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第16話 「怖かった……!」

 本当に、一連の事件というか、そういうのが収束した。

 そう認識できて、はぁぁ、と息を吐き出して私はアルベヌの手の上で両手をついて疲れ切ったようにうなだれる。

「フォノ」

 上から聞こえる声に振り向こうとした。しかし影に包まれて、背中に重みのある固い部分が乗る。体の左右に、さらりと黒い糸が無数に重なり垂れるかのようなカーテンのようなものが落ちてくる。

 カーテンが揺れて香る仄かな香料の香りに、アルベヌの髪の毛だと理解した。背中に乗せられてるのは、恐らく額なのだろうと認識する。

「我が、約束を守れていないな……本当にすまなかった」

「約束……?」

「お前が望まない限り手放さないと言ったのに、これだ」

 手放さない。そういえば初めに友になれと言われた時の条件にそういうのが入っていたような気がする。

 ほんの少し離れたというかなんというか、アルベヌの手元から消えてしまったのは私の方なのに。

「いや、これ半分はアルベヌのせいって確かに言ったけど、もう半分は自衛もできない私のせいでもあるし、なんなら不幸な事故が重なった結果だし」

 私の言葉に背中の感触と左右の髪の毛が離れていく。影が消えて、体を伸ばして振り向けば少し納得のいかないような顔が見えた。

 何かしら反論しようとしたのかわずかに口が動くのが見える。しかし、それはすぐに閉じられて、ぐるりと無遠慮に大きな体が回転した。

 視界の景色が勢いよく流れて一瞬目がくらりと回るも、横に添えられた片手に気づいてその指にしがみついて倒れないように耐える。

 おそらくアルベヌにとっては普段通りに歩いているんだろう。私からしたら普段より速い動きと縦揺れの感覚にちょっと気持ちが悪くなってきた。目を閉じて身体を手指に預けて視覚の情報を遮断して回復を試みる。

 しばらくすれば降下するような重力がかかって、重いものが接地されるような音が響いたところで縦揺れがなくなる。

 ゆっくりと目を開けば、また服の壁が見える。先ほどのようにそれに沿って見上げれば、遥か高い位置にある遠近法の狂った顔が自分を見下ろしていた。

「やはり普段通りに動けば危ないか。目でも回ったか?」

「ちょっと……いきなり、何」

「今回の件は各々の落ち度だとお前が言っただろう? ……だから、ちょっとしたお返しだ。ここまで弱るとは思っていなかったがな。やりすぎたようだ……すまない」

 すり、と背後で曲げられたのか、背中に添えられた指先が頭に触れてくる。何か言葉を紡ごうとしたが、私の口は動かなかった。

 気持ち悪さのせいかと思ったけど、どうも違う。胸の奥がじりじりとして、目の奥が熱くなった。口が、歯の根が合わない。カチカチと鳴っている。

 

 改めて普段通りの二人だけの空間になったことで、本格的に気が抜けてしまった。

 

 理解したとたん改めて先ほどの出来事が頭を巡る。自分の身に受けた痛みを思い出してしまった。目が熱い。涙が溢れて零れた。思わず顔を下げれば目の前の壁が、巨躯の身体がググっと曲がって私の左右に再びばさりと黒い緞帳のような髪の毛の束が落ちてくる。

 思い切り上から覗き込まれていると理解して顔を上げないようにしていたが、私の身体を支える手の親指が私の顔に押し付けられる。涙が触れた感覚に驚いたか指が一度離れて、少し戸惑ったように揺れた。

「……泣いているのか? そんなに怖かったか? ……泣かせるつもりは」

「怖かった……!」

 アルベヌの言葉を遮って呟いた私の言葉が聞こえたのか、手がゆっくりと持ち上がったのを感覚で理解する。

 うつむいて滲む視界に、金の色が移りこんだ。

「みんな力強いし、耳痛くなるし、気持ち悪くなるし……! 身体、引きちぎれるかと思ったし……! 怖かった……!!」

 防音魔法がなくてもきっと問題ないほど弱弱しい私の震えながらの声に、金色が一度大きくなったが、やがて細まった。

「あぁ、あぁ。そうだな……怖かったな」

言葉と共に指が動いて頭を撫でてくる。その動きに思わずその指を捕まえるように手を動かした。

「っ子ども扱い……」

「受け入れろ。お前は我から見れば赤子も同然なのだから」

 指を押し返すように触りつつ泣きながらも渋面を作って声を上げるが、自分の乗った手がまた動く感覚がある。頭の指が離れて、前に泣いてしまった時のように布に体を押し付けられた。抱き寄せられたらしい。

 ローブほどじゃないが少し厚い服の生地を掴んで顔を埋めてしまう。暫くそうしていたところで、巨躯が深く息を吐いた。身体が少し沈む感覚を覚える。

「丁寧に偽装工作がされていたから、はじめはお前が寝ているものと思っていた。さすがに時間が経っておかしいと思い鳥籠を調べたらお前はいない。我も相当、焦ったぞ」

 呟かれる言葉に私が反応するが、頭に触れてくる指先の撫でてくる動きに大人しくそのまま顔を埋めておく。

「お前を探しに行こうとしたが、扉外の衛兵に話を聞いている時に懲りもせず遊びに来たルーに止められた。お前が行けば大事だから自分が探すと。

 ……見つけたと連れてこられたお前を見て、我も肝が冷えたのだ。お前を大事そうに抱えているメイドの胸元は血まみれで、その手からも血は滴っていた。お前の背中の翅は剥がれる一歩手前。肉や背骨すら見えている始末だ……やったのはそれかと、兵が抱えているメイドを兵ごとその場で処そうとしたくらいには一度理性が飛んだ」

 自分の思ったより相当ひどかった惨状と、そのあとのこの大きな友達の行動に身が震える。

「それっ……怖いよ……」

「ルーに止められてしてはおらん。その後牢に入れておけと叫びはしたがな……

 そのあとでお前の治療を必死に行った。小妖精の治療などしたこともないから不安でしかなかったぞ……魔法薬も効いてくれるかどうかと思いながら使っていた。結果は成功で、安心はしたがな」

 思わず小さく反応した言葉が聞こえたのか、応える彼の声色は淡々としているが私を抱く手にぎゅっと力が込められた。

「お前が起きなかったらとかなり焦っていたのだ……起きてくれて、我は本当に安堵している。助けられてよかった」

 ぎし、と何かがきしむ音がする。視界が少し明るくなって上を見れば、アルベヌの伸ばされた首と天井が見えた。背もたれか何かに身体を押し付けて天を仰いでいるように見えるその動き。

「私も、ここに戻ってこれて……よかった」

 その姿を見上げて自然と口が動いて零れた言葉に、アルベヌがゆっくりとこちらを見下ろしてくる。次いで何かを思いついたかのように、私をゆっくりと服から引きはがすように手を動かしてはまた顔前に連れて行った。

「アルベヌ……?」

「普段は我が言われているが、今回はお前にも言わねばな」

 両手で私を落とさぬようにしっかりと持ちなおして支え、私を見つめる。その顔を私は泣いた顔で不思議そうに見つめているだけだったが、そんな私を見てか大きな唇が柔らかく弧を描く。

 

「お前にとっては不本意な遠出だったろうが……おかえり、だな」

 

 言われた言葉に私が目を丸く見開く。その反応をどこか愉しそうに見つめてくる大きな顔が、クツリと笑い声を零した。

「そら。おかえりと言われたらどう返すんだ?」

「……っ、た、だい、ま……ッ」

 促されるままに返事をすれば、またジワリと涙が浮かんでくる。おかえり、だなんて言われたのいつ振りだろうか。胸が温かくなってまた溢れる涙を自身の服の袖で拭う私を見つめながら、彼は表情を笑みに緩めた。

「前から思っていたが。我の友は相当泣き虫だな?」

「それはほっといて……!」

 グスグスと鼻を鳴らしながらなんとか気持ちを落ち着けてから反論する私に、彼は含み笑って両手をそっと合わせるようにして私を包む。

 手が動かされる重力の感覚がした後で手が開かれれば、私はポスリと柔らかい物の上に落とされた。周りを見回せば、執務机とは別の寝室サイドにあるミニテーブルの上。そこに置かれたクッションの上にいるようで。

 瞳を瞬かせたところで、風を切るような音に不意にそちらを見ればアルベヌが大きな足を組んでいるところだった。その後で巨躯がテーブルに積まれている本の一つを取ってタイトルを眺め始める様子を見つめる。

 どうやら先ほどからソファに座って私の相手をしていたらしい。ジッと思わずその姿を見上げていたが視線に気づいたか本から視線を外してこちらを見て、片手指を伸ばしてきた。

「治療してから我の魔力を注いで気力が戻っているとはいえ、体力はそんなに戻ってはいないだろう……少し横になっているといい。我も今日はもう公務は終いにする。本当に疲れたのでな」

 言いながら私に伸ばした手指で触れて身体を撫でてから視線をまた本に戻し、私に触れていた手指も離れてその本を捲るために使われ始めた。

 とりあえず言われた通りにしておこうと私はポスリとクッションに横たわる。身体が沈み込む感覚に身体はほんとに疲れてたとアルベヌに言われたことを理解して大人しくする。

 身体を横向きにして、大きな彼が視界に入る様にして見ている本の表紙を見る。大きく書かれた表紙の文字の形は見えるが、残念ながら読み方はわからなかった。習うことが増えたなぁと遠い目になりつつも、私は紙を捲って本を読み進める大きな友を見ながらただぼーっと過ごすだけになるのだった。

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