第17話 「とんでもない俺様だぁ」
あの事件が終わった後は本当に体力がなかったらしい。クッションで横になってたら気づいたら寝てたし。なんならいつの間にか鳥籠の寝室に戻されてたし。
その翌日の今。私はアルベヌが公務をしている傍らの、昨日寝落ちてしまったあのミニテーブルの上で二人のメイドさん……チェルルさんとフレイさんに囲まれ、巻尺らしきものを体に添えられたり巻かれたりして大きさを測られている。
「この大きさなら、あれでもいけるかしら……」
「ペット様、どちらの方がお好きですかぁ?」
私の大きさをメモしたフレイさんが思案するように独り言ちる傍ら、私に質感の違う布の端切れを差し出して問うてくるチェルルさん。
シルクみたいなツヤスベな生地と少し毛羽だってふわふわした生地。あれだ、マイクロフリースみたいな。どちらかと言えばふわふわが好きだけど、何に使うんだろう。
「どちらも好みじゃありませんかぁ?」
不安そうに促され、スッとふわふわ生地に手を伸ばして触れると、にこりと微笑まれた。
「こちらですねぇ。わかりましたぁ」
楽しそうに端切れを胸に抱いて見下ろしてくる様子にこちらも思わず笑みを返したところで。
「……小鳥のために部屋付きを?」
後方のアルベヌのいる執務室サイド側から聞こえる声に思わず身を震わせる。
危ない今別の人いるんだった。うっかり普通にしそうになってた。
「なんだ。普段からそういうのを置けと口うるさく言ってきたくせに、いざ置いたら置いたで文句か? 宰相」
「私はあなたの身の回りの世話をさせるものを置けと言っていたんですが?」
「煩わしい。茶だって自分で出せるのだぞ?」
指を鳴らす音がしたと同時に、カチャンと軽い音が聞こえる。魔法でお茶でも出したんだろう。ほらな、とアルベヌの軽い声が聞こえた。
「それならば、我の机の上で暇そうにしている小鳥の世話でもしてもらった方が有意義だ」
「であれば。もう少し下位のメイドでもよかったのでは?」
「我の小鳥があれらがいいと示したのだ。普段から逃げることもなく頭に響く声も出さない、我によく懐いている可愛い小鳥だからなぁ……少しのワガママくらいは聞くべきだろう?」
なんか背筋ぞわぞわするから小鳥小鳥連呼するのやめてもらっていいかなぁ……小妖精ですらなくなってない……?
ブルリと身を震わせた私に、フレイさんが何とも言えない顔をして片手を寄せてそろりと背を撫でてくる。
少し力が強くて前に身体がわずかに押されるが、あえてそのまま渋面を作って見上げた。私の顔の理由がわかっているからだろう、困ったようにフレイさんが笑って人差し指を口に当てるジェスチャーをする。
わかってますよぉ、と私が呼気を吐き出せばクスリと一度笑いを零してチェルルさんを見やる。チェルルさんと顔を見合わせた後で手に持つメモを彼女に渡し。メモを受け取った彼女は私に軽く頭を下げてから部屋の入口へ向かってまた一礼してから出て行った。
それを見送った私がフレイさんと顔を見合わせたところで。
「またあの国か。鬱陶しい」
「もういっそのこと、彼らの言うとおりに侵略でもすればいかがです? たかだか人間やエルレ、ドワロンしかいない国土だけ大きな国でしかないではないですか」
すごい会話が後ろから聞こえて思わず二人してそちらを振り向いてしまう。
だがこちらの動きには気づかず、振り向いた先にいた手紙らしきものを眺めるアルベヌとその様子を見て嘆息気味に声を上げる宰相さんの二人はそのまま口を動かした。
「はっ。誰がそんな面倒をするか……辺境伯たちならまたうまく追い返すだろう。やりたいだけやらせておけ。それらを見越して前王はあの地に純血の同種を宛がっているのだ。そうそうやられはしまい」
アルベヌが紙を無造作に机に放り、宰相さんを淡々とした顔で見上げる。そんな仕草を見ていた宰相さんはやれやれと首を振って見せた。
「……はぁ、あの帝国が異世界から勇者なるものを召喚しようと試みているという噂も出ているんですよ?」
「ほう……? そんな術があるというのか?」
宰相さんの言葉に私が身体を思い切りそちらに向けようとしたのを、フレイさんが素早く私の前に片手で壁を作って止める。
顔をフレイさんに向ければ、ダメです、と首を左右に小さく振られた。わかってる。わかってるけども。内容的に少しスルーしにくいものがある。
「異世界からの召喚か……また、はた迷惑なことを」
「そうですね。もし召喚が成功した場合、どんなことをされるやら。
異なる理から創造神が呼びし者……転生者と呼ばれる者と恐らく同様になることでしょう。転生者は益をもたらす場合もあれば不幸を招く存在だとも言われていますし、召喚された存在も、多少劣化はするのでしょうが似たようなものでしょう。帝国がそれをやって成功した場合、厄介な存在になるかと」
転生者ってそんな曰くあったんかい……あの時それでルミさんとかフレイさん達もびっくりしてたの?
ある種確かに不幸は呼んだかもしれない……昨日の一件で、ほら、絶対死者出したしね……
思わず聞こえた声に考えてしまって顔を顰めてしまう。そんな私を見下ろしたフレイさんがなだめるように慣れない力加減で私の背をさすり慰め始めた。
「前者はよくわからんが、後者はまぁ納得も行くな?」
「納得? 侵略してくるからですか?」
「いや? もし我が仮に召喚された側だとすれば……何もかも壊してしまいそうだと、思ったゆえな」
「……なるほど、あちらの視点で見るのを欠いておりました……私もまだまだですね」
「お前もシャンテレールの嫡子同様、まだ300と生きていないではないか。仕事ができるからとその地位には付けたがあまり自惚れてくれるなよ?」
「肝に銘じます」
「……これが今のところ最後だったな。戻れ」
「失礼いたします」
会話の後で足音が響いて、扉の開閉音が響く。フレイさんが手をどけて執務室側が見えるようになると、アルベヌが嘆息してまた机の紙を摘まみ上げて眺めている。
宰相さんは部屋から退出したらしい。アルベヌの表情がどこか苦々しい顔に見えて、私はフレイさんを見上げて執務机を指さす。
フレイさんは頷いて私に両手を差し出してきて、その手に私が乗り上げる。メイドさんたちが朝に集まったときに、私が飛べしないし魔法も扱えないということをアルベヌは伝えていて、力加減に慣れない間は撫でるのは許可が出たものの、自発的に持ち上げるのは許可が出なかった。数日後に持ち上げさせて確認するとのことだ。
その時痛かったりしたら防音魔法かけるから遠慮なく声上げろって私にも言ってきてたけど、日本人ってね、忍耐強い人種なんですよ……?
そんなこんな考えている中で動く感覚に酔わないように目を瞑っておく。数度縦揺れが続いたところでそれが止まったのを感じて目を開けると、願った通り執務机に近づいていた。
「アルベヌ」
いまだに紙を睨むように見ていた彼が、私の声に視線をこちらに投げる。
一度ゆっくりと瞳を瞬かせ、少し不機嫌そうな顔のままで空いている片手を私に伸ばすように差し出せば、フレイさんはその手に私をそっと移動させる。
私を乗せた片手はそのまま机の上のクッションに淀みなく持って行かれ、その上にポトリと下ろされた。私を乗せていた片手は私の背もたれにでもしているつもりなのか後ろで立てられている。
「先ほどの転生者の話が気になったか?」
紙をはらりと机に落として頬杖をついて見下ろしてくるご尊顔。それに私はこくりと頷いて。
「……もう、不幸はばらまいてるからね。多分」
「あれを不幸というか。あれは不幸ではない。断言できる……あれは当然の報いというものだ。我のモノに手を出すのだ。命くらい掛けてもらわねば割に合わん」
「モノって」
「お前は我の遊び相手で話し相手で、何より友だ。それ以前に我が望んで内に入れたモノは意思があろうがなかろうが、須らく我のモノとなる。我はこの国ではそれが許される存在ゆえな」
私の落ち込んだ声にあっさりとした声色で返してきたその内容の一部に思わず反応してしまうも、そんなのは知ったことではないと言わんばかりにまた言葉が紡がれた。
この国ではそれが許される。それはそうだ。だってこの人は王様だし。
「とんでもない俺様だぁ」
「それでなくては多くの種族を纏める王などやってられん。それに我は悪魔族でもあるのだ。欲を満たして何が悪いと?」
頬杖をやめて顔をググッと寄せて来たアルベヌの動きを見つつ。金の近くなってきた双眸を見つめる。
「悪いとは言ってないよ」
言いながら近くなった顔に手を伸ばすが届かない。たまには私も撫でてみようかなと思ったんだけど、まだ距離感が慣れてないなぁ……なんて考えながら腕を下ろそうとしたら、ずいっと勢いよく大きな頭が近寄ってきた。思わず体勢をそのままにビクッと震えて硬直してしまう私を見て、かなり近くなった瞳が愉しげに細められる。
そのまま、鼻の頭を小さな私の手に当てるように顔を動かした。
「抱いている時以外で、お前が触れようとしてくれたのは初めてではないか?」
「そうかな……?」
近くなった唇から囁かれる言葉に私が曖昧に笑みを浮かべつつ首を傾ける。頷いているかのように一度細められていた瞳がゆっくりと瞬かれた。
「普段は抗議の意味を込めて座っている手のひらを叩いてくる位だったろう? 痛くも痒くもないがな。ポツポツと触れられてるような感触があるくらいだ」
「私の手のひらは毎度ジンジンしてんだけど」
「それはそれは。次から治癒をしてやろうか」
「結構です」
からかうような言葉に思わず触っている鼻の頭をペチンと叩けば、フッ、と傍の口から呼気が吹き出される。
ちょっとした強めの風が胸から下を撫でた感覚に、思い切り息吹きかけられたら私転んだりするんだろうなと改めて想像出来てしまって肩を竦めるも、すり、と鼻の頭を撫で始める。
私と彼の大きさの違いならちょっとした肌の凹凸も見えるはずなのに、このご尊顔、すごいツルスベである。異世界の住人だからか魔族だからかそれともお母さんの血の影響か。どれかわからないけど前の自分を思い出して複雑になった。
そんなことを思いつつ手を滑らせていたが、ふいに扉がノックされる音が響く。
楽しげだった瞳がそれを聞いた途端に。冷たいものへと切り替わって、瞬時にそちらを視線だけで眺める様子に思わず身を震わせる。
触っていたままだったためその震えが伝わって、思わずだろう。ぐるりと眼球がその色を変えないままにこちらを見下ろした。本能的な恐怖に身を固めた私を見下ろして、はぁ、と傍の大きな口から嘆息のような吐息が漏れだされたと同時に背後にあった手指が動いた。
後ろから固まっている私の身体に絡みつけるように指を回り込ませて柔く握りこむ。その動きで鼻に置いていた手も離された。彼の顔が持ち上げられて遠くなり、私から見たらかなり遠くの壁に寄り添うように控えていたフレイさんの方に顔を向けて扉を顎で示すような動きを見せた。