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第101話 「困ったものだ」

 謎に着せ替えられた日の翌日。昼を回って少ししたころに、ゲイルさんがやってきて。ジャスティアさんの人選が終わったので、行程にそった陣形の構成を練り始めたとの報告をアルベヌと私に投げてくれていた。

 必要最低限のことを伝えて恭しく頭を下げて出て行く姿を見送り、アルベヌは机の上のクッションにいる私を見下ろす。

「準備は着々と進んでいるようだが……禁足地であるあの聖域に入ろうとしているなど、昔の我なら考えもつかない行動だな……改めて考えてしまう」

「……私だって、禁足地とかそういうところに前世でも行ったことなんてないよ。おまけに案内できるかわかんないし。案内できたとして、本当に神殿とかにアルベヌたちが入れるのかすら……」

 何となくの雑談だろうが、話題が話題だけに真剣に応えてしまう。無意識に頭を俯かせれば、大きな指がすぐに下に差し込まれたと同時に顎を持ち上げられる。

「言ったはずだ。それを確認に向かうのだ、と。お前がそのように考えることではない」

 言葉を紡いだ彼の顔と私の顎下にある彼の指を交互に瞳を動かして見た後で、彼を見上げ直してはただ首を縦に振って見せる。

 でも、いくらアルベヌが考えなくていいって言ってくれても考えてしまう。帝国が天への鍵だなんだと私を呼称しているのは事実だし、それを周りの家臣には報告してるのも事実。

 私もできるかどうかなんてわからないけど、それでも。できませんでしたとなった時、どうしたらいいんだろう。

 自然と視線が下がる。そんな私の様子を見下ろしている彼の指は顎から離れることはなかったが、フッと影が掛かってきた。顔も軽く持ち上げたところで、反対の手の指が頭に乗ってくる。

「アルベヌ?」

 名を呼べば頭に乗せられた指先が滑り、数度撫でる動きをしてから顎の指も頭の指も離された。

 彼は戻した腕の片方で頬杖をつき、私を見下ろしたままで瞳を細め、口角をゆるく持ち上げる。

「考えるな、と言っているのだがな……言っておくぞ。たとえお前が禁足地に入れなかったとしても、我らだけが入れなかったとしても。我は気にすることはない。

 ……家臣たちが気にする素振りを見せたらその時は……お前のことだ。察せはするだろう?」

 後半の言葉には少しばかり込められた暗い感情を感じる。そうだね、何となく言いたいことはわかるよ。

 だからこそ、私は肩を竦めて困ったように彼を見上げるしかできなかった。

「……あまり、手荒くはしないであげてね……」

「そやつら次第だな。まぁ、頭には入れておこう」

 アルベヌの言葉とは裏腹に絶対考慮しないと分かりきっている声色。それに初対面時、私を怪我させたイレインさんにどんなお仕置きをしたかはわかんないけど。きっと似たようなことになりそうな気がするなぁ……と考えてしまって。

 はぁ、と思わず頭を下げながら疲れたような吐息を零してしまう。その様子を見ただろう彼が喉を鳴らして笑いを零したような声が上から聞こえた。本当に、こういう会話時の何が楽しいんだろう。

 私が頭をあげると同時に、影を帯びる肌色が見えて。それが指先とわかった途端に、むにりと両頬を挟まれた。最近これ好きだよね貴方。

「まったく、お前は人好しが過ぎるぞ? お前を気に食わないという者にまで気を遣うなど、疲れたりは無いのか?」

「いや、だから私ココじゃそう扱われても仕方ない種族でしょ? 知らない人からしたら私の種族はただの食用虫――っ!?」

 食用虫、という単語を出した途端に指先の力が増した。頬を押されて唇を突き出させるあの顔にされて、私は彼の指に両手を当てて剥がそうと動かすも、体格差ゆえの力はいかんともしがたい。引っ張っても剥せる様子はなかった。

「――っ!?」

 

「確かにそう教えたのは我らだがな。お前は我のような王のように敬われ、尊ばれて然るべきの転生者という側面も持つのだぞ?

 出会ってすぐはともかくとして、お前という存在をしっかりと認識した後からは。お前を虫だと思ったことなど我は一度もない」

 

 いつになく真剣な声だった。

 表情も先程のように口角も上がっていない。瞳も細められず、真面目な感じで三白眼の金の獣の瞳がジッと、間抜けな顔をしてるだろう私を見下ろしてきている。

 怒ってる。ただ事実を言っただけなのに。間違ったことは言ってないはずなのに。

 確かに友達が虫ケラとか言われたら私も怒る気はするけど、自分で言うのにまで怒るかな。

 …………いや、私でもそれは怒る気がする。というより、悲しい気がする。言われる方で考えたらそんな風に思わないでって絶対言いそう。

 ぐるぐると思考の海に沈んで答えが出だところで、グリ、と挟まれている頬が、顔が指先でこねられる。

「んっ!?」

「仕置きだ。

 ……はぁ、事ある毎に自身を虫と卑下するその癖をどうすれば治せるものか。我が友にも困ったものだ」

 少し走った痛みに身を震わせ出にくい声を上げれば、大きなご尊顔がズイッと顔を寄せて。嘆息を私に吹き付けるように零してぼやく。

 ペチペチと私が彼の指を叩けば、頬にあった指は離された。

 先程こねられた感覚が残って少し痛い頬をさすりつつ、私はアルベヌを少し恨みがましく見上げる。

「前から思ってたけど、友達にお仕置きする人なんて聞いたことも無いんだけど」

「奇遇だな。我もだ」

 

「いやしてる本人!!」

 

 思わず声を荒らげてしまうも、そばの大きな顔は表情を変えずにジィ、と私を見つめてくるだけで。

 やがてその私からしたら大きな金の三白眼を細め、顔を離して頬杖を再びついていた。

「お前が自身を虫だと自分で言い続けていたり危なっかしいことをしたりする故、だ。今後は控えることだな」

「私の種族がその辺の石とか虫とか、そういうのと同じ扱いって教えたのは自分たちだ。なんてさっき言ってたクセに」

「そうだな。だが我はお前自身をそういうものだと言った覚えは無いぞ」

 ……言われてみれば。

 虫と私を声高に呼んでたのはゲイルさんとか家臣の人たちだし。アルベヌが一度ゲイルさんに向かって言った、虫と呼ぶのも間違いじゃない、って言葉は種族としての話であって私個人に対するものではなかったはず。きっと。多分。

 だから彼は、私を背中の羽……翼の形状から小鳥と呼ぶようにゲイルさんに言い含めていたし。人の目や耳がある時は彼自身もそうしていた。

 

 つまり、彼との間だけで考えれば。

 私をそういうものと罵っているのは、私自身だけ。

 

 それを今更ながら理解して、顔を俯かせる。

「……気をつける」

「ようやくわかったか?」

 言葉を絞り出し、それに呆れたような声色が返される。自分の視界の端に、バサリと黒い毛髪が落ちるように揺れた。

 顔をまた寄せられたと理解するも、そちらを見上げることがなんとなく出来なくて。

「……うん」

 呆れた言葉に首を縦に振って返事を返せば、彼の嘆息がまた私を撫でた。

「ならば良い。さて、反省しているだろうところで悪いが……へこんでいる暇など無さそうだぞ」

「へ? どうい――」

 

「帰って来たぞ我が息子ー!」

 

 うこと? と繋がるはずだった私の言葉は、唐突にイレインさんと部屋に現れた壮年に見える男性の声によって喉から出てくることはなかった。

 それと同時に指がバチンと勢いよく弾かれる音がしたと思えば、私の視界にアルベヌもイレインさん達もおらず。え、と思った瞬間にボスリと柔らかいものに落ちた。慌てて周りを見回せば、華美ではないが上品とわかるデザインの刺繍が縫われている広大な柔らかい布の大地。天井は見覚えのない木目だが、視線を動かせば垂れたカーテンのようなものが見える。後ろを見れば、大きすぎて一瞬分からなかったがクッションみたいなものがある。

 でも、初めて見る感じはしない。この既視感はなんだろうと考えていた矢先に、今まで感じたことのない重く激しい足音に思わず耳を塞いだところで。

 

「あ、ぁ! ペット様、こんなところに!」

「良かったです……!!」

 

 今日の部屋担当になっていたエラさんとフレイさんの声がひと際激しい音と振動を伴って響いた。そちらを見れば、二人ともが心配したと言わんばかりの顔をこちらに向けながらしゃがむ動作をして目線を合わせてくるのが布の大地の境界線に見える。

 その方向にある、フレイさん達を挟んで向こうにあるもの。私の寝室が用意されているドールハウスを見て、ようやっと私はここがアルベヌのベッドの上なのだと理解した。

 彼のベッドは天蓋がついているタイプのものなのは見ているから知ってはいたが、自分がその上に来るとスケールが違い過ぎて理解があまりできなかったらしい。

 

 でも、私なんで急に転移させられたの?

 

 私が二人を呆然と見ている最中、ドォン! とすごい音が執務室側から聞こえてくる。

そちらにメイドさんたちも私も思わず顔を向けてしまうが、私の視界は常に執務室側の天蓋のカーテンを垂らしているアルベヌのベッドの仕様のせいで良く見えなかった。シーツと掛布は白というかアイボリーっぽく見える色合いなのにカーテンはどうして黒なのか……もしかして遮光? 遮光したいの?

 私が現実逃避気味にそんなことを考えている中でも、爆音のようなものは断続的に聞こえている。外から誰も入って来ないのは防音魔法を使っているせいだろう。でも本当に何してるの?

 メイドさんたちを見れば二人は顔を青ざめさせてから私を見て、見ない方がいいと言わんばかりに首を左右に振って見せてきた。

 え、余計気になるんだけど……と私がどうしようと悩み始めたところで。

 

「あぁ、この子か! こんにちは、小さなお嬢さん」

 

 割と近くで聞こえた一度だけ、つい先ほど聞いたばかりの声。

 それに身をカチンと固めてしまって、ぎこちなく声がした後方をギギッと擬音が付きそうな感じの動きで見上げる。

 アルベヌのベッドにいる私の背後に、音もなく振動もなく現れた様子のその壮年の男性は、人好きのしそうな柔和な笑みで私を見下ろしているんだと思うが。

 天蓋のベッドの上ということで影が掛かっているため、すごく不気味な笑顔に見えてしまってしょうがない。やばい。イレインさんとの初対面時以上に怖いと感じてしまう。

 私のそんな表情を見ているだろうにその男性は私を見下ろしたまま、表情を崩すこともなく小首を傾げるように頭を傾けるだけだった。

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