第117話 「処すのダメ!」
改めて周りでふよふよと飛んでいるし小妖精達を見回し、私が誰に聞こうかと考えていた中でその背をトスリとつつかれる。
軽く前に押されて中空でたたらを踏むようにしつつ、そちらを見れば。彼の顔より少し下くらいの位置でふよふよと浮いている私をアルベヌが見つめてきているのが視界に入った。
「お前が同族ゆえに話せることは知っているが。
コレらは気まぐれに悪戯に来ただけではないのか? つい先程、後ろの者たちが何かされそうになっていたのをお前は阻止しいていただろう」
眉根が寄って訝し気な顔で私を見つめては同様の声を掛けてくる。そんな彼の顔を見上げたままの私に彼の手が伸びるも、私は差し出される手のひらを見て首を左右に振った。
確かに阻止はしたけど。その子も別の種の子も、今は何かをしようとする素振りを見せる姿は見ていない。
「それでも私がとっさに出た言葉に対して、帰るのはダメって言ってたんだよ?
あの人が怒るとすごく怖いって言葉まで言ってたし……」
彼の顔を見上げながら言葉を返す私に彼は眉根を寄せたまま少し考えるような素振りを見せるが、やがてその双肩を軽く竦めて。
「わかった。
だが……我が違和感を感じたら即座に。お前を捕まえてでも止めるぞ」
「……うん、それでいいよ」
多分何もないと思うけど。いや軽く考えすぎなんだろうか……
アルベヌの嘆息交じりな声に私が首を傾げつつ、周りを改めて見回して。パチリと目が合った薄緑色の髪の小妖精の方に近づいてみる。
私と目が合ったその姿も二パッと人懐こく見える明るい笑顔を私に向けて、私の動きに合わせて素早く寄ってきた。
薄緑色のズボンスタイルの衣装を纏っている姿は、どうも男型に見えた。小妖精、男性もちゃんといるのか……いや私が自分で気づいてないだけでどっちにもなれるとかある……?
明後日に行きかけた思考に自分でハッとして、今はそれどころではないと頭を振ってから目の前に来ては私と高さを合わせてニコニコと笑んでいる愛らしい少年のような姿に、私も笑みを向ける。
「質問があるの。答えてくれる?」
『うん、もちろんいいよ!』
伺いを投げればこくりと大きく頷いて楽しそうに声を上げる姿に大丈夫そう、と知らずに力が入っていた肩がすとんと落ちた。
飽きられない内に、と私は自分を示すように両手を自分の胸に当てつつ、目の前の同族の彼を見つめて口を動かす。
「あなた達、聖域……精霊王の森って言われてるところから来たの?」
『聖域? あぁ、そうか。大きな種族はみんなそう言うね。うん、そうだよ! あそこはね、創造神様が作ってくれた僕たちの住処なんだぁ』
聞いてないことまで勢いでか返してくれる。
聖域って小妖精の住処なの? それ、私はともかくアルベヌ達が入って大丈夫なんだろうか……いや、私が守れば……でも本当に守れる……?
私が難しい顔をしてしまったのを見たのか、目の前の愛らしい顔がきょとりとしたものになって、すぐにまたニッコリと笑んで見せてくる。
その手を伸ばして私の手をさりげなく握って、グイッと自分の方に引き寄せてきた。
思わぬ動きに目を見開いて、抵抗も忘れていた私はあっさりとその姿に抱き寄せられてしまう。
「え?」
『あの人や大きい人達みたいに難しい顔。ダメだよ、ダメ。僕たちは楽しいことをしていればいい種族なんだから……あぁ、でも。
お気に入りのキミは特別なんだって言われてるから、ダメじゃないのかも』
「えっと、よく分かんないけど……もう一つ聞いてもいい? あと離してくれると嬉し、っわ!?」
「フォノ!?」
話している間にも腰をしっかりと抱かれて身体が余計に近くなる。片腕は握られたままグイッと横に引っ張られ、これはどういう体制なんだと考えつつ。離してほしいと伝えている最中にぐるりと身体が持っていかれた。
その瞬間に私が上げた驚きの声に、アルベヌの声が被さったのが聞こえたものの。視界がぐるぐる回るからそちらを見る余裕がない。そしてしっかり捕まえられてて離れられない。
いや待って、この子華奢な見た目してるくせに力強ッ!!
「え、ちょ!?」
『ちょっとだけ僕と遊んでよ。さっき一つ答えたし』
「いやちょ、私たち急いでるし! それに待って、目が回る……!」
クルクルとどうやら私を抱き寄せたままで回転しているらしい。なんだこれは体勢的にダンスでもしてるつもりなのか。それなら速度がおかしすぎる。目の前の彼の向こうの背景ちゃんと見えないのよ。
いや待って、これ続けられたらガチめに具合悪くなる。
せめてもの改善策と顔を下げて目を閉じた。多少マシにはなる、はず。個人差あるかもだけど!
「あ、あなた達! 私を迎えに来たとかじゃないの!?」
『んー? 迎え? あぁ、そうだったそうだった! お気に入りたちを出迎えておいでぇってあの人に言われたんだぁ』
そのままの体勢で声を上げて、のんびりと返された内容に今思い出したの!? とぎょっとした瞬間に。
バサッ、と大音量の羽音が聞こえる。それと同時に、小さな悲鳴もちらほら響いたような気がした。
え、とその音に目を開けた時には背中の翼を摘まみ上げられ後ろに引っ張られる感覚がして。
『痛い! 痛い痛い!! 離してよ!!』
同時に近いところから聞こえた悲鳴と、引き剥がされるように離れた私を捕まえていた小妖精の身体。
ほぼ一瞬で起こったことについて行けずポカンとしていたが、少しして弾かれたように私が顔を上げて視界に入ったのは。私を振り回していた小妖精を握り締めるように掴んでいる見慣れた大きな手。
「我のモノをよくもまぁ……好きに扱ってくれたな。ただの羽虫が」
アルベヌの声が聞こえて後ろを見上げるように振り返れば。険を帯びた顔で握り締めている小妖精を見つつ、怒気を孕ませた声色を零す彼がそこにいた。
「あ……アルベヌ……!」
「お前が声を上げた内容に絡みに来ただけと判断した。これは処すぞ」
ギチッ、と私の耳にも痛い音が聞こえる。
握られている小妖精の顔色がだんだんと悪くなって声も出せなくなってる様子なのを見て、私は摘ままれていない下側の翼をばたつかせて抗議の動きを取った。
待って待って私が説明するまで勝手に判断しないで!?
「ちょ、待って処すのダメ!」
「同族だからか? それとも見たくないからか?
お前の目に入らないように終わらせることは簡単にできる。安心すると良い。羽虫たちを処理している間、我のここに入れておけばいいだけだからな」
言いながら私を摘まんだままの手を動かして片手で器用に私をジャケットの内側にあるんだろうポケットにでも入れようとする彼の動きに、私が彼の胸元に片側の翼をバフバフと叩きつけて抗議を続ける。近くなった彼の衣服を両手でも押して微々たる抵抗をしつつ、私は声を張り上げた。
「そういうことじゃないし安心できない!!
その子たち私の、というより! 私たちの出迎えに来るように言われてるらしいから! 処理しちゃダメ!!」
ピタリとアルベヌの私を服の中に押し込もうとする手の動きが止まった。
それから勢いよく顔の前にそのまま持っていかれてぶら下げられ、少しばかり胡乱な顔で私を見つめてくる顔を、私はただ焦ったような表情で見つめ返すことしかできなかった。
「…………あの声色はなんだ」
「あー、いや、その……いきなり振り回されたから驚いたあまりに……」
しどろもどろな私の返答に彼が私をジッと数秒見つめた後で、はぁ、と大きな嘆息を零すのを見つめて。バサリとまた大きな羽音がしては摘ままれていた状態から私も片手に握られるように持ち直されて、顔から離される。
同時に反対の手に握られていた小妖精の子はポイッと放り投げられていたのが目に入った。
ちょっとアルベヌさん!? 扱い雑すぎるよ!?
私が思わず彼を見上げると、彼の背中の向こうに見慣れないものがある。彼の後ろで動くそのボロボロに見える被膜は、かなり前に一度見せてもらったアルベヌの羽根だと思い出した。
それを動かして下を見ているのを視界に入れたところで、ちょっとした重力を感じた私が改めて周りを見れば。木々が少し低い位置にあるのを知ってゾッとする。
いや待って私どこまで連れて行かれてたの。
木々の先端が同じくらいになってとだんだん下がって行き、元居た森の中に降り立ったようだった。ズンッと私の身体には重い、彼の着地の衝撃が伝わる揺れに身を任せていたところで。
「陛下、フォノ様! ご無事ですか!?」
ジャスティアさんの声と慌ただしい足音。私を握るアルベヌの手が動いて開かれるのに合わせて体勢を整え、大人しく座ることにする。
私を胸元近い高さに持っていきジッと見下ろすアルベヌを見上げてから、彼の目の前にやってきたジャスティアさんを見上げて苦笑をこぼした。
「振り回されたけど、無事だよ……」
「それは無事なのですか……?」
私の言葉に怪訝な声が降ってくるが、とりあえず怪我はしてないから。無事ってことにしといてほしい。
すごく疲れたような溜息が反対から大きく聞こえるけど、お願いだから納得してアルベヌ。
出迎えの子ら処されたくはないから。どうなるかわかったもんじゃない。
先ほどの一連があったからか、燐光はふよふよと周りをまだ飛んでいるものの。人型は少し離れたところからこちらを伺うように見て来ては何かを言い合っているのが遠目に見える。
この状態なら邪魔はされないだろうと息をついて、私はジャスティアさんとアルベヌを見上げた。
「えっと、一応聞けたことはあるよ。教えるね」
「ほう? ……騎士団長」
「ハッ!」
アルベヌの瞳が静かに細まり、ジャスティアさんもアルベヌに呼びかけられた瞬間に瞳を真剣なものに変えてから私に向けていた視線を外した。他の騎士さん達を見回したのか、後ろとアルベヌの向こうを見ながら何かハンドサインのようなものを送っているのを見上げる。
同時に彼らの動く音が聞こえるが、私からはアルベヌの身体とジャスティアさんの身体で見えることはない。
「お待たせいたしました」
「……フォノ」
ジャスティアさんの言葉に首肯で応えたアルベヌに呼びかけられ、私は彼らを見回して、小妖精たちを見回して。
「……聖域は小妖精の住処で、あの子たちはそこに住んでるみたい。
お気に入りたちを出迎えておいで、って言われたらしいんだけど」
言いながら彼らを再び見回せば、二人の顔がギョッとしたものになる。しかし二人は視線を一度絡ませた後にその瞳を再び私に向けるも。すぐにジャスティアさんは小妖精たちを見回すように私から顔を背けて見せて、アルベヌは私を見下ろしたまま首をゆるく傾けた。
「あの禁足地――……聖域が小妖精の住処なのは初めて知ったが……出迎えは誰に言われたと?」
「あの人、としか言ってこないけど……予想言っていい?」
「許す」
「……創造神様、じゃないかなぁ……なんて……」
不確定過ぎる考えを吐露するのは少し不安があったりもするが、自由気ままな小妖精を従えれるのってもう聞いた存在の中だとそれしか浮かばない。
そう思って出した私の考えに、アルベヌは私を乗せていない手指を自身の顎に添えて思案するような素振りを見せたものの。
「あの入り口にはもうほど近いはずだな。騎士団長」
「はい。もうあと数分の距離までは来ています」
「であれば、進むぞ。この羽虫――……いや、小妖精たちは出迎えであるようだからな」
「お前たち、元に戻って移動だ!」
私から視線を外してジャスティアさんに言葉を投げ始め、それに彼女が即座に反応する。掛け声に応じる声と同時にまた足音が複数聞こえ始め、アルベヌの身体も動き出した。
私がそれに手の上で立ち上がろうとすれば乗っている手が椀状になって、大きな指が身体を絡め捕るように捕まえてくる。背中の翼が左右から指に挟まれて羽ばたきもできない。
「え? なんで?」
「先ほどのことをもう忘れたか?
着くまでこのままだ。心配をさせた仕置きだと思え」
「はい……」
手に乗る私を顔に寄せては真剣な瞳を向けて発してくる、アルベヌの少しばかり怒気が混ざっているような声。
言われた言葉に小妖精に振り回されていた先ほどを思い返して、彼に聞こえるかわからない声を零してから大人しく彼の手指に捕まえられた状態のままジッとする。
そんな私が乗る手を元の高さに戻してから前を向き、歩き続ける彼の動きに揺らされたり時折手慰みにつつかれたりされつつ。私は噂の禁足地の入口まで連れて行かれることになってしまうのだった。