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第五話 ダンジョンへの道

 レベル100越えでの初戦闘は、あろうことかレッドドラゴン相手となってしまった。

 剣で一撃入れただけで勝ってしまったが、後処理が大変だ。


「な、何が起きたんだ?」


 瓦礫の中から這い出してきた猿田には、何が起きたか全くわからなかったようだ。


「う、うん。俺もよくわからないんだ。無我夢中だったから……」


 言い訳にしては苦しすぎるだろうか。

 だが、猿田は意外にも「そうか」と短く納得したようだった。


「だ、だよな。お前みたいな最弱野郎にわかるわけねーよな」


 どうやら俺がレベル1の底辺であって欲しいという願望が、彼の認識を歪めているらしい。

 都合のいい解釈に感謝だ。


「ヒサシ。気をつけろよ。スライムしか出ないような場所でも、稀に変異体が現れるからな」

「あ、ああ……」


 レッドドラゴンに吹き飛ばされて瓦礫の下敷きになったはずなのに、猿田はピンピンしている。

 さすが耐久力特化の『黄金の鎧』持ち、頑丈な奴だ。


 猿田はダンジョンへ向かうと言って立ち去っていった。

 やはり新しいスキルと俺の真のレベルについては、秘密にしておいたほうがよさそうだ。

 今回のように不用意に力を使うのは控えなくては。


 ◇ ◇ ◇


「ここだな」


 南池袋公園から三百メートルほどの場所。

 禍々しいオーラを放つ二階建ての建物が、そこにあった。

 ここは一般人の立ち入りが禁止されている区域。だが、曲がりなりにも俺は冒険者の資格を有している。


「いらっしゃい」


 中に入ると、奥のカウンターから野太い声が飛んできた。

 ヒゲモジャで、頭には黄金の兜。そして何より異様なのは、その体から生えた四本の腕。

 

 この店は「異世界」なのだ。

 一般人なら入るどころか、近づくことさえ許されない。


 異世界パンデミック第一波ファーストウェーブでもたらされた数少ない僥倖ぎょうこうの一つと言われる、『異世界建造物の転移』。

 ここには元々普通の眼鏡屋があったらしいが、その店は異世界へと転移し、代わりにあちらの世界の武器屋が丸ごとこちらの世界に現れたのだという。


 店内には俺一人だけだ。

 壁や棚には、剣や斧、弓矢、魔法の杖など、ファンタジー映画でしか見ないような武器が所狭しと並んでいる。

 その一方で、拳銃や手榴弾といった近代兵器も陳列されているのがシュールだ。

 聞いた話では、拳銃の威力は初級レベルの炎系や爆発系スキルと同等らしく、魔物に対しても有効なのだそうだ。


「初めて見る顔じゃな」


 店主が四本の腕を忙しなく動かしながら、ギロリと俺を睨んだ。


「は、はい……」

「ダンジョンへ行くのか?」

「はい、そのつもりです」

「なら、これは必須だ。武器は学校で支給されたもので十分だろうが、これは無いと話にならん」


 店主がカウンターに放り出したのは、ボロボロの布で作られた小汚い袋だった。


「え……。この袋ですか?」

「ああ。たったの十万円だ」


 店主はさっさと金をよこせと言わんばかりに、四本のうちの一本の手を突き出してきた。


(いやいや、こんなボロ雑巾みたいな袋が十万って、ぼったくりにも程があるだろ!)


「高校三年なら支度金二十万が支給されてるだろ。ほれ、さっさと支払え」

「は、はあ……」


 足元を見られている。

 支度金の半分を持っていこうとするとは。半分は母さんに生活費として預けてきたから、手元に残る十万円は俺の全財産だ。


「なんにも知らんのじゃな」

「はい?」

「この袋は冒険者必須のアイテム『道具袋』じゃ。見た目はボロいが、この中にどんな大きさの物でも関係なく十個まで収納できる」

「え!? そうなんですか?」

「それに、刃渡り一メートルを超える刃物や重火器、異世界の物品をそのまま持ち歩くと銃刀法違反で捕まるぞ」 「え! そうなんですか?」


 学校で支給された剣はレイピアのような小型の剣で、刃渡りは四十センチほど。だから問題なかったのか。

 銃刀法違反だなんて全く知らなかった。

 というか、三年になってから教えられるはずの冒険者の基礎知識、俺だけ全く教わってないぞ。

 毎回自習だったから、その時間は公園でスライム退治ばかりしていたツケが回ってきたか。


「なんも知らんのじゃのう。この道具袋の中は亜空間で、異世界に属しておるから治外法権なんじゃ。そして、この店の中もな」


 店主はそう言うと不敵な笑みを浮かべ、ずっと背中の後ろに隠していた二本の腕をヌッと出した。

 その手には、巨大な斧が握られている。


「つまり、ここでお主を切り刻んで金を奪っても、犯罪でも何でも無いということじゃ」

「えっ!?」


 殺気を感じて、俺は思わず後ろに飛び退いた。


「わっはっはっは! 冗談じゃよ、冗談!」


 店主は斧を引っ込めると、四本の手を叩きながら腹を抱えて大笑いした。


「じょ、冗談って! 笑えないですよ!」

「すまんすまん。詫びといっては何だが、この道具袋、半額の五万円にしてやるよ」

「は、はあ……」


 それでも五万円。だいぶ高いが、十万取られるよりはマシか。


「他の生徒は担任に連れられて集団で買いに来るのに、お主はたった一人。何か事情があるんじゃろう。何かわからない事があるならいつでも来なさい」

「ありがとうございます……」


 なんだ、この店主。脅したり安くしたり、意外に良い人なのかもしれない。


「お主みたいな異世界に慣れとらん人間が、いきなりダンジョンに入るのは危険じゃ。まずはこの店の斜め前にある店に寄っていくといい」

「は、はあ」


 時計を見ると、まだお昼前だ。

 もう少し時間を潰さないと、他のクラスの生徒と鉢合わせしてしまう。

 ちょうどいいので行ってみることにした。


 武器屋の斜め前の店は、外見はごく普通のカレー屋だった。


「なんだ? 普通の店じゃないか。……ん?」


 よく見ると、店の脇に地下へと続く別の入り口がある。

 その入り口は、淡い青い光に包まれていた。

 先程の武器屋もそうだが、異世界から転移してきた建物はこの青い光を発するのだ。


「とりあえず入ってみよう」


 階段を降りると、重厚な扉があった。

 意を決して扉を開けると――。


「いらっしゃいませぇ? 異世界メイド喫茶『オスティウム』へようこそニャン!」


 目の前に飛び込んできたのは、猫耳に尻尾がついたメイドさんだった。

 店内には数名の客がいて、猫耳以外にもウサギの耳を生やしたメイドさんも忙しなく働いている。

 おそらく彼女たちは「獣人族」。初めて生で見た。


(あの店主……絶対面白がって俺にこの店を勧めたな)


「ほら、お席はこちらですよぅ」


 メイドさんに腕を引かれ、あれよあれよという間に席に案内され……気がつけば一時間ほど「楽しい時間」を過ごしてしまった。


 いや、断じて遊んでいたわけではない。勉強不足を補うために、リアル獣人族の方に話を聞くという貴重なフィールドワークを行ったのだ。


 彼女たちから聞いた話によると、ダンジョンやこの店のような異世界の建物が多数転移してきたのは、十五年前の第一波ではなく、その数年後に起きた「異世界パンデミック第二波セカンドウェーブ」の時だったらしい。


 今や突然現れる魔物はすぐに討伐され、ダンジョンや魔物発生ポイントは厳重な管理下に置かれている。一般人は通常の生活で異世界を意識することはほぼない。

 俺の住んでいる地域だと、街の中心にそびえ立つ異世界の塔『ザ・タワー』が目立つくらいだ。

 俺が毎日通っている公園の金網ドームは、一般人が安全に見学もできる、かなり珍しいスポットなのだそうだ。


 メイド喫茶を出て、さらに三百メートルほど歩く。

 目的のダンジョンは、青く不気味に発光していた。


 『びっくりダンジョン』。

 正式名称、都道池袋ダンジョン管理番号40番。

 ふざけた名前がついているから、てっきり魔物が「わっ!」と驚かせてくるお化け屋敷みたいな場所かと思っていたが、どうやらこの辺りが異世界パンデミック以前から「びっくりガード」と呼ばれていたことに由来するらしい。


 この辺りはほとんど人がいない。

 いくら管理下にあるとはいえ、危険な魔物が出てくる可能性がゼロではないからだ。一般人はまず近づかない。

 辺りを見渡すと、同じ学校の生徒たちの姿もないようだ。ダンジョン探索は午前中のうちに済ませるのがセオリーだからだろう。


「よし! いよいよ俺の力を試す時だ」


 俺は道具袋を腰に装着し、ダンジョンの入り口へと足を踏み入れた。

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