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第102話 「何を言っている」

 え、これはどうしたらいいの。

 私が何とか体を動かして、男性から離れるように這いずるように動けば。それを見た姿は困ったように眉を寄せて八の字にした。

「あー、怖がらせるつもりはないんだよ? 小さなお嬢さん。

 ワタシはちょっと家族の様子を見るために帰ってきただけのしがない父親でね。君にお礼も言いたかった次第なんだよ。だから、そう警戒はしないでくれないか」

 家族の様子を見に帰ってきた父親で、私にお礼を言いたかった?

 発された言葉に疑問符しか浮かばない。けれど、そういえばこの人の第一声。帰ってきたぞ我が息子、とかって叫んでなかったっけ。

 薄暗く影のかかる顔をじっと見上げれば、二コリと笑まれる。髪色は黒色で、肌はアルベヌよりはほんのり暗い色っぽく見えるものの、顔の輪郭や目元は似ている気がする。

 え。まさか。

 

「フレイ、エラ! 小鳥を連れてソレから離れろ!」

 

 離れた場所から聞こえたアルベヌの声に、男性がそちらに顔を向けた瞬間。私の身体が後ろからしなやかな女性の手指に包まれた。

「ペット様、こちらに!!」

 フレイさんの声と同時にグワンと私の視界が、身体が揺れる。唇を引き結んで声を上げないようにしたところで、バチンと指の鳴る音がした。

 瞬間、ガクンとまた体が揺れる。動こうとして引き留められたあの感覚の衝撃。

「ひっ……!?」

「んんっ、お嬢さんを小鳥と形容できるようになった成長ぶりは嬉しいが。もう少しワタシに優しくしてくれてもいいんじゃないか?」

 フレイさんとエラさんの短い悲鳴が聞こえたと同時にぼやくように聞こえた声。フレイさんの手の中で一層陰が濃くなったと思ったら、私を上から包んでいた手がゆっくりと上げられた。

 

「なぁ、キミもそう思わないかな? 小さなお嬢さん」

 

 開けた明るい風景の中にあったのは、あの男性が私に柔和な顔で笑みかけて見下ろしている顔。

 男性がフレイさん達を止めて、フレイさんの手を開いて私をまた眼前に顕わにさせた、と言うところだろうか。

 え。これ私がどうにかしないといけないやつ? でも多分この人……

 

「おっと、そういえば自己紹介もしていなかった。この部屋にいる人物でワタシを知るのはアルとイレくんしかいないからなぁ! いや、すまないねお嬢さん達。

 ワタシはあそこで無様に転がってる現国王、アルベヌの父で前王のアーヌスト・サーペンダイルだ! 以後よろしく頼むよ!」

 

 ニコリと人好きのする笑みを湛えたままで元気に自己紹介をする姿に、私はポカンとしてしまった。フレイさん達もきっとそうだろうと思う。

 そして、やっぱりアルベヌのお父さんでしたか……性格全然似てないな――って待って。無様に転がってるって何!?

 私がようやっと目の前の人の言葉を理解して、その後ろを見ようとフレイさんの手の上で動き出せば。おっと、と少し決まり悪そうな男性の声が響いて。

 

「あー、アル。そういう風にしといてなんだが、このお嬢さんにオマエのそういう姿は見せてもいいのかな?」

 

「この……! ~~~~ッ!」

 アルベヌが思いっきり歯噛みしてそうな声と呻きが聞こえてきて、私は思わず口角を引きつらせてしまった。きっとクソ親父とかそういう語彙を叫びたいのに叫べないんだろうなぁ……

「先王様。さすがにこれは酷い……陛下が怒るのも無理ないって……」

「ハハッ! すまないね、イレくん。久しぶりに息子と会った上、その息子からの熱烈な歓迎(・・)につい火がついてしまった。それだけのことだよ。単なる家族のじゃれ合いさ」

 私が遠い目をしてしまったところでイレインさんのぼやきも聞こえて、男性がくるりとそちらに身体を向けては指を優雅な仕草で鳴らす。

 バジュッ、と何かが爆ぜるような音がしたところで、重いものが動く音が聞こえる。男性の少し向こう側に、アルベヌの頭の天辺が見えた。

 

「……まったく、身勝手な元愚王が……!」

「そんなに怒ることはないだろうアル? それにワタシの考えは間違ってなかったんだ。現に、オマエはしっかりとこの国を治めているじゃないか」

「それこそ結果論だ。どれだけ我が苦労したと思っている……はぁ」

「苦労は若いときにしろと言うだろう?」

「悪魔族の中では若すぎた年代だと思うがな。それにだ、父上。貴方もまだ若い方だろうが」


 苦々しそうなアルベヌの声色にハッハ! と軽快な笑い声が飛ばされる。

「私はやがて4982歳になる! もういい歳だよ。

 それはそうと我が息子、1900歳の誕生日おめでとう!」

 声高に明るく言葉を紡ぎ、アルベヌに歩み寄ってなんてことは無いと言いたげにハグをする。

 男性……アーヌストさんの身長はアルベヌの肩口から頭のてっぺんが覗くくらいの大きさだった。悪魔族って高身長多いんだろうか。

 それより新情報また出たな。誕生日? 今日? アルベヌの? ここ日付の概念あったの!?

 アルベヌもピンと来ていないのか顔が渋面だし、それを見てから私はグルっとフレイさんを見上げるが、彼女も首を左右に振った。だよね知りませんよね。

 

「……先王様……大変申し上げにくいのですが、陛下含めた俺たち全員……陛下の誕生日を忘れているか、把握しておりません……」

 

 アルベヌも声を上げない空間で、イレインさんが頑張って声を絞り出してくれた。

 それにアルベヌを抱きしめていた双肩がひくりと震え、ゆっくりと身体を離してイレインさんを見たあとでアルベヌを見上げる。

 どんな顔をしているのかは私の方からは見えないが、少し空気がピリついた気がした。


「……なんだって? オマエ、それで式典とかはどうしていたんだ?」

 

 式典? そういえば前世でも天皇様の誕生日とか祝日化してたりしてたよね……こっちだとなんか催し物をしたりするのが慣例なんだろうか。

 私がジッとことの成り行きを見守っていれば、父親にジッと見られて唇を面倒くさそうに引き結んだアルベヌがふいっとソッポ向いた。待って仕草が大人と言うより思春期真っ盛りの高校生みたいなんだが?

 実はアルベヌ悪魔族基準で結構まだ若かったりするの?

 私がそう考えた瞬間、アルベヌの腕を掴んでいるアーヌストさんの身体から、真っ黒いモヤが発せられた。

 

「建国祭すらやっていなかったな!? こんのバカ息子がぁ!」

 

 怒声と共に繰り出された拳が、アルベヌの額に叩きつけられ。

 叩き付けられたそこを抑えて治癒魔法を静かに使用し始めたアルベヌを見上げながら始まったアーヌストさんのお説教に、こちらに歩み寄ってきたイレインさんが肩を竦めて見せる。

「いやぁ、賑やかにして悪いね」

「あ、あの……陛下の反応から先王様なのは理解しましたが、本日が陛下の誕生日だったのは初聞きなのですが……!? なんの支度もできておりませんよ!?」

「セシィに頼んでお祝いのお菓子の準備してもらわないと……!? いやそれより厨房全体というか、えっと!?」

「うん、混乱してるねぇ。メイドちゃんたちは落ち着こうかー」

 投げられた言葉にフレイさんとエラさんがアワアワと声を上げる。それにあらら、といった感じでイレインさんが苦笑を見せれば、その緑の瞳が私をしっかりとその内に収めた。

「えーと……どうしようかなぁ……」

 瞬間、私を見て少し困った顔をする。なんだかいけないことをしてしまった子供のような素振りに、今度はなに? と私がイレインさんをジッと見返していたところで。

 

「まったく、来年はちゃんとするんだぞ!? 宰相たちは何をしていたんだ、式典を全くしていないとは! 先祖が泣くぞ!」

「十数年前に前のやつは金に汚いことが発覚して解雇したんでな。今は若いやつを据えているぞ」

「オマエの時間感覚は信用ならん! イレくん正確なのは!?」

 グワッと黒いモヤを纏ったままのアーヌストさんがイレインさんに食いつく。イレインは声をかけられたことで姿勢を正してまた彼を見るものの、問われたその内容には言い難そうに顔を背けて。

「……百年は前かと……今は、インキュバスの青年が宰相をやっておられます……」


「そら見ろまったく時間が違うじゃないか!!

 それにインキュバス? ……あぁ、クァラン家のか! 確かにあそこは頭が良い者が昔から多いからそこは文句は無い! 無いが国の祭りをやっていないことには怒っているぞアル! 反省しろ!!」

 

「……わかった。わかったから落ち着け父上。王族の誕生祭はもう無理だが、建国祭はちゃんとする。触れも出す。

 だからもう怒鳴ってくれるな。フォノカが参ってしまう」

 

 イレインさんの言葉に、本当に時間感覚ズレすぎてて私は思わず遠い目になった。

 ご長寿種族故のズレかと思っていたがアルベヌが無頓着すぎるだけなのだと会話を聞いて理解して、思わずうわぁと小さく声を漏らしてしまう。

 そんな中、アルベヌが私の名前を出したところで。

 

「……フォノカ?」

「……? メイドの手の上にいる者のことだ。さっきから父上も小さなお嬢さんと呼んでいただろう」

 

 黒いモヤを霧散させてから疑問符を浮かべるアーヌストさんに、アルベヌが怪訝に言葉を返す。

 何となく噛み合わない会話。それに私は頭を傾け、私のそばに居るイレインさんを見上げれば。

 彼は何かを確信した様子で、青くした顔の下半分に手を当てて顔を歪めつつ二人を見つめているところで。


 え。待ってイレインさんまさか。

 

「あのですね、先王様、その――」

「お前小妖精に名前をつけているのか? 今までワタシが犬や猫をあげようとしても要らないと言っていたのに! とうとう小動物を愛でる情緒が出来てきたか!

 風の噂で小妖精狂いになったと聞いてはいたが……!」


 イレインさんの言葉を遮り感極まったように声を上げるアーヌストさん。

 風の噂ってなんですか? どこから流れたのその不名誉な言葉。でも言われても仕方ないの?

 事実、アルベヌは私っていう小妖精を大事にしてるわけだし、言い訳も反論も出来ない気がする。

 

「は? 何を言っている。小妖精狂い? 

 別に小妖精は愛でてないぞ。我が傍においているのはフォノカだけだ」


 私が反論出来ないと考えていたところで、アルベヌは堂々と私の名前を出して反論した。

 いや、アルベヌ。私の名前を出して疑問符出されたの聞いてた!? 察して!?


「うん? うんうん。そうだな。いや否定しなくてもいいぞアル。ヒトには恥ずかしいことの一つや二つや三つや四つ、あるものだ!

 お前が小妖精を可愛がりたいと言っても誰もそれを責めは」

「いや、話を聞け。確かにフォノカは種族としては小妖精だが、転生者だぞ? 友として迎え入れて囲って何が悪いと?」

 

 あ。

 

 アーヌストさんの言葉を遮り言い放ったアルベヌの言葉に、ぴしりと部屋の空気が固まる。

 アルベヌ以外の全員が硬直したところで、彼が眉根を訳が分からないと言いたげに寄せてアーヌストさんを見下ろして。

「何故に固まる? 戻ってくる前にどうせ我の身辺は調べているんだろう?」

 怪訝そうなアルベヌの声にアーヌストさんがギチギチと音を立てる勢いのゆっくりした動きでこちらを見る。

「キミ」

 声掛けられ、ビクッと思わず身を震わせてフレイさんの手に縋るように動いてしまう。

 そんな私を視界に入れてるだろうに、フラ、とゆっくりこちらに歩み寄ってくるアーヌストさんが。フレイさんの前まで歩んでは私をジィッ……と少しばかり蒼褪めたような顔で見下ろして。


「て、転生者なのか? 本当に……?

 もしや、今までのワタシたちの言葉も分かって……?」

「は? 今更なにを――……おい待て。父上まさか今回は本当に調べていないのか!? 

 視察の時などにはいらん事まで必ず下調べしていたあの父上が!?」

 

 わなわなとアーヌストさんが私に向かって声をあげたところで、アルベヌもやっと違和感に気付いたのか声を張る。

 その言葉に、イレインさんがアルベヌの横に移動して頭を俯かせた。

 

「……すみません、陛下……噂を聞いて帰ってきたから驚きを提供するために手伝ってくれ、と言われただけで……現状を説明出来てなくてですね……

 あと、ボクもフォノ様のことは知っているとばかり……」

 

 イレインさんの言葉が静かな部屋に響き。その内容にアルベヌが大仰な仕草で顔を片手で覆ったのが見えた後に俯いたのか、アーヌストさんの後ろに彼がいるせいで私の視界からは消える。

 はあぁ……と凄く大きな嘆息を吐き出しているのが聞こえた。


「……我が相当な間抜けではないか……」


「いや、ボクも途中から気づいたので……」

 イレインさんが横で宥めているらしい様子を聞いてから、私はどうしたものかとアーヌストさんを見上げて。

 こちらの一挙一動を見逃すまいとガン見してくる姿を見て身を震わせつつ。もうアルベヌがうっかりバラしているし、と。

 諦めてフレイさんの手の上で立ち上がり、困ったように笑みを向けた。

「え、と……ちゃんと会話も分かります……

 今更ですが、お初にお目に掛かります。先王様……

 転生者の、ホノカ・コウサキです……」

 漫画や西洋中世映画などでよく見る、スカートを摘んで軽く持ち上げるあの女性特有? のお辞儀を真似てやった姿見せた後に、恐る恐る視線を上げて見上げる。

 私をジッと見下ろしていたアーヌストさんは、グラリとその身体を後ろによろめかせて。それに目を見開いた私の耳には痛いくらいの轟音を立てて倒れてしまっていた。

 多分、周りの人たちには、どたーん! とかそんな音なんだろうけども。私の耳には大きすぎて形容しにくい轟音を響かせて、さらに周りの人達の驚きの声も降り注いでギンと耳が痛み。私は思わず耳をかばうように両手で覆う。

 そんな中でアルベヌのベッドにイレインさんとエラさんがアーヌストさんを寝かせる傍ら。耳を両手で塞いだままに、また手の上で座り込んだ私に気づいたフレイさんと。アルベヌが私の介抱に入ったのだった。

 

 介抱って言ってもアルベヌの手に移されて、アルベヌが後頭部から背中にかけてを宥めるように撫でてきてるだけなんだけどね。

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