第119話 「あっさりと」
「……うまく、行った……?」
私が声を零したところで後ろから歩んでくるような足音。そちらを見ればアルベヌが私に近寄ってきているところだったので、顔の高さに行くように私も高度を上げる。
視線が近くなって足を止めた彼が私を見てから柱の向こうを見やるように視線を投げて。
「ふむ……聖域魔法が展開されているゆえに、望まれぬ者は爪弾きにされていた、ということか。
あの場所にあったものと似たものが揺れている……お前たち。変化は」
アルベヌが独り言ちるように呟いてから周りを見て声を上げれば、はっ、と慌てたような声が周りから響いてきた。
私も周りを見回せば、みんな驚きましたと言いたげな顔をしているような気がする。
「光のカーテンのようなものが揺れていますね……」
「今までは靄が掛かっていたようにしか見えなかったのですが……!」
「これが禁足地の本当の入口、ということでしょうか……」
ジャスティアさんから始まり、言葉が零れていく。
全員が見えているらしいと理解できて、私はホッと肩を落とした。これで一人でも見えてませんだったらどうすりゃいいのか悩ましかった。
視界の隅でアルベヌの片手がスッと上げられ、ピタリと周りの声が止まる。
「……さて、フォノ。禁足地に我らは入れるようにはなったらしい。だがこの後はどうなるかわからぬ」
「うん……大丈夫。中で小妖精が誰かに悪戯しそうになったら、声掛けてね。ちゃんと止めるから」
彼の声に頷いて応えれば、片手が伸びて浮いている私の腕を指でひっかけ持ち上げるようにする。去り際のアーネストさんが私の手を掬い上げたのと似たような動き。
思わぬことにその指に手を乗せるようにすれば、目の前の金色は真剣に私を見据えた。
「お前も何かがあれば言え。ここより先はお前にどうにかしてもらわねばならんが、お前の身を守ることにも変わりはないのだからな」
「っ……う、ん。わかってる。ありがとう」
されないことをされながら言われたからだろうか。胸の奥が熱くなったような感じがする。
詰まりかけながらも返事を返して手を指から離して、くるりと入り口に向き直った。なんだろうか。顔も少し熱いような気がしてきた。
「騎士団長。不安だがフォノカを前にする」
「はっ。陣形を左右と後列に組み直します。
レナル。お前とヘンリーは先ほどと同様に後列。エミリオもそちらに加わるように。
クロード、お前は前列左。私は右に立つ」
ジャスティアさんの言葉に反応して返事の声と動く音が聞こえて、意識を自分から周りに向けた私の少し前に騎士さんの一人……先ほど柱の奥に走って戻された人がやってくる。
黒髪のベリーショートっぽい短髪に、釣り目気味の茶色の目。どことなく日本人のような見た目の人だった。
さっきも前にいた人の一人だなと考えつつ見つめていれば、視線が合って首肯のような礼をされてから前を向かれる。
「フォノ様」
反対から声を掛けられてそちらを見れば、ジャスティアさんが私を見上げていた。私は今アルベヌの顔の高さくらいを飛んでるから、これだけで彼の高身長さがなんとなくわかる。
「お待たせいたしました。いつでもどうぞ」
体勢が整ったと教えてくれる彼女に私はアルベヌを振り返る。彼は私と視線を交わらせてすぐに、こくりと首を縦に動かして見せていた。
どうなるのか不安はあるし、中は彼らにも私にも未知数だけど、行けるなら行けるところまで行くしかない。もともとそういう遠征だから。
内心で意気込むように思案した私が翼を動かして前に進みだし、光のカーテンの内側に進む。一瞬視界が白く染まったところで、一気に視界が開けた。
鬱蒼とした森はどこへやら。
空が見えるくらいに感覚の空いた木々が茂る、森というよりは林といった空間。
その奥に、外でも見えた建物だろう物が見える。そして。
『やっときた、やっときた!』
『あの人のお気に入り!』
『みんな、大きいのでは遊んじゃだめだよ。お気に入りが怒るしあの人にも怒られちゃう』
『つまんないのー。でもお気に入り見れたからいいやぁ』
あちらこちらを飛び交う、たくさんの人型の小妖精。
私たちの方を見て楽しそうに、嬉しそうに、面白そうに声を上げているのを見上げていれば、周りから感嘆というかなんというか。そんな息を吐く音が聞こえる。
顕著に聞こえた後ろを振り向けば、アルベヌが少しげんなりとした顔をして飛び交う小妖精たちを見上げているようだった。
「……この量、住処というにふさわしいな……鳴き声が耳に障る」
「防音魔法使おっか……?」
「いらぬ。それよりさっさと動いた方がいいだろう……数が増えているぞ」
「え」
アルベヌが耳を押さえながら言ったことに気を回してみるが、あっさりと返された内容に周りを見れば。
確かに小妖精の数が増えてる。遠いところからチラチラ飛んでくる姿も私の目に見えた。
「……とりあえず、奥の建物に行ってみたい」
「お前のしたいようにしろ。我らはただついて行くだけだ」
彼の言葉に頷いてから私がまた前に進みだせば、彼らがついてくる足音も聞こえだして。横に並んでくるようにやってくる小妖精を見て首を傾げてみたり笑んでみたりと反応を何かしら返せば満足したのか離れていく。
後ろでも何かしら声が聞こえるから、何かしらちょっかいを受けているのかもしれない。
建物は近づいているもののまだ距離がある。そのためそっと振り返ってみれば。
アルベヌは近づいてくる小妖精を手で払うような素振りをしているし、彼の後ろに見える一人……確かエミリオさん、だったかな。彼のねこっ毛のふわふわとしてるだろう頭には小妖精が寝そべってたりとして、やられている本人は困っているようにも見える。
「えー、と」
「実害は特にない。気になるならさっさと進んでしまえばよいだろう」
「ぁ、うん」
私が後ろを見ているのを見たアルベヌがチラとそちらを見て肩を竦め。呆れ交じりな声を上げられてしまえば私は彼の言うように移動のスピードを少し上げてみる。
先ほどはあまり意識してなかったが、小妖精を意識しすぎて少しゆっくりめに移動していたかもしれない。周りに飛んでくる小妖精はまだいたものの、後ろから聞こえる声は減った気がする。
ついてくる小妖精以外に特に警戒する必要はなく。建物の入り口までは難なくたどり着くことができてしまった。
蔦が張り巡らされ、古いとはわかるが中々奇麗な白く荘厳な建物だ。神殿って本当にこんな感じなんだ……
「……ファンタジー映画とかで見るような建物だ……」
「また知らない言葉を……まぁ、荘厳だな。聖域と言われるこの場所にふさわしい風格だ」
私の思わず口から零れた言葉を拾ったアルベヌも呟く内容にこくこくと頷いて返しているところで、ふと周りが静かなのに気づく。
近づくにつれて目の前で大きく聳える神殿に意識を持っていかれていたが、なんでと思って視線を投げれば少し離れたところでこちらを伺う様子の姿が見えた。
「……さっきまであんなに傍にいたのに。何か言い含められてるのかな」
「さてな……それより、ここからどうする」
アルベヌが促してくる言葉に考える。私からしたら大きすぎる扉を見上げ、ふよりと扉に近寄って見る。
「フォノ様――」
「よい」
私がさらに前に出るように動いたことで左右の二人が反応してくるが、アルベヌが端的に言い放った声に動きを止めた。
それを横目にドアノブもないような扉の前に浮かんで見つめながら扉に触ってみると同時に、ギィッ、と。重い音を立てて扉が動き始めた。
「え」
動くとは思ってなかったので身を震わせて思わず少し後ろに退るも、扉はゆっくりと開いて。その中の内装を私たちの目にあっさりと映し出した。
壁と同様に白い床。少しくたびれたように見えるものの、青系統の色でまとめられた装飾のカーペットが敷かれて最奥の祭壇まで伸びている。その祭壇に、大きな建物と同じ色合いの彫像が立っていた。
後ろの風景画らしいものがなかったら多分同化して見にくいだろうなこれ。
「……あっさりと開いたな」
「あっさりと開いちゃったねぇ……」
アルベヌの少し気が削がれたような声色に私も応える。私としてもこれは拍子抜け案件です。
さて。扉は開いたけど、どうしたものか。
とりあえずジャスティアさん達に先に入っていいか聞いてみようかと振り向こうとした矢先、押し開きにされたような扉の片側から、ひょこりとなにかがでてきたのを見て動きを止める。
「それは当然でしょー。だって鍵があったら扉は開くものだし?」
そして響いた聞きなれない声にそちらを見るものの、姿を確認する前に視界が暗転した。
勢いよく身体を捕まえられ、引っ張られる感覚。翼まで握られているから圧迫が痛い。
「い――っ!」
「クロード!!」
「も、申し訳ありません!」
私の呻き声と同時に、ジャスティアさんの怒声のような声色が響き、クロードさんの謝罪と同時に私の圧迫が緩まった。
上を見れば、さっき見たクロードさんの焦ったような顔。
不審な声が聞こえてすぐ、私を掴んで引き寄せたらしい。手を開いて慣れない動きで私を持つ手に不安を感じて飛び立とうとしたら、パチンと指を鳴らす音がすると同時に視界が切り替わった。
自分の下にある感じ慣れた温もりに目を瞬かせつつも、ジャスティアさんとクロードさんがこちらを振り返っているのが見える。
「……これに痛い思いをさせてよいと言った覚えはない」
アルベヌの言葉が上から降ってきて弾かれたように勢いよく見上げれば、彼も私を見下ろしていたために視線が絡む。
探るように私を見下ろしたあと、顔を前に向ける彼に倣って私もそちらを改めて見やれば。
ジャスティアさんとクロードさんの少し先に、見たことない姿があった。
「あらら。大丈夫?
この世界の子らってホント小妖精の扱い荒いよねぇ……いつからこうなったんだろ」
そんな言葉を緩く零しながら、私と似た快晴の青空のような色のショートヘアの神官服っぽい衣装を纏う少年のような存在が神殿の中の方から歩んでくる。
クロードさんとジャスティアさんがアルベヌの前に立っても、その姿は歩みを止めることはなかった。
「そんなに警戒しないでよ。別に君たちを取って食ったりしないよ?」
軽い口調と足取りでジャスティアさんたちの前に来たその人は、私と目が合うとニッコリと微笑んで。
「良かった。とても元気そうだね。水鏡で見てはいたけど、実際に見るとホッとする」
「え」
「出迎えが粗相をしていたようだけど、怪我も無さそうで――」
「お前はなんだ? 人間でもない。魔族でもない。亜人でもないな」
私を見たまま声を上げ出すその姿の言葉を遮り、アルベヌが威圧的な口調で口を挟めば、おっと。とでも言いそうな表情で私から視線を外し、アルベヌを見つめたようだった。
更新遅くなりましたが細々と書いていっております……!
長らくお待たせしてすみません……今後もよろしくお願いいたします。