第三話
『美咲サマ、おはようゴザイマス』
「うわっ! ビックリしたぁ」
玄関を開けた瞬間、突然目の前に現れたのは小さなドーロンだった。
手のひらサイズにも満たない丸い体に、竹トンボのようなプロペラで音もなく飛んでいる。
MAと呼ばれる、監視ドローン。
地球周回軌道にいる人類統括AIメタトロンの目となり、地上にいる人々の犯罪や争いを抑止する存在だ。
壁を透過する目を持ち、人が犯罪を犯す前に察知し、制圧する。
一世紀前に存在した警察とやらを絶滅に追い込んだ張本人である。
また人同士で意見の対立が起きた際、TKJ(叩いてかぶってジャンケン)をするのだが、その際審判の役割もこのドローンがこなす。
とてつもない数のMAが飛び回り、世界平和という幻想を現実にしているのだ。
『美咲サマ、ハリセンの所有を確認できませン。TKJを挑まれた際、敗北が確定してしまいマス。非常に危険デス』
そういいながらMAは、丸い体についた真っ赤なレンズを収縮したり拡大したりしている。
「いや、もう毎朝言ってるけどアタシは大丈夫。それと、アタシのことはミッちゃんって呼んでって言ってるでしょ! プンプン!」
『イエ、初めて聞きましタ』
「うん、初めて行ったからね」
お茶目を理解できないのか、無言のままMAは飛んでいる。
美咲はため息をつくと、シッシっと手で追い払うような動作をした。
「とりあえずアタシはダイジョブなんでどっか行ってもろて」
『わかりましタ。サヨナラ』
MAは特にそれ以上咎めることなく、女子寮の長い廊下をふわりと飛んで行った。
「ったく、モブMAは愛想わりぃいなぁ。ね、春香……あれ、いない」
先程まで隣に並んでいた春香の姿はなく、代わりに美咲を盾にするかのように後ろで腰をかがめていた。
「なに機械にまで人見知り発動しちゃってんの」
「と、突然だったからびっくりしちゃって……」
びくつく春香。
なれた人の前では快活な破壊者である彼女は、意外にもひどい人見知りだった。
目を合わせることはできるのだが、話そうとするとどうも言葉に詰まってしまう。
人に意見するときや否定するときは特にひどく、壊れたラジオになる。
「アタシがいなかったらどーすんの。そろそろ慣れなきゃ」
「大丈夫! どこにでもついていくから!」
「おもっ」
そういいつつも美咲はまんざらでもなさそうだった。
やれやれと美咲は学食に向かって、歩き始め、春香はその隣に並ぶ。
寮は13階で構成され、上から見ると四角形になっている。
学生の部屋は四角形の外側にしか存在しないため、廊下の対岸に扉はなく、各階につながるエレベーターが何個かあるだけだ。
窓はないが横幅が広いので、そこまで廊下に圧迫感を覚えず、部屋と部屋の間隔が広いため廊下は非常に長い。
真っ白なタイルがずっと向こうまで続いていて、ちょうど部屋から出てきた人たちがちらほら見える。
みな学食に向かうのだろう。
そしてちょうど美咲たちが隣の部屋の前に差し掛かる頃、ギィっとそのドアが開いた。
出てきたのは、目つきの鋭い、顔の整った金髪の女生徒だった。
紺色に赤いラインの入った学校指定の運動用ジャージを着ている。
「おい早くしろよ。とろいんだよ無能が」
女生徒は今出てきた玄関に向かってそういった。
開けっ放しの玄関から、また別の女生徒の声が聞こえる。
「ご、ごめんすぐ行くから!」
金髪の女生徒は舌打ちをし、もう一人を待たず先に行ってしまう。
ほんの少し後にその部屋から出てきて来たのは、同じジャージを着た、短いツインテールでそばかすの女の子だった。
急いでいるのか、踏んでしまった靴の踵を直しながらの登場だ。
険しい表情で中々いうことの聞かない靴と格闘していたが、ふと顔を上げ美咲たちに気が付くと、靴のことは忘れ笑顔が咲き始めた。
「あ~、美咲ちゃんと春香ちゃんだ~」
そういいながら踵を踏んだ靴で近づいてくる彼女は、朝少し話に出てきたさっちゃんその人だった。