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第103話「面倒この上ない」

 アーヌストさんが倒れて、私の耳の聞こえと耳鳴りが落ち着いてすぐ。アルベヌは私をクッションに降ろしてから防音魔法を解除し、自ら部屋を出ては外の警護をしている兵に宰相と騎士団長を連れてくることを命じていた。

 戻ってきた彼を見てから、私はその耳元に飛んで行って。その動きが視界に入ったらしいアルベヌがその場で足を止めてくれたのに甘えて、その肩に身体を預けるように羽根を休ませて貰う。

「二人だけ? セシリスさんとかあの子たちはいいの?」

 私を知っている人を呼ぶならば、あの三人も呼ぶべきでは? と考えた私が耳元で問えば、彼は私を片手で包むように捕まえてから顔を左右に振ったようだった。

 私の視界に、彼の黒髪が左右にゆらゆらと数度揺れたのが映ったから。

 そのまま私を手のひらに持ち直し、彼は寝室の方に向かって、広い寝台の端に腰を落とした。

 私が乗っただけでは大した揺れを起こさなかったが、彼が座ればその体が僅かに上下する。僅か、と、言っても彼にとってはの話であって。私からしたら結構なバウンドではあったんだけど。

 手のひらの上で座っているのによろめき、後ろ手をついてバランスを保った私を見下ろして、彼は首を僅かに傾けて返してくるだけだった。

 その仕草はお父さんそっくりだね……言ったら怒られそうだけど……

 彼を見上げて肩を竦めて見せれば、私を乗せている手の指が曲げられて私の頭をつつくように撫でてくる。

 それを大人しく受け入れてどこか疲れたような顔色のご尊顔を見上げていたが。不意にその持ち主は私から視線を外し、ベッドに寝かせられているアーヌストさんを真顔で。けれども呆れたような雰囲気をひしひしと感じさせる表情で見つめ始めて。

「…………それで。いつまで狸寝入りを続ける気だ? 父上」

「……頭を整理する時間をくれ息子……」

 

「知ったことか。自業自得ださっさと起きろ。

 自己紹介した女性に卒倒で返す男が父であるなど恥でしかないぞ」

 

「相変わらず辛辣だなお前は!」

 アルベヌの呆れきった声色にアーヌストさんががばりと勢いよく起き上がる。その振動でベッドに腰掛けているアルベヌも揺れた。

 手の上の私も当然揺らされたものの、さすがにこの振動は大きいと察してくれたのか。アルベヌは空いていた片手も私に添えて身体を支えてきた。

「もう少し落ち着いたらどうだ? フォノカが父上の動きについていけず困っているが」

「今のはお前のせいだろう! まったく、どこで育て方を間違えたやらだ! それにその口調! 父への言葉か!?」

 少し怒ったような声色で言葉に噛み付くアーヌストさんを暫し見つめたあと、アルベヌは瞳を一度瞬かせ。

 その後、私を見下ろして添えていた片手の人差し指の爪の背を私の顎下に添えて持ち上げてきた。淡々とした真顔の瞳がすぅわりと細められ、私は何? と首を傾けるしかない。

 

「聞いているのかアル!?」

 少しの間見つめ合ったあとにアルベヌを叱咤する声が響いたところで、彼は面倒そうに吐息を一つ零しては私の顎下に添えた爪を離してアーヌストさんにその顔を向ける。彼の胸元程の高さに持ち上げられる手に乗せられている私の近くに、さらりと彼の黒い毛髪が大きな体にそって流れるように落ちて留まった。

 

「……こんな我だから早々に王位を譲ったのであろう?

 あと、口調は母譲りだ」

「っ! あぁ、ああ!! わかっているさ! まったくもってその通りだとも!」

 

 キイイ! と言わんばかりの雰囲気でアーヌストさんが悔しがる声にそちらを見てしまえば、ハンカチを口で咥えて引っ張るアレをやってて。

 

 いや待って威厳どこ。先王としての威厳どこ。さっきから感じてはないんだけどアルベヌのお父さんなんだよね?

 

 私が思わず引き気味になったのを感じたか、アルベヌが私に顔を戻して見下ろして。少し離れ気味になっていた私に添えている手をまた寄せてきた。

 先程のように私の後頭部から背中に掛けてをゆっくりと撫で下ろし始める。

「お前の小さな身体には負担が大きかろうが耐えてくれ。アレでも我の父に違いはないのでな」

「アル!? どういう意味だ!?」

「そのままだが?」

 私を労わるように撫でながらの言葉を紡ぐアルベヌにアーヌストさんがまたも言葉を投げるが、投げられた本人は涼し気な顔で軽く言葉を返す。

 いや待ってお二人さん待って。私を挟んで? 喧嘩……口論……? は、やめてほしい。

 

「本当に口は達者になったなぁ! 誰に似たやら!」

「さて、目の前にいる気も――なんだ?」

 

 私が言い争いを遮るように背中の翼を動かしてアルベヌの手を叩き、こちらに意識を向けさせる。

 見下ろしてくる顔を見てから扉を見て、この位置なら私の声くらいは聞こえないだろうと考えて口を動かす。

「アルベヌ……お話進まないと思うからその辺にしとかない……? 

 それに、ゲイルさんたちも来るんでしょ?」

「む……そうだな。確かに頃合か……そろそろベッドから出ろ父上。今の宰相と騎士団長がくる」

 私の言葉を聞いた彼が顔を扉に向けて、瞳を一度細めた後に瞬かせた後。手に乗せたままの私をそのままに立ち上がり、執務室の方に向かう。

 そのアルベヌの身体の後ろからバサリと布が動く音がしたから、アーヌストさんも動きだしたんだろうと予想して。私はアルベヌの歩行の度に生じる縦揺れに身を揺らしつつ彼の動きに身を委ねることにする。

 父がいるからか机には座らず、その前に立って足を止めたアルベヌの隣にアーヌストさんがやってくると同時に、扉がノックされた。

 

「陛下。ゲイルとジャスティア、召集に応じ参じました」

「入れ」

 

 扉の外から聞こえるゲイルさんの声にアルベヌがあっさりと返せば、扉が開かれる。

 入ってきた二人はアルベヌの隣に立つアーヌストさんに一瞬目を見開くがすぐに気配を張りつめたものにして、ジャスティアさんに至っては腰にある剣に手をかけようと静かに構えだす。

「……なるほど?」

 アーヌストさんがそれを見てだろう愉しげな声を上げるのが聞こえる。そちらを思わず見てしまえば値踏みするような目で二人を見つめて自身の顎を触り、獲物を狙うような瞳をうっそりと妖しく光らせる姿があって。

 目に入った途端、ゾワッと背を悪寒のようなものが撫でた。見てはいけないものを見たあの感覚に近い身体が冷える感覚がする。

 それに身を震わせた私の動きを感知したアルベヌが私を両手で包んで視界を黒くしてくると同時に、ため息を深く吐き出す音が聞こえてくる。

 

「宰相、騎士団長。やめよ……警戒など必要は無い」

「陛下しかし!」

「父上もやめろ。フォノカが貴方の二人に向けて投げている威圧に当てられて怯えてしまっているんだが?」

「は? 父……!?」

「なに!? それはいかん!!

 悪かったお嬢さん、キミに向けたものではないんだ。許しておくれ」

 

 アルベヌの手にすっぽりと覆われている私の耳が捕える会話。アルベヌのアーヌストさんへの言葉にジャスティアさんの驚いた声が響くが、それを遮り私に向かって投げられる声が聞こえて。私が身体をそちらに向ければ動きを感じたんだろう大きな手が上からどけられる。

 眩しさに一度目を眇めてしまうも、目が慣れてやっと視界に入ってきたアーヌストさんの申し訳なさそうな顔に、私は苦笑を返すしかなかった。

「あー……えっと、大きさゆえの、ものですから……どうぞ、気にせずにいてくだされば……と……」

「言葉は嬉しいが顔色が悪いぞ? むぅ、ワタシはあそこの二人を観察していただけだったんだが……」

 私が詰まりつつも何とかひねり出した声に、顔を寄せてこちらを伺ってくるアーヌストさんの勢いのいい動きに思わずアルベヌの手指に縋るように動いてしまう。

 けれど、それを気にせずにぼやきつつ身体を元の状態に戻したアーヌストさんはチラと私の様子を見下ろしてから肩を竦め。やがて、ゲイルさんとジャスティアさんに向かってヘラリと笑って軽く手を振って見せる。

 

「やぁやぁ、キミたちがアルの部下筆頭か。初めまして! 私は現国王アルベヌの父で、前王のアーヌストだ。よろしく頼む!」

 

「父……陛下……このお方、前王様……なのですか……!?」

「宰相。騎士団長。我と性格は似ても似つかんが、間違えようもなく我が父だ。

 色々と忙しい中呼び立てて悪いが、父上がいつまでいるかもわからんのでな。顔合わせはさせなければと考えた末、呼ばせてもらった」

 アルベヌの言葉が終わると同時に、ゲイルさんとジャスティアさんが勢いよく膝をつき、跪いて頭を下げていた。

 それに合わせてかフレイさんとエラさん、イレインさんすらもその場で跪く。

「お初にお目にかかります。先王陛下……! アルベヌ陛下より宰相を任されたゲイル・クァランと申します!」

「同じく、アルベヌ陛下より騎士団長を任じられました! ジャスティア・カラドメイルと申します……! 先ほどのご無礼、申し訳がございません……!」

 二人がさらに頭を深く下げる。その光景を私は見下ろしていたがアルベヌを見上げれば、彼はアーヌストさんを見ていたようだが私を見て。深く嘆息を吐き出す。

 それを聞いたのか、アーヌストさんが気まずそうな咳ばらいを響かせた。

「ワタシは前王ではあるが今はただの王家の一員ってだけなんだからな。それに、基本は隠居の身だ。そうかしこまらなくても問題はない。さぁさ、立ってくれ!」

 その後に紡がれた声に、大きなものが動く鈍い音が私の耳には響く。そちらを見れば、ゲイルさん達が立ち上がっているところだった。その光景を見てからアルベヌをまた見上げれば、彼はまたアーヌストさんへ渋面に近い微妙な顔をしては視線を投げていて。

「……まったくもって何でこの時期なのだ。面倒この上ないのだが」

 いやアルベヌ面倒って。確かに時期は問題だけどお父さんでしょ? あまり邪険にしない方がいいんじゃ。

 防音魔法がないためあまり声が出せない私が彼の手の上でぺちぺちと抗議するように肌を叩けば、吐息が零されたような音が聞こえる。

 アルベヌの物ではないそれをくるりと顔を動かして確認すれば、アーヌストさんが片眉を跳ね上げたような表情でアルベヌをジィッと責める様に見つめていて。

 

「風の噂を聞いて帰ってきたと言ったろう。こういう時期だからだ! まったく。

 帝国ととうとうドンパチやるんだろう? オマエの手伝いくらいはしてやろうと思ってな」

 

 アーヌストさんがしばらく怒ったようにアルベヌを見た後で、表情を飄々とした感じのものに戻して言葉を投げる。

 小馬鹿にしているようにも聞こえる、からかい混じりなその言葉にそろりとアルベヌを見つめれば。彼は心の底からいらない。と言いたげな顔……と言うより、瞳をアーヌストさんに向けていた。

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