第122話「どうしようか」
どのくらいの見つめ合いだったか、創造神様が私とアルベヌを交互に視線だけで見てから、屈託のない笑みをこちらに――アルベヌに向けたのが分かった。
妙に真剣な空気感になったのを感じ取った私も身を固くしたところで、私から見たらかわいらしい部類の少年のような顔が口元を緩める。
「どういうことも何も。ボク神様だから。先のことだってある程度予見できるよ?」
あっけらかんと言われた言葉に、ギチッ、と何かが握りしめられる音がする。後ろからだから、アルベヌが拳でも握ったのかもしれない。
けれど、私は創造神様から目が離せなかった。表情は笑んでいる。ぱっと見は愛らしい顔だし声色だって柔らかいのに。
「ペンダイル国現国王、アルベヌ・サーペンダイル。
ボクの見ていた未来だと、あなたのあの国は200年後くらいには無くなってた。
あの未来のあなたは良く言えば保守的で自分から動くことは基本なかったし。目の届く範囲だけどうにか回せればいいと諸外国からの親睦を深めるとかそういったものの集まりの招待にも応じない。そのせいで帝国に足元を見られて、周辺諸国を味方につけた帝国に敗れるんだ。
……あなたは歴代最低の怠惰の王って肩書までつけられて、国が無くなると同時に臣民に死を望まれ……怒りも悲しみも感じずに粛々とあなたは、その通りに何の感慨もなく自害して亡くなるはずだったんだよ」
この、口をはさむことを許させない圧はなんだろうか。
表情も口調も柔らかいのに、言葉がのしかかってくるようなこの感覚。
その感覚の中で言われるその内容に、私は口が開けない。動かせない。多分、アルベヌもそうなのかもしれない。
創造神様がフッと私に視線を移す。それからニコリと笑みを浮かべた瞬間に、感じていた謎の圧が霧散した。
スッと肩から力が抜けるのを感じたところで、私を見つめる顔が微苦笑になる。
「あらら。ごめんごめん。無意識になんかしちゃってた?」
「……えっと」
「はぁ……我が気圧されるか……」
「ぁ、威圧しちゃった? たまーに教会に神託投げたりする時と近い雰囲気出しちゃってたか。ごめんごめん」
私はなんだか圧を感じたような気がしただけだったから固まっていただけだけど。
よく分からなくて言葉を詰まらせた私に続いてか、疲れ切った声でぼやく様に言ったアルベヌに、創造神様はへらりと笑い手をひらひらと振って軽い謝罪を投げる。
「紅茶今淹れ直したから、飲んで一息ついてよ」
言葉に自分の傍のカップを見ればほんのりと湯気が立っているし量が増えてる。色もさっきより濃い気がする。
アルベヌの方を見れば彼のカップも似たようなもので、湯気が立っているのが見えた。
それを見て、私は自分のカップを持って紅茶に映る自分の少し強張った顔を見る。こんな表情してたのか私……
少し紅茶の表面が手の震えで揺れるのを見た後、口に含むと甘みが広がった。蜂蜜っぽい味と温かいものが身体を通る感覚に、ほう、と本当に息をつく。
カップの中に映る顔も、少しばかり落ち着いたものになっている気がした。
「しかし、そうか……我は暗君であったか」
「暗君というか、あなたは周りに無頓着すぎるんだよ……
自国に必要な取引だけして、たとえ円満な取引だったとしてもそれだけで終わる関係ってはっきり言うとないよね? 国絡みならなおさらさ」
アルベヌの少しばかり落ち込んだような声に創造神様が少し呆れたような声で淡々と答える。
国政とかは私はわからないが、国と国とで交易をしていたとしても多少の交流は必要、ということなんだろうか。
出会ったばかりのころのアルベヌを思い返せばまぁ、変なことが起こると面倒。とかいう理由でその懸念点をすぐに消そうとするくらいだし……なにかのお誘いがあっても、付き合いなんて面倒、とか思って行ってなかったりしたんだろうな、と思えてしまう。
それを考えれば……各国に王族として必要な交流をしないアルベヌのあることないことを、帝国が諸外国に刷り込んでしまえたり。そしてアルベヌのことを知らない各国の王族なり有力者なりは、帝国が言う嘘を信じてしまってそちらに流れるのもまぁ……わかる話ではある……気が、する。
いや私の考えだとコレで精いっぱいだよ……頭はよろしくないからね、私……
アルベヌを見上げれば彼は紅茶を啜り、嘆息を零していた。
200年後くらいの未来とはいえ、自分が国を滅ぼす、なくすと言われてしまえば落ち込みもするだろう。
かける言葉が浮かばない中、咳払いをする声を聞いてそちらを見る。
「ま、それはこの穂花さんがあなたの傍にいない世界線の話だから。今は気にしなくてもいいよ。
……それより。あなた達が来てくれるって聞いたから出迎えはしたわけなんだけど。ここには何しに来たのかな?」
様子を見ていただろう創造神様が声を掛けてくるその内容に、アルベヌが呆れたように吐息を吐くのが聞こえる。
「ある程度予測できるのではなかったのか?」
「まぁ、確かにできるんだけど……せっかくだからその口から聞かせてほしいんだよ。迷える子羊に……とかそういうわけじゃないけど。
だって、ボクの気に掛けていた子たちがボクの住処に来てくれたんだもの。上手く言えないけどそうだなぁ……親心みたいなものかな。だってこの世界の創造したの、ボクだし。
それに、穂花さんに至っては……意図せずとはいえその姿にして、この世界に連れ込んだのはボク自身だしね」
クスクスと困ったように、けれど楽しそうな雰囲気で笑う創造神様の方を見つめた私の視線に気づいてか、彼もゆっくりと私を見下ろす。
瞳を細められて言葉を促された気持ちになり、私は手に持つカップに僅かに力を込めて、意を決したように口を開いた。
「あの。私、なんでか帝国の人たちに天への鍵だとか言われてて……
帝国が何を狙ってるかわからないけど、もし。もしこの聖域に帝国にとって有利で、アルベヌ達にとって不利なものがあるなら、それを絶対に世に出さないようにするか……可能なら、壊してほしいと思うんです」
私の言葉に、創造神様がこて、と首を傾けた。その反応に私もはい? っと思わず同じように首を傾けてしまう。
ぇ、なんだろう。表情は変わってないけど何言ってんのコイツって顔されてるような気がする。
「あー、うん。帝国があなたを鍵って言って付け狙ってるのは知ってる。手助けしたし」
私の様子を見てか、創造神様は頭を振って考えるような仕草をしてから、ゆっくりと声を上げて……すぐに、ニコリと笑って私にずいっと上体をテーブルに乗り上げるようにして顔を寄せてきた。
その勢いに思わず身を震わせる私をジッと悪戯っぽく見つめて、彼はチラとアルベヌに視線を投げる。
「……どうしようか。アルベヌ・サーペンダイル」
そのままいたずらっ子のような笑みを浮かべ、彼は私の前で肘をついてアルベヌを斜に見上げる体勢になった。
アルベヌの雰囲気が固くなる。
「この子は、とんでもないことを言ってきてるけど……あなたが懸念した通りのことを。ボクにやらせようとしている」
すぅ、と何の色もない金色が、私に向かって向けられた。
「あなたの言葉に答えるけど……この場所には、そんなものはないよ。
ペンダイル国に不利になるようなものはもちろん、他の国にとって不利になるようなものも、何もない。
此処は、僕のような世界を維持するための神や、自然から生まれ自然に帰る、世界の魔力を滞りなく循環させるために輪廻する者たちの領域でしかないんだよ」
「な……っ、ではなぜ帝国は……! あの者らは此処にあんなに執着をする! こいつを鍵だと付け狙う!」
思わぬ返答だったか、アルベヌが声を上げる。そんな中、創造神様の指が私に伸びて、すり、と片側の頬を撫でてきた。何の感慨もない、今迄とは違う淡々とした、無機質なものを見る眼差しで。
「その答えはすでに、あなたたちの国は出してるでしょ?
ここが天の属性の場所で……この子も。天の属性だから。そして、この子は特別な子だから」
眼差しに射抜かれて、動けない。形だけの微笑を向けられて、ひょいっと。人形を抱く様に創造神様の手に私の身体が持ち上げられる。
「この子は、この聖域を開くことができる。あの聖域魔法は、小妖精なら全員が使えて然るべきものなんだ。ここはさっきも言ったように、自然から生まれる者たちの領域だからね。帰り道をつなぐ魔法は必要でしょう?
この子は自然ではなく、僕がこうしてしまった可哀想な人だけど、小妖精だ。そこに違いなんてない……でも。元が違うからこそできることもある。あなたたちは身をもって、それを体験しているでしょう」
席に座した創造神様の手の中で。何かに射抜かれたように先ほどから固まって動けない私は、くるりとアルベヌの方にその身体を向けられて。
彼が蒼褪めている顔を、見た。
「この子は喋れるからこそ、他の子と違ってあなたたちのような人と信頼関係を構築できる」
慈しむように後ろから私を抱く創造神様の手が私を撫でるけど、その手の動きは物に触れてるようで。そして、なんでか、触れられるたびに。
身体が軽くなっていく気がしている。
「この子は色々と考えることができるからこそ……この聖域に、あなたたちを連れてこれた」
「……やめろ」
柔らかいが、淡々としている創造神様の私を撫でながらの言葉に、アルベヌの震える声が続くが。私を撫でる動きも、言葉も。止まりはしなかった。
「この子はこの聖域……ただの生物が入れない領域に、あなたたちは足を入れてもいい人だと許容させた」
「――ッ!」
創造神様の言葉に、アルベヌが目を見開いて勢いよく立ち上がって、創造神様に向かって足早に歩み寄る。その顔は、私がケガをしたりしたときよりも蒼褪めてて、真剣なものだった。
「創造神! 我らがこの場に来たのは、我がソレに好きにしろと言ったからだ! 罰するなら、我を――」
「違うよ。話聞いてた?」
アルベヌの悲痛な声色の声に、なんだかいつもより必死だと思いつつ、身体が動かない。手を伸ばすくらいはできてもいいのに。でも、なんだろう。撫でられるたびに、今度はどんどん眠くなる。
「この子が望んだことでしょ?
……帝国にとって有利で、ペンダイル国に――いや、あなたたちにとって不利になるものがあるなら、世に出ないようにするか……壊して、って」
創造神様の言葉にピク、と身体が動いた気がする。
あぁ、そっか。私、何かされかけてるんだ。でも、私がまさかの、不利になるものだった、なんて。考えもつかなかった。なんで私なんだろう。
わかんないけどさっき、頬を触られたときから、始まってたんだ。
「……っ、なぜ……なぜそれでこやつが消されなければならんのだ!? ただの小妖精――」
「ねぇ、それ本当に?」
アルベヌの切羽詰まった声に応える創造神様の声が、棘を帯びた。
「あなたさ……王様でしょ。どういうのが一番狙われるか、わかってるよね」
撫でる動きが、ピタリと止まる。
「選択を、間違えないで?
あと一撫でしたらこの子……世界に溶かしちゃうから」