第99話 「休憩して……?」
禁足地で、聖域とも呼ばれている精霊王の森と神殿に向かうことが決まった日から、数日が経った。けれど、いつに出発できるのかはまだ決まっていない。
なんでもジャスティアさんの方の人選が難しく、あと人数の構成に悩んでいるとか。ゲイルさんの方もそれでまだ進まないところがある……とのことらしい。
まぁ、それが普通だよね。勢いでホイホイ動けるような内容のことじゃないから。
私は今、ミニテーブルの上でチェルルさんとエラさんからまた作ってきました、と笑顔で差し出されたアクセサリー類を眺めているところだった。
いやほんと細工が細かい……でも、付けていくところなんてないと思うんだけど……
「んー、やっぱ……厳しいな……唇とか舌とかの動かし方の問題だろうけど……」
「お前たちの前世の国の者たちは相当器用な口を持っていたのだろうな」
「陛下、皮肉言わんでくださいよ……俺とホノカさんにとっては前の母国語の発音でしかないから、あまり難しいイメージがないんですよねぇ」
ぼやく声が聞こえて、私が思わずそちらを見る。
私がメイドさんたちにアクセサリーを見せてもらっている傍ら。執務室サイドの執務机にはアルベヌと、セシリスさんがいる。
たまに行われる、私の名前の発音の練習。
アルベヌには申し訳ないけど、もう愛称みたいな呼び方で呼ばれるのも慣れてしまってるから、無理はしなくていいと思っている私がいる。
それを面と向かって言ったらきっと、我にできないとでも? とかって獲物を狙うような目で見つめられながら言い返されそうだけど。
確かに名前まで失くさせないで、と初めのころに私が言ったのは覚えてる。頑張ってくれてるのはわかるけど。でもこの忙しい時までしなくてもいいのに……
「フォノ様?」
「疲れましたか?」
私がずっとそちらを見ていたら、近くから伺うように声を掛けられる。ハッとして意識をそちらに向ければ、チェルルさんとエラさんの二人がこちらを心配そうに見下ろしていた。いきなりそっぽ向いてごめん……
「ご、ごめん。大丈夫……そ、それにしてもすごい数だね……?」
「はい、頑張ったんですよぉ! コレとか力作です!」
慌てて謝罪の言葉を告げた私にチェルルさんがニコニコと笑みを浮かべ、真珠のような白い宝石が散らされたリボン飾りを頭に添えてくる。
垂れてる端の方に装飾されている宝石が私の手のひらサイズのものだから、みんなからしたら相当細かいビーズみたいなもんだろうに。よく作れるな。魔法を便利に使ってるってことかなぁ……小手先技が過ぎる……
内心で舌を巻く私のそんな考えに気づかれることはなく、私がチェルルさんが添えてくるリボンに触れて自発的に持って全体を眺め。それを膝に置いてから、そばにあった茶色の羽毛を飾って簪のようにあしらったんだろう物を取る。私の髪は簪を使うほどには結えないから、ドレスとかに差し込んだりするブローチみたいなものだろうか。
「控えにいる間、班長筆頭にどんなものがフォノ様に似合うか談議してますから……」
「いや控えにいるときは休憩して……?」
「考えるのも楽しいので問題ないのですぅ!」
私がアクセサリー類を眺めているのを嬉しそうに見下ろしながら呟いたエラさんの言葉に思わず声を返してしまえば、チェルルさんも楽しそうに会話に入ってくる。
リボンや簪に、多分大きさ的にネックレスみたいなやつ。それにベルトのようなものから帽子まで、よくここまで作れたという数が並んでいる。いつ作ってるんだ。
「私の家が懇意にしてる人形作家に依頼して作らせてるものも多数ありますので、一部の品質は保証できます。安心してご利用ください」
「え? 全部手作りじゃないの……!?」
「リボンとかベルトとかならできますが、このようなネックレスなどはさすがに……ご期待に添えれず」
「いや責めてるんじゃないからね!?」
エラさんの言葉に彼女の顔を見上げてあわあわと私が焦ったように返答をした後、ずらっと並べられているアクセサリー類を改めて見つめる。
どおりで細工が細かいものも多いわけだ。というかエラさん。お家で懇意にしてる人形作家ってなに!? 貴族なのはアルベヌから聞いてはいたけど、貴族様ってお人形とかも気に入った特定の人からしか購入しないの!?
「私サイズが作れるって、器用な人いるんだね……」
「はい、実は父が人形やその大きさの家財を模した玩具が好きでして……気に入った製作者の工房などに良く見に行ったりするんですよ。季節ごとの家具をそこで買って自分で入れ替えたりしていますので……フォノ様のお部屋も、そこに依頼して作ってもらったものなんです」
あ、なるほど。この世界にもミニチュアが好きな人はやっぱいるのか。へぇ、エラさんのお父さんそういう人なんだ。勝気だけど面倒見がいいエラさんだから、お父さんもきっと良い人に違いない。
そうなんだー、と納得して私がアクセサリーにまた意識を戻したところで。
「グッ、ゲホッ!!」
「陛下!?」
唐突に響いた咳き込む声とそれに驚いたらしいセシリスさんの声に驚いた私とメイドさん二人もそちらを見れば、ちょうど口に入れたお茶を吹き出したのか。咳き込んで口元を拭っているアルベヌの姿と、自分のハンカチも差し出すように動いているセシリスさんの姿が見える。
それからしばらくして落ち着いたらしいアルベヌがこちらを見て、エラさんを信じられないものを見るようにガン見していた。さっきの会話が聞こえていたらしい。
「エラ……っんん! 聞き違いでなければ、ゲレネイアが人形の好事家と言うことで違いはないのか……? あの堅物そうに見える男が……!?」
「いやそれ陛下が言います?」
「セシリス? どういう意味だ?」
「いやだってこの前のホノカさん」
「ホノカは小妖精だ人形ではない。よって我は人形の好事家というわけではない。わかったら黙っていろ」
「ぁ、はい」
アルベヌ……セシリスさんにツッコまれてもしょうがないような……私の大きさが大きさだけに……あとこの前の着飾らせとかさぁ……
セシリスさんと視線が絡んで、各々肩を竦めて見せる。こちらは小さいが、視界にはしっかり収まったらしい。困ったような微苦笑が返された。
そこで、横でハッとしたような息遣いが発されたと思ったら、エラさんがゆっくりと立ち上がってアルベヌに頭を下げる。
「そ、相違ありません。私の父、マールド・ゲレネイアは人形……というより……人形用の家財が好きな、好事家です」
「……人は見た目によらんものだな……あの男がなぁ……まぁ、おかげでフォノが鳥籠から部屋を移せているわけか……」
アルベヌの信じられないものを知ったといった様子の顔色に、どんだけ意外な人がかわいい趣味を持っていたのかと気になってしまう。謁見の間とかにいたことがある人だろうか。
「聞こえた故に反応してしまった。すまなかったな……仕事に戻れ」
「は、はい」
アルベヌが軽く上げる声にエラさんが返事をして、またさっきのように私の傍に座す。
それから気を取り直したように向こうで聞こえる発音練習を聞いて眺めたあと、私はエラさんを改めて見上げた。
「……そんなに、意外性があるの?」
「父は……顔が少し厳しいので……キビキビとしてもいますから」
「なるほど……もし謁見の間に来るような人なら、私も見たことあるかな?」
人間も獣人も魔族も、アルベヌに連れられたことで何回か見たことある私がエラさんに問えば、彼女はそうですね、と思案して。
「見た目は少し初老、と言うんでしょうか。細身で背は高いのですが、若いころに事故で足を悪くしたということで杖をついています。鳥の頭の装飾が施された杖です」
鳥の頭の装飾の杖。なんか見た気が……ぁ、あの時か。勇者召喚を帝国が成し遂げたって報告が入って謁見の間にアルベヌが呼び出された日。
気乗りしない様子のアルベヌが私を撫でて気を紛らわせていた時に、アルベヌの態度が目に余ったのか声を上げてきた初老の男性。あの人、エラさんのお父さんだったのか。でも年齢が少しいってるような? エラさんの見た目まだ十代っぽいんだよね。
「勘違いじゃなければ、見たことある気がする……! 杖ついてたあの厳格そうな人、エラさんのお父様だったの? なんか意外……!」
もう少し優しそうな人をイメージしていた。だってエラさんが貴族の令嬢なら、セシリスさん平民なのに幼馴染になってるって。相当自由にさせてくれる親なんだろう、みたいに感じていたから。
私が素直に上げた声にエラさんは眉を八の字にして困ったように笑ってみせてくる。
「アハハ、よく言われます……でも、優しい父なんですよ? 私は遅く生まれた第一子ですので、大切にされているのは分かりますし……
私がここにいるのも、私のわがままを受け入れてくれてる結果ですから」
私とチェルルさんにだけ聞こえるようにだろう。こそりとした声量でエラさんが言いながら、またアルベヌたちの方をこっそりと見つめる。
私の目には、彼女の目に映っているものがよく見えた。
そして、その目の中で。こちらをアルベヌの目を盗んでチラチラと見ている様子にも見えるセシリスさんの挙動も。
なるほど。なるほど……! 恋バナの気配がする……!