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第10話 「不安しかねー……」

「んー、小妖精って自由奔放で魔法で悪戯しまくるって話だったけど、お前大人しいんだな……? 希少なモンだと変わるのか?」

 いや単に私が魔力の使い方がわかってないからです。

 でもそうか、自由奔放か。じゃぁ、大きさや力加減など怖いところはあるが治療してくれたこのメイドさんたちに懐くような素振りをしてもいいのかもしれない。

 横向きになっていた身体を動かして、向かい合うように座りなおす。その動きに女性らしい丸い瞳がぱちぱちと瞬かれる。この人はエメラルドみたいに奇麗な緑色の目をしているなと思いながら思わずその瞳をじっと見ていると、横に影。

 そっちを見れば、魔王様よりは小さいが自分よりははるかに大きな手が横に来ていて水仕事をしているからだろう、少しかさついた指先が少し強めに頭に押し付けられる。

「っ!」

 ざり、と頬が荒れた指でなぞられて、皮膚が削られそうな感覚に指から逃れるように頭から顔を腕で覆って蹲った。

「ぁ、あぁごめんな! 実家で飼ってたマルネズミみたいだったからつい……!」

 マルネズミってなんだろう。いや確かに大きさ的には小動物みたいなもんだからそうされても仕方ないと最近は思えるようになってきた。別に前みたいにハイになってはない。本当ですとも。

 触れてきた指を離されたのを理解して顔を上げれば、どうしようと悩んでいるような顔が見える。やがて、あぁそうだと何かを思いついた顔をしてドタンと大きな音を立てて立ち上がった。椅子がずれた音だろうが、大きすぎて思わず耳をふさぐ。

 それに気づかずにメイドさんは少し離れた棚に近づいて引き戸を開け、布が被された丸い木皿のようなものを持ってきた。また椅子に座って、私の少し離れたところにそれが置かれる。

 ふわりと何かの淡い匂いが届いて、なんだろうと考えたと同時に布が取り払われる。香ってきたのは、焼き菓子ような甘い匂いだった。

「こういうの食べれるのかな……お詫びとして食べてくれ。アタシの幼馴染がデザート担当で厨房にいてさ、おすそ分けくれるんだよ。無骨な男のくせにアタシより料理上手なんだよな」

 独り言のように言いながら皿からつまみ出したものを渡そうとして、慌てて自分の身体を漁って一枚の布を出すと私の足の上にそーっと被せてくる。

 触ったところ、魔王様のより質感は悪いがハンカチーフのようだった。そしてその上に、私からしたら一抱えもある軽い塊が置かれる。砂糖だろう物が大量にまぶされたころりとしたそのフォルムは、前世でよく安価で購入できた鈴カステラというお菓子によく似ていた。

 いやでもおっきいな。

 そう考えてじっとそれを見ていた私の少し先で、トントンと机が叩かれる。

 音にそちらを見れば、同じものを持ったメイドさんがそれを口に含んで食べて見せてきた。

 食べれるもの、と教えているような様子に知ってる! けどありがとう!! と頭の中だけでなんとか自己完結させ、砂糖まみれのそれを持ってみる。べたりと手のひらに油が張り付く感覚がする。

 それを顔に寄せ、私から見たら大きな粒の砂糖と少し硬めの生地を何とか一緒に口を含んだ。

 

 あ。味も遜色なくあの味だ。懐かしい。

 

 そう思って大きすぎるそのお菓子をもう一口、もう一回、と思わず食べ続けてしまう。

「アンタにとっても美味いのか……! 気に入ってくれたみたいでよかったよ……それに身体も大丈夫そうでよかった」

 暫く夢中で食べ続けてしまっていた。ふいに聞こえた声にハッとしてチラと視線だけでメイドさんを見れば、安心したような笑みがその顔に浮かんでいる。

 勝気なあの顔がここまで優しそうな顔になるとは、と思いつつまたお菓子を食べていたが、半分にも満たない量でもういいやとなる。口が乾いた。水が欲しい。

「ぉ、もういいのか? いらないなら処分するから、取るぞー?」

 私がお菓子をただ手にもって持て余しているのを見たメイドさんの指先が自分の体の前に勢い良く伸ばされ始める。その勢いに思わずお菓子から手を離せばころりと机の上に転がってしまうも、そのお菓子を指先は気にすることなく摘み上げ、指の持ち主の口の中に放り込んだ。そんな時、パタパタと外から足音が聞こえる。

 私と和やかに過ごしていたメイドも気づいたのかそちらを見たと同時に扉が開いて入ってきたのは、ふえぇと声を上げるあの羊角のメイドだった。

「お、大急ぎで終わらせましたぁ……! エラさん、次、かわりまひゅっ」

「とりあえず息落ち着けな?? 水飲むならついでに低い皿に水入れて持ってきてー」

「え、なッけふっ、んん! なんでですっ?」

「さっきペット様に口が乾くお菓子あげちゃったから」

「ぁ、ペット様用! は、はいー!」

 バタバタと羊角さんが奥の部屋に入っていけば、暫くして水が跳ねる音がする。

「大丈夫かねぇ……あいつに変なことされそうになったら遠慮なく悲鳴上げていいからね? 身は守りなよ?」

 あわただしい音に目の前に座っていたメイドさんが忠告をしてくれるも、悲鳴は上げれないので。とりあえず机かテーブルかのこの上を走り回るくらいでとどめておこうと片隅に留めておく。

 とりあえず、何言ってるかわかりませんと言わんばかりに首を傾ければ、少し心配そうな表情を浮かべられた。

「チェルルー。私遅れた仕事行くから。ちゃんと見ててくれよ? このペット様大人しいから、そんなに手間かからないと思うけどさ……怪我とか増えてたらみんな困るからな??」

「はははい! きをつけますぅ!!」

「不安しかねー……」

 奥から戻ってきた同僚だろうメイドに声をかけてから、後ろ髪を引かれる様な様子で部屋から出て仕事に行った人間のメイドさんと入れ違いに、今度はそこに羊角のメイドさんが座った。

 白目が黒くなっている魔族特有の瞳。オレンジかかった黄色い目が私を見下ろして、目の前にごとりと平たいお皿を置いてくる。

 覗き込めば水が張られていた。本当に持ってきてくれていたらしい。

「ペット様、お水ですぅ……!」

 少し震える声で言ってくる姿に少しかわいそうになる。もともとこの子の角が引っ掛かったのが原因なので、責任を多大に感じているのかもしれない。

 いや半分は魔王様のせいでもあるけどね! 魔法かけてなかったから!!

 頭の中で叫びつつ水にちゃぷりと両手をつけ、そのまま掬い上げて口に運んだ。そういえば自分の手で水飲むのも久しぶりな気がする。液体系はなんでか魔王様食べさせたがるんだよね……喉の渇きを訴えれば自分が飲んでいる紅茶やらをティースプーンで飲ませてくるし。糖蜜だって匙差し出してくるし。

 いやほんと幼子というかペット扱いだわ。

 数度水を飲んでほう、と息をついたところで眼前のカチコチに固まって緊張している大きなメイドさんを見上げる。

 私が見上げたことでさらに身を震わせたそのメイドさんは本当に悲壮な顔をしている。逆にこちらがどう動けばよいやらと困ってしまう。どうしたものか。

「うぅ、ほんとにもう痛くなさそう……よかったんですけど、王様のペット様に怪我させてしまうなんて、ほんとに斬首ものですぅ……」

 だからなんでそこまで魔王様怖がってんだろうこの人。

 すごく弱弱しく頭を抱え始める姿に、私もはぁ、と嘆息した。さすがに他の子が戻ってくるまでこのままはさすがに忍びないし、何より私が見ていたくない。

 足の上のハンカチを手繰り寄せて横にまとめ、立ち上がってみる。

 普通に腕も足も動く。痛みもない。良かった。これなら魔王様に減刑というか、不慮の事故だからおとがめは無しでと進言することもできる。

 立ち上がっても頭を抱えてなんかごめんなさいと言い始めているメイドさんは気づいていない。

 目の前のお皿を迂回して、ゆっくりと。本当にゆっくりと近づいて私はテーブルに突かれている肘のあたりをポンポンと軽く叩いてみる。

「ひぇあ!?」

 思わぬ刺激に驚いたのか悲鳴と共に持ち上がった肘。その反動で突き飛ばされて私はしりもちをついた。まぁ、これはしょうがない。

 頭を振って上を眺めれば。顔面を蒼白にしたあの悲壮なお顔。ぁ、失敗したかもしれない。そう思った時には、私の左右にズドンと勢いよく両手が下ろされた。

「け、けが!? 怪我しちゃいましたか!? ごめんなさいごめんなさいぃ!!」

 衝撃と音に身体がやられる。顔も勢いよく近づけられたために声が大きすぎて耳痛い。離れて感じるありがたみがあるとはこのことか。と現実逃避をするも、それでは解決なんてしないと自分を奮起させて涙目のよくよく見たらかわいらしい大きなお顔を見て立ち上がる。立ち上がった自分を見てびくりと大きな顔が震えるが気にせずにその顔に近寄り、思わぬことに硬直する蒼白になったその肌に、ぺたりと触れてみる。

 この世界に着て魔王様以外の肌に初めて自分から触ったなぁと考えて、初めて尽くしだ今日。なんて考えながら、触れたところをやわやわと撫でてみる。

 化粧をしているんだろう、少し粉っぽいさらさらとした感覚を覚えつつもよしよしと慰めるように撫でてチラと傍の大きな目を見上げる。

 驚いたようなまん丸の瞳でこちらをじっと見ている。しかし次の瞬間には、ぶわっとその瞳が一瞬で潤んだ。

 

「ペット様やさしいですぅぅ! 本当に痛いことしてしまってごめんなさいぃ! ちゃんと戻して差し上げますからねぇ!!」

 

 大声が響いて体を跳ねさせたと同時に、がしりと勢いよく掴まれて頬を擦りつけられる。

 痛いことは現在進行形でされているのだが、本当にどうしたものか。やることやること裏目に出ている気がする。

 ぎゅうぎゅうと締め上げられながら顔に押し付けられ抱きしめられているこの現状。さてどうやって打開しよう。いやいっそもう痛みで意識飛ばした方が楽かもしれない。

 そう思っていた矢先、扉が開いた。

 誰か戻ってきたのかと思って私も、私を抱いていた羊角のメイドもそちらを見て。

「なんか賑やかな声がすると思って覗いてみたんだけど、チェルル……アンタ何持ってんの?」

「ヤダなんで泣いてんのー?」

 さっきの面々とは全く違うメイド。どうやら羊角のメイドの泣き声が聞こえて気になって入ってしまったようだった。

 どうやら知り合いのようだが、羊角のメイドはカチンと固まってそちらを見ている。

 

 そして私も、あ、やばいと冷や汗を流した。

 

「あぇ、ぁ、こ、この、子は」

「このこ? 何小動物でもアンタらのとこまで飼いだした……って……」

「え? そ、その虫、王様のとこの子じゃ……!? なんで!?」

 きょどるメイドの傍により見つめてくる四つの目。その目はすごく見覚えがあった。

 私が鳥籠の中で毎回布を被って逃げていたものと同じだったから。

 ゾクリと背筋が冷える。思わず自由だった手で押し付けられたままの頬にしがみつくように。縋るように動いてしまう。それを知覚したのか、触れている顔が少し震えた感覚がする。

「え、えと、ちょっと私、へましちゃって……! ケ、ケガさせちゃったから、治癒魔法使えるティレナさんに、治してもらってっ」

「へぇ……そーなんだぁ。私も治癒魔法使えるの知ってるよね? 見てあげようか?」

「私もずっとお世話して見たかったんだよー! チェルル、貸して?」

 ダメだ。最後はともかく最初に言いだした方の理由が真っ当すぎる。手渡されたら終わる。本能的にそう感じて焦るも、私は今身動きが取れない。

 手渡されてしまうんだろうか。もしそうなったら、噛みついてでも手から逃げてしまえば、なんて。そう考えている間にもその二人から私を握るメイドに手が差し出されるように伸ばされる。

 しかしガタンと勢いのいい音がして、視界が勢い良く動く。先ほどの位置よりもぐんと高くなった視界の位置と、背中に当たるふわふわとした感触に私は目を白黒させるしかなかった。

「セフィルさん、メリさん、ご、ごめんなさい……! ペット様、あ、あぁ、あなたたちが嫌みたいなので、おわ、お渡しできません……!」

 上から聞こえる震える声に上を向けば、蒼白になりながらも自分より背の低い相手に拒絶の言葉を吐いたメイドの顔が見える。

 ぎゅっ、と手で圧をかけられるがそんなに苦しくはない。おそらく胸に抱き寄せられてるんだろう。人の胸ってこんな柔かったっけと逃避に走ろうとしてしまったところで。 

「「は?」」

 どこからそんな声出るのかと言いたくなるようなドスの利いた声が二つ、下の方から響いてそちらを思わず見てしまう。すごく不機嫌そうな顔がそこに並んでいた。 

「ひっ!」

 私を抱いている羊角のメイドが怖がるのも無理はない。それほどまでに怖い顔をしている。

「小妖精が嫌がってるなんてなんでわかるの? あなたの勘違いよ」

「私たちもお世話したいって言ってるだけじゃない……ねぇ、いいでしょ?」

 言葉は柔らかいが、有無を言わさないようにするような圧がかけられている雰囲気。

 それに羊角の子は身体を震わせておびえているような様子だったが、ふいに私と視線がかち合う。

 ほんの一瞬。怯えていた瞳が、少し怒ったようなものになった。

「っ、め、です」

 ギュッとさらに力が込められて、体が胸に沈む。

「だめ、です! お二人には渡しません! 渡しませんから!!」

 そう大声で宣言し、走り出した。私を胸に押し付けたままで。

 どうやら怒ったように見えたあの瞳は、決意の瞳だったらしい。後ろから追いかけてくるような音も聞こえている。鬼ごっこが始まっていた。

 私を渡さずに逃げてくれるのはありがたい。ありがたいが。揺れが相当ひどい。すごい勢いで流れる風景に弾むような断続的な上下の大きな揺れと振動。

 私がこれで吐いたりしてしまえば、驚いて足を止めてしまうだろう。そうなったらおしまいだ。そう考えて、私はグッと唇を噛んで目を閉じる。

 この耐久レース、早くどうにか終わりますように! と願いながら私を守ってくれるらしい羊角のメイドさんに身を任せることにしたのだった。

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