第104話 「自然と耳に入るんだよ」
その瞳のままで自身の父を見つめていたが、やがて首を左右に振ってから身体もそちらに向ける。次いで私もそちらを見つめた。
「前王に手助けを受けねば何も出来ない愚王と言われる気は無い。手を出される方が厄介だ。貴方の手は借りんぞ」
キッパリと言い切ったアルベヌに対し、その切り返しを予想していたのか。アーヌストさんはニヤッと笑みを浮かべては額に手を当てて軽快に笑い声をあげる。
「ハハハッ! まぁ確かに、オマエならばそう言うだろうとは思ってはいたさ。まぁ言われたからには自分からの手出しはしないでおく。せいぜい頑張るんだなバカ息子」
なんか言葉に不穏なものを感じるのは私だけだろうか。私のそんな気持ちを察することはなく、アルベヌは淡々とアーヌストさんに対して言葉を紡ぐ。
「言われるまでもない……
しかし、父上。先程から風の噂と言っているが、一体何を聞いたと?」
「あぁ、簡単な話だ。私は人間に化けて帝国で暮らしていたからなぁ。まぁ場所は転々としていたが……
帝国は色々と都合の良いことは吹聴して回る。自然と耳に入るんだよ」
「は?」
「え?」
アーヌストさんの言葉に、アルベヌとイレインさんの思わず零れた声が被る。
え。隠居先アルベヌ知らないって言ってたけど、まさかの帝国? ずっと? ずっと帝国にいたの? 前王様!?
たまに便りが来るみたいなことアルベヌが言ってた気がするけど、まさか帝国から送られてきてたの?
アーヌストさんはそんな二人に気づいていないかのように、はぁぁ、と呆れ果てたような溜息を吐き出して。
「まぁ魔族の国は前からあまり良く言われていないが、最近はとうとうこちらに宣戦布告してきたらしいとか言われ出してな」
「おい」
「わーかってるわかってる! オマエがそんな面倒なことをするものか。だが反撃はしたんだろ? ん?」
あほらしいことを言っていると言わんばかりの声で紡がれたその内容に、アルベヌが思わず凄む様な声を上げるものの。アーヌストさんは手をひらひらと振って見せてからさらりと言葉を返して悪戯っぽく伺ってくる。
私がアルベヌを見上げれば、彼は顔を少し顰めてアーヌストさんを見てから私を見下ろし、片手を私に改めて近づけては背中に添えるように動かして触れてきた。
「あぁ、反撃はしたぞ。
……我が命だけでは飽き足らず、アレはフォノカを……我の友をも狙ってきている。どういうつもりで欲しているのかは未だ不明だが、友が狙われているのだ。手段を講じないわけにはいかぬ」
触れてきたと同時に静かに紡がれた言葉。考えてくれるのは嬉しいけど、それでアルベヌや周りに危ないことが起こったりするのは私も嫌だ。
アルベヌの手の上で翼を動かして飛び上がる。
あまりこういう時に飛んだりしない私の珍しい動きに、彼の目が虚を衝かれたように見開かれるも。私が眼前まで飛び上がれば瞳を元に戻してしっかりと見つめてくる。
「考えて守ってくれるのは嬉しいけど、自分たちのことも二の次になんてしないでよ?
……あの時みたいな姿見たくないし」
考えてくれるのは嬉しい。でも、それで自分たちを蔑ろにされるのも嫌。
アルベヌに至っては不本意だったろうが、ズタボロになってた姿も私は見たことがあったから。不要なことかもしれないが、心配になってしまう。
眼前で心配そうな顔をしているだろう私を見ていたアルベヌは瞳を閉じて一つ、呼気を零してはゆっくりとまた金の瞳を私に向ける。
「……言ってくれるな?
まぁ確かに、お前に我は助けられた身ではある。心配されても仕方の無いことと受け入れはしよう……」
アルベヌが私に向かって言葉を投げつつ、下から手を伸ばしてきた。
しかし捕まえる訳でも無く、私の前に持ってきたその手の人差し指が私の顎に添えられる。
「だが、あの時はただ侮り過ぎていただけだ。
だからこそ、あのような醜態……お前の目には二度と晒すつもりは無い」
真剣な声色を紡ぐ彼の獣のような金目が妖しく光る。
なんで私の前以外では晒しても良い感じになってんの。王様でしょ。ダメでしょ。
そう思っても、あまりに真面目な感じで言ってくる言葉に反論なんて出来なくて。私は彼の指に手を添えて動かしにくい首を動かし首肯を見せる。
それに瞳を緩めたアルベヌを見ていた時に、ふと横で動くものを感じてそちらを見れば。アーヌストさんにイレインさんが耳打ちをしているところだった。
終わったイレインさんが離れれば、同時に私の顎に添えられていた手指も離される。
イレインさんから何かの話を聞いたアーヌストさんは、アルベヌと私を交互に見てから、アルベヌの背中をバシバシと叩き始めた。私の耳には結構な音で耳が痛い。少し離れたが、文句を言う人は誰もいなかった。
「話は聞いたぞ。うんうん! アル、成長したなぁ……ルベリアも喜んでいるぞ……!」
「父上に我はどれだけ愚かに見えているのだ」
「そう怒るなアル。私にとっては子の成長を見られた気分だ。感慨に浸らせてくれてもいいだろうに……いや、そうも言ってはいられないのか。悪かった悪かった」
ルべリア。知らない名前だが、話を考えるとアルベヌのお母さまのお名前だろう。
私がアルベヌの名前はご両親の名前使ってるんだぁ、と考えていたところで、スッと私が影に覆われる。
そちらを見れば、アーヌストさんが私をどこか真剣な瞳で見下ろして来ていた。黒の中に浮かぶ深紅の瞳が私を見下ろしている。そういえばアーヌストさんの瞳孔は丸い。アルベヌの獣っぽい縦長の瞳孔はお母さんの遺伝か。
ぼんやりとそんなことを頭に浮かべていたら、アーヌストさんの頭が下げられた。思わず瞳を瞬かせる。
え、何。どうして。
「うちのバカ息子と友になってくれた上に、アルとイレ君にとってキミは命の恩人と今しがた聞いた。本当にありがとう。
……キミが転生者だと分かる前はただ、ペットを愛でる感情と情緒を育ててくれてありがとう、と一言だけ言うつもりだったんだがな」
「先王様。最後ので台無しです」
「ん? 私は正直な気持ちを言っただけだぞ?」
あ、そういえばお礼を言いに来た。みたいなこと言ってらっしゃいましたねこのお方。
でも最後! 最後のはイレインさんの言葉通り、言わなければ字面はきっと奇麗だったと思うの!!
けれども言われた内容には反応しなければ。そう思って私は身体をアーヌストさんに向けて両手を振って見せる。
「じ、自分にできること? をしただけですので……」
「ふむ……謙虚な良い子だなぁキミは。アル? 友達を見習ったらどうだ?」
「無理だ。父上の息子だからな」
「ハハッ! まぁそうだな」
軽い感じの親子の会話に、出会い頭魔法の応酬をしたっぽいのに仲が悪い訳ではないんだな……とぼんやり今更ながら考えていた私の耳に、指を鳴らす音が入ってくる。
瞬間、パッと切り替わる視界。目の前にどうすれば良いやらと言った思案顔のゲイルさんとジャスティアさん。それを認識したと同時に、私の身体がもはや慣れ親しんだ温度の手指に絡め取られる。
「……アルベヌ?」
大きな手に唐突に握り込まれ、捕まえてきた彼の顔を見るべく上を見上げれば。
私を身体の前に引き寄せた彼はいつもの淡々とした顔で私を見下ろして、反対の手に私の身体を座らせた。そうして、背中の翼を撫でるように手を動かし出す。
「え、なに?」
「いや、普段よりも静かだと思ってな。父上に気を使っているのか? 王族ではあれど王ではないのだから、普通にしてしまえば良い」
私の様子を気に掛けてくれたらしい。
ありがたいが、撫でながら声を掛けてくるその内容に私はいやいやそれはダメでしょ、と頭をぶんぶんと振ってから身体をアルベヌの顔の方に向ける。彼の手もその動きに合わせてついてきて、背と翼を撫で続けていた。
「アルベヌのお父様でしょ? 前王様でしょ? 家族でもない他人がそんな風にしていいわけないでしょ。それに私」
「フォノカ」
名を強めに呼ばれる。それに言葉を遮られた私を見下ろす目は、まだ言うか、と如実に語ってきていて。
また、自分は小妖精だし、というあのフレーズが出かかっていた。それを悟られて窘められ、私は顔を俯かせる。
「……ご、ごめん」
「分かればよい……さて、父上。さすがに今日は城にいるだろう?」
「……当然だ。息子の誕生日を祝いにも戻っているんだぞ」
謝罪の言葉を聞いても背を撫でる動きは止めずにアルベヌがアーヌストさんに言葉を投げる。そろ、と顔を上げればアーヌストさんは私とアルベヌを交互に見つつも、やがてアルベヌを見つめてにべもなく言葉を返していた。その言葉に、アルベヌが嘆息を零す。
「ついでに、であろうが」
「まぁ、そうだな! 時期が重なっただけだ。
だがまぁ、たまにはいいじゃないか。それにこんな時期だ。息抜きくらいしたらどうだ?」
今度は背を叩くのではなく、肩にポンと手を添えて柔らな表情をアルベヌに向けるアーヌストさんに、アルベヌが肩をストンと落とす。
そのままアーヌストさんから離れるように執務机の椅子の方に移動して座し、私をクッションに滑り落した。私を一度見た金の瞳は、すぐにゲイルさん達に向けられる。
「宰相、騎士団長。戻って依頼していたものの続きを頼む。
イレインは父上をとりあえず客間に送り届けてくれ。フレイ達は厨房に、食事を二人分作る様に伝えに行け。ついでに料理人に伝えたいことがあれば伝えることも許す」
アルベヌの指示出しに、声を掛けられる順に反応を示してゲイルさんとジャスティアさんがアルベヌとアーヌストさんに一礼して出て行き、イレインさんは軽い返事を上げた後にアーヌストさんを引き連れて部屋から出て行った。アーヌストさんは大人しくついて行っていた。
フレイさんとエラさんは顔を見合わせた後でアルベヌと私に一礼してから部屋から出て行く。
先ほどまで賑やかだった室内は、アルベヌと私の二人きりになったことで一気に静まり返る。
「……アルベヌ……」
「なんだ?」
シンとした部屋の中で私が声を上げればアルベヌが顔を向けてくるものの。片手は頭に添えられ、指先でこめかみのあたりを揉んでいる。それに、少し疲れた顔をしていた。
そんな彼を見上げて、私は。
「お誕生日おめでとう……?」
「あぁ……父上に言われるまで忘れていたが、確かに。今日だったやも知れんな……」
なんとも言えない表情でぼやくように呟き、はぁ、と一つ吐息を零す。
そんな彼を見上げて、私は彼に言われたことを思い出してみる。
彼が王様になったのは900歳より前というふうに聞いて、300年余を王として動きつつ惰性に過ごした……って前に聞いた気がする。でも、アーヌストさん達の会話を聞いて、アルベヌが時間に無頓着過ぎるのも理解した。
目の前の彼を見上げて、私は肩を落として見せる。
「……アルベヌ、王様だったら年齢はちゃんと数えた方がいいんじゃない……?
私、前にアルベヌから聞いた言葉で1200歳前後って思ってた」
「ぐっ……年齢なぞ、長寿種族があまり気にすることでもなかろう……と、思っていたのだがな……」
痛いところを突かれた、と言わんばかりに眉根すら寄せて眉間にシワを作っては彼がこめかみから手を離して。どこかげんなりとした雰囲気で今度は顔を覆っていた。
「普通の人はそれでいいとして。あなたはダメでしょ。
前王様から誕生祭がどうのって言われてたじゃん。国のお祭り王様が無くしてどうするの」
「……何故、王の誕生日だからと祭りになるのか……」
「……自分たちを守ってくれる人への感謝を込めて祝える日ってことだからじゃないの?」
私の前世の世界ではどうだったかは知らないが。
そういうことにすれば、アルベヌは納得するのではないか。そう思って言葉を紡げば、彼は顔から手を離して、私を弾かれたように驚いた顔で見下ろしてくる。見開かれた金の縦長瞳孔の三白眼を私も見返していた。
「私はおめでとうしか言えないけど、メイドさん達と厨房の人達は何かしら用意してくれると思うよ」
「……我すら忘れていたが、1900だぞ? 祝われて喜ぶ歳でもない」
「貴方が喜ばなくても、周りは嬉しいんじゃないかな。
今年も貴方が無事に誕生日を迎えられてるから、国民の自分たちも無事に生きれてる。
……ってことなんだよ、きっと」
私の考えでしかない言葉を述べれば、アルベヌは見開いていた瞳を細めて渋面をつくる。
しばらく納得いかないと言いたげな顔で見下ろしてきていたが、少しして疲れたような吐息を零して顔を逸らして見せてきた。
「……そういうものか?」
「私の憶測、だけどね。
そう思ったら……誕生祭も、大事な行事だと思えない?」
「……そうだな。父にも先程言ったが、来年からはやるとする」
言葉を重ねる私に、アルベヌが渋面を元の素顔に戻し見下ろしてきた。その後に投げられた言葉に私は笑みを返して頷く。
「来年は盛大になりそうだね……それにしても。ここにも日付の概念あったんだ?」
「ん? 今更……いや、そういえば教えていなかったか……我が気にしていなかっただけだが、ありはする。今教えるか?」
「お願いしますっ!」
「っ、ふ……!」
アルベヌの提案に乗っかり、はい! と勢いよく挙手しながら思わず返事をしてしまった私。それを見て一度目を見開いた彼が、笑いを堪えるようにそっぽを向いて双肩を震わせる。それに私は思わずジト目を向けてしまうも、大きな姿は気にもしていないようだった。というより、気づいてない。
「……笑ってないで教えてくださいな、先生」
「ん、くふ……っ! あぁ、っ、教えるとも……!」
そんなに面白いことをしたつもりは無いのに、たまにこうして笑われるのはなんなんだろうか。
アルベヌのツボ、ホントにわからない。
とりあえず、私はアルベヌの笑いがひとしきり落ち着くまで。そのままジッと彼を見上げ続けるのだった。
次話は閑話になります。