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小妖精に転生したら魔王のペット(友達)になりました  作者: 須野 リア


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第44話 「ご無事で良かったですぅ!」

 全く同じ瞳なのに、全く違う色を見せる瞳が自分を見下ろしてくる。

 チェルルさんは初めての時から今までも、私を小動物を可愛がるような目で見ることがほとんどだ。転生者とは分かっているのだろうが、やはり視覚情報には引きずられるということなんだろうと考えている。

 アルべヌもきっとそうなんだろう。私を出会ってからずっと撫でたり抱いたりしているし……触る力感覚を覚えるために触ってんだろうと思っていたが、頻度が全く変わらない。そういうわけでこっそりと考えを改めていた私である。

 思考が少し明後日に向いてしまったが、目の前のチェルルさんに化けてるだろう人に改めて意識を向ける。瞳自体はそっくりだが、見つめてくる感情がおそらく違う。と言うよりなんの感情もないんだろう。

 笑みの形ではあるが、それだけ。

 この人はなんなんだ。思わず離れようとするように半歩後ろに足をずらす。

「ペット様?」

 私のその動きに顔を寄せることなく不思議そうに上げれられる声に本格的に違うと理解した。防音魔法がなくても、顔を寄せてコソコソと話すくらいはできる。

 メイドさんの中では1番喋りかけてくるチェルルさんがそれをしてこないのは1番おかしなことだった。

 羽根を動かして飛ぶ。まだ不慣れながら魔力を少し多めに使うイメージで。

 とりあえず、距離を取りたいと思った。知らない存在のそばにいたいとも思わないし捕まりたくもない。

「ッ! 逃げちゃダメですよぉ!」

 勢いよく手が伸ばされるのを回避して、バランスを崩しかけるも後方に飛ぶように羽根を動かして何とか飛ぶのを維持する。飛べるようになった途端にこんなことになるとか勘弁して欲しい。

 魔力の使い過ぎも危ないと思って控えめにして高度と距離を保って、部屋の中を手に捕まらないように逃げ回る。もう何度目かも数えていないが、手が伸びてきて後ろに退ろうとしたらボスリと布らしきものに背中と羽根がぶつかった。集中が解けてガクリと落ちかけ、思わずその布に手を掛けてしがみつきぶら下がる。

 何にぶつかったのかとそれを見たら、タペストリーだった。知らずに壁まで追い詰められていたらしい。逃げるのに必死すぎて気付いていなかった。

 また羽根を広げようとした所で。

「鬼ごっこはおしまいですよぉ? ペット様」

 後ろから羽根ごと身体を勢いよく握られる。

 ギチリと身体が軋む。待って力強過ぎる。痛い!

 羽だけ引っ張り出してそれで手を叩いて見るも、大きな手は微動だにしない。

「暴れちゃダメですよぉ。くすぐったいだけですからぁ……んー、でもどうして急に逃げたり……? 大人しい子のはずですのに……」

 語調が崩れた。間延びした声を出すのを忘れたのかやめたのかは分からないが、片腕も頑張って引き抜いて大きな手から身体を抜かせようと手を押し付けるが、ビクともしない。

 ミチギチと身体の圧迫が増す。声が出そうになるのを堪えた。

 

「声も出しませんかぁ? ……まさかとは思いますけどぉ……

 もしかして別人って分かってたりするのかなぁ?」

 

 チェルルさんそっくりな声が、最後には少し甘い感じのする男性の囁き声に成り代わった。ゾワッと身を震わせて身体が一瞬固まる。

「ふぅん? その反応……そっかそっか、もしかして言語も分かってる? だとしたらこんなすごい小妖精見たの初めて……それも、希少な空の子みたいだし」

 怖々振り向けば、チェルルさんそっくりな顔で危ない笑みを浮かべながら見下ろしてくる瞳が愉しそうに細まった。反対の手指が寄せられ、人差し指の爪先で私の顔の輪郭を撫で下ろす。

 思わず顔を背けてまた手から抜け出そうと動けば、ほんのりと緩まっていた締め付けがまたキツくなった。

「……ーーっ!」

「息遣いが他の小妖精たちとは違う。へぇ、珍しいのを飼いだしたもんだね?」

 締め付けに思わず呼気を吐き出してしまって、それを指摘され身を震わせる。怖くて見ることが出来ない。

 大きな指が頭を押し込むように触れてグリグリと動かされる。痛みと恐怖で羽根まで竦んでしまった。身体が動かなくなってしまってじわりと涙が滲む。

 

「あれ。抵抗おしまい? ならーー」

「何をしている」

「っ! き、気付かずに申し訳ありませんー!」

 

 からかうような声が上から降ってきた所でアルベヌの声が聞こえた。私の身体を両手で包むように隠してまたチェルルさんになりすまし声を上げる存在に、私は唇を噛むしか出来ない。その後起こった振動に、身体を其方に向けたんだろうと予想した。

「ペット様が逃げて行きそうだったのでぇ……」

「ほう? 小鳥が逃げようとしたと? ……それはおかしなことだな。怖がらせでもしたのではないか?」

 アルベヌのだろう足音が近づいてくる。この存在が何を狙ってるか分からないから、来て欲しくないんだけど。どうしよう。声はあげれないし身体は手に包まれてるからボディ・ランゲージもダメだし。

 

「いえ、そんなことは……! 私が声を掛けたら逃げ出しちゃいましてぇ……何とか誘導して捕まえましたぁ」

「……ほう。そうか……よくやった。褒めてやろう」

 

 ウソでしょアルベヌも気付いてない?

 聴こえる会話に愕然としてしまう。こうなったら手の中で暴れてでも出ようとした矢先。

 

「なぜお前が嬉しそうな顔をする?」

「え……ぐっ!?」

 

 アルベヌの不機嫌そうな声とまたチェルルさんになりきっていたなにかの呻き声が聴こえて。

 ドバンと私を包んでいる手からすごい音と衝撃が響いたと同時に、私はあっさりと中空に放り出されていた。

 

 え、なに。分からない何があったの。

 

「ペットさまぁ! 飛んで下さいぃ!!」

 

 視界に映るアルベヌと首を掴まれて藻掻く偽チェルルさんの巨塔のような姿を落下しながら見ていたら、またチェルルさんの声が聞こえる。

 そちらを見ればティレナさんに肩を借りながら立っているチェルルさんを見つけて、何とか羽根を動かして床ギリギリで浮遊する。そのままチェルルさん達の方に急いで向かおうと速い速度で飛んでいき、片手を伸ばす彼女のその腕を素通りしてお胸に勢いよくダイブしてしまった。加速つけすぎた。

 ちなみにぶつかって落ちそうになったものの、ぶつかったところは相当柔らかいし後ろから手を添えられてしっかりと抱きとめてくれたので私にダメージは無い。

「ご、ごめんなさい勢い殺せなくて……!」

「良いんですよぉ。ご無事で良かったですぅ!」

 笑顔でコソコソと顔を寄せて喋りかけてくれるこの感覚に、あぁご本人だ、と安堵してしまう。

「飛べるようになったとは聞いていたが、中々良い動きだな」

 チェルルさんのニコニコ笑顔を見ていた時にアルベヌの声が響いたのでそちらを見れば、偽チェルルさんの姿が全く別物に変わっていた。

 背格好はアルベヌと同じくらい。髪色も黒に近い紺色でこちらはサラサラのショートヘアーだ。瞳には黒の中に濃い緑色が浮かんで、それ以外はアルベヌとなかなかそっくりな顔をしている。首を擦りながらその姿はアルベヌを軽く睨んでいた。

「酷い。結構本気で掴んできたでしょうこの悪魔」

 

「悪魔で王だが?」

 

「そのすまし顔、いつか絶対崩してやりますからね」

 いーっ、と子供っぽく歯を見せる姿にアルベヌが嘆息し、私の方に歩み寄ってくる。

「着地には失敗したようだが、中々の飛びっぷりだったな」

 チェルルさんの胸に抱かれている私を見下ろして声を投げてきたところで手を少し離れた所で開いて揺らして見せる。チェルルさんが私を手に乗せ直し、私は望まれるままにアルベヌの手に飛んで移動した。

 ティレナさんのお陰でもう普通の着地はお手の物である。

「上出来だ。ティレナから聞いてはいたがさすがだな……そして不審者を早速逃げにくい場所に連れていくとは高等なことをしたな? よくやった」

「は!? 待ってよ追い詰めてたのボクですけど!?」

「黙れ不審者」

「ちょっと!? 帰ってきたら部屋ん中に知らないのいたボクの気持ちも考えてくれません!?」

「ハッ、知らんな。事前に我の今を調べて帰還しなかったお前の落ち度ではないか。なぁ? 我が国のトップレベルの密偵殿?」

 アルベヌがそちらを見もせずに後ろから投げられた言葉にポンポンと言葉を投げていく。私がそちらを覗こうとしたら飛ばれないようにかガッチリと羽根を片手で覆って、少し影の宿る顔で薄らと口角を持ち上げて見下ろしてきた。いや怖いどうして。

「……陛下のそっくりな影武者の話は聞いておりましたが……髪の色と長さ、角の有無、瞳の色以外、本当にそっくりでございますね……」

 ティレナさんの言葉にそちらを振り向いてアルベヌをまた見上げれば、彼は渋面を作っている。それから不意に私に片手を添えるように手を動かし直すとそのまま歩き出して、執務机に向かい座した。

 後を追うように机の傍にティレナさんと、自力で立てるまで回復したチェルルさんが寄ってきて。アルベヌの影武者らしいそっくりさんも少し離れた机の正面に立って、私たちの様子をうかがってから恭しくその場に膝をついて首を垂れた。

「偵察の任より帰ってまいりました」

「なぜそれをはじめにしないのだ貴様は……どうせ軍議の間に詰めていたことは知っていただろう」

 

「我らが王の部屋に複数の気配があったので同職かと思い動いた次第です。ボクが発った時にはそのようなペットも飼っておらず部屋付きもいませんでしたので」

 

「……あぁ、確かに伝えてはおらなんだな。まぁいちいち伝える義務もないわけだが」

 はぁ、と嘆息して頭を振ったアルベヌが私をクッションに滑り落してから頬杖をついて跪く男を見下ろす。

 それから視線でティレナさんとチェルルさん、私を見てから気だるげに反対の手でその男を指差して。

 

「ティレナが言っていたように、有事の際の我の影武者を務める密偵だ。顔はそっくりだが血族でもない。他人の空似、というものだな。内面は全く似ても似つかんので気にくわんが。

 名をイレインという。覚えておけ……種族は化け烏(ミラークロウ)。何が得意かは先ほどの騒動で分かれ」

 

「あの種族さんですかぁ……ご飯食べて戻ろうとしたら私のそっくりさんに気絶させられてびっくりしましたよぉ」

 アルベヌの言葉にティレナさんとチェルルさんの二人が身を震わせ、チェルルさんが青い顔でティレナさんに身を寄せながら声を上げる。あの種族って何か曰くでもあるんだろうか。

 それに男……イレインさんが反応して、顔を緩やかに上げてクスクスと笑みをこぼした。

「ごめんねぇ。本気で同業かと思ってたから手加減してなかったんだよね……君はあっさり倒れちゃうし、化けて部屋に行けば小妖精なんて飼いだしててそのお世話役がいただけだってわかってちょっと焦ったんだよ? これでもさ……」

 少し嫣然としたその姿に顔はアルベヌだが性格は全く違うらしいと理解した。その顔を見てげんなりとした顔をしているアルベヌが深く重く嫌そうに息を吐き出すのを見て、クッションの上でなだめるように手を振れば、動きに気づいて唇を引き結んで見下ろしてくる。

 そんなアルベヌの様子を見たか、私の様子を見たか。イレインさんが声を響かせる。

「その小妖精に至っては交代の前に様子見してたけど大人しかったのにボクが傍に行ってから警戒するし、あげくに逃げるし多分僕が化けてたのも気づいてたしさぁ……ねぇ陛下? それただの小妖精じゃないですよね? その様子を見るに絶対こっちの言語分かってるでしょう?」

「言ってどうする」

 

「えー? ボクに秘密にしてていいのですかぁ? 貴方が有事の際はボクが貴方に化けるんですよ? つまり一時、その子がボクのペットとして扱われる時がある可能性もあるわけなんですが……そこらのと同じようにしても良いと?」

 

 紡がれる問いにアルベヌがにべもなく返せば、煽るように投げられてくる言葉に私がヒクリと震える。アルベヌが私の頭上で大きく舌打ちをして、私の身体を両手で包むように覆った。

「良いわけがあるか。下衆な脅し文句を投げおって」

「じゃぁ教えてくださいますよね?」

 面白そうに口角を持ち上げて嫣然と笑むイレインさんにアルベヌが私を見下ろしてから嘆息し、防音魔法の呪文を唱えた。それに目を瞬かせたイレインさんだが、アルベヌが口を開いて私のことを説明すると。

 

「転生者!? 本気で言ってる!? ちょ、鑑定! 鑑定させて!!」

 

 立ち上がって執務机に素早く寄っては私をガン見するように覗き込んできて、魔力量やばすぎ! と大爆笑する姿に私が思わず指を差してアルベヌを見上げれば、彼はすごく嫌そうな顔で頭を抱えるのだった。

 

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