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第115話 「延長線のようなもの」

 ジャスティアさんが笑っているのを思わずジト目気味に見上げてしまっていた私だが、やがてそれに気づいたか視線を戻してコホンと咳ばらいをした後、彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げて私に苦笑を向けてくる。


「申し訳ありません、フォノ様の反応が素晴らしかったもので……

 しかし、そうですね……少し失礼いたします」

 

 謝罪なのかなんなのか。言葉を投げた後で苦笑を笑みに変えてから、彼女の白い指が私の目の前の携帯食を摘んで持ち上げた。持ち上げられるそれを頭を動かして追いかければ、美麗な顔が私とその携帯食を見比べるように動かされ、その表情が悩まし気になる。

 

「フォノ様……コレは切ると言うより、砕いた方が食べやすいかと思うのですが……その可愛らしいお口に、コレは大きすぎるとおもうので……」

 

「可愛らし……?」

 

 いや言われるほど可愛くはないと思う。ただジャスティアさんから見たら小さ過ぎるだけで。

 私が思わぬ言葉に疑問符を浮かべていれば、何か? と言った雰囲気で私を見下ろしてきた紅い瞳を見上げて、私は誤魔化すように苦笑を向けた。

 

「えっと……食べやすくしてもらっても……?」

「わかりました。

 ……適度な大きさに……とは、いかないかもですが」

 

 苦笑混じりなお願いの言葉にジャスティアさんが朗らかに返事を返してくれる。

 そのあとの困ったような言葉には大丈夫と大きく首を動かして頷いて見せれば、ホッとした様子で私に笑みを浮かべてくれた。

 彼女の指先がテーブルに乗っていた携帯食が包まれていた布をつまみとって、テーブルから少し離れた所に広げるとその上にまた携帯食を置く。

 どう砕くのかと思ってそれをじっと見ていたら、私と携帯食の間に白いが細かな傷のある細めの手が立てられてそれを見ることが出来なくなった。

 何をする気かと彼女を見上げるも、その目は携帯食に向けられていてこちらを見る様子は無い。


「……押して崩す……? いや、ただぺしゃんこになるだけか……それなら……」


 何かを呟きつつ、ジャスティアさんのもう片手も携帯食に近づけられた。緩く拳を握るような形になって、内側に入れ込んだ親指を人差し指に引っ掛けて力を込めたような動きをして。

 

 バッギャン!  と私の耳には凄い音がした。ズドンって衝撃もあった気がするけど何かが割れ砕けたような音の方が凄かった。

 そして、音と同時にパラパラと。ジャスティアさんの手の壁を通り越してこちらにも飛んできた、甘い匂いを伴う欠片。

 

「……不格好ではあるが潰すよりは……!

 フォノ様、見栄えを悪くしてしまったので心苦しいですが……食べやすいものを選んで食べてくださいませ……」


 手が退けられて、先程のキューブがボロボロに崩れているのが見えた。

 崩れて細かくなったのをこぼさないように包みに乗せたまま、またテーブルの上に持ってきてくれたものは私が持って食べやすい大きさのものも転がっている。

 見た目は相当ボロボロだけど。なんかの瓦礫か? ってくらいにボロボロだけど。

 包みを摘んでいた親指の爪の半ば辺りから爪の先にかけて付着してる携帯食の残骸……彼女から見たら粉でしかない大きさのそれを見て、私は改めて大きさから来る純粋な力の差を思い知らされた気分だった。

 彼女はデコピンをしただけのはずなのに威力がすごい。


「……ジャスティアさん、指が――」

「フォノ様。失礼ながら話を遮らせていただきます。先程から思っていましたが……どうか私のことはジャスとお呼びください。

 陛下と同等の立ち位置の方にそのようにかしこまられますと……それに、今の私は騎士団長であると同時に貴女の世話役なのです。

 ですからどうぞ気楽にお呼びください」


 ジャスティアさんから告げられた思いもしない内容にぴしりと固まう。

 え。同等の立ち位置? 一国の王と私が――ってアルベヌも言ってた? 転生者は自分と同じように敬われて当然――……とか何とか……?

 でも私、敬われるようなことまだ何もしていないと思うんだけど……

 そんなことを考えつつ、彼女を見上げれば少し緊張した面持ちの表情が見える。いや、私相手にそんなにかしこまることって本当に必要ないんだけどな……


「えっと、じゃぁ……ジャスさん」

「敬称も不要です。あと敬語も……城で陛下といる時は私と話す時も基本砕けて下さってましたのに」


 望まれる呼び名を言えば表情は緩まるものの、今度は少し寂しげな様子に見える。

 この人も結構感情豊かな方だった。

 仕事の時……いや、今もお仕事中か。真面目な顔と綺麗なお顔相応の朗らかな笑みしか見てなかったから少し以外。


「アルベヌといる時は彼と話す延長線のようなものですし……!」

「延長線……わかりました。でしたら……」


 私の言葉にジャスティアさんは何かを考えついたように声を上げて、私から少し離れた所にゴトゴトと彼女の手のひらサイズの包みと、水筒らしいものを置き出した。その後で、私用の小さなコップのようなものと、ジャスティアさんのものより一回りほど小さい水筒っぽいのが出される。

 私が食べれるようになったからご飯タイム開始かな。


「フォノ様。大変失礼とは思いますが、ご一緒に食事をさせていただいても良いでしょうか?」

「え。失礼でもなんでもないですし、むしろ一緒に食べるものと思ってたんですけど……?」

「へ……!?」


 ジャスティアさんが真剣な顔になって言ってきた言葉に思わずといった感覚で返答を即投げてしまう。

 それに何故か面食らったようにギョッとしたジャスティアさんだったが、暫くぽかんと私を見下ろした後で何かを思い返したか。納得したような感じの微苦笑を浮かべて、私を緩めた紅い瞳に映しこんでいた。


「……陛下とお話されてる様子などを見て思ってはおりましたが……垣根がないのですね」


「垣根……?」

 私が首を傾けたところで、ジャスティアさんは後から出した私用のコップに器用に水筒から水を入れて。それを私のテーブルの空いているスペースにこれまた器用に置いてくれる。

「分け隔てがない、と言いましょうか。

 メイドの皆様からお話は聞いていましたが……彼女たちが言っていたことがよくわかりました」


「待って、何聞いてきたの!?」


 メイドの皆さん何をジャスティアさんに吹き込んだの!?

 私が思わず素の口調で声をあげてしまったところで、それを聞いただろうジャスティアさんはにっこりと笑みを浮かべていた。

「安心してください。フォノ様が不快になることは言われてませんので」


「安心出来る要素どこ!? 内容教えて!?」


 いやほんと何言ったのフレイさん達ー!?

 にこにこといい笑顔で一人あわあわしている私を見下ろしていたジャスティアさんが、その表情のままで自分の食事の包みを解き始める。

「本当に変なことは聞いてませんので……大丈夫ですよ。フォノ様」

 包みを解きつつ言われる言葉に納得いかないと思いつつも、言っても教えてくれはしないだろうと考えて嘆息をこぼした時に。視界が下がった故に動くものが視界の端を過ぎり思わず顔を向けてしまう。

 どうやらジャスティアさんの指が包みを解き終わったところだったようで。干し肉っぽいやつとクッキー見たいなものが入ってるのが目に入った。

 その後でまたジャスティアさんの手が動いたので思わず動きを追ってしまう。彼女の水筒に手を伸ばして蓋を捻って開けるのを見つめていた。


「さぁフォノさま。そろそろ食事にいたしましょう。眠るのが遅くなってしまいます」

「あ、うん。準備ありがとう――って崩れたァ……」

「ふふ、その方がありがたいです。お話しやすいように声をお掛けくださいませ」


 投げられた声に思わずツッコんでしまったままの素の口調で返答してしまい、項垂れる私にクスクスと笑いを零しつつやんわりと優しい声色を注いでくる。

 頭を上げた私が彼女を見上げた時には、爪に付着していた汚れに気づいてそれをマジマジと見ている姿で。やがてペロリとそれを舐めとって吟味するようにしばらく微動だにしないその様子に私は首を傾けていたが。

 やがて彼女が私のコップに注いでくれた水の入る水筒を取って、中身を自身の水筒のキャップに僅かに注いで臭いや色を確認するような動きをしたあとでグイッと口に含んでは少しして飲んでいた。

 

「……毒味」

 

 その動きに思わず呟いてしまう。

 メイドさんがしていたことだもの。騎士団長さんにさせないわけがなかった。

 私の声が聞こえたか、ジャスティアさんがニコリと微笑んだ。


「フォノ様。慣れていないため毒味と配膳の順序は逆になってしまいましたが……何も無いのでどうぞお食べください」

「……ありがとう」


 そこまでしなくても、と考えるけど。先程した会話を思い返すとそうもいかないのもわかって。

 大人しくコップの水を飲んで、掴みやすい大きさの携帯食を両手で持つと口に含む。

 私の口でも噛み砕けたその味は、前世で食べていた実物に近いものに感じた。

 

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