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第19話 「実感がないです先生」

 振り向けば、黒い手袋の指先。腕の線に沿って見上げれば、楽しそうに笑んでいるルミさんの顔がある。

「ねぇ、俺たちからしたらフォノさんは垂涎もののご馳走なんだけどさぁ。それ、この王様にも言われたことない?」

「あるけど……小妖精は魔力回復や非常食にも使える特効薬だから、でしょ?」

「違う違う! ん? いや、ある意味違わないんだけど……正確な意味合いがさ、ちょーっと違うんだよなぁ」

 私を小突いた指を動かしてさりげなく私の背筋をなぞり上げる手袋の質感にぞわっと背筋を震わせて離れるように身体を捩らせる姿を見つつも、ルミさんは私を見て一度青い舌で唇を舐めて見せ。

「確かに小妖精全体が特効薬扱いだけど、やっぱりランク付けってものは存在してるわけ。基準になるのはその小妖精個々の所有する魔力量ね。ピンからキリまであるんだよ? 個体差激しいの。

 ランクは下から低級、中級、上級に最上級。そして特級ってね。魔族なら特級クラスの魔力を持つ個体もいるけど、人間なら奇跡的に持てても最上級行くか行かないかくらいだって言われてるんだぁ。魔力が馴染みやすい身体してないからねぇ、人間は。魔力の全くない個体もいるくらいだし。まぁ、人間の話は置いとくとして、フォノさんの場合はねぇ?」

 つらつらと説明をしてくれる中で思わせぶりに言葉を区切り、獲物を見るような瞳の色で笑みを深めたルミさんが私を見下ろす。初めて会った時のアルベヌと様相の似ているそれに、ひゅっ、と思わず息を吞んだ。吞んでしまった。それを見て愉悦が滲みだした瞳が愉しげに歪む。

 

「魔力がそこらの小妖精と格が全く違う特級の中の特級になんの……だからすーっごく、美味しそうなわけ」

 

 言葉が紡がれながら顔が上から近付いてきた。ヒヤリとした空気が肌を撫でて固まった私の視界に灰色の肌と。私の頭なんて軽く咥えられる大きさの唇が広がった。

 思わず喰われると頭がそういう想像をしてしまった私の喉が引きつり、唇が戦慄いたところで。突然何かが身体の前に移動してきた。目を見開いて確認する間もなく、胸部を押され後ろに倒されてぐるりと世界が回る。身体を緩く締め付けられる感覚を覚えて視界が定まると、手に乗せられていた状態から握られている状態に切り替わっていることを理解した。自然と下を向いた顔の先にあるのは、アルベヌが先ほど投げ捨てただろう私には読めない文字が書かれている紙。

 

「いっ、で……ッ!」

「それ以上怖がらせたら本当にこの首をへし折るぞクソガキが」

 

 なんでと目を白黒させていた時に上がった声にそちらを見れば、ルミさんの前髪を鷲掴んで無理に上に持ち上げ後方へと押し込んでいるアルベヌの片手が見えた。

「ちょ、ごめ、ごめんって! 調子乗りました! 痛いから! いたい!」

「我ではなくフォノに謝れ痴れ者が!」

「フォノさんごめん!! ごめんなさい! 悪魔族って嗜虐性強いからつい意地悪しちゃうんだよ! それにフォノさんの顔すごくよかったから」

「言い訳をするな愚か者」

 ギチギチとすごく痛そうな音が聞こえてルミさんの悲鳴も少し大きくなった。いやほんとに痛そうだし首後ろに折れそう。 

「あ、あるべぬ」

「すまないこいつの首を折るまでしばし待て」

「折らないでいいから……! 折らないでいいから、謝ってくれればいいから離してあげて……!」

 アルベヌを見上げれば目がかなり怖いことになっている怒り顔になっていて、必死にやめるように声を上げる。

 私の言葉を聞いてしばらく静止していたアルベヌだが、やがて舌打ちをすると銀色から手を離した。

 離されたルミさんは頭と首を押さえてさすり、酷い目にあったといった様子で私を見る。

「フォノさんありがと……そしてごめんなさい……」

「次から、しないでね……?」

「はい……」

 きっと顔色が酷いだろう私のげんなりとした顔を見て、ルミさんがしょんぼりとした様子で先ほどとは全く違うしおらしい返事をする。

 そんな私とルミさんの様子を見てアルベヌが深く息を吐き出し、私をゆっくりとクッションに降ろした。大人しくクッションに腰を落とす私を見下ろして、金の瞳が細められる。

「話が脱線したが。まぁこいつが言った通り、お前の魔力量は人間からすれば桁違いというものになる。だからこそ、たとえ話でドラゴンと戦えると言っているのだ」

「実感がないです先生」

「まだ先生になった覚えはないぞ」

 先ほどので精神的に疲れてしまって投げやりな返答になるが、いや本当に実感がない。ランク付け基準で言えば人間の最高値の魔力は良くて上級クラス。魔族は特級クラス。それはわかったが私が特級の中の特級って言われてもピンとこない。

 げんなりした顔で私が考えていることを何となく理解してくれたのか、フレイさんが控えめにあの、と声を上げる。それにアルベヌとルミさんも顔を向けて。

「無礼を承知で発言させていただきます……フォノ様はまだ魔法を扱えないので、魔力を見ることも難しいのですよね? 実感は沸きにくいかと……」

 

「……無礼を許そう。確かにお前の言う通りだ……近々魔法を教え、飛び方を教えようとは思っているが……まだこのように不安定では、下手に教えることもできん。

 操作中に魔力を暴発でもされた方が厄介だ。せめて我の挙動に本当に怯えなくなるくらいまでは精神を安定させてもらわねば、大怪我の元だからな」

 

「うーんそっか。外側だけ整えててもってやつだねぇ……」

 フレイさんの言葉にアルベヌとルミさんが再び私を見下ろす。それに私は顔を歪め、顔を俯かせてしまう。逸らしてしまう。

 だってしょうがないじゃないか。みんな大きすぎて、私はみんなからしたら小さすぎる。違いすぎて頭では平気とわかってても怖いのだ。それに平和ボケした日本人だし、恐怖とかには慣れてない。

 甘えだと思う。思うけど心の持ちようを一人で変えるなんてそう簡単にできることじゃない。

「……フォノ」

 呼ばれて恐る恐る見上げれば、アルベヌが少しばかり眉根を寄せてこちらを見下ろしていた。

「今何か考えただろう……教えてはくれないか?」

「……べつに、なにも」

「フォノ」

 問いかけに言ったところで、と否定を投げれば少し強めに愛称を呼ばれて身を震わせる。

「……ずっと友に恐れられるのも、悲しいものなのだぞ」

 少し寂しそうに投げられた言葉に思わず目を見開いて、ぎゅっとこぶしを握る。

 ルミさんとフレイさんは私たちの様子を見ることに決めているようだった。

 

「っ……ごめんなさい……やっぱり、大きさの違いって、怖いの」

 

 私の言葉に、アルベヌが思わずだろう。片手を動かして伸ばしてくるが途中で止まって机に降ろされる。

「……本能的に、まだちょっと怖いんだと思うの。初めに食べられかけたのもあるし……身体が反応するようになってるんだと思う。

 それに軽々握られたり持たれたり首や腕摘ままれて動かされたりっていうのも、下手したら潰されるんじゃないかって怖い想像しちゃうし……そんなことないって頭ではわかってるよ。わかってるんだけど」

「……頭では、わかっているのだな?」

 確認するように問われる言葉に、首を縦に振って申し訳なさそうに見上げる。

「うん……とても優しい友達だよ貴方は。死にかけの私を救ってくれた恩人でもあるし、養って貰ってるから保護者みたいに感じてもいるし……まぁ、ペットと飼い主演じてるときはちょっと怖いときあるけど……

 あと私は前世の平和ボケしてたお国柄の影響もあって、あまり恐怖とか……耐性がないから……」

「そういえば、魔法がない世界、とは聞いたが他を聞いたことがなかったな……争いはなかったのか?」

「あったけど。あってはいたんだけど……私の過ごしてた国とは違う国ばかりで。怖いニュース……情報みたいなのは、聞けてたんだけど。何処か他人事で」

「だから平和ボケ、か」

 ふむ、と思案するようなアルベヌの様子にルミさんも何やら考える素振りを見せる。そんな中で、ふと視線を感じてそちらを見る。フレイさんがなにかを思いついた顔をして私をしっかりと見つめてきていた。

「フレイさん?」

「フォノ様、もしかしたらなのですが……コレで本能的なモノが軽減されるかもしれません。話を聞いて下さいますか?」

 フレイさんの言葉に何かあるのかと私が聞く姿勢を見せれば、アルベヌとルミさんもフレイさんを見る。

 ふぅ、と気持ちを落ち着けるようにひとつ息を着いたフレイさんは私を見つめて困ったように眉根を寄せた。

 

「私も、フォノ様が実は怖いのです」

 

「っ!」 

「「は?」」

 吐き出された言葉に私が目を見開き、アルベヌとルミさんは訳が分からないと言いたげな視線と声をフレイさんに向けた。

 フレイさんは瞳を少し震わせ、申し訳なさそうに私を見つめる。

「…………私、こんなに小さくて。魔法も使えないし飛べもしないから、貴女の好き勝手にできるのに?」

「フォノ!?」

 私が思わず口からこぼした言葉にアルベヌが声を上げてくる。耳がキンとしたが片耳を押さえるだけにしてフレイさんを見上げ続けた。

 

「だからこそ、怖いのです」

 

 見上げる彼女の表情は不安と恐れが入り交じるものだった。

「小妖精の身体は本当に弱い。私がもしうっかり握ってしまって、骨でも折れたら? 力加減が強すぎて、指で身体のどこかを潰してしまったら? 触りどころが悪くて最悪殺してしまったら?

 …………私――いえ、第3班のメイド一同、このように、フォノ様と接するのが怖いのです。チェルルなんて、がんばって普通にしていますが1番気にしています。昨日の今日ですので」

 

「いやいや流石にそこまで脆くないでしょ!」

 

 フレイさんの発言にルミさんが反応する。彼女は首を左右に振って、自分の手を見る。その手をギュッと胸元で握り締めて、跪くようにその身体を床に落とす。私の目にはフレイさんが見えなくなった。

「誠に出過ぎた事を申し上げます。陛下、シャンテレール様。

 小妖精を食べる以外に、弄んだりした経験が無いわけではないでしょう。翅を毟ったことは? 手で握り潰したことは? 足で踏み潰したことは?」

 

 聞こえてきたフレイさんの言葉に、私は思わず身を震わせる。

 私から見える二人も、それぞれ苦虫を噛んだような顔をしたのがわかった。

 それ以上何も動かない二人に痺れを切らしたか、少ししてフレイさんの声がまた響く。

「私は、あります。もっと尊厳を踏みにじるような行為もしたことがあります。だからこそ、怖いのです。フォノ様に対してつい魔が差して。そのように扱ってしまったりしないだろうかと……!」

 フレイさんの震える声に、アルベヌとルミさんの二人が唇を動かすことは無かった。

 そんな中、私は吐き出されたフレイさんの心情に。


 すごく、安心したような。そんな心地を覚えていた。

 

「そうなんだ……そう、だったんだ」

 

 私は思わず、ポツリと言葉を漏らした。

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