第125話「ここにいるから」
白けた視界が戻ると、あの神殿の中だった。
上を見ればアルベヌもこちらを見下ろしているし、私は彼の手の上にいる状態のままらしい。
「戻った……?」
「そのようだ」
周りを見回しながら声を掛ける私の声にアルベヌが答える。
「陛下! フォノ様!」
ジャスティアさんの声が聞こえてそちらを見れば、騎士さん達が駆け寄ってきていた。
「ご無事でございますか!?」
「突然あの少年と消えたので探し回っておりました……!」
ジャスティアさんと副騎士団長のレナルさんに他の騎士たちがアルベヌの目の前に集まる。
私とアルベヌを交互に見つめるジャスティアさんを見つめて、さっきのことをどう言おうかと考えている中、アルベヌが私を乗せる手を持ち上げ、肩に乗せようとしてくる。
その動きにあらがわずに大人しくそっちに移ると同時に彼は騎士たちをぐるりと見まわした。
「必要な情報は得られた」
端的に述べるその内容に、騎士たちの目が見開かれる。
「そ、それは」
「この聖域には、何もない。ただこの地が天属性であること……それだけだ。戻るぞ。視察は終いだ」
ジャスティアさんの問いに食い気味に答える彼が動き始める。神殿の外に出るどこか雰囲気に圧がある彼を騎士たちが慌てて追いかける足音が響く中、横にやってきたジャスティアさんがアルベヌを見上げ。
「陛下、先ほどの少年は。連れていかれた先で何があったのですか!」
声を張って問いかけてくるその姿を一瞥することもなく歩くアルベヌを私は見上げ、次いでジャスティアさんを彼の肩から見下ろしてと交互に見ていて、私は少ししてアルベヌの横顔を見上げて髪を引っ張る。
「あ、アルベヌ……それだけじゃ納得できないと思う……」
だってジャスティアさん達目の前で警護対象の二人かっさらわれてるわけだし、気にしない方がおかしい。
けれど、アルベヌは変わらぬ態度のまま私の横に手を添えて、肩に座る小さい身体を首に押し付けるようにしてきた。
「……この場から出てから伝える」
絞り出すように声を上げ、神殿を出てからまた近寄ってくる小妖精たちを無視し。聖域から出るよう足を進めていた。
ジャスティアさんが私を見るような視線を感じるが、私にはアルベヌの手しか視界に映らないので。彼の揺れに身体を揺らしながら私はただ連れて行かれるだけだった。
少しして、手を離されて周りが見えた時には、もうあの聖域の入口だった。
「アルベヌ……」
「陛下、一体あの中で何が起こっていたのですか」
ジャスティアさんの言葉に反応するように彼がそちらに身体を向けて、騎士たちを見つめる。
先ほどよりは落ち着いているが普段よりも圧のあるその様子に、ジャスティアさん含む騎士の数名が緊張に身を固めていた。
「……あの子供のような存在は。創造神テラーツだった」
「はっ!?」
騎士の人たちが声を上げるのも仕方ないことだと思う。私も察したときびっくりしたし……威厳もなく出てきたし……
固まる騎士たちを見つめ、アルベヌは息を一つ吐き出して聖域の方を一度振り向く様に身体を傾がせてから。静かに流れるような動きで、私の足を固定する拘束魔法を掛けてから歩き出した。
「この地は我らの予測通りのものでしかなかった。帝国に取られて困るものも、取られてこちらが不利になるものも何もない」
歩き出したアルベヌをジャスティアさん達が追いかけ、慌てて陣形を取るのを見つめる。
「では、陛下。あとは城に戻るだけでよろしいでしょうか」
詳しい説明を求めることをあきらめたのか、ジャスティアさんが静かにアルベヌにこの後の行程を確認する。
アルベヌはそちらに顔を一度向けてから首肯を見せていた。
「問題ない。宰相にも説明せねばならん。中で起こった詳しいことは、城に帰り着いてから伝える」
行きよりも速いスピードで歩く彼の身体に揺られながら、私は彼の髪にしがみついて彼を見上げる。
普段ならどこか尊大で悠々としている感じを思わせる動き方をする彼が、どこかぎこちない。
「アルベヌ……」
私が声を掛ければヒクッと巨体が震えるが、足は止まらない。
「なんだ」
「……私、ちゃんとここにいるから」
私の言葉に歯ぎしりというほどではないが、彼の歯が噛みしめられる音が横から聞こえた。
足の動きは緩まらない。私があの場所で消えかけた――殺されかけたという事実が、彼の中に根強く残ったのか。早々に聖域から離れようとしているような動きに。
それ以上の言葉を投げることも、投げ返されることもなく。ただ私の耳には彼らの足音が重く響く時間が過ぎるだけ。
来るときに絡んできていた小妖精たちも、野営地にたどり着くまでの間、一切出てくることはなかった。
そして、野営地でちょっとした問題。
「……陛下と、フォノ様がご一緒の天幕に?」
ジャスティアさんが呆然と声を上げる。
天幕を張る騎士たちから離れたところで、私を昨日のように預かろうとしたジャスティアさんの手に、アルベヌが私を手渡そうとしなかった。
困惑するジャスティアさんと、アルベヌを警護する役割のレナルさんが戸惑う。
「……ア、アルベヌ……? さすがに、ここでは私は」
「許さぬ」
私の言葉にもすっぱりとこう言って肩から私を下ろそうとしないし、私が拘束魔法から自力で足を滑らせて抜けようとすれば大きな手で押さえ込んでくる。
相当なトラウマとしてあの時の光景が過るのか。それとも、ただ……創造神様のせいで恋心を自覚してすぐあと、ということもあって私を独占したいだけなのか。
ちょっとこの状態では確実なのはわからないけど、個人的には前者が強い気がしてる。
「陛下、ですがフォノ様の身支度の問題もございますので」
ジャスティアさんが必死に私を引き離そうとするが、アルベヌは頑なだった。
「お前たちに存在を明かす前は我がすべて世話をしていたのだぞ」
「言い方!」
アルベヌの言葉に思わず顔を赤くして言い返してしまう。確かに剥かれたりしてましたけどね!
私の言葉に彼が私を見下ろしてくるも、ふい、とすぐ顔を背ける。
そんな様子に、私は肩を竦めた。本当にこの人は。
「アルベヌ。あの中のこと心配して言ってくれるのは嬉しいけど心配しすぎ」
横にある彼の手をぺちぺちと叩いて声を上げれば、彼の身体がヒクッと震える。
「……それだけではないが」
「ごめん分かってるけど保留で」
獣のような金の目が少し不機嫌そうに見つめてくるが、本当に今そういう気分になれないんだコッチは。
だってあれだよ。アルベヌが私にそういう感情向けてるってわかったからこその私がこの国にとっての弱点扱いである。
これを言われた後で実は好きでしたって言われても。確かに私もちょっと、言われてからこう恥ずかしくなるんだから意識してたんだろうな、って自覚はしたんだけど!
それでもこんな巨人と小人な体格差あって、挙句にこんな時期に受諾できる人いる!? 普通出来ないでしょ!?
私が複雑な顔をしているのを見たらしい彼が、不機嫌そうな嘆息を零す。
「……騎士団長。昨日のように徹底して守れ」
絞り出すような声を出して、私の拘束魔法を解く。私が自発的にジャスティアさんの方に向かって彼女の手の中に納まって顔を見合わせた後。ジャスティアさんは不機嫌そうな彼をしっかりと見上げて一礼した。
「ご安心ください。必ず」
そうして身をひるがえすジャスティアさんの手に揺られ、私はジャスティアさんに連れられて天幕の中に入っていたのだった。