第11話 「みぃつけた」
激しい上下の揺れと振動にどれくらい晒されたか分からない。
きっと私を考えてあえて人気のない場所を選んで逃げているのではなかろうか。足音が私の耳には慌ただしいものしか聞こえない。大き過ぎる音を聞きすぎて耳がバカになって聴こえていない可能性もあるが、自分を抱いてるメイドさんの呼吸が荒くなってきているのは分かった。
「いい、かげん! 止まりなさいっ、よ!!」
「そ、ちらが! 止まって、くださいぃ!」
どうやらこちらだけでなくあちらも疲れてきてはいるらしい。確認したいが目を開けるわけには行かないので大人しくじっとしておく。
だってコレで目を開けたら私絶対吐く自信しかない。それくらいシェイクされて凄く今気持ちが悪い。
さっきの暫定鈴カステラ、食べなければ良かったかもなんて現実逃避してしまっている間に。
「チェルル見つけた! 貴女なに……ってこれどういう状況!?」
「フレイ! あんた班長でしょっ! そいつ止めて!」
「だ、ダメですぅ! はひッ、行かせてくださいぃ!」
「いやでもチェルル!?」
聞こえた第三者の声。こちらは聞き覚えがある。あの部屋にいた空の小妖精を解説してくれてた博識な人の声だ。
双方から言われる言葉に混乱しているだろう声が響いたところで、ぎゅうとさらに抱き寄せられる力が強くなる。
「ペット様、このお二人が怖いらしいのでぇ!!」
頭上で張り上げられる声に耳がキンとする。
耳を押さえたいが首から下は手の中なので何も出来ない。そんな中、周りで動く音が増えた。
「後で説明して貰うからね!」
「っ! ありがと、ござい、まひゅっ」
「ちょっと!」
「フレイなんでぇ、ヒドイー!」
「ごめんなさいねぇ? あの子そういう感覚に間違いは無いの。通せんぼさせてもらうわね?」
何がどうなったかよく分からないが、とりあえず足止めをしてくれることになったらしい。
後ろの足音や喧騒が遠くなる。それに伴って、自分を抱えるメイドさんの動きも緩くなり、やがて何処かの扉を開く音がする。
普通の歩くような動きを感知して、やがてドスリと何かが接地したような重い音と衝撃が体全体に響く。
そのまま落ちていくような重力が来て、多少マシになった胃の腑の気持ち悪さを押し殺して目をゆっくりと開ける。
暗い部屋。少し臭いがする。少しクラりと回る視界を頭を振って落ち着かせてからまた見回せば、目の前に布の山があって、その向こうに掃除用具が積まれているのが見える。
とりあえず、身を隠したのだろう。
目の前の布の山が動いてズレ落ちた所から肌色の山が覗く。どうやら目の前の山はスカートらしいと認識すれば、先程のは壁に背を預けて座り込んだ動きと衝撃だったらしいと理解出来た。
「ぺ、ペットさま、加減、できてないです、よね、ごめんなさいぃっ」
手の力が緩まる。
顔を動かして頭上を見れば、相当全力疾走していたのか頬を紅潮させ潤んだ瞳でこちらを見下ろす大きな可愛らしい顔があった。
確かに加減はされてないが、私があの二人を警戒したのを察して逃げてくれた恩人である。骨が砕けたりしている訳では無いので、流石に耐えなければ申し訳がない。静止してくれているおかげで多少気持ち悪さも癒えた。
体の向きを何とか変えてフワフワのメイド服にしがみつく様な体制になる。それを不思議そうに見てくる大きな瞳にしっかりと見えるように、ぎゅう、としがみついている場所に身を寄せるように動いた。
ビクンと大きい身体が震える。自分がいるところは柔らかいところだから余計に揺れるが、手で支えられてるため跳ね飛ばされたりすることは無かった。
「うぅ、ペット様やっぱり優しいです、優しすぎですぅ……!」
ボロりと大きな瞳から涙が零れ落ちるのを見て、すごいストレス掛けてるのこっちだろうに、と考えながら手の届く範囲をよしよしと撫でるように触れる。
キュッとまた手に力が込められる。今度は前から柔らかい胸に身体が埋められる感覚に、前世で職場にいた男達が女性の胸談義をしているのを思い出した。こんなにふわふわなら話したくなる気持も分からんでもない、と思考が思わず飛んでしまったところで、横の扉が開かれる。
「みぃつけた」
「「っ!!」」
明るくなった視界に目が潰れる。思わず顔を覆った所で聞こえた声に私とメイドさんが震えたと同時に響いた衝撃とメイドさんの悲鳴。そして自分の腰くらいから下が思い切り胸に押し付けられ始めて、次いで背中の翅の付け根をギュッと掴まれた。力加減の全くないそれに身体全体が引き攣れ痺れるような激痛を感じる。
「や、やめてください! 離してください、どいてくださいぃ!」
「大人しくそれ貸してくれたらどいてあげる。アンタが離しなさい!」
「い、嫌ですぅ!」
フレイと呼ばれていたあのメイドを振り切ったのかそれとも一人に押付けたのか。追いかけてきていた二人の内の一人が私たちを見つけてしまったらしい。
私の背中の付け根を引っ張っているのはこの人のようだった。さらに指で潰されるんじゃないかと思えるような力が込められてゴリゴリと音がする骨が痛みを訴えてくる。
「いっ、~~ぅっ!!」
思わず悲鳴を上げかけて、目の前のメイド服のシャツ部分に顔を押し付けた。付け根が引っ張られているらしい。ギシギシと骨の軋む嫌な音がする。皮膚が引っ張られる。
「ほらほら、離さないと綺麗な翼抉り取れちゃうわよ?」
「っ、あ、そ、それはダメです! この子、王様の」
「えぇそうね。敬愛する国王様のペットだわ。でもね……! たかだか虫が、あの方に触れられてるのが気に入らないのよ! 希少だから? それでも虫に変わりはないでしょう!? アンタらは何も思わないわけ!?」
張り上げられた怒声に大きな身体がビクリと震えるも、私を抱く手は緩まない。
確かに傍から見れば小妖精なんて普段ならその辺の石とかと同じように扱える存在らしい。そんな存在を愛玩していると公言している魔王様は奇異に映る事だろう。慕っていた存在が唐突におかしくなったようにも見えたかもしれない。その原因を取り除こうとするのも、まぁ当たり前の行為……かもしれない。恐らく望まれ等していないだろうが。
ギチギチと骨がなる。びり、と皮膚が裂けるような痛みが始まりだした。
「お、もい、ません……!」
聴こえた声に、付け根を摘む力が緩んだ。
私も思わず聞こえた声の方を見て、涙目ながらも鋭い目で私の翅を摘んでいる存在を見ているメイドさんを見上げた。
「この、子は……! この子は、すごく、凄くいい子です! お部屋のお掃除に行く時も覗き込んだりしてましたが、鳴き声もあげないしイタズラもしてこない、いい子です! 頭の良い子です! 情けない私を慰めようとしてくれる優しい子で、こんな小妖精見たことないです! だから思いません!!」
一息に言い切って私をさらに力強く抱き寄せて離させようとするも、指の力も戻ってきて。また先程のように引っ張られる。
び、ぶち、と背中から音がする。痛い。痛いっ痛い!
激痛に悲鳴を上げないように、布に顔を埋めて舌を噛む。
「いい加減にしなさいよこのーー」
「うん、いい加減にしてくださいね。頭に血が上ってるらしい血気盛んなメイドさん」
「「っ!?」」
自分の後ろにいるメイドの言葉半ばで唐突に響いた、男の声。メイド2人が息を飲み、私を各々捕まえたままで固まる。激痛が残るものの、何とか首を動かして声の方を見上げれば。
銀髪と灰色の肌が見えた。
「レディ達の口論に口を挟むのは無粋かと思いましたが……貴女達の手にあるその、小鳥を王が大層探しておりますよ。早々に返した方が賢明かと」
「はっ、はひっ、も、もちろんすぐ……っひ! ペット、ペット様……! 背中、せ、あぁ、ご、ごめんなさ……!!」
男……聞き覚えのある声だから、きっとルミさんだろう存在の進言に私を抱いたメイドさんが慌てて声を返すが、次いで私を見てだろう、悲惨に声を紡ぐ。
背中に液体が伝う感触がある。分かってはいたが、きっと1部剥がれている。完全に切れてはいなそうだからくっつくとは思うが、なかなかに激痛だ。声が出せない。いや出しちゃダメなんだけど。服に顔を埋めなおして、じっと痛みに耐える。
「おやおや、これは……逆鱗に触れてしまいそうですね」
「なんで……なんでこんな虫を気にかけるのです!?
あの方は誰にも興味なんて持ってなかった! 孤高のお方だったのに! こんな虫を……ヒィッ!?」
「虫ではなくて、小鳥ですよ。メイドさん? ……貴女は少し頭を冷やすべきですね。大丈夫……少し、寝るくらいまでに留めて起きますから」
声だけ聞こえる状態で、何が起こってるのか分からない。
しかし、私たちを襲っていたメイドが青年に何かをされたのだけは分かった。やがて、どさりと何かが落ちる音がして。
ほんの少しの沈黙の後で、重力の動く感覚がする。
「さて、もう1人のメイドさん。貴女はこのまま、王の私室にご案内……いえ、連行させてもらいますが。よろしいですね?」
「あ、あのっ、わ、わた、し」
「……なんでしょう?」
「私が、私の、せい、なんですっ。だ、だから、私の、班のみんなは、関係なくてっ、そのっ!」
「つまり、罰するなら私だけをと?」
空気が冷え込んだような気がした。
背中の傷が痛い。血が止まらない。だけどこれは放置したらダメなやつだ。そも、こうなった原因の半分は魔王様の失敗にあるのに、この子だけ責められるのもお門違いだ。
もぞりと私が動いて、メイドさんの手が開く。顔を動かして、メイドさんと向かい合わせに立っていたらしい青年の顔を見上げると、こちらを真剣に見下ろしていた。
メイドさんの服にしっかりとしがみつき直して、身を寄せる素振りを見せる。コレで理解してくれるかは分からない。分からないがこれしか浮かばなかった。
「ペット様……! 傷が拡がっちゃいます、ダメですよぅ……!」
「……ふむ……まぁ、沙汰を下すのは陛下ですから。とりあえず、ちゃんと付いて来るように。良いですね?
そこの兵士。そこで寝てる娘も持って付いて来なさい」
しがみついた後に振り向いて見上げた顔はこいつ本気か、というような顔だったがすぐに指示を投げる言葉を発してくるりと背を向けて歩き出す。
それを見届けたところで、私の意識は落ちた。血を流しすぎたんだと思う。
視界が闇に落ちる寸前に、ペット様と悲痛に叫ばれる声が聞こえた気がした。