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閑話:皇女の憂鬱と

年末でちょっとバタバタしていて執筆が遅れておりました……

今回は帝国サイドのお話になります。

 禁書庫の中でペンダイル国と自国との、自国からの一方的な関係悪化の一途が淡々と綴られる書物を読んだアレクシアは、嘆息を零しながらここ連日通うようになった王宮の図書室から足を踏み出した。

 父と兄があの国を攻めようと、反撃されたのを攻撃されたと偽って大々的に宣言し、戦争の準備を始めた。

 何とか阻止しようと水面下、物資を遅らせたり兵を身勝手に使って方々に警戒を強めるためとペンダイル国とは反対のヴァンド共和国側に派遣して戦力を集めるのを阻害していたり。そんなことをして準備を遅れに遅らせている。

 こんな子供だまし、一体いつまで続けられるか。いい加減にペンダイル国との諍いを快く思わない家臣も複数名いるのでその手を借りてはいるが、邪魔をし続けられる見通しが立たない。

 

 なんて無力。

 

 アレクシアが脚を進めながら畳んでいる扇を力強く握ったその瞬間、何かが倒れる荒々しい音がその廊下に響き渡る。

 そちらを見つめれば、兵士の前に身体を蹲らせるメイド服を纏う女性の姿。視界に入ったと同時に兵士が鞘に入ったままの剣をその姿に振り上げるのを見て。アレクシアは靴音をその廊下に響かせる勢いで足を踏み出し、足早に向かい始めた。

 

「何をしているの! おやめなさい!!」

 

「ッ! あ、アレクシア様……!!」

 アレクシアが向かいながら上げた声に、兵士の動きが引きつったように止まって剣を下ろしては慌てて腰に戻していた。

 兵士と蹲るメイドの間に入ったアレクシアが蹲る姿を見つめれば髪の隙間から、折られたらしい角の断面が見える。

 魔族のメイド。城が所有している魔族の奴隷の一人だろう。

 官僚やメイドが他にもちらほらといる中、アレクシアは身体を改めて兵士の方へと向け、唇を動かした。

「魔力も封じられてただの人間と変わりない力にさせられている存在に剣を振り上げるなんて……城仕えの兵士がみっともないところを見せてくださいますわね」

「し、しかしアレクシア様……! この奴隷は、この国を侮辱する言葉を吐いたのです……! 粛清はしなければ、示しが」

「無理やり働かされているのです。恨み言の一つや二つ、吐きたくもなるでしょう。このような娘の言葉にいちいち反応なさるなんて……はぁ、質が落ちたものですわね」

 扇を開いて口元にあて、嘆かわしいと言わんばかりに兵士を見つめるアレクシアに。言葉を投げられている兵士がカッ、と顔に朱を走らせた。

 勢いのまま半歩踏み出し、アレクシアに向かって口を動かす。

「なっ、そのようなことを……!」

「そのようなこと? あなた……お分かりになっていて?」

 兵士の言葉にアレクシアが静かに言葉を返し、扇で口元を隠した姿のまま。静かに兵士を上目に見上げる(・・・・・・・)

 艶やかな金髪に彩られ、美しく見えるはずのその空色の目は。何処か暗澹とした影を纏って上背の兵の顔をただ、無感情に見上げていた。

 アレクシアの後ろにいるメイドも、その危うい冷たい気配を感知して身を震わせる。

「あなたは今、誰をそのように見下ろして(・・・・・)。口を開いているのかしら?」

「ッ!!」

 アレクシアの言葉に、兵士が鼻白む。

 息を呑み、廊下に音が響くのを気にもせず、鎧の膝当てを床に打ち付ける勢いでその場で跪いた。

「も、もうしわけ」

 

「今更ですわ……謝罪は結構。私の前からすぐに消えていただければそれで構いませんわ……あぁ、でも兵士の方々にはお伝えしてくださる?

 今後、私の前で奴隷を含む弱者を甚振っているところを見せた兵士は……どの階級であれ。例外なく。拷問官に頼んで甚振っていただいた(のち)に、斬首に処して差し上げます。と」

 

 パチン、と扇を閉じて、跪き首を垂れる兵士を冴え冴えと見下ろし。冷え切った声色で紡ぐアレクシアの言葉に、ガシャ、と鎧が震える。

 身震いをしたその兵士を見下ろしたまま、勢いのいい音を出しながら扇を開いたアレクシアはわざとらしく嘆息を響かせた。

「分かったのなら行っていただいて結構ですわ。私の前から早々に、消えてくださいまし」

 冷たい言葉を聞き入れ、兵士は一度深く頭を下げた後、立ち上がって踵を返して去っていく。

 それを冴え冴えとしたままで見送っていたアレクシアだったが、やがて一つ息を吐き出すと、くるりと後ろを振り返った。

 角を折られた魔族のメイドが、アレクシアを青ざめた顔で見上げている。

 顔には赤い打たれた後のような怪我があった。あの兵士、一発扇で殴っても良かったかもしれない。

 皇女にあるまじきことを考えつつ、アレクシアは扇を畳んでドレスの胸元に扇を差し込む。褒められたことではないが、置く場所がないときに両手を使いたいときはよくすることだった。

 そのまま膝を曲げて視線を近くして、メイドの両手をそれぞれの手で摑まえる。

「っ!?」

「冷たくて硬い床に座られ続けるのは私の目にも毒ですの。ほら、早くお立ちになってくださいな」

 手を握られたことで余計に顔を青くし恐怖をにじませるメイドに、アレクシアは声を掛けながらグイッと引っ張り上げて立ち上がらせる。

 メイドはアレクシアより少し小柄くらいの身長だった。角があれば同じか超えていたかもしれない。

「その頬、あの兵士にやられましたのよね? ……手当をできる環境はありまして?」

 立ちあがらせても身を震わせて声を出さない俯き気味のメイドにアレクシアが柔らかく問いかければ、少しの間を置いてからコク、と小さく頷かれる。

 アレクシアには嘘か本当かはわからないが、頷かれてしまったらもうこのままでいさせるしかない。

 そう、と言葉を零してから両手を離し、扇を胸元から取って静かに開いては口元に持っていく。

「恨み言を言いたくなるのは、当然ですわ。でも、場所は考えなければいけません……痛い思いは、誰でも嫌なもの。そうでしょう?」

 やんわりと注意するように言葉をアレクシアが投げれば。青い顔をしたメイドがギリッと歯噛みする。

「皇女殿下……助けてくださったことには、感謝いたします……ですが……!」

 震える声を紡ぎながら、弾かれたように顔を上げたメイドは涙を浮かべた目でアレクシアを睨め付ける。

 それを見て、アレクシアはギュッと唇を引き結んだ。

「分かったようなことを言わないで……! 本当の苦痛なんて、知らないくせに……!」

 か細い周りに聞こえるかもわからない小さな声だった。けれど、しっかりとアレクシアの耳には響いた。

 恐怖、憤怒、悲嘆、警戒に疑念。そんな色んな感情が混ざり合って濁り淀んで見える、そんな瞳で見上げられる。

 おきれいなお姫様に何がわかるのかと、言葉以上に叩きつけるそんな色を含ませた無言の圧。

 それを感じてしまったアレクシアは、メイドに何も言葉を返すことはできなかった。

 

「……どうせ私たちをかわいそうなモノとしてしか見てないんでしょう……!?」

 

 反論することはできなかった。

 かわいそう。その気持ちが根底にある。それはアレクシアにとって否定できないことだったから。

「無礼を働いた私を、処罰するならご遠慮なくどうぞ。どうせ、そういう命ですので」

 半ば自棄になったのか、メイドがハッと自嘲の笑みをこぼして囁くその内容に、アレクシアは扇をギュッと握りしめる。それを見たメイドも諦観を滲ませた瞳の中に、あぁもう終われる、と安堵の色を浮かばせて。アレクシアの言葉を待った。

 けれど、響いたのは。メイドにとっては望まない言葉だった。

「……処罰する必要など、ありません。あなたは私に無礼を働いてはいないのですから」

「ッ!」

「私はここの皇族。奴隷のあなたに恨み言を言われても、仕方のない存在ですので」

 アレクシアが呟いた言葉に、メイドが身を震わせる。黒の中に浮かぶ橙色の瞳が潤んで、涙を貯めていた。その瞳でギリッとまた歯噛みしてはアレクシアを怒りに満ちた目で睨み、彼女は涙を一筋零していた。

「……偽善者……貴女は、偽善者よ……!」

 言い放ち、メイドがアレクシアに頭を下げるような動きをしてから足早にその場を離れる。二人にしか聞こえないくらいの声量での会話が終わった瞬間だった。

 アレクシアはただ、その後姿を静かに見送るだけ。

 やがて周りのひそひそ話が響き出すが、そんなものは気にせずにアレクシアも元々向かっていた自室への道を歩き出した、そんなところで。

 

「アレクシア様……リヒトゥ様がお呼びです」

 

「……またですか」

「申し訳ありません」

 老齢の官僚が近寄ってアレクシアを呼び止めた。その内容にアレクシアが扇で口元を隠したまま、はぁ、と吐息を零す。

「かまいません。参ります……あぁ、ダーラム卿。例の件はどうなりました?」

「是と、お返事は頂いてございます」

「心強いことです……では、近い内に手紙をお出しいたしますわ」

「はっ……では、私はこれで……」

 老齢の官僚、ダーラム。彼はアレクシアと共に準備の邪魔をしている貴族の一人だ。爵位は公爵。方々に兵を散らせるのを指示しているのはアレクシアだが、それを後押しして文句を言わせないようにしているのが彼だった。

 若かりし頃にヴァンド共和国になる前の一つの国と帝国が争った時に軍師として貢献したとかで、彼の采配には法王すら文句は言い難いのだという。それを利用させてもらっていた。

 そしてダーラム卿もアレクシアの皇女殿下という地位を利用して、戦争をできるだけ先延ばしにしている。戦争に反対の他の貴族も同様に。

 しかしながらそんな工作に気づかないほど、法王も皇子も馬鹿ではない。

 呼びつけられたアレクシアが兄であるリヒトゥの部屋に通された瞬間に響いた音。同時に鼻についた臭いと目の前に広がる光景に苦虫を噛み潰したような心地で眉根を寄せた。

 

「やぁ。アレクシア。遅かったね……

 暇だったから遊んじゃったよ」

 

 白い上下の服を来た男性と、同様の服を着ている女性。四つん這いにさせた男性を椅子のように使い、板に縛り付けて猿轡を噛ませた女性をまるでダーツの的のようにして。

 複数のナイフを片手に弄びつつ、ナイフを投げているリヒトゥが、その場にそぐわぬ明るい声を上げる。

 眉根を寄せているアレクシアを人好きのする笑みで見つめつつ、手に持っていたナイフを女性の奴隷に投げる。女性の肩口の浅い所を掠めて板に刺さった。

 じわりと白に赤が滲む。わざと掠めるように投げているのが一目瞭然。細かな傷の方が痛む場合も多い。猿轡のせいでくぐもった悲鳴しかあげれない女性の姿が痛々しく、アレクシアが扇を握る力を思わず強めた。

「……御用はなんでしょうか」

「え? 分からないの? ……自覚はしてるだろ?」

 妹の問いかけに顔を向けずに応える姿は素っ気ない。その手のナイフがまた投げられ、女性の脚に突き刺さる。

 涙を流しつつ猿轡の中で荒げられる声の呻きに、リヒトゥの口角が歪に歪んだ。

 そんな姿を見て、アレクシアは嘆息を小さく零す。

「……皇族がすることとは、思えませんわ……なんて醜い……」

「兄に対する言葉とは思えないなアレクシア。

 闇に塗れた卑しい種族が、俺の暇潰しのためのオモチャになってるんだぞ? 栄誉なことじゃないか。

 こいつらもほら、泣いて喜んでるだろう?」

 苦痛と屈辱と恥辱と。そういうものが溢れ出た涙だと言うのを、もちろん理解した上で言い放つ傲慢なリヒトゥ。そんな彼を見て、アレクシアは扇を畳んでは不愉快だという顔を隠しもせずに睨みつける。

「宮廷医に目を診て貰った方が宜しいのでは?

 ……何か用向きがあるのではないのですか。兄上様」

 静かながら怒気のこもるアレクシアの言葉にリヒトゥは剣呑に瞳を細めた。

 

「はいはい、用ね……聞きたいんだけどさ……

 お前はいつになったらイタズラ(・・・・)を辞めるんだい?」

 

 瞳と同様に何処か冷えた声。その声が紡ぐ言葉にアレクシアは畳んだ扇を両手で握りしめ、兄である彼を睨みつける。

 しかしすぐに扇をバッ、と勢いよく開いては口元に添えて。静かな感情を抑えた瞳に切り替えて、彼女はリヒトゥをすうわりと細めた目で見据えた。

「……何のことをおっしゃっているのか……見当もつきませんわ」

 妹の言葉に、兄のリヒトゥの片眉が神経質そうにヒクリと動く。暫く静かな兄と妹の見つめ合いが続いて、先に大仰に吐息を吐いたのは兄の方だった。

 

「はいはい。素直に認めないのはわかっていたよ……でも覚えておいてねアレクシア」

 

 リヒトゥが椅子にしていた奴隷の背から立ち上がり、二本になっていたナイフを両手で持ち直して。

 手馴れた動きで、女性と男の首めがけて同時にそれを投げつけていた。

 ナイフの刺さる音と、男女の呻きが室内に響く。

 ドシャ、と四つん這いになっていた男性が床に倒れてピクリとも動かなくなり。板に張り付けられていた女性も、首を貫かれて口から血の泡を吹いた。

 それを見たアレクシアの目が見開かれてから、ぎゅ、と眉根が寄せられる。

 リヒトゥはそんな妹の様子を見て、片方の口角を持ち上げて嫌味にせせら笑った。

「お前と数名の家臣がやっていることは俺も父上も把握してるんだ。あんな子供だましでいつまでも邪魔できると思わない方がいい」

「……兵を動かしているのです。把握されていないとは思っておりません……しかし、邪魔などと。考えすぎですわ兄上様。

 私は、辺境の民草の安全を不安に思っただけでございますので」

「……ふぅん……まぁいいや。そういう事にしといてあげるよ」

 コツ、コツとリヒトゥがアレクシアの方に歩み寄り、その横を通り過ぎて行く。

 部屋から出て行った兄に顔を向けることもなく。殺された奴隷たちを見たまま、アレクシアはただそのまま立ち尽くすだけ。

 床に転がされた奴隷の男性と磔にされている女性の、ナイフが刺さったところから血が僅かに流れ始めた。じわじわとゆっくり床を汚し始める。

 

「……私は……本当、情けない……」

 

 地位も力もあるように見えて。皇族の中では弱い立ち位置のアレクシアは、今現在兄のリヒトゥを糾弾できるほどの物を持ち合わせていない。

 目の前でむざむざと、摘まれる必要のない命が消えてしまった。

 こんなの、間違っている。間違っているのに。早く何とかしなくては。私が奮える武器。得意なモノ。なにか。何かそれを使って内側からどうにかできれば。

 ぐるぐると思考を巡らせている時に、後ろから兵たちが入ってきて。奴隷の男女の遺体を片付け始める。

 静かな空間だった場所がざわざわと人の声で溢れる。床に転がる遺体を持つ二人の兵がぐるりと向きを変える動きに、磔にされた女性の遺体の脇を持ち上げる兵の動き。

 どこか既視感を覚えるそれに、なんだったかと考えて。

 アレクシアはハッと目を見開いた。

 

 あった。私が使える武器。

 

 これをうまく利用すれば、内側から崩すことも可能になるかもしれない。まだただの女の思い付きでしかないが、修正してくれる家臣はいる。

 思い立った途端に、アレクシアはリヒトゥの部屋から踵を返して廊下を歩き出した。目指すは、自分の話など普段ならろくに聞きもしない父の元へ。

 今の時間は執務室にいるはずと、逸る気持ちを押さえて至って普通に足を動かした。

 そうして辿り着いた父の執務室の扉をノックする。

「誰だ」

「アレクシアです。お父様……聞いていただきたいことがありますの」

「…………入れ」

 かなりの間があったが、今回は話を聞いてくれるらしい。言葉に従って扉を開けたアレクシアが入れば、部屋には父しかいないようだった。

 ある種、好都合かもしれない。あんなことがあった後のリヒトゥがここにいたら絶対に聞き入れてはくれないようなことを、アレクシアは言うつもりだった。

「失礼いたしますわ。お父様」

 簡易な礼を見せてから父の座す机の前まで歩み寄り、アレクシアは扇を口元からどかして胸元に添える。

 父であるセーンはそんな娘の姿を、少しばかり厳しい目で見つめていた。兵を好きに動かし始めたわがままな娘が来たらそれはこうもなろう、とアレクシアも納得はしている。

「聞いてほしいこととは? ……兵を動かすのをやめるのか?」

「いいえ。辺境は何かと不安なので治安維持に人は必要かと思います。ダーラム卿もそう言っていたでしょう? お父様……

 ペンダイル国と事を構えるというのであれば、その隙をつかれないとも限らないから、と」

「……では、なんだ」

 ダーラム卿の名前を出した途端に辟易したような疲れたような吐息を漏らしつつ言葉を促してくるセーンに、アレクシアはうっそりと微笑んで見せる。

 

「実は、舞踏会を開きたいと思いますの」

 

「……なに?」

 発された内容に、セーンが目を丸くする。それでもなお、アレクシアは頬笑みを絶やさずに小首を傾けて、艶やかな唇を動かした。

 

「お父様と兄上様が戦をしたいというのでしたら、私が止めれるはずもないでしょう? 私はしょせん、皇女ですから。

 戦争は嫌です。どんな血も流れるのは嫌……でも、止めれないなら。せめて、早々に終えるためのお手伝いをしたいと……そう考えているのです」

 

 アレクシアの考えが読めない。そう言いたげな顔をするセーンの顔を見て、アレクシアはクスリと笑った。

それでいい。混乱させて、迷わせて、判断を鈍らせたい。アレクシアがそう思っていることも知らずにセーンは気難しそうな顔の眉根を寄せた。 

「それがなぜ、舞踏会というものになる? お前たちが兵や物資をこちらに戻せばそれだけで」

「なぜ。こちらがすべて準備して向かわなければならないのでしょう」

「は?」

 疑念を吐き出した父に、アレクシアがにべもなく返した言葉。その意味を理解しきれず、セーンが間の抜けた声を出す。

 それを聞いて、アレクシアは扇で口元を隠して、クスクスと上品に。悪戯を思い描いている少女のような愉しげな色を浮かべた瞳をセーンに向けて、細めて見せる。

 

「こちらに呼んでしまえば良いではありませんか……大々的に準備を見せつけるのではなく……

 あの情報は偽りだ、誤りだと囁いて、親睦を深め互いの誤った認識を解こうと(うそぶ)いて。

 呼び寄せて、国の中で陥れてしまえばこちらのものではありませんか」

 

 ペンダイル国にも社交界はある。それをアレクシアはとある伝手で理解してはいた。

 社交の場なんてそんな素敵なものではない。様々な毒は入り乱れるし、血が舞うことも多々あるのだ。

 だが、何事もなければそれはただの煌びやかな時間を過ごせる場所。

 油断を誘える場合もあるはずだ、と。魔族をバカにしているこの父なら乗ってくれると、そう思って提案として投げる。

 アレクシアの思惑に気づかれるかもしれないが、兄がいない今なら疑念を浮かべながらも考えはしてくれるはず。

 娘の思考を察することなく、セーンは静かに眉根を寄せて気難しい思案顔を浮かべていたが。

 やがて、瞳を細めて娘であるアレクシアを見据えた。

 

「……一応リヒトゥとも相談はするが、もし開催するなら……支度はすべてお前に任せることになる。失望させるでないぞ、アレクシア……娘を処刑なぞ、したくはない」

 

 上手くいった。

 支度の話もしている。前のめりにこう指示してくるときは、決行を決めたということだ。セーンはそういうところがある。

 リヒトゥと相談して否定されても、却下される心配はない。

「分かっていますわ、お父様……華々しい時間を演出させていただきますわね」

 舞台をしっかりと整えて。狂った血を正しましょう。

 扇を畳んで嬉しそうな笑みを浮かべて。アレクシアはセーンに優雅な一礼を見せたのだった。

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