第100話 「不思議だったんだけど」
少女マンガのような可愛らしいものを見れた気がして、思わず両手で口を覆うも。可愛いものを見るように顔を緩めてエラさんを見てしまう。
チェルルさんの方も見上げれば、彼女もエラさんを見てニコニコと笑んでいた。ホワホワと花まで飛んでるような気がする。
そんな私たちに気づいたか、エラさんの両手が私の上から伸びてチェルルさんの両頬を摘んでひっぱりだした。
「ふぇぇ、なんれふかぁ」
「その緩んだ顔やめろ……! フォノ様もですからね……!」
「……っうん、ごめん……っ!」
ボソボソと声を上げてくるエラさんが可愛く見えてしまって、笑いを堪えながら謝罪する。
少ししてからチェルルさんの頬から手を離したエラさんが気を取り直してまた私にチェルルさんと共にアクセサリーを一つ一つ見せてきて。全て見終えれば、ドールハウスの置かれているチェストの引き出しをチェルルさんが移動して触り出す。中にある小箱を一つ、ひっぱり出してきてはその中にエラさんと二人で丁寧にしまい込み始めた。
その装飾に見覚えがあって、私は首を傾ける。
近くに持ってこられたそれを見ている内に、エラさん達からドールハウスを貰う前まで。アルベヌが魔法で作ったと言っていた私の服を入れていた箱だと思い出した。
シンプルなワンピースが多かったが、そういえばクローゼットに入っていない気がする。
「……ねぇ、その中に入ってた服、どうなったの?」
私が二人に問いかければ、エラさんが何のことかと首を傾げて見せてきたと同時にチェルルさんがあぁ、と声を上げた。
「陛下が解かれたんだと思いますぅ。元々あるものを使って組み上げたならともかく、アレは全部陛下の魔力で作られたものですからぁ……!」
「元がないものは保存がきかないの?」
「魔力を維持していれば保管は可能ですよぉ? ですが、常に魔力を使うことになるので……普段ならあまり長く維持することはありませんねぇ。
でも、陛下の魔力量は国内随一と言われていますからぁ……フォノ様のお衣装を維持するのは、簡単なことだったのではないかとぉ。それに今はもう、私どもがフォノ様のお衣装を用意させていただいてますのでぇ」
チェルルさんの説明に納得する。セシリスさんを座らせるために出した椅子に対して、アルベヌが後でほどく、と言っていた意味がようやっとわかった。確かにあの椅子気づいたら無くなってた。
そうか。じゃぁあのクローゼットのお洋服をはじめに見た時に、きっとアルベヌは私が当時に着ていた服以外の維持をやめたに違いない。気づかない内になくなっていても不思議ではなかったのか。
疑問が一つ消えたところで、足音と振動が響いてきた。振り返ると同時に影が私を覆って、視界に映るアルベヌの姿に瞳を瞬かせる。
「終わったの?」
「あぁ、今日は終いだ……まったく、あと一文字だというのに……」
嘆息を零しつつ、高い位置にある手を差し出してくるように動かすその動きに、私は苦笑をこぼしながらミニテーブルから翼を動かして飛び上がってはその手の上にゆっくりと降りて座り込んだ。
大きな手が私に添えられてゆっくりと眼前に近くに持っていかれると、苦笑を浮かべたまま近くなった鼻の頭を撫でる。少し眉根が寄せられたが、すぐにそれは元に戻された。細められた金の獣のような目に何を考えてるのか、と答えの出ない思考をしたところで。
「人間の目線で気長に教えますんで」
「人間の気長は我には短すぎる。ふむ、吸血種に噛まれるか? 牙から体内へ血を注がれれば眷属になれる。長命にはなれるぞ?」
「勘弁してください。口が過ぎました」
セシリスさんが悪戯っぽく投げてきた言葉にアルベヌが私を胸元の高さに行くようにおろしつつ、そちらを振り返り淡々と言葉を返す。見上げた表情は変わっていないから本気のように取られるだろうが、これはからかいの類だとここにいる面々はもうわかっているので。セシリスさんは肩を竦めて軽い調子で謝罪の言葉のようなものを投げる。
私はそれにクスリと思わず笑ってしまったところで、アルベヌがまた私の背の四枚羽根を触ってきた。またも指先が差し込まれるその感覚が背を粟立たせ、唐突なそれにビクンと震えてしまう。
「ちょ、アルベヌ……!」
「なんだ、朝から執務に練習にと頑張っていたのだぞ? 癒してくれてもいいのではないか? なぁ? 我が友よ」
「触り方がなんか嫌……!」
いやほんと触る頻度あれからまた増えたね!? 私がそう考えながら身もだえていると、ふいに視線が刺さる感覚を覚えて。そちらを見れば、セシリスさんが不思議そうに私を見つめていた。
「……セシリスさん?」
「……いや、ホノカさん。背中の付け羽根まで動かせるんだ?」
「え? 付け羽根?」
「え? だって四枚になってるし……それこないだ陛下が飾りでつけただけのやつだろ? まだつけてたのかって不思議だったんだけど」
セシリスさんの言葉に何のことかとポカンと考えて、背中の羽根を見て。アルベヌの手指の動きも止まっていて、その手を伝って彼の顔を見上げれば、彼もジッとセシリスさんを見つめていた。
やがて、その口がゆっくりと動かされる。
「あぁ、そうか。お前たちにはあの場で言ってはいなかったから知らないのも無理はない……
フォノカの翼は四枚に増えたのだ。上位種として進化をしたらしいからな」
「え……はぁ!? 上位種……!?」
アルベヌが私の羽根から手を離し、指先で後頭部から背中にかけてを撫でおろす動きを始める。
それをされながら、私はジッと見つめてきているセシリスさんの何かを読んでいる瞳の動きと、それと同時に驚愕に染まる顔を見つめるだけ。
「うわぁ……ホノカさん……称号ぶっ壊れててある種チートじゃん……」
「言わないでぇ……」
少しして、鑑定スキルで得た情報を上から下まで全部読み終えたセシリスさんが頭を抱えてから、私を生温い目で見つめてきて呟いてきた言葉に。私はアルベヌの手の上で顔を両手で覆って声を上げる。
同じ転生者組に言われると心に来るものがこう、なんかある。
「ぶっ壊れという言葉の真意はよく分からんが、強いということか? であれば、弱いよりはよかろう。別に良いではないか」
「確かにそれはそうだけど……」
手の上で打ちひしがれるようになっている私を見下ろしたアルベヌが背をつついてきながら言ってくる言葉に渋々同意を返すものの、あまり素直に喜べはしない。
そんな私を視界に収めているだろうアルベヌはそのまま、私の背中を指先で撫でさすり始めた。
「それにお前は不完全な転生で最弱小種にされている上、転生もかなり理不尽なところからの開始だ。それくらい貰って当然と思っていればよいだろう」
アルベヌの言葉に丸めていた背を上げて彼を見上げれば、彼はいつもの淡々とした顔でこちらを見下ろしているのみで。
貰って当然……その視点はなかった……と彼を何とも言えない顔で見上げていたが、彼は私の背を撫でたままで吐息を一つ零す。それが私の頭を軽く撫でて過ぎた。
「さて、さて。我はしばしの休息に入るのでな。小鳥を愛でることにする。お前たち、各々すべきことをしていろ」
私が彼の息を感じて頭を押さえたと同時に彼が呟いた言葉。
それにメイドさんたちもセシリスさんも姿勢を正して奇麗な一礼を見せてから、セシリスさんは厨房の仕事のために退室して。チェルルさんはミニテーブルの上の片づけに入る。
エラさんは少ししてからお茶の用意を、と言うことで部屋から出て行った。時間差で出て行くのが却ってそれっぽい。
そしてアルベヌは、私を手に抱いたまま執務机に座して、私を机の上のクッションに滑り落しては空いた手の一つで頬杖をついて見下ろしてくる。
「気に入ったものはあったか?」
「……ぜんぶ、きれいだったよ」
「本当に宝飾類に興味がないのだなお前は」
女なのに珍しい、と言いたげな言い回しに。前も言ったじゃない、と口を開こうとしたところで、バチン、と近くで指が鳴らされる。
同時に、頭に僅かに重み。触ってみれば、フリルが付いたヘッドドレスのようなものが載せられているようだった。頭を動かすと、顔の横にあるリボンも揺れる。
「ぇ、ちょ。アルベヌ? アルベヌさん!?」
「我はお前の反応を見て癒されているだけだぞ。大人しくしていろ」
いやそう言われましても!?
私が思わずびっくりして目を丸くする。そんな顔を上げて彼を見上げたところでまた指が鳴らされ、頭の重みが消えれば次は肩にストールのようなものが落とされる。キラキラとラメっぽいものが縫い込まれているようなそれはかわいく見えた。
「ふむ。こういうのも良いか……次」
呆然とストールっぽいそれを眺めていればまた指が鳴らされ、ストールが消えて今度はコートのようなものが着せられた。次、次、と彼の指が鳴る度に帽子やアウターなどの着せ替えが行われていく。いやほんと、どうしたの。あなたキャラ変わりすぎじゃない?
この私を着せ替えている時間は、エラさんが戻ってお茶の時間になるまでひたすらに続き。お茶を飲むアルベヌの傍ら、なんだか疲れたとぐったりしてクッションに横たわる姿を私は晒していたのだった。