第105話 「私の種族のせいで色々と……」
ホノカ視点に戻ります。
普段、アルベヌが一人で使い食事をとる長テーブルの食堂。
いつもなら私をナプキンで巻いて前に置くが、今回は違った。いつ持ってきてたのか、ドールハウスの私のテーブルセットがあって、私はそこに座らされているし。
食事の時にいる給仕役のメイドも、アルベヌの部屋付きの第3班のみんなになっているし。
内側の扉横に立ってる警護の兵士も、見たことの無い顔とジャスティアさんだ。
チラチラとこちらを不思議そうに見ているが、ジャスティアさんに鋭く見つめられると口を引き結んで正面を見るように顔を戻しているのが見えたところで、その扉が開いてワゴンが押されてくる。
押してきている人は、なんとセシリスさんだ。
なんなんだろうこの状況。
「陛下、先王様。そしてホノカ様」
近寄った彼が堂々と私の名前まで発して声を上げれば、私も思わず目を見開いたし、アーヌストさんは眉根をぴくりと動かす。
私の位置はアルベヌの左手側で、アーヌストさんが右手側。なので彼の表情が良く見えてしまう。
少し、気安いセシリスさんを訝しんでいるようなそんな眼差し。
アルベヌを首を動かして見上げれば、大して気にしていないのか。何となく察していたと言わんばかりに肩をストンと落としていた。
「本日は陛下の誕生日であるとお耳にさせていただきましたので。
ささやかなものではありますが……厨房、第3班のメイド一同で準備をさせて頂きました」
セシリスさんの言葉に合わせて、メイドさんたちが動き出す。
ワゴンの上の料理とパンをアーヌストさんとアルベヌの前に置いて、私のテーブルにもソロリと小さな皿が置かれる。
小さな、といっても。私からしたら大きいものなんだけども。
「……?」
お皿の上にあるのは、スープだった。アルベヌの方を見ても同じで、彼の方は普段ならこれと一緒に色々出されているのはずなのに。不思議に思って私がそれを見てから周りの使用人サイドを眺め回していれば、アルベヌと目が合った。彼も疑問を抱いているようで、またセシリスさんに顔を戻す。それに私も顔をそちらに向けていた。
「ふむ……聞いても良いかセシリス」
「アル? この男を知っているのか?」
「…………こやつの作る菓子が美味くてな。覚えている」
その言い訳すごく苦しいと思う。セシリスさんすら陛下……って言いたげな顔してるよ。
私がセシリスさんと目を合わせてから思わずアルベヌを見れば、彼はこめかみに指を当てて揉んでいた。自分でもあれはない、と思っているのかもしれない。
「すごく間がある気がするが?」
「気にするな。それで、聞いても?」
流石につっこんできたアーヌストさんにアルベヌが軽く返したあとでセシリスさんに顔を向ければ、見られたセシリスさんは居住まいを正した。
「はい。なんなりと」
「食事の出し方が普段とは違うようだが」
「はい。第3班のメイドの皆様に本日は陛下のめでたき日とお教えいただきましたので……なので、私の地域の祝い事に使用されることの多い料理店の品の出し方を真似させていただくことにいたしました。
急なことだったので少し型は変わりますが、フルコース料理、というものです。一品一品ゆっくりとお出ししますので、ゆったりとご歓談をされながら食事ができると思います」
「ほう? そのような出され方は初めてだな……毒見はどうなる?」
「扉の外にいるメイドの二人……チェルルとエラが、させていただくことになっております。人選の変更をお望みでしたら」
「よい。それは任せる……デザート担当がよくぞこのような席を設けられたな?」
「デザート担当!?」
「……私の知る料理や様式は、厨房の者たちにとっては刺激を受けるものらしいので……それでは私は次の料理の準備をしてまいります」
アルベヌとセシリスさんの会話の中でアーヌストさんが声を上げるも、セシリスはそちらに深く一度頭を下げてからアルベヌの言葉に応えた後でまた丁寧な一礼をしてはワゴンを押して部屋の外に出て行ってしまう。
「……アル? あの男、本当にただの料理人か? イレ君みたいな存在じゃなく? 料理人にしては体の線が」
「断じて違う。
アレはあいつの生来の持ちえたものだ。鍛えているわけでも何でもない……それより、食べるぞ。湯気立つ食事など、いつ振りだろうな」
アーヌストさんに軽く手を振って返すアルベヌがスプーンを手に取ったことで、食事の時間がスタートした。アーヌストさんもアルベヌの言葉を聞いてグッと口を引き結んで皿に向き直る。
私も普段アルベヌの部屋で食べるような感覚でカトラリーを持って食べ始めたらすごい視線を感じて。そちらを見れば、あの兵士さんがぎょっとした顔でガン見してきていた。
うん、気持ちは何となくわかる。けどあまりそういう目をしない方がいいと思うの。
「……騎士団長。警護はお前だけで良かったのではないか?」
「ッ! も、もし不測の事態になった場合を想定し、連れて来た次第ですが……申し訳ありません」
アルベヌがやっぱり突っ込んだ。初回の食事時の様相が頭に浮かんで私が渋面を作ると、アーヌストさんが不可解な目をして私とアルベヌを見つめて。
「あー、お嬢さん。聞いてもいいかな。何かあったのかい?」
「……えーっと、その、やっぱり私の種族のせいで色々と……」
アーヌストさんに問われれば、言ってもいいんだろうかと思いつつも周りに視線をやりながら言葉を濁して声を上げれば、私をガン見していた兵士さんがビクッと身を震わせる。
鎧なので結構響くその音に、隣のジャスティアさんや配膳や世話をするために控えているフレイさんとティレナさんもそちらを見てしまうのは当然だろう。しかし、お三方。
顔。顔が怖いです。ジャスティアさんのそんな顔は見たくなかったさすが騎士団長。美人なのに圧がすごいです。いや美人だからこそすごいのか……
そういえば、ジャスティアさんって女性男性どっちなんだろう。騎士団長だから男性だろうって思ってるけど顔、どっちにも見えるんだよね……
「種族のせい? その種族なんて気にしなくてもいい存在のお嬢さんが、どうしてあんな無礼を許しているんだ?
アル? いったいなんなんだ」
「……落ち着かない帝国との関係、情勢ゆえに……フォノカの素性を明かすのはまだ時期尚早だと、宰相と我で決めた結果だ。
まぁ、この中の面々でフォノカの正体を知らんのはあの兵士だけだが。騎士団長。なぜそんな者を連れて来た」
アルベヌが口元を拭い使ったナプキンを膝上に戻しながら声を上げれば、ジャスティアさんは扉の横で居ずまいをしっかりと正した。その奇麗なお顔に申し訳なさが滲んでいる上に眉根が寄せられてしまっている。
「態度には気をつけろと再三言い含めはしていたのですが……!
これは後程ある遠征に連れて行く人員の一人で騎士副団長の、レナルというものです。ふざけてはおりますが口は堅い男ですので、どうか、ご容赦を賜りたく……」
言葉の後で深く頭を下げるジャスティアさんに続いて、ハッとしたように紹介された副団長さんも頭を勢い良く下げた。
どうするの、と私がアルベヌを見上げれば彼も私を見下ろして来ていたところで。
「……お前が無礼を働かれているのだ。良いというなら今回は不問に処すが。どうする」
問いを投げた後で優雅にスープを口にするアルベヌに、これすら歓談にしないで、と思いつつも私は肩を竦めた。
だからお仕置きとか処罰とか、私に決めさせるのやめてって。知らない人が驚くのは当たり前でしょ。
さっさと言えと目で訴えてくるアルベヌと、嫌だよいい加減……と見つめる私の無言の見つめ合いがしばらく続いていた中、ククッと笑う声がする。
そちらを見れば、アーヌストさんがアルベヌと私を見て困ったように眉根を寄せて笑っていた。
「父上?」
「いやぁすまん、オマエたちの目が互いに雄弁に言い争っているように見えて面白くなってな。仲が良いんだなぁ?」
「勝手に楽しむな……はぁ、フォノカ。さっさと言え」
「えぇ……いやだって普通の小妖精は共通語喋らないんだから驚いてもしょうがないじゃん」
私はげんなりと言い返しながらスープを飲む。トロッとしたクリームスープっぽい。あちらからしたら微々たるかけらっぽい大きさのクルトンらしいカリカリとしたものが美味しい。
シチューみたいなとろとろした感じだけど、ポタージュかも? 大きさのせいかとろみが強く感じる。量は調整されてるっぽいから次来る前に飲んでしまおう。
フルコースって前世でもテレビで見るくらいでしたからどう味わうのが正解かわかりませんセシリスさん!! というか私サイズ良く調整できるな!?
「お前がはっきり言わぬなら我が勝手に処すが」
「横暴極まってる待ちなさいなこの暴君魔王。わかった言います。いりません。処罰もお仕置きもいりません。無視して食事楽しんでよこの席の主役様」
しょうがないって言葉だけで察してるだろうに、はっきりとした返事を求められて。思わずムッとしてしまってマシンガントーク気味に言い返してしまえば、ブフッとまたアーヌストさんの思わず漏らされたらしい笑い声が響く。
そちらを見れば、ナプキンで口元を押さえて顔を逸らし震えているアーヌストさんが見えて、アルベヌの笑いやすいところはアーヌストさん似なのね、と理解できた。
「いや、いやすまない。コレにそこまで言えるとはすごいなフォノァ嬢……!」
クックと笑いを漏らしながら楽しそうに声を上げて、私に親指を立てるアーヌストさん。いやそのハンドサインどこで覚えたの。転生者と何度か会ってたりします? それともあるの? 普通にあるのそのハンドサイン?
アルベヌを見れば首を傾けているが、私がアーヌストさんを見返してそのハンドサインを返せば返された彼はニッコリと嬉しそうに笑んできた。壮年だけど美麗な顔はしてらっしゃるから、同年代の見た目の女性にキャーキャー言われることは間違いないだろうと思う。
「それはなんだ?」
「……良い意味合いのことをされた時とか肯定するときにする合図みたいな」
「おい父上」
問いかけに応える私の言葉の内容にアルベヌが眉根を寄せて不満そうな顔をアーヌストさんに向けて放った抗議のような声色に、アーヌストさんはニヤリと笑みを向けて見せた。
彼もちゃんとスープに口は付けていて、声を上げるときはスプーンを皿に降ろしてから口を開いている。そういうマナーなんだろうか。
「オマエにここまで言う対等な存在ができて嬉しいんだ。大目に見てくれよ、アル」
「……成人の年齢になる前に息子を王に据えて流浪に出た男の言葉とは思えぬな」
「あー、オマエは早熟過ぎてはっきり言うと育て甲斐がなくてなぁ。教えれることを探そうと思ったらこんな年月が過ぎてしまった」
待って待ってアーヌストさん!?アルベヌ、成人前に王様にしちゃってたの!?しかも育て甲斐がないとかなかなか酷いこと言ってるけど!?
アルベヌは渋面だし、メイドさんたちはハラハラしてるし。ジャスティアさんと副団長さんもぎょっとした顔してるし。しかしアーヌストさんは普通に食事をして目が合った私に笑みを向けてくるし。
え、この空気どうしよう。
私が何とも言えない空気の漂うテーブルの上でそう考えていた矢先に、扉が開いてワゴンの押される音が響いてくる。
「前菜をお持ちしました……――?」
セシリスさんが入ってきて部屋の空気に疑問を覚えて足を止めたところで、フレイさんとティレナさんが颯爽とそれの補助に入り料理の皿を取り換えて。その後にセシリスさんを二人そろってじっと見つめていた。笑顔の圧がすごい。
「先ほどのスープは聞くのを忘れておりましたが」
「こちらの料理はどのようなものになるのでしょうか?」
「は……? えーと……?
旬の野菜を使ったサラダです……レモンを使った酸味のあるソースで和えております……」
フレイさんとティレナさんの高身長美女二人に見下ろされたセシリスさんがなになに、と言いたげな顔で二人を見上げていたが、言われるままに彼が説明をしたところでさっきまでの空気は不思議と霧散した。
アルベヌの意識がそっちに行ったんだと理解して私はホッと知らず知らずに力が入っていたらしい肩を落とす。
それに訳が分からん、と言いたげな顔をセシリスさんが私に向けてくるが、私が神妙な顔をして首を左右に振って見せると、一礼してからまた大人しくワゴン押して戻っていった。
いやありがとうセシリスさん。そしてごめん。説明は後で……できるかなぁ……
一人遠い目になる私の前に出された、かなり細かくされたサラダを食べつつ。次はどんな会話が出てくるやら、と私はアーヌストさんとアルベヌの二人をこっそり見回していたのだった。