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海の日

作者: 畝澄ヒナ

「今年も来たね」

私は海を眺めながら独り言を呟いた。

(なぎさ)、テントはるの手伝って」

私の名前を呼んだのは瑠璃(るり)だった。私は言われた通りテントの支柱を砂浜に刺した。

「あれ、南海(みなみ)は?」

「近くのコンビニにジュースとお菓子買いに行ってるよ」

南海は行動が早い、私の知らない間に何でもこなしてしまう。

私と瑠璃がテントをはり終えた頃に、南海はジュースとお菓子が大量に入った袋を持って帰ってきた。

「お待たせ! ちょっと重くて大変だったよー」

南海はテントの中に荷物を入れると汗を拭う仕草をした。

「テントで休憩しようか」

学校で生徒会長をしている瑠璃は私たちのまとめ役で、いつだって頼りになる。

私たちはテントに入って海を眺めていた。

「もう一年経つんだね」

私が呟くと二人はこくんと頷く。

夕香(ゆうか)、私たちのこと見てくれてるかな」

夕香は私たちと海の日に海に遊びに来ていた友達だ。でも、一年前に事件は起きた。

一年前、海で溺れている子供を見つけた夕香はすぐに海に飛び込んだ。大人たちも駆けつけ、必死の救助活動が行われた。子供に浮き輪が行き渡り、夕香も海岸に戻ろうとしたその時、夕香はその場で止まり手をばたばたとさせて海に沈んでいった。夕香が波打ち際に戻って来た時、意識はなく手足は冷たかった。

「きっと見てくれてるよ。私たちが毎年来れば、夕香も私たちも、お互いのことを忘れることはないよ」

瑠璃は南海の質問に丁寧に答え、私たちはまた誰もいない海を眺め始めた。

私たちは潮風高校に通う二年生だ。夕香も含め、私たちは水泳部に所属している。あの日、海の怖さを知った私たちは、絶対に海で泳がないと決めた。夕香のためにしてあげられることは、毎年海の日に三人で海を眺めにくることだった。

少ししてから私たちはお菓子を食べながら談笑していた。

「髪くくってくれば良かった。潮風でべたべただよ」

南海は長い髪の毛を束ねる仕草をした。

「はいこれ、そう言うと思ってヘアゴム持ってきた」

さすが生徒会長。瑠璃は南海の世話ばかり焼いている気がする。

「渚もいる?」

「いや、私はそんなに気にならないから大丈夫だよ」

私の髪の毛は肩ぐらいの長さしかない。瑠璃もショートカットだからヘアゴムを使うことはないのだ。

「なんかごめんね、私のためみたいになっちゃって」

南海は申し訳なさそうに髪をくくる。

「いつも妹たちが使うから持ってるだけだよ」

瑠璃は三姉妹の長女でもある。妹がまだ小さいために、瑠璃のバッグからは色んなことに対応できるように何でも出てくる。

「ちょっとだけ、波打ち際に行ってみる?」

私の提案に二人の表情が少し曇ったような気がした。でも二人は何も言わず頷いた。


波打ち際を歩いていると、遠くのほうで何か光ってるのが見えた。

「あれなんだろう」

南海が光っているほうを指差す。

「行ってみよう」

瑠璃を先頭に私たちは走り出した。近くまで来るとそれは小瓶だった。

「何これ、中に何か入ってる」

南海に言われて中をよく見てみると、手紙のようなものが入っている。

小瓶の蓋を開け、手紙を取り出して読んでみる。

「潮風高校水泳部、私たちは永遠不滅」

私たちははっとした。これは夕香がいつも言っていた言葉だった。しかもこれは夕香の字だ。

「これ、夕香からの手紙だよ!」

南海がきらきらした目で私たちを見つめている。

「でもそんなことありえないよ、だって夕香は……」

「そうだね、現実的にはありえない」

私と瑠璃は眉をしかめて考える。

「天国から送ってくれたんだよ。私たちも送ってみようよ」

南海の提案に私と瑠璃は渋々乗ることにした。

小瓶をテントに持ち帰り、方法を考える。

「具体的にどうするの?」

私が聞くと、南海が即答した。

「そりゃあ、私たちも手紙を書いてこの小瓶に入れて海に流すの」

「それで届くかな」

現実主義の瑠璃は頭を悩ませる。

「いいの! とりあえずやってみるの!」

私たちは短めの手紙を書き、それを小瓶に入れた。

「一応、さっきの場所から流そうか」

瑠璃が代表して小瓶を海に流した。

「もう夕方だね、帰る準備しようか」

私たちはテントを片付け、明日また海に来る約束をした。

「明日、この時間に様子を見に来よう」

瑠璃の言葉に頷き、私たちは解散した。


翌日になって私は海へ向かった。海に着くとすでに瑠璃と南海がいた。

「渚、遅いよー」

「ごめんごめん、小瓶見つかった?」

「まだ、これから見るの。行こうか」

また瑠璃を先頭に波打ち際に向かった。

しばらく歩くと光るものが見え、私たちの胸は高まる。

「あれ! 絶対あれだよ!」

南海が一目散に走り出し、光るものを拾い上げる。

「どう?」

私が南海に向かって叫ぶと、南海は小瓶を頭の上に掲げてにっこり笑っていた。

「早速開けてみよう」

瑠璃が慎重に開ける。そして中の手紙を読み始めた。

「みんなありがとう、私がいなくても元気かな?」

本当に返事が返ってきた。ちゃんと夕香の癖のある字で。

「やっぱり夕香は見てくれてるんだ」

瑠璃はぼそっと呟いて、何度も何度も短い手紙を読み返していた。

「次は何書く?」

南海がわくわくしながらペンと紙を用意していた。

「まずは近況報告」

真面目な瑠璃に従って、今私たちがどういう感じで過ごしているのか短くまとめた。

今度は南海が代表して小瓶を海に流した。

「また明日だね」

私たちはまた約束を交わし、解散した。


翌日、海に向かう途中で瑠璃と合流した。

「今日もあるかな」

私がおもむろに聞くと、瑠璃は笑顔で答えた。

「あれは間違いなく夕香だよ。絶対返ってくる」

海に着くと、南海が待っていた。

「早く早くー」

南海は待ちきれなかったのか、私たちを置いて波打ち際に向かって走り出した。

「張り切ってるね、南海」

「そりゃそうだよ、夕香と一番仲良かったもん」

南海と夕香は幼稚園からの付き合いで、中学校で私たちと知り合った。南海はいつも夕香にべったりで、当時は夕香が南海の世話係といった感じだった。

夕香が亡くなって一番泣いていたのは南海だった。今は明るい笑顔に戻っているが、一年前は夕香のことを思い出すたびに泣いていた。私たちは南海の笑顔を取り戻すために色んなところに遊びに行った。そのおかげで今は、前のように私たちに笑顔を見せるようになった。

「二人とも、あったよー」

私と瑠璃が駆けつけると、南海は小瓶を開けて手紙を読み始めていた。

「元気そうで良かった。最後にお願いがあるの」

今回もやっぱり短い。夕香には何か事情があるのだろうか。

「お願いって何だろう」

瑠璃は真剣に考えている。その隣で南海は少し涙目になっていた。

「南海、どうしたの?」

私は南海の背中をさすりながら聞く。

「最後って、もうお話できなくなっちゃうのかな」

私はもう一度手紙を読み返した。確かに、最後のお願いというのは意味深に感じた。

「大丈夫、また手紙送ってみよう」

もう南海の泣く姿は見たくない。私たちはまた手紙を書いた。

「また、明日だね」

南海の表情は少し暗かったが、私と瑠璃は「大丈夫」と励まして解散した。


翌日になった。海へ向かう途中に南海と合流した。

「なんて書いてあるのかな」

南海は不安そうな表情をしていた。

「大丈夫! ほら、行こ!」

私は南海の手を引いて、海へと走り出した。

海に着くと、瑠璃が待っていた。

「先に取ってきたよ。開けるね」

瑠璃は小瓶を開けて手紙を取り出した。

今回の手紙も短かった。

「三人仲良くね、私はそろそろ行くよ」

私たちは手紙の内容で察してしまった。もう手紙の返事は返ってこない。

「嫌だ、嫌だよ、行っちゃうなんて嫌だ!」

南海が大粒の涙をこぼしながら駄々をこねている。それを見て私と瑠璃も涙が止まらなかった。

「そんなこと言ったって、どうしようもないじゃん」

瑠璃は冷静に事を把握していた。もう夕香はいない。

「私たちにこれを言うために、海にいたんだよ」

私は二人を抱きしめた。どうしても涙が止まらない。

きっと夕香には時間がなかったのだろう。夕香はいつも人のために行動していた。だからあの時も、子供を助けに危険も顧みず飛び込んだ。

「夕香、夕香あ……」

南海は夕香の名前を呼びながら何度も手紙を読み返していた。

「その手紙は南海が持ってて」

私は南海の目を見て、頭を撫でた。

「いいの? 夕香からの最後の手紙だよ?」

「いいよ、夕香もそれでいいって言うと思う」

瑠璃も私の言葉に賛成し、二人で南海を撫でた。

「この小瓶どうしようか」

「もう一度手紙入れようよ」

瑠璃の質問に南海が答えた。いったい何を書くのだろう。

「でも、手紙はもう……」

私がそう言いかけると南海は言った。

「いいんだよ、届かなくても。『ありがとう』って伝えられたら」

私と瑠璃は納得した。

夕香、一年間待ってくれてありがとう。夕香のこと絶対に忘れない。元気でね。

手紙を小瓶に入れて三人で海に流した。

隣を見ると、やっぱり南海は泣いていた。

「ごめんね、また泣いちゃった」

南海はすぐに涙を拭いて、私と瑠璃にいつもの笑顔を見せた。

「今日は疲れちゃったね、帰ろうか」

私の言葉とともに、私たちは解散した。


それから時は経ち、私たちは大人になった。

今でも毎年海の日に三人で思い出の海へ行く。

三人でテントを立てて、お菓子を食べながら海を眺める。

高校二年生のあの日から、もう小瓶は見ていない。

あの手紙はどこへ流れ着いただろうか、奇跡が起きて天国に着いているかも。南海はふざけてそんなことを言っていた。

瑠璃は水族館で働いていて、イルカやアザラシ、色んな魚たちのお世話で、充実した日々を送っている。

私と南海は同じ大学に進学した。今は海洋学を学んでいる。

私たちは違う形で海を愛している。そして、夕香のことも。

「潮風高校水泳部、私たちは永遠不滅」

海を眺めた日の帰りに必ず三人で叫ぶ。

お揃いの貝殻のブレスレットを空に掲げて、私たちは何度でも誓う。

「必ず四人一緒だよ。たとえ離れていても、心は繋がっているから」

きっと、子供が出来ても、孫が出来ても、おばあちゃんになったとしても、私たちは変わらないだろう。

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