというように口を固く閉ざし、掛布を体全体に被せるようにして視線から逃げるようにしていた。

「そろそろしないとやばいよ」

「えー、今日もだめかぁ」

 わざとらしいため息を吐き出して、メイド達が動き出す。流石清掃に来てるだけあって、仕事の手際はいい。

 近くに寄る度に覗き込んできたり籠をつついて揺らされたりするので、こちらは顔を俯かせて布で身体を包み、真ん中から移動しないように務める。

 人間、魔族関係なくやってくるので小妖精の扱い……と思わず息を深く吐いた。

 時たまにだが前に言ったように、獲物見るように視線を投げてくる使用人が複数いるので恐ろしいのだ。

 掃除を終えて出ていく時にもこちらを見てくるしで気が抜けない。扉がしまって足音が遠のいたところで、やっと一息つける。

 頭から被るように身体に巻き付けていた布を肩まで落として、これどう対処しようと考えていたその時、扉がまた開かれる。

 

「フォノ。戻ったぞ……なんだ、寝ていたのか?」

「…………ん、そんなとこ。おかえりアルベヌ」

「あぁ」

 

 メイドよりも大きな魔王様が戻ってきた。こっそりと安堵の息を吐く。

 スタンドに吊り下げられる鳥籠入りの私を見下ろしてくる顔は無表情だが、瞳の色は穏やかだ。機嫌はそこそこ良いらしい。そんな彼が大きな腕を動かしては鳥籠の扉に指先を滑らせ、カチンと音が鳴れば扉が開いた。

 立ち上がり、布を体から落としてそちらに向かうと扉の下に添えられている手のひらを見て、少しの逡巡の後に足を下ろして座り込む。

 やはり大きな手に自発的に乗るのは、ハイでない時は勇気がそこそこいる。

 

「さっきのは普通の食事だったの?」

「面倒くさいことに会議を兼ねたものだったな」

 

 言いながら私を手に乗せては落とさぬようにと両手で包むようにして移動し、執務用の机に座る魔王の巨躯。

 机に置いてあるクッションに私を滑り落とせば、ローブの胸元に片手を突っ込んで何かを探して引っ張りだす。

「北方の貴族も来ていてな。そこで採れる蜜が渡されたのだが、食べて見たくはないか?」

「……良いの?」

「消費して貰えると我としては助かるが」

 ごとりと目の前に置かれたインク壺程の大きさの、巨躯から見れば小さな小瓶。

「前にも貰ったが、見た目以上の甘さに胸焼けを起こしてから食べていなくてな」

「どんだけ甘いのよ」

 思わずつっこんでしまったが魔王様は気にすることも無く、瓶を取ると蓋を捻り開けて見せてくる。

 見やすいようにかこちらに傾けられて、重力に引っ張られるようにドロリと流れる粘性の蜜が目に入る。

 色は金と言うよりは琥珀に近かった。匂いもすごく濃厚。

 確かにこの匂いを嗅ぎながら食べたら相当な甘党でなければ何かと一緒に食べないと胸焼けしそうだなと思えた。

「お前は食事がまだだったろう? 試しに食べてみないか?」

 そう言ってハンカチだろう布を私に渡して来て、受け取ったそれを大人しく首から下に纏うように着用した姿を見た彼は、引き出しから私の食事用としている細長いマドラーのような匙を出した。とぷりとその蜜の中に先端を沈める。

 引き抜かれ糸を引く蜜を匙を回して絡め切り、差し出して来たそれを私は口に含む。

 マドラーの先は大きいので細い先端部に齧り付く形になるが、普段貰うものより粘度が高い。

 何とか匙から口を離せば、口周りに付着したものがポタリと落ちてハンカチを汚す。

 口の中に広がる砂糖でも混ぜられてるのかと聞きたい程の甘みと、鼻を抜ける濃厚な甘い匂いのダブルパンチで、本当に甘ったるい。けれど、身体は不思議と温かくなった気がした。

「甘すぎ……でもなんだろ……ポカポカする?」

「これは北方でしか咲かない魔力を帯びる特殊な花の蜜でな? 魔力回復薬の材料にもなっている。そのせいだろう……お前の種族の体質的に、魔力を吸収しているんだろうな」

「凄い、特産品だね」

 口周りの蜜を巻いているハンカチで拭い取りながら声を上げれば、また差し出される匙。

「……も、もういらない」

「そうか」

 首を左右に振って大きな顔を見上げて拒否する。 何か言われるだろうかとおもったが返事はあっさりしたもので。金の双眸が自分でなく匙に纏わり付いている蜜をじっと見たあとで、その匙を大きな口に寄せて、ぱくりと含んだ。私から見れば赤黒い湿った洞窟とも思えるその口内が一瞬見えてしまって、思わず身体が硬直する。

 空気に触れて少し固まった蜜を舐め溶かしているのか、もごもごと大きな口周りが匙を加えたまま動いているのを見て。出会った初日にあそこに放り込まれたことが思い出される。身体が本能的に震えてしまって、思わず自身の身体を抱きしめるように動いた。身体を丸めてしまう。

 どれくらいそうしていたか分からないが、カラン、とそばに軽いものが転がる音がする。

 そちらに視線を向ければ、蜜が綺麗に無くなったあの私からすれば大きな匙が転がっている。

「フォノ、どうした?」

 頭上から降ってくる言葉に1度身震いするも。もうあんなことはしてこないと頭の中で言い聞かせて身体を、顔を魔王様に向ける。何かを察知されたか瞳が細められた後で蜜入りの瓶にその視線が移され、私から見れば大きな瓶の蓋を大きな手が動いて閉じた。

 

「……元の威勢がいいように振舞っているが……ククッ、中々慣れないなぁ? 友よ」

 

「前の私をぶん殴りたい……」

 閉じた瓶を先程匙が取り出された引き出しにしまい込みながら、どこか愉しげに呟かれる。本能的な恐怖を悟られた私は頭を抱えて呻くしか無かった。

 いやほんと。いろいろハイになるとトチ狂うものだなと遠い目になったところで、私の身体を爪先がつついた。

 チクリとした感覚にビクンと身体が大げさに震える。

「まぁ、また慣れればあのようにも戻ろう? 気長に待ってやれるぞ? ……きっとお前も我と同じくらい……いや。我よりも長く生き長らえるだろうからな」

 震えた身体など気にもせず言葉を紡ぎ、頭を抱えている私の背に触れてくる。

 ゆっくりと両手を頭から離して大きな姿を見上げれば、愉しそうに細められた瞳が私を見下ろしていて、視線が絡めば私は肩を軽く竦めて何とも言えない表情を向けた。

「……待ってくれるのは嬉しいけど、友達なら……無理はさせたくない、とは私も思うから、その」

「余りにも目に余ったらまたあの時のように怒鳴り合えば良い。あそこまで怒鳴ったのもかなり久々だった故、あれもあれで良い日だったぞ?」

「……そう」

 自分をつついた爪のある手指が自分の身体を包むように添えられて、頭頂部に触れてきた指が撫でてくる。

 暫くは大人しく撫でられる私の様子を見ていた大きな顔が、やがてゆるりと唇に弧を描く。

 

「ところでフォノ。あの時に言っていた不逞者の情報がまだだが?」

 

「いや言うわけないでしょ」

 影を帯びたその顔に思わず言い返してしまい、あ。と思うも後の祭り。

 撫でていた指が止まり、表情が少し悪い顔になる。

 添えられていた片手が私を握り込むかのような形に緩く動いて、大きな顔が寄せられた。

「なぜだ?」

「だから、確かに嫌な気持ちにはなるけど、その人たちも初対面時の貴方と同じだからね?」

「それはそうだろうが、少し違う」

 違う? 思わぬ言葉に私が目を瞬かせれば、大きな顔がじっと私を見つめた後で嘆息する。

 蜜を食べたせいか、すごく甘い匂いの吐息が身体を撫でた。

 大きな顔が元の位置に戻ると同時に、ひょいと私の身体も掬いあげられて持ち上げられる。

 目を白黒させる私に空いている手を被せるようにしたところで、扉の外が少しザワつくような音を耳に捉えた。そちらを向いたところで。

 

「お、お約束もなしにこられては!」

「大丈夫だって。確認したいことあるし、通してくれてもいいじゃん」

「大丈夫ではありませんよ……!」

 

 恐らくドア横に立っている護衛と、誰かが揉めているのだろう。

 それに気づいていたのか分からないが、私を手で包む魔王様は1度私が見えるように手をどかしてジッと見下ろしてきたあと、1つ何かを考えた様子で頷いて見せて。

 

「構わん通せ」

 

 と少し大きめの声で外に向かって投げかける。

 外が一瞬シンと鎮まる。しかし次の瞬間には扉が開かれ、銀のショートカットの髪に灰色の肌の貴族然とした格好の青年らしき姿が入ってきた。

 扉を後ろ手に閉めて、ふんわりとした笑顔を浮かべて恭しく一礼する。

「国王陛下、拝謁賜わり恐悦至極にーー」

「やめろ仰々しい上に似合わん。今ここは公では無いのだ、普通にしたらどうだ。ルー」

 挨拶を遮る言葉と最後の名前らしき単語に、交互に大きな姿を見回す。

 遮られた青年はお辞儀していた体勢から姿勢を戻してわざとらしい伸びをして見せると。

 

「助かるー! 堅苦しいの嫌いだからさぁ?

 改めて久しぶりだねぇ、100年ぶり? だったかな?」


 こちらを――というより、魔王を見てお調子者のような雰囲気で声を上げていた。

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