第109話 「考えに従うよ?」
「……話を戻すぞ。ここで野営も入る。我が友は小さな小妖精ではあるが女性だぞ。どうするつもりだ」
「気になるのであれば陛下がお世話しては? 今も見せつけるように給餌はされているではないですか」
「ほう? フォノカが視線を気にしなくてもいい外でもペットのように見せろというか」
「ですから、共に行く者たちにはバラせば良いではないですか。箝口令を敷いてしまえば良いでしょう」
野営……野宿? キャンプってことかな? 一日で行ける距離では無いのか。
でも、アルベヌは何をそこまで意識してるんだろう。確かに私の性別は女だけど。貴方、私を裸に剥いたことあるよね? お風呂もまぁお世話されてる回数結構あるから今更な感じ強いんだが?
見上げれば胡乱な目をしたアルベヌと至って普通の顔をしたゲイルさんが見合っているのを視界に入れて。口を挟んでもいいものか、と思案するが話が進まなそうとも感じてしまう。息を一つ吐いてから、私は口を開くことにした。
「……アルベヌ。何が気になってるの?」
私が口を開けば、二人の視線がこちらに向けられる。しかしすぐにゲイルさんもアルベヌに視線を戻していて、大小の目に見つめられる彼は嘆息を零した。
「……この時はお前の好きなように移動して貰うつもりだった。飛ぶでも我の肩にでも、自由にさせるつもりだったのだ。
だが編成の数名が我には口が堅いようには見えぬ上、男ばかりの空間になる。お前を変につつく者も出るかもしれんからな……これでは自由にさせることが出来ぬ」
なるほど。決まった人員は男ばかりな上に私を知らない人が殆どのはず。それは仕方ないことだけど、少し気にしすぎではないだろうか。
だってジャスティアさんも来る……よね? ジャスティアさんが既に何があっても口を閉じるように言い含めてそうな気がするんだけど。
「不安は分かるけど、ジャスティアさんは変な人選しないと思うし……もしなんかされそうになったらアルベヌの方にちゃんと逃げるし抵抗もするから」
「…………」
私の言った言葉に納得がいかないのか、顔を向けられて渋面を返される。
最初から自由に動いていいようにしたいと考えてくれるのはありがたいけど、そこまで心配されると……
「……ねぇ、アルベヌ。隠したいなら私は貴方の考えに従うよ? ペットの振りをその中でも続けてた方がいいなら、その通りにする」
せっかく決まった日程や人員が変更になるのは今の時勢だと少し危ない気を素人ながら感じてしまって、真面目な顔でアルベヌに言葉を投げれば。彼は唇を引き結んで私を見下ろす。
暫く見つめあっていたが、やがて彼の引き結ばれた唇が薄く開かれて重苦しい吐息がこぼされた。
私を見下ろす瞳が静かに細まる。
「宰相。騎士団長を呼べ。お前はそのまま下がっていい。日程や行程はこれで行くことにする」
私を見下ろしながらこぼされた言葉に、ゲイルさんは深く頭を下げてからそのまま部屋から出ていった。
それを見送っていた私の背中の翼が摘まれる感触に思わず魔力操作でそれを半実体化にしてしまえば、掴まれる感覚がなくなった。アルベヌの目が不機嫌そうに細められ、これで掴めないでしょと私がじっと見上げてる中で。少しの間を置いてから付け根をギュウッと摘まれた。
思わぬことにビクッと身体が震える。同時にゴリッと骨が擦れる音が響いて、久方ぶりに痛覚が仕事を始めて背中から響いてきた。待って痛い痛い!
「待ってアルベヌ痛い! 痛いから!!」
「お前が解くのが悪い」
抗議の声もなんのその、そのままひょいと持ち上げられては大きな手のひらにポトリと落とされた。
付け根から指は離れたものの、ジンジンとする感覚が残って上手く魔力が通らない。
「いきなりなに。酷いよこの理不尽悪魔」
「なんだその悪口は。お前が人の気も知らずに言う通りに動くなぞと言うからだ。理不尽でも何でもない上に我は混ざってはいるが悪魔族だぞ」
種族じゃなく行いのこと言ってんだけどな!?
私がほぼ勢いで見上げながら発した悪口を普通に受けとり淡々と返してくる姿に、私は彼の手の上で打ちひしがれるようにがっくりと身体を脱力させる。
同時に、とすりと背中に何かを当てられる感触にそちらを見れば、彼が指を添えていた。そのまま柔い力加減で撫でてくる動きに、一体なんだと彼をむすりと見上げた私の視界に映る彼の顔に思わず瞳を瞬かせてしまう。先ほどの不機嫌な目とは一転して、こちらの様子を伺うように見つめているような目だったから。
「え、なに」
「お前、まだ遠慮しているわけではあるまいな」
「遠慮? ……なんで?」
思わぬ言葉にきょとりと私が返してしまえば、彼は軽く息を吐いて。私を乗せた手を自分の顔に寄せて私を近づけた。獣のような縦長の瞳孔が私を観察しているように拡縮するのを見つめて、私が首を傾けたところで。その瞳が一度パチリと瞬く。
「我はこの行程の中でお前の行動を阻害したくはないのだ。その我にお前は、我の言うとおりに動くなどと言ってくる」
「だって、アルベヌが気にしてるのならそうしないと」
「そら、我のことばかり気にしている。だから遠慮しているのかと懸念しているのだが?」
獲物を狙うように瞳が妖しい色を帯びる。その中に映りこんだ私は、不思議そうな顔を浮かべていた。
実際そう。不思議に思ってる。
だって結局連れて行ってくれるのはアルベヌなわけで。確かに道案内は私がするけど、それは聖域に着いてからの話だ。それより前は連れて行ってもらうしかない。
「……気持ちは嬉しいけど、聖域までは私が連れて行ってもらう側だよ? 引率してくれる人の言うこと聞くのは、当然じゃない……?」
私が首を傾げつつ声を掛ければ、ギュッと彼の眉根が寄った。瞳もどこか不満げな色がこもる。でもこれは怒るとかそっちの感覚じゃなくて、どうももどかしいといったような感覚のものに感じるけど。
なんだろうか。私何かしてる……? 普通のこと言ってるだけ……だよね……?
私が疑問符を一人で浮かべているのに気づいているのかいないのか、アルベヌは私をしばらく見つめた後に顔から離すように動かしてその唇を動かそうとした。そんなところで。
「陛下。カラドメイル騎士団長様がお見えになりましたぁ」
響いたチェルルさんの言葉に、その口を閉ざしていた。
扉を見てから私を一度チラリと見下ろして、何かを言おうかどうするかと悩むような顔を見せてきつつも。
やがて、はぁ……と嘆息を零してから私を乗せる手を動かして、定位置と言えるクッションの上に滑り落した。
「入れろ」
「はいぃ!」
アルベヌの言葉に応えたチェルルさんが扉を開けば、ジャスティアさんが部屋に入ってきた。
そのままスタスタとアルベヌの前に立ち、奇麗な一礼を見せる。
「おはようございます陛下。宰相殿に言われ、参じました。人員についての説明が必要と聞いておりますが」
「口が堅そうな者を選んだのは聞いている。が、我の目には姿絵ではそう見えぬものが複数名いるのでな」
「なるほど……一応何があっても口外はするなと言い含めてはいるのですが」
「破った場合はどうすると?」
「喉を潰すか騎士団からの除名かを選択させると言っております」
「待って怖い。ジャスティアさんもそういう感じのこと言う人だった……!?」
「罰則が怖いものでなくてどうする」
ジャスティアさんとアルベヌの会話に思いっきり突っ込んでしまったが、それを拾ったアルベヌが呆れ交じりに私を見下ろして表情通りの声を上げれば、私は何とも言えない目を向けるしかない。
私の中で性別不詳だったけどアルベヌがさっき男ばかりって言ってたからジャスティアさんも含まれてるなら男だろうから、性別を知っている人なら聞いても違和感はないんだろうけど……ジャスティアさん、笑うとすごく朗らかそうで花とか愛でてそうな顔する中性的な美人さんだよ?
そんな美人のお方が笑みを湛えた表情で形のいい唇からあんな言葉を発する……誰だって怖いって思うと思うの。絶対に。