第3話 「この魔王様引きこもりか……?」
注意(/・ω・)/
お風呂シーンあります。
「……アルベヌ……??」
「すまない……」
「私の翼すっごく薄いんですけど」
「……お前が美味すぎて、つい」
「アルベヌ!」
「っ! す、すまない……! 我の魔力を分ける、分けるから、その……許してほしい……」
手鏡に映る自分の体をくるめるほどあった翼が、半ばからちぎられているかのように見えるような状態になっていた。そこから先はまるで薄すぎるヴェールのようにほんのりと見える程度。
翼に巡らせる魔力が足りなくなるほど貪ったらしい己の飼い主に当たる存在に声を上げる中、思わず叱責するような語調で名を叫ぶと巨体がビクリと身を震わせてしおしおと頭を伏せる。
自分と見比べて目測だが体長は20倍近いであろう男がしょんぼりとしおれるところを見たら何となくこれ以上言う気も失せてくる。
それにもともとお願いしたのは自分なのだし、と私は頭を左右に振ってから。
「お願いしたのは自分だから、もういいよアルベヌ。次から注意してくれると嬉しいけど……」
「ほ、本当か……?」
「嘘ついてどうすんの。あと貴方の魔力もいらない。私は魔力枯渇状態でも特に困ると思わないし」
「……」
「ぇ、そこでなんでそんな残念そうな顔するわけ」
「……マーキングにもなると……思ってな……」
「あなた私を引き連れまわしてるからいらないと思うんだけどねこれ以上」
「お前は本当に……いや、何も言うまい。次は気をつけよう」
私のずっぱりとした物言いにしゅんとしてた表情から一変して何とも言えない顔を向けてくる美丈夫に私が肩をすくめて見せれば、手鏡を下ろして反対の手も私を包み。
顔を寄せて額を私の座り込んでる体に押し当てるようにしてくる。
そのまま数度擦り付けるようなな動きをしたのちに顔を上げた美丈夫の顔は。いつものごとくの無表情に戻っていた。
「さて……なら魔力枯渇のお前に飛ぶことを教えるのも厳しいな。
魔力回復は食べて休むのが一番だが……お前はどうしたい?」
顔を言葉を投げつつ黒い爪先を私のか細い首から側頭部までなぞり上げる。鋭利なそれが肌をくすぐるその感覚に身を捩らせれば、その爪のある巨大な指先は頭頂部に触れて後ろへと滑らせた。
一瞬かかる圧力に自然と顔が上を向けば、ただ静かに自分を見下ろす遠近法の狂った美丈夫の顔がある。
「食べて休むって普段と同じよね……私そろそろ本当に太りそうでいやなのだけど」
「ん? ……そうか、転生者だからか……我が毎度食事を用意してしまっているが、普段の小妖精はあまり食事をとらないからな……」
「そうなの?」
「糖蜜などを飲むのも魔力回復を狙ってのものだからな。小妖精は普段は空気の中に溶けている魔力を体全体で摂取していると聞く。
なので基本的には小妖精は我らと違い、食事というものを特段必要とはしないとされているな」
「……体が慣れちゃったのか、しっかりお腹は空くようになったわよ?」
見上げたところで懸念の言葉を上げれば、何を馬鹿な事、と言いたげな瞳に一瞬大きな瞳がなったものの、すぐにその色は霧散する。
自分を触っていた手を顎にもっていき、しばし思案してから自分から視線をそらしたのもばっちり見えていた。
そして同時に呟かれる小妖精の新たな事実に私が思わずまた瞳を眇めてじとりとした目で見上げれば、巨躯の肩が少し跳ねて落ちる。
「……すまない」
ポツリとこぼされた言葉に私が大きく息をついて座っている大きな手のひらを数度たたけば顔がこちらに向いてくる。
その顔をじっと見上げ返して、溜息を吐いて見せた後。
「そうなっちゃったのは仕方ないから責任取ってね。太ったら運動相手になってよ?」
あきれたような声を上げる手のひらの上の小さい私に彼は瞳を一度瞬かせ。
やがて、顎にもっていっていた手をこちらに伸ばして大きな指で小さな体を撫でおろす。
「そんなことでいいなら、喜んで付き合おう」
瞳がゆるりと柔くなり、ささやくように呟いてきた声はしっかりと響いて届いた。
その間にも繰り返し身体は温い指先に撫でられていて、私は一度そういえば、と瞳を瞬かせた。
あれの準備をしてもらっていない。
「アルベヌ」
「なんだ」
「お風呂入りたいんだけど」
「そうだった。約束をしていたな」
私の言葉に思い出したといった様子を隠しもせず撫でる手を止めてそのまま立ち上がる魔王様。
異世界の王城とか一体どういう作りになってんだろうと思っていたが、不思議や不思議。
この魔王様、どうも無駄が嫌いらしい。
本来なら王族専用の大浴場があるらしいが、そんなでかいところ一人で使ってどうすると来賓があるとき以外は王城の人たちに自由に使うように言っているらしいし。
そしてこの部屋。いちいち執務室と寝室隣で分ける必要があるのか? と自分で壁ぶち抜いて無理やりリフォームするよう仕向けた挙句、さらにその隣にバスルームを作らせたとのこと。
現在そのバスルームにあるおそらく私を拭うためのタオルをひっかけた手桶の中に湯が注がれ。その準備を手ずからした魔王様に服も唾液に濡れてるのだからと着衣状態で湯に入れられた私は改めて思う。
「お風呂まで隣接……この魔王様ひきこもりか……?」
「本人がいる目の前でよくそういうことが言えるな?」
「ごめんて。爪でつつかないで刺さる。刺さるから」
うっかりとつぶやいてしまった言葉にやってしまったと思うも、頭頂部が鋭利な爪の先でチクチクと刺される感覚にバシャバシャとお湯を跳ねて逃げ惑う。
「手洗い場は各階にあるが湯殿は王族、来賓用と使用人用の二つしかないうえ、今やそのうちの一つ、相当な広さのあそこを使うのは普段なら我だけなのだぞ? 無駄ではないか」
「……えーと、一応これ聞いていいの……? いやだめなら言わないでいいんだけど……
アルベヌのお父さまとかお母さまとかは……?」
問いかけに自分を追い回していた指がぴたりと止まる。そろりと顔を見上げれば、渋面を作っていた。悲しいでも何でもなく。本当に渋い顔。いやどうしたの。美人が台無しすぎる。
思わず逃げていたのに近寄って見上げれば、ギリっと歯ぎしりする音が響いた。うわぁ怖い。
「ラミア族の母は死したが、父は存命のはずだ。時期に会うこともあると思うが、自由すぎる存在でなぁ……
まだ齢が当時900にもなっていない我に『喜べ! 今日からお前が王だ!』と王位を投げ渡しどこぞに隠居している。たまに手紙が来るがこちらからの折り返しは不能だ。自由にあちこち放浪しているようだから手紙が届かんらしい」
聞こえた言葉に目を見開く。お母さんが死んだのはわかった。お父さんが生きてるのもわかった。でもちょっと待て。齢当時900ってなに!?
「アルベヌ……900歳以上……? 悪魔族って長生き……?」
「最長で万年単位を生きた者もいると聞く。我もそのくらいは生きれるかもしれないな……それにしても、年齢など重要か?」
思わずまた声を上げてしまえば首を傾けて疑問を表現してくる魔王様。
私から見たこの人の年齢は、19~25の間くらいの年齢にしか見えない外見をしているためにそんなにご長寿だとは思っていなかった。いや言葉遣いは見た目のわりに古臭いとは思っていたけど!
この見た目で900歳以上……? ま……?
驚きすぎて静止してじっと見上げていたら、背中からばしゃりと湯をかけられる。
「わ、ちょ!?」
「ぼんやりしているからだ。そんなに我の年齢を意外という顔で見ているが、そういうお前はどうなのだ?」
「異世界転生したばかりだから0歳じゃないの? しらんけど」
「ふむ……まぁ小妖精に子供時代はないというし、それが正解の可能性もあるな……」
「いやさすがに噓で、しょっ!?」
話してる最中にもう一本の手も桶の中に入ってきて両手で湯を掬えば私の上から無遠慮にザパリと落としてくる。
意外と結構な水量があって重みで湯に身体が押し倒され沈む。慌てて顔を上半身を水面より上に出して、少し飲んでしまったが口と鼻に入った湯を吐き出す。頭を振り、髪をかき上げて薄らと笑んでいる高い位置にあるご尊顔を見上げつつもそばに来た指の一つを咽ながらもべしりと叩く。
「げほっ、ちょっと! びっくりするじゃない!」
「なに、我と話したくてしょうがない友が中々体を洗おうとしないのでな。手助けしてやろうと思ったんだが?」
二つの鋭利な爪の先が器用に私の服をつまんで持ち上げる動きを見てその爪に手を当てて押しとどめる。
「自分でできるから! できるからちょっとあっち行ってて!」
「ククッそうか……残念だ」
爪が服から離されるのを見て手を離せば、その指が頭に触れて離れていく。それと同時に、魔王様が何かを思いついたような顔をしてふいに指をバチリと鳴らす。
魔法を行使する合図のはずだが、いったい何の魔法を使ったのやら見当もつかない。
「我は離れるぞ。出るときに呼べ……聞き逃すことはないから安心しろ」
顔を寄せてから一言そういうとあっさりと顔を離して私の視界から消えていく。
足音が遠くなり、シンと静まり返った空間で私は吐息を漏らす。
本当の意味で自分一人だけになった空間なんて、この世界に来て初めてじゃなかろうか。普段のお風呂は大きめのスープカップみたいなやつを用意してもらって机の上で、魔王様の目の前で入ってる。魔法で壁を作ってもらって、覆い隠されながらの入浴をするから……一人でゆっくりとはいかない。いたずらに魔法を解かれたらと思うとほんと気が休まらない。
魔王様が私から離れる時もあるけど、そういう時は大抵部屋には掃除しに来たりするメイドだったり執事だったりが入って仕事で動き回られるから純粋な1人にもならないし。
服を脱ぎ、湯の中で揉み洗いして、ふちまでの高さがあるのでひっかけるのは無理だなと絞らずに沈めることにしておく。
そうして桶に背を持たれて、湯舟代わりのその中でバスルームの天井を見上げる。さっきの一連のやり取りを頭の中でよぎらせて、お湯に一度顔を沈めて、息が苦しくなって勢いよく出したときに。
「いやいや年齢詐欺すぎるでしょ」
自分の顔を両手で覆い隠しながら声を上げる。
なんだ0歳って。勢いで言ったにしてもひどすぎるわ。
「前世での実年齢いっときゃ良かったかなぁ……でもあちらからしたら赤子とかと大差ないよねぇ」
顔から手を離して、お湯を掬い上げて手から腕へと滑らせ零す。なんてことない、ただの手遊び。
「さっきのもこれであれかぁ……大きさの差がえぐいよー……はは」
悪意も何もない。純粋な巨体の起こす一挙一動が自分の命に直結している。この現状に思わず失笑が漏れた。
「あの童話の小人たちってホントたくましいんだなぁ……」
人間の家にひっそり住んで、その人たちが忘れていたり、ちょっともらってもばれないものを拝借して生活していた小人たちのお話を思い出して、思わずつぶやいてしまう。
でもあの童話には、今の私にないものがあの小人たちにはあった。
私がこの世界に来た理由はわからないが、来てしまった理由は何となくわかる。
「私、向こうで死んだんだよね」
魔王様の前ではいろいろハイになって吐き捨てていたが、いざ落ち着いてこういう風に自己分析すると、背中にひやりとしたものがよぎる。
肩まで湯につかる様に。体を丸めて膝を抱える。
ジワリ、ジワリと目の奥が熱くなる。潤む。
「親不孝な娘でごめんねぇ……」
家族の話を、したからか。思い出してしまった前の世界の家族の顔、友達の顔。
「お出かけの約束、できなくなっちゃったよ。ごめんね……!」
ぽたり、ぽたりとあふれ出てしまった涙が湯面を叩いた。ぎゅっと目をつぶり、お湯に再び顔面をつけて、乱雑に顔を湯で洗う。
この世界で私は、弱者だ。
右も左もいまだわからない、転生して流されるままにやってきた私を、嘘かホントかわからないが【友】とするあの魔王様に庇護されている。これがなければ私はきっと、あっけなくまた命をなくしていただろうということも理解している。
水面に顔を出す。私の今の身体の情けなくなっている顔が映りこんだ。
「……でも、それでもよかったんじゃないの……?」
この世界に、私の家族はいない。この世界に、私が仲良くしていた友達は存在しない。
この世界でまともに会話したのは、今のところ私に優しくしてくれるあの魔族の男だけなのだ。
すごく、すごく失礼なことを考えてしまっている。
あの時に言った言葉も嘘では無い。守られているのはわかっている。わかっているのに。
「きっと私は、彼が飽きるまでの命なんでしょうね」
ダメだ。音にしたらダメなのに。口に出してしまう。
ぎゅっと口を引き結んで、口元を温くなってきた湯に沈めた。目を閉じて、あの小生意気な調子を戻さなければと心を落ち着けようとする。
が、ザワザワモヤモヤと心が落ち着かない。
パシャリとお湯が跳ねる。身体が震えてる。
今更。本当に、なんで今更。
「怖い、なんて……今更……っ!」
「今更でもなんでもない。それが当然の感情だろう」
「っ!!」
後ろ、と言うより上から聞こえた声に身を震わせて見上げれば、離れたはずの魔王様の、こちらを覗き込んでいるご尊顔が真上にあった。
3/6 20:34に気づいた誤字修正しました……