第三話 浪人と妖刀と傘
江戸八百八町。なべてこの世は事もなし。
この平和な町で、今日も浪人は傘を張る。
「しかし、お前はどれだけ傘張りが好きなのだ。武士ならもっと稽古をせんか」
妖刀は今日も浪人に対し、説教をする。
「稽古はしてるよ。傘張りはしょうがねぇだろう。メシを食わなきゃ死んじまう」
「しかし毎日毎日、こんなたくさんの傘を張ったら江戸中傘だらけになるぞ」
「いや、これぁ殆ど全て修理を頼まれた品なんだよ。傘は高ぇからな、壊れたからといってほいほい新しいものを買えやしないんだ」
「どれだけ江戸の人間どもは傘を壊すのだ」
今日も妖刀と何気ない会話をしながら傘を張る。浪人もそろそろこの生活に慣れてきたようだが、妖刀にはどうも物足りないようだ。刺激がほしい。
「よし、一度傘に乗り移ってみるかな」
妖刀が妙なことを言いだした。
「へ?おめぇ、得物を取り替えることが出来んのか」
「まあな。お前の家系に取り憑いているから完全に縁を切ることは無理だが、お前の修理した傘に移ってこの町を移動することくらいなら訳はない」
「つまり妖傘ってことになって、使うヤツが一切濡れなくなったり、なんてーか凄い傘になるかもしれねぇってことか」
「ふふふ、俺のチカラを使えば造作もない」
浪人もちょっと面白そうだと考えた。
「じゃあ、今張ってる傘がそろそろ終わるから、それでやってみようぜ」
傘を綺麗に張り直して、妖刀を傘に憑依させ、依頼主に返してみた。
浪人は、ちょっとワクワクしている自分自身が情けないと思いつつも、好奇心は抑えきれそうにない。それから雨の日を挟んだ数日後、依頼主が浪人の元へやってきた。
「雨だから傘を使ったら、寒い、濡れる、やめろ、と文句ばっかり言いやがる。挙句の果てに勝手に閉じようとしてきやがった。こんな傘使えるか。金返せ」
武器以外ではポンコツだった。