表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/125

第4話 「怖くないはずがないだろう」

 無表情で大きな、遠近法の狂った顔が僅かに眉根を寄せて見下ろしてきている。

「な、んで」

 思わず呆然と声を上げれば、それに応えようと口を数度動かそうとするも頭を振ってそれを辞めた魔王は桶に掛けていたタオルらしき物を摘み取り。

 その反対の手指を桶に入れてきて、私から離れた所の湯面に指を差し込んだ。

「ぬるいと言うより、冷えているな……体調を崩すぞ」

 話をそらされた。理解しても、今の私にそれを言及する元気は無い。それを知ってか知らずか、湯面に付けた指が抜かれたと思いきや、その手指を私に近づけてくる。

「……掴むぞ」

 普段なら何も言わずに掴んでくるのに、端的に宣言された後に握り込まれる。

 生温い人肌。私からしたら規格外な大きさの巨人の手の中。私の今の身体の震えは、恐怖か寒さか、どちらなのだろうか。自分で分からなくて、また情けないことに泣きそうだった。

 この震えを、私を握るこの大きな手の持ち主が知覚してるだろうに言ってこないことが、目の奥の熱に拍車を掛ける。

 緩い力で握られて湯から引き出されれば広げられたタオルの上に落とされ、途端同じタオルが降って来て被さる。余っているところを被せてきたのだろうか。

 

「…………服を着たら呼ぶといい。"聞き逃すことは無いのでな"」

 

 そう言って、また足音が移動する。

 言葉を頭の中で反芻して、私は自嘲するしか無かった。

 私の声が聞こえるように、魔王様は自身の耳に魔法を掛けていたらしい。

「独り言全部聞かれてた……」

 やってしまった、と思いながら、被されたタオルの中でゴロゴロと転がって身悶える。

 絡みついたタオルで水気が自然と取れて、タオルから頭を出せば何着かの衣類がそばに転がっているのが見えた。

 その中で1番楽そうな黒いワンピースを選んで着ると、背中の翼の付け根を背の穴から出す。

 小妖精の羽根は魔力で描かれているため、実態は無いらしい。

 が、付け根だけはしっかりと存在している。転がる時気をつけないと骨らしき部分が当たって痛い。

 さて、服を着たが。どうしよう。

 呼べとは言われていたものの。少し、怖い。

 言葉を全て聞かれていた。

 何を言われるのか、どうされるのか。

 しばらくそのまま立ち尽くすもいい案が出る訳もなく。

「………アル、ベヌ……終わったよ……」

 小さく。掠れた声が出た。

 極度に緊張しているらしい。喉がカラカラだ。

 声を出してすぐ、遠くで何かが動く音が聞こえた。足音が、徐々に大きくなって近づいてくる。

 この音に、私は気づいてなかったのか。自然と顔が俯いて、足元を見ていれば大きな足音が止まると同時に影に包まれる。

「フォノ」

 上から投げられる声は、普段と変わらない。

 でも、顔が。私の顔が、そちらを向くことが出来ないでいた。

「我が怖いか?」

「ーー……っ」

 声が、出ない。言葉にならない。

 こういう時、どうしたらいいのか全く、分からない。今まで、本当に今まではちゃんと接せれてたはずなのに。

 

「そうか」 

 

 何を納得したのか分からない。

 分からないが、淡々とした言葉でそう呟いた魔王様の身体が動いた。

 左右に、大きなものが添えられた感覚がある。

 潰されるんだろうか。それとも、初めの時みたいに食べられるんだろうか。

 思わずギュッと目をつぶってしまう。身体が震える。

 怖い。怖い。息が早くなる。浅くなる。

 周りがさらに暗くなる。両手が迫ってきた。

 身体をガチガチに固めていたら、すり、と頭頂部が撫でられる。

 その感覚に、びくりと身体を震わせた。

 

「…………良かった」

「ーーーー……え……?」

 

 思わぬ言葉に顔が持ち上がる。

 見上げた大きな顔は無表情ではあったが、唇が引き結ばれてるように見えた。

 

「よか……?」

 

 なぜ。すごく失礼なことをした。

 きっと怒られるようなことを考えてた。

 なのになんでこの大きな魔王様は良かったなんて言えるの。言ってくれるの。

 呆然と見上げる私に応えるように、頭を撫でる指の動きは止まらなかった。

 

「出会って少しして……お前は無理をしているのでは、と思っていたからな」 

 

「え」

 なんでそんな心配をさせてしまっていたのか、わからない。一人きりになる前の私は、そんなに切羽詰まったように見えていたのだろうか。

 自分で考えてもよくわからない。

 頭に触れる指の動きが止まって、その自分の顔面ほどある指の腹と、先ほど私を器用に突いていただろうその背から伸びる鋭利な爪を思わず振り返り見て震えてしまう。

 今まで見ても平気だったのに。そう考えて、私は顔から血の気が引く思いがした。

 

 なぜ、平気だったの。異世界転生してから、今まで。

 

 本当に、ただ流されるままだったということを理解してしまった。

 初めから、落ち着いて考えられるような状態じゃなかったのだ。環境が突飛すぎた。姿も前世と違いすぎ、大きさも違いすぎ。初めに気づいた環境では檻の……いや、飼育箱の中だった。

 自分のキャパシティを超えることを、処理することを本能的に諦めていた。

 だからただただ流されて、これが、この大きさならこれが当たり前だと思うように過ごすようになっていたのだ。

「ぁ……っ!」

 頭で今まで平然としていた理由を理解してしまって、思わず小さい声がこぼれる。

 身体が震える。視線が下がる。足が動かない。

「考える――-……いや、振り返る暇がなかったからだと、さっきの言葉を聞いて理解してな。居ても立ってもいられず、先ほどは思わず戻ってしまったが……足音にも気づいていなかったな? 普段なら気づくだろうに」

 あぁ、やっぱり気づいてなかったんだ私、と今までなら軽く返せてたはずだろうに、今は声すら出ない。

 何とか首だけを大きな顔にゆっくりと向けた私をどう取ったのか。魔王様の瞳が細められる。

 その目を見上げてどれくらいたったのか。硬直していた身体を左右の両手が素早く包み込み、かかる重力に持ち上げられたと生温く暗い即席の狭い部屋の中で理解した。

「ちょ、え……!」

 この巨体の片手以下の大きさしかない私は、両手ですっぽりと覆われ指の隙間から入ってくるわずかな光で自分を包む手指の生み出す陰影しか見ることができない。

 断続的に来る縦揺れに付随する重力の負荷と重すぎる足音が体全体や耳に響く。しかし外の視界の情報がないからどうされるのかわからない。

「こわい」

 思わず呟いてしまえば、ぎち、と自分を包む肉の部屋が音を立てた気がした。

 次いで、わずかに入っていた光もなくなる。生温い暗闇に、人肌の匂いがする壁と床に体を包まれる。

 もしこのまま、両手を合わされ本気で握りこまれたら。私の身体なんてきっと。

「だ、して……! 怖い、こわいから……っ!」

 悪い想像をしてしまって思わず涙が滲み声が出る。口を慌てて塞ぐも、動きも暗闇も終わらない。 

「あぁ……良く、言えたな」

 けれど、この手の持ち主の声が外から聞こえた後で、エレベーターの降下するときにかかるような重力を感じて何かが接地する大きな音と振動が来れば、頭より上に被さっていた手が取り払われた。唐突に明るくなって思わず目をつぶると同時に、背に指だろう物が添えられる。

 それに身震いしてしまうも、それを知覚しただろう手の持ち主は気にしていないかのように、指の一つで後頭部をやわやわとこする様に触れて撫でてきた。目が光に慣れてきて大きな腕のラインを追うように見上げて、その腕に見合う大きな顔を恐々と見上げれば。普段無表情気味なあの顔が少し困ったように眉根を寄せていた。

その顔が、こちらにグイッと無遠慮に近づけられて近くなれば、私は思わず背もたれになっている大きな指に縋りつくかのようにのけぞってしまう。 

 

「こんなに大きな、それもお前を初対面で喰おうとした化け物、怖くないはずがないだろう。

 泣かせてしまったのは申し訳ないが……友の本音が聞けて、我は安堵している」

 

 言葉と同時に、詰めていた呼吸を吐き出すように出てきた吐息が私を撫でる。

 思わぬ言葉に目を白黒させる私をしばらく至近距離で見た後に大きな顔は上半身の傾きに合わせて離れていく。

 その顔を見上げて瞬いた私の目からぱたた、と水が零れたのを自分で理解して思わず顔を袖で拭って、また魔王様を見上げた。

 

「おこら、ない……の……?」

「なんだ、今更怖がるなと怒ってほしいのか? ……この場合、怒っていいのはお前だと思うが――あぁ、いやまて。一つだけ、お前に言わなければいけないことがあった」

 

 最後の言葉に、少し怒気が混ざった。

 それを感じてびくりと震えてしまい、それが関係しているかわからないが私のいる手が少し怒気を孕んだ顔の前に連れていかれる。

「お前を案じて優しくしようかと思ったが、こればかりはきつく言わねばわからんかと思い直した。耳を軽く塞いでおけ……怒鳴るからな。覚悟をしろ」

 そんなに大きな声になるのか、と言われた言葉に身を震わせつつ大人しく言うことを聞いておく。両手で耳を押さえた私を見たところで、魔王様はチラと視線だけ動かしどこかを見てから思案顔になる。

 

「響かぬ壁よ、声を此処に留め消せ」

 

 何かの呪文らしきものを唱えたところで私と魔王様だけが収まるような大きさの半透明の壁が四方と天井を包む。呪文の文面的に防音魔法かなんかだろうと予想をつけた。

 それを確認した魔王様が私に向き直り少し手の位置を顔から遠くにする。少し遠ざかったご尊顔の獣の瞳孔が、ギラリと自分を睨み据えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ