第120話 「……まさか」
少年のような存在はアルベヌの口調に小首を傾げるような素振りをしてから、納得したように破顔してクスクスと笑う。
「あー、そうだよね。気になるよね。
とりあえず入口もなんだから、中に入りなよ。招いてあげるからさ」
おいでおいでと手招きする様子に目を瞬かせ、アルベヌを見上げれば彼も私を伺うように見てきていた。
そうだね。ここでの進む進まないは私が決めるんでした。一応道案内人だし。
ジャスティアさんとクロードさんも見下ろしてきてるのを見たあとでアルベヌに首を縦に振ってみせる。
私のその動きに本気か? と言いたげな雰囲気で目元を険しくするも。そのままの目で声をかけてくる姿をまた見つめて。
「……応じよう。コレが望んでいるからな」
「もー、コレじゃないでしょ。でも乗ってくれたことには感謝するよ。
……あ。言っとくけど護衛の騎士さんたちはお留守番だからね。お茶の準備とか数多いとメンドイから」
「え」
「は?」
少年のような姿がこぼした後付けの条件に、私とアルベヌだけでなく、騎士さんたちの声も上がっていたような気がした。
待って。みんな招待してくれたと思ったから受諾したんだけど!?
「ふふ、驚いてる顔してるところ悪いんだけどさぁ……
ボク、みんなを招いてあげるだなんて言ってないもんね」
「……っ……!」
そういえばそう……! ただ、招いてあげるとしか言われてなかった……!!
私がアルベヌの手の上でやっちまった……と言わんばかりに愕然としている中。アルベヌの疲れたような、呆れ返ったような嘆息をこぼす息遣いが聞こえて。
「……こうなっては仕方あるまい。反故にした途端に何をされるか分かったものではないからな」
「ご、ごめん……!」
まるで頭を痛めているかのような声色で言われたその言葉に思わず謝罪を投げてしまう。
迂闊が過ぎた。それを理解して頭を抱える。
「そんな悲惨な雰囲気出さなくてもいいよぉ。死地にご招待した訳じゃないんだからさ。気楽にしててよ」
「どう信じろ……って……――」
軽く投げられる言葉に反応してしまってそちらを見た瞬間、言葉を詰まらせてしまう。
周りの風景が変わってしまっていた。護衛の騎士さんたちの姿もないし声もない。
青空広がる草原のような広い空間に、二人がけのガーデンテーブル一式とその上に乗るお茶菓子や紅茶類が私たちとあの姿の間にあって。
「は?」
その現状に思わず声を上げてしまうが、アルベヌの声も重なったような気がした。
唐突な神殿のような内装と打って変わった風景に目を瞬かせるしかない私たちを見てか、招いた本人は楽しそうに笑みを深めた。
「なぁに? そんな鳩が豆鉄砲でもくらったような顔しちゃって!
ボク言ったよ? 取って食ったりなんてしないよってさ」
言いながらガーデンテーブルの方にスタスタと歩いて、先に席に座ってこちらをまた手招く。
「ほらおいでよ。ちゃんと二人の席もあるから」
はやくはやく、と頬杖を突いて急かしてくる姿にアルベヌを見上げれば、彼もゆっくりと私を見下ろしてくる。
「分かっておろうが、もはやアレの術中だろうからな」
「……うん」
私が頷いて見せれば、彼が動き始めた。少年のような姿の向かいの椅子を少し凝視した後で着席する。それからテーブルの上のものを一つ一つ見つめ始めた。
そんな様子を見て、向かいに座る姿は感心したような吐息を吐いて口を開く。
「……鑑定してもいいけど、疲れない? 毒なんてないって」
「お前は見知らぬ場所で突然連れ去られた場所で出されたものを遠慮なく食べれるのか?」
「うん。どうとでもなるし」
アルベヌの吐き捨てるような切り返しにも楽しそうに声を上げる姿が、私を見てニッコリと笑う。
「ほら君の為のセットもちゃんと用意してるよ」
言いながら姿が指さす場所に、彼らがついているのと同じデザインのテーブルと椅子の一式が私サイズで鎮座していた。紅茶の茶器やお菓子類まで。
「……コレを餌付けでもする気か?」
「穂花さんって名前がちゃんとあるんだから呼んであげないとだめだよー?」
「っ!?」
テーブルに私をそろりと降ろそうとしたアルベヌが動きを止めたかと思えば、素早い動きでまた自身の元に寄せた。私もその動きに翻弄されつつも名前を言ってきた姿のニコニコとした笑顔を見つめつつ、寄せられた彼の着衣をしっかりと掴んで身を寄せる。
「なんで私の名前……――」
この人の前ではフォノ様としか言われてなかった気がするんだけど。
私が声を零せば、笑みを崩さないままに。目の前の茶器を取ってお茶を飲み始める。
「知ってるよ? あなたは鴻崎穂花さん。こことは違う世界の日本って国で生まれ育った成人女性。この世界に来たのは電車って乗り物に突き飛ばされたことによる接触事故」
はっきりと言われた言葉に目を見開いて固まった私を見つめるニコニコとした笑顔は、お茶を口にするようにカップに口を一度つけて。茶器を下ろした後、スッとその表情を真面目なものに変えていた。
アルベヌとは違うが、どこか圧に似たものを感じる金の瞳に身体を固くさせてしまうと同時に。
「……ごめんね。あなたをちゃんと人間として転生させてあげたかったけど……パーツがね。足りなかったんだ」
ニコニコとした表情とあの飄々とした雰囲気を消して、真面目なトーンで発された唐突な謝罪に続いた言葉。
その内容に私は目を見開いたし、アルベヌの身体が震えたのも感じる。
「あいつが増えすぎたからって適当に人間を間引いてるのは知ってたんだけどさー……ちょうど様子を見に行ってた時にその瞬間を見ちゃって。
あの乗り物えぐいね。すぐ止まれないから……あいつ周りの人間の記憶操作してさっさと自分の神域帰っちゃうし、ボクはあなたの散り散りになっちゃった魂かき集めたけど明らかに足りなくてさ」
「何の、話をしている……?」
「あいつって……? 人間を間引くって……え……?」
唐突過ぎる話に私とアルベヌが顔を見合わせてしまったのも仕方ないだろう。お互いの顔を見上げ見下ろし見つめて、それから各々視線を真面目な顔で見つめてくる姿に向け直して声を上げれば。彼は今度はそのままの表情で、軽く頭を下げるように落としていた。
「目についたやつを適当に気が向いたときに間引いてたって言ったあいつに間引く魂の精査くらいしろって軽く説教かまして、あなたの魂を持ち帰ったはいいんだけど人間とか魔族とか亜人とかに指定して転生させるのは魂の質量的に厳しくてさ」
そのままの姿勢で声を上げるその様子に、私は視線を外せず。ただ耳を傾けてしまう。それだけ頭を下げる前に言われた言葉が強すぎた。
「とりあえず転生させてみようってしたら小妖精になっちゃって……不完全な転生を果たした者、って称号、ふざけて作ってはいたけど本当に付く子が出るなんて考えてなかったよ。
だからこの世界の言語を喋れるようにして意思の疎通はできるようにした。小妖精は魔力が生命力みたいなものだから、そう簡単に死なないように……って、魔力量を多めに取得できるスキルも与えた」
私の称号の一つ。不完全な転生を果たした者の内容に、2つの特典を付与されるというものがあった。
それをすらすらと言ってくる存在に近づく様に、アルベヌの手の方に自分の腕を掛けて身を乗り出すように動いてしまう。
「おい……ッ」
私の動きにアルベヌの声が上から降ってくるもその手は私を元に戻すような素振りは見せず。私はこれ幸いとグッと身を伸ばすようにして私と似た色の頭を見つめる。
姿形は聞いたことないけど、私の死んだときのことをその場にいた当事者かのように言ってくるし、それに私を殺したらしい存在とも知己らしい。しかも人間を間引くなんて堂々と言う存在なんて、それはもう人間とかより上位な存在と言われているものくらいしか思い浮かばない。
「……まさか、創造神、様……?」
目の前の存在をそうではないかと考えて思わず声を零せば、私のそれが聞こえたのか。頭が持ち上がって、申し訳なさげな苦笑を浮かべた顔が見える。
「うん。警戒を解いてからと思ったけど、思った以上に警戒が強いし。
そんな中で、僕が創造神でーす。なんて言ったところで信じてなんてもらえるわけないでしょ?
だから、ちょっとした裏話をさせてもらった次第だよ」
「……内容が最悪だがな」
アルベヌが疲れたような声色を出し、私をテーブルに降ろすように手を動かした。その動きに合わせて私もテーブルに乗っては、ちょうどいいサイズのセットに大人しく腰を落とすことにする。
とりあえず、話し合いの場は整ったと思ったのか苦笑を浮かべたままの存在……創造神様が、私とアルベヌを見回してから私の方を改めて見下ろしてくる。
「最悪なのはそうだね。だって、今の話を聞いたら察したと思うけど……
あなたをこの世界に転生させたのは、ボクの罪悪感からでしかないんだ。セシリスは彼の料理の才能が欲しくて、この世界に頂戴って寿命で死んだのを譲ってもらったんだけどね」
彼の言葉を聞いて、時折考えていた疑問や懸念にあっさりと決着がついた。腑に落ちた。
転生者はこの世界に文化的な進化を促すためにやってくる。セシリスさんは料理関連ということはわかっていた。わかっていたけど。
私には、この世界に何かを教えれるほどの知識なんて全くない。
「転生者の由来を聞いて、私そんなすごいことできないのに、って。ずっと……思ってはいた、けど」
なんだか。胸が痛い。
「そっか、罪悪感かぁ……」
私がこの世界に貢献できるものなんて、なにもなかった。
そう理解してしまって目が熱くなる。視界が滲む。ギュッと口を引き結んで顔を俯けて目を閉じればボロ、とたまった涙が落ちたのが分かった。