第43話 「これができれば完璧です!」
チェルルさんがもってきたお茶を私と一緒に飲んで小休止したアルベヌが、心底面倒くさいと本気の一言呟いた後で窓の外を一度眺めて部屋から出ていく姿を見送る。
まだ正午までちょっとは時間があるし不安点もあるけれど、アルベヌなら最適解をきっと見出すだろうし何ならちょっと暴走したけどアルベヌが認めたからこそその地位にいる宰相さんもいるし。
――……いや大丈夫か? 宰相さん立ち直ってるよね? 若輩の愚か者なんてすごい罵倒投げられてたから、プライド高そうなあの人潰れてないだろうか。
ちょっと心配だが、まぁ勝手な采配をした自業自得感もあるので気にしないようにしようと考えた。
「ペット様、今回の昼食は話を聞いたセシリスさんが担当してくださるそうですよぉ」
「一応カトラリーもドールハウスに用意してはおりますので、後ほどセッティングしますね」
執務机の上からミニテーブルの上のクッションに移動させられた私に、チェルルさん達が微笑ましげに言葉を投げる。
私はそれに頷いて返した。防音魔法はないからあまり声はあげれないし、アルベヌと違ってメイド達はこの状態の会話に慣れてないから声を上げたらきっと大変になる。
それに、たまに防音魔法ない時に声大きくしたりしちゃってるから、そろそろ意識しないと危ないと考えていたり。
今更だが、扉の外にも警護さんいるもんね。だってここ王様の部屋だしなんなら顔だけなら何回も見てるし! 向こうもきっと似たようなものだろう。
そんなことを考えていた私に、ティレナさんがそろりと顔を寄せた。
「では、フォノ様。飛ぶ訓練を開始しましょう!」
言葉を囁きにこりと笑まれる綺麗な顔に、私は大人しく頷く。自力で移動する力はもちろん、逃げたりするための術はこれでもいい加減に欲しいとは思っているのだ。
差し出されたティレナさんの手に乗り上げ、私は彼女の指導のもとで飛ぶ訓練を開始する。
まず魔力操作。身体の方が重たいので飛び立つ時の浮力代わりに使う上に滑空の時の推力にも使うらしい。今まではアルベヌに放り投げられての訓練だったから、手の上に違いはないが足が着いた状態での訓練はすごくありがたかった。
ティレナさんの言葉の通りに魔力や羽根を動かしているうちに、自力で不安定ながら飛び上がることが出来るようになった。その後、滑空する前に方向転換の訓練もする。あと高度を上げたり下げたりといったものまで。
凄く教え方が丁寧でめちゃくちゃ分かりやすい。手が空いた時にしてくれてはいたものの、アルベヌは感覚で覚えろと言わんばかりの訓練だったから余計にそう感じるところがある。
そうこうしてるうちに、いつの間にか部屋から出ていたチェルルさんがお食事ですよぉ、と昼食を持ってきた。ティレナさんが訓練を休憩にしてドールハウスから私用の食事セットを持ち出してくる。思いのほか集中してやっていたらしい。ティレナさんが急ぎながらもセッティングを終えた私サイズのテーブルにチェルルさんが持ってきた私から見たら大皿を乗せる。
頑張って小さくしたんだろう少し歪な私からしたら2人前ほどの大きなオムレツのようなものが乗っている。さらにその横に私からしたら違和感がないサイズのサラダも添えられてるから、セシリスさん相当頑張ったなと両手を合わせて感謝した。
「えーっと、おむらいすって料理らしいですぅ! ぁ、毒見もちゃんとしてますのでご安心くださいねぇ!」
「ぇ、セシリスさんの料理でも……?」
「しっかりとしてきたようで安心したわ。我らが国父のペット様に毒など与えるわけにはいきませんもの」
チェルルさんの発言に私が固まるも、その後ティレナさんが私の声を拾ってチェルルさんに言うように言葉を繋げてくれば、私は頭を抱えたくなった。
アルベヌにはちゃんと毒見役はおそらく別でいるだろうが、私にも必要だとは思っていなかった。そうか、その場合この人たちになっちゃうのか。ちょっとやめてほしい。
「さぁペット様、食事のご用意はできてますのでどうぞ?」
「食べさせた方がいいでしょうかぁ?」
私のそんな思いを理解しているのかいないのか、二人が私を見下ろして笑みながら食事をすすめてくる。
それに肩を竦めつつも、私は大人しくドール用にしては精巧な少し大きめなカトラリーをもって。少し量が多めのお昼ご飯を口にした。
味は本当に日本食のオムライスである。卵の甘さとトマトの酸味。ケチャップライスみたいな中身も再現度凄かった。この世界でも作れるんだ日本式洋食。
サラダもオムライスも1人前よりちょっと少ないくらいの量を残したのは言うまでもない。量が多いんです。
残ったお皿の上の物は残すのがもったいないのと申し訳なさを二人に伝えたうえで、毒見でもう食べたチェルルさんを除外してティレナさんに食べてもらった。美味しいと瞳をキラキラさせていたのでチェルルさんもそうでしょうと笑んでいたし私もうなずいていた。オムライスもいろいろあるが、セシリスさんが作ってくれたのはオーソドックスなオムライスだ。タンポポオムライスとかはさすがに持ってこれないだろう。毒見もあるなら絶対余熱で固まる。
異世界転生してから初めてまともな料理食べたんじゃなかろうか。今までの食生活を思い出してみる。糖蜜だけの日がしばらく続いていたし、甘いお菓子やアルベヌに分けられるパンと主菜だろう肉のかけらやこの間の酒盛りの時のチーズくらいか……と考えて。
私の食生活かなりダメだったのでは……? いや、人間でも魔族でもないから。本来ならご飯いらない系の種族らしいから食べてる方が間違いなのか……?
思わず皿が引っ込められたテーブルの上に肘をついてゲンドウポーズを取ってしまうも、メイドさん二人は私のそんな様子を見ても首を傾けるだけで。片付けもチェルルさんが行い、ついでにご飯食べてきますねぇと部屋から出て行く。そうだ。メイドさんたちもご飯食べなきゃじゃん。ティレナさんを見れば、彼女はにこりと笑んで両手をそれぞれグッと握って見せる。
「私はペット様がうまく飛べるようになってからいただきます」
はい、がんばります。
ティレナさんの言葉に私はこくこくと頷いてテーブルから離れて、魔力で背中の羽根を覆うようにした後で動かした。ふわ、と足が浮く。さっきよりは安定した姿勢で浮けている。
そのまま数度同じ要領で高度を上げてティレナさんの眼前まで飛び上がると、嬉しそうなティレナさんの顔が視界に広がった。
「浮かぶのはもう大丈夫そうですね。では、次は滑空ですね。これができれば完璧です!」
パチパチと控えめな拍手をしてからティレナさんが立ち上がる。先ほどまではミニテーブルの横の床に膝をつけていた体勢だったため、私の視界はメイド服のスカート部に塗り替わった。
そのまま移動をするティレナさんを身体の向きを中空で変えて追いかければ、テーブルの端の方に立って両手を差し出すようにこちらに伸ばして見せてくる。
「進みたい方向をイメージして魔力を流して、体を伸ばしながら翼を動かしてください。上下の動きをマスターしたんですからすぐできますよ!」
なんか難しくなったと思ったが、最後の言葉を聞いて考える。
高低差を変えるのも体の姿勢と魔力の放出量を調整してできることだった。それが前後と左右になるだけなら確かにできるかもしれない。ティレナさんの手は少し高い位置にある。飛びながら高低差も調整できるようになれと。しかしやらないよりはやった方が覚えれるというモノ。とりあえず言われた通りにしようとする。ティレナさんを見て、進みたい方に身体を向けて伸ばす。
できれば一発で終わらせたい。そうしたらティレナさんもご飯食べに行ける。私のせいでご飯抜きとかいやすぎるので!!
そうして私は背中の羽根を動かして、前に移動する。一気に速度を上げるのは怖いから、ゆっくりとした動きで移動するのを心掛けた。
何とかうまくいってる。前に進むイメージとしては羽根の先にエンジンの噴射口が付いている感覚。
ティレナさんの身体に近づいてきて、次は手に向かって飛ぶように身体と翼の角度を変える。一気に垂直になってしまって少し慌てるが、何とか体勢を整えて斜め飛行に移行することができた。
そのまま差し出された手の上にたどり着いてゆっくりと降り立って私が息を吐けば、ティレナさんの顔が少し前にゆっくりと現れる。
「フォノ様の覚えはとても良いですね! ここまで飛べればもう1人前です。おめでとうございます!」
コソリとしたお祝いの言葉に、いったいどこまで飛んだというのかと思わず瞳を瞬かせて眼下のテーブルを見れば、私からすれば結構な距離があってうわぁと思わず声が出た。
私が座ってた人形サイズのテーブルが今いる場所から見れば豆サイズである、と言えば何となくわかってくれるだろうと思いたい。
「チェルルが戻ってくるまでもう少しありそうですね……今度はここから先ほどの場所まで戻ってみましょう!」
考えている間に、ティレナさんが扉を見てからそう独り言ちるように呟いてから、私にまた課題を投げてくる。
私はそれに背中の羽根を広げることで応えて、見事に難なく手の上から先ほどのテーブルの位置まで飛んで戻ることに成功する。
これで私一人でもある程度逃げたりはしやすくなった、と息を吐いた。これでアルベヌの気苦労の一つが消えてくれればいいのだが。
そう思っていた矢先に、扉がノックされて開かれる。そうして見えた姿に、私は何となく違和感を覚えた。
「ただいま戻りましたぁ!」
ご飯を終えて戻ってきたんだろうチェルルさんの姿。そのはずなんだが。
なんだろう。なんかおかしい。
妙に背筋がぞわぞわするも、ティレナさんは普通に対応して会話をしている。それから私を見下ろして食事に行ってきますと告げて出て行かれた。つまり、私とチェルルさん二人きり。
声を掛けようとして、背筋の感覚が警鐘であるかのように強まった。これなんなんだろう。目の前にいるのはチェルルさんのはずなのに。
私が意識せずに身構えているのを見て、チェルルさんが小首をかしげて傍に歩み寄り、私のいる横に座してくる。
そしてその見えやすくなった瞳を見上げて、私は確信した。
この人、チェルルさんじゃない。




