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第112話 「考えるなと言った」

 私がそんな風に考えているのを察しているのかいないのか。彼はうっそりと更に瞳を妖しく細めては、危ない色を湛えたままで見下ろしてくる。

「さて、さて――……答えてくれるな? 我の小妖精?」

「はい……」

「最初からそう言えばよいのだ」

 

 彼が私の返答に満足したか、危ない嗜虐心に染まった瞳の色と形を元に戻す。それを見上げた私は転生直後の飼育箱の中のこと……アルベヌに献上品として差し出される前までのことを思い返してみて。

 

「……いつ捕まったのかも、もともとどんな服着てたのかも覚えてないし。気づいたら貫頭衣だし周りにも同じ格好の小妖精いっぱいいたし。

 その子たちから私の発音が不思議だから、大きな人たちにバレたら危ないって言われて声は上げないようにしてたし……ご飯は毎回蜜とかクッキーみたいなやつとか入れられてたかな……他の子と共有の空間だったし、ご飯もそうだったから。あそこは飼育箱だったって思ってる」

 

「なるほど……小妖精の衣類は肉体と同様、実体よりになるからな。剥いでも原型は残る。魔力も多少は残るから、別に売られていた可能性があるか。

 ……当時の我にもう少し手荒にして良いと伝えたい気持ちになるな」

「ぇ、追放したんだよね? 手荒もなにも……」

 私が言った言葉に顎に添えられていた指先が離れて、また背もたれにするように後ろに添えられた。背中がじんわりと彼の少し低めの体温に包まれる。

 ガタガタと馬車の動きでアルベヌの身体も揺れるが、背中に添えられた彼の手指のおかげで私の小さい身体がそれ以上跳ねたり揺れたりすることはなかった。

 

「調べた結果、虚偽の申告をしたと発覚したものはその虚偽に見合うだけの鞭打ち刑と追放だ。

 アレらに示した数は忘れたが……その数を倍にしても良かった人間どもだった、と悔いているだけだ。気にすることはない」

 

「追放だけじゃなく体罰もしてたの!?」

「……フォノ様。本当に気にすることではございません」

 私がギョッとして身を震わせて声を上げれば、後ろから聞こえるジャスティアさんの声。

 その声色は少しばかり、底冷えしているもののように感じた。

 振り向こうとしても、アルベヌの指が頭の後ろにもあるので彼女を私が見ることはできなかったものの、そんな中でも言葉は紡がれていく。

 

「この国では他国から入る行商人が商いをするには、商業ギルドより前に王の許可を得なければいけない。それはこの国の法で義務付けられていることです。

 入国時に門番から商人は必ずそれを言われます。同時に、虚偽の申告をした際の罰則も、きちんと言い含められます」

 

 え。事前に嘘言ったら体罰あるっていうのは法律で決められてるのか。アルベヌの裁量かと……

 私がアルベヌを見上げれば、彼は私の言いたいことを察知したらしい。しっかりと顔を向けられ、ゆっくりとご尊顔の口角が持ち上がった。瞳は笑っていない。

 

「……悲しいなぁ? お前は()()()を信じていないようだ」

「いや、そ」

 

 ういうことじゃなくて。と言おうとした私の身体を乗せた手がぐん、と勢いよく動かされて、大きなご尊顔の眼前に持っていかれる。少しばかり怒気を孕んでいるような目が私の顔をしっかりと映し込んで、ジトリと細められた。

 

「ん?」

 

「……先入観ありました……」

 圧倒的強者とわかる存在の金色の中にある黒色の縦長瞳孔が、目の前で獲物を見据えたようにギュッと細められるのを見て恐怖を覚えない弱者がいたら教えてほしい。

 私が視線を逸らしつつ素直な言葉を述べれば、大きな顔から嘆息が吐かれる音が聞こえる。


「そうか、そうか。素直に言えて良い子だなぁ? ……お前の勉学に使えるよう、メイド達に国法の載った本を渡してやろうか?」


 大きな指先が横顔に触れてくる。その反対の頭部側面にも、恐らく親指だろう指先が乗ってきて。その感触に自分の顔が少し強張ったのを感じる。

 待って怖い。きゅって握られたら首ポキンていきそうで怖い。

「へ、陛下。お言葉ですが、フォノ様も悪気があって言ったわけではないものと思います……転生者なので法を知らないのも無理からぬことかと……!

 どうかお怒りなどがあるのでしたら、後程我ら騎士団を使ってどうぞご解消くださいますよう……!」

 私とアルベヌのやり取りをしっかりと見ていたらしいジャスティアさんが真剣に上げた声に、アルベヌの手の動きが止まる。

 そろ、と視線を彼の瞳に戻せば、彼の眉根がヒクリと寄った。瞳には怒気がまだ混じっているように見えるも、瞳孔は元の大きさにゆっくりと戻されるのが見えて、ホッとしてしまう。

 ジトリとしていた瞳は一度閉じられ、また開かれればあの淡々とした色が私をジッと見据えていた。

 

「……よい。年甲斐もなく過去の自分の愚かさに当たり散らしただけのこと。

 フォノカ。悪かったな」

「……首折られるかと思った」

「悪かったと言っている。許せ」

 

 ジャスティアさんに静かに声を掛けた後。絡めていた指を開いては、顔から私を遠ざけるように乗せている手を動かし謝罪を投げてくる。そんな彼に思っていたことを吐き出せば、彼は渋面を作って私にさらに言葉を重ねてきた。

 謝罪させてしまったが、もともと彼を不機嫌にさせてしまったのは私でもあるので。

「うん、私も変なこと考えてごめんね。これでおあいこだからこの話はもうおしまいでいい?」

「かまわぬ」

 私の謝罪に彼が端的にしっかりと返事を返してくれたのに安堵して笑みを向ける。それと同時にガゴッ、とひと際大きな揺れが来て、私の身体が跳ね上がった。

 それに驚いたのも束の間、すぐに後ろにある手がまた私の背中を捕まえるようにぴったりと添えられて、落下は免れる。

「びっくりした……ありがとアルベヌ。こんな感じだから、しっかり支えてね。今みたいに馬車の揺れで手の上でも跳ねちゃってるから……」

「あぁ、任されよう」

 

「……もし次があれば、揺れの軽減ができるような仕様の物をご用意します」

 

 さすがに今の揺れは人間にも大きかったのか、ジャスティアさんが神妙に言ってくる言葉にアルベヌが少し思案をするような顔をした。

「次……あまり考えたくはないが、そうだな。その時は考慮しろ」

 紡がれた言葉に私もハッとする。

 そうだ。一発でうまくいく保証なんてどこにもない。

 予想としては最短往復四日の行程。一泊二日で到着するらしい聖域で、私がどう反応してどう道案内できるのかも未知数。

 一応食料などは延長も見越して七日分ほど用意しているとは聞いたものの、どうなることか。

 

「……フォノカ。考えるなと言ったはずだが?」

 

「え」

 上から降ってきた呆れたような声色に、また自然と俯けてた顔を思わず上げてしまう。

 見上げた先にあるのは仕方ないものを見るような、彼にしては珍しい微苦笑めいた表情を浮かべているアルベヌのご尊顔で。

 

「お前は何かを真剣に考え込むと分かりやすくて助かるな。顔を俯かせて翼も感情に合わせて尾のように動くのだから」

 

「え、うそ!?」

「嘘だ……と言いたいが、誠だな。またどうしようもないことで不安に駆られていたか。翼までしおれているぞ」

 私がギョッとした声を上げると同時に、背中の翼を大きな手のひらで揉まれる。

 いつもならぞわっと震えるはずのその感触。しかし今回はその感覚が不思議とあまりない。ずっと触れられてたからだろうか。

「お前にとっても我らにとっても、未知数なことだ。ただ、その未知数がどうなるのかの確認に行く。

 それだけのこと、と何度も言っている。できなくても気に病むことはない」

「……でも。帝国に対する何かがあるかもしれないのに……できなかったら、ただの無駄足に」

「その不安を言い続けてもどうしようもないことだ。結果は時期に見える。我らはそれを受け入れるしかない。

 今日この日、その事柄に対する(さい)は投げられているのだからな」

 私の言葉に被せるように、幼子に言い含めるかのように伝えてくるアルベヌの表情は、言葉を紡ぎながら普段通りの淡々としたものに戻りつつあった。そのまま、私を見下ろして首をゆるく傾ける。彼の長い黒髪が、さらりと肩を伝って流れた。

「それにだ。できなかったことで誰かが難癖をつけてきた場合、我がどうにかするとも言っているだろう?」

「……そうだったね……でも、お手柔らかにしないとだよ?」

「さて、そやつ次第だな。なにせ未来のことだ。確約はできん」

 瞳を妖しく細めつつ言ってくるその内容に私は肩を竦め。背中に添えられているアルベヌの手指の方を振り向いて、背もたれのようになっている大きな手の上部に自身の手をついてバランスを取りつつ。顔を上に出してアルベヌの向かいに座るジャスティアさんの方を見る。

 ジャスティアさんはこちらを微笑ましそうな顔で見ているだけだったが、私と視線が合うと姿勢を正していた。


「ジャスティアさん。アルベヌが変なことしそうになったら止めてあげてね。この人多分勢いでするところあるから」

 

「え」

 どういうことか、とジャスティアさんが私とアルベヌを見比べるようにチラチラと視線を動かす。それに私は見えないだろうけど苦笑を浮かべてジャスティアさんの顔を見つめては。

 

「だって、前に聞いたけど……見せしめで風穴開けるのに治療するってことは、そこまでやるつもりなかった……っていうことでしょ。多分」

 

 そう言葉を投げた瞬間に、私の乗る手が馬車の揺れとは違う揺れを発生させる。それをした当人を見上げれば、彼は私をジィッともの言いたげに見下ろしていた。

 なんで言ったと言いたげに見えるその顔に正解らしいと察した私は、またジャスティアさんを見てニコリと笑みを浮かべて見せる。

 

「正解っぽいんでよろしくお願いします」

 

「え!? は、はい……!?」

「おい。変なことを二人で決めるでないわ」

 不満げなアルベヌの言葉に私がまた彼に向き直るように手の上に座り直して見上げて、小首を傾けて見せた。

「変じゃなくて大事なことだと思うんだけど」

 だってやりすぎたせいで家臣の気持ち離れて離反されました、とか今のご時勢に起こってほしくない事態だから。やりすぎ注意を促してくれる存在は複数欲しい。

 大きな二人はどう私のお願いを解釈しているかわからないが、とりあえずは釘させたからいいかな、と考えるようにしておくことにする。

 

「……陛下。人気のない巡回ルートまでの移動が終わったそうです。馬車の速度はいかがしますか」

 

 不意に声を上げるジャスティアさんに私がそちらをまた手の上で指に乗り上げるように見れば、幌に耳を当てている姿が見える。

 どうやら幌の向こうに兵士さんがいるらしい。耳打ちをされているようだった。

「巡回ルートは城下の裏町とは違い、整備されているだろう。ならば上げても問題はない」

「ハッ」

 アルベヌの言葉にジャスティアさんが端的に返事をしてから、幌に顔を向けて言葉を返すような素振りを見せたところで、馬が鞭打たれて嘶く声が響く。

 ガラガラと車輪の回る音が激しくなり、移動する感覚も先ほどより早くなるものの。アルベヌの言う通り整備されているのか、ガタガタと音がするわりに酷い揺れに苛まれることも、道中で何かに襲われることもなく。

 順調な滑り出しで聖域を抱く森の方へ向かうことができたのだった。

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