第二十一話 ノード登場
「なかなか強敵のオンパレードだったな」
オークキングを倒し、一息ついた俺が言うと、三人も深く頷いた。
「今、29階よね」
ミコトの額にも汗が滲み、少し疲労の色が見える。
「そろそろ、安全な場所で休憩できるといいんだけど……」
ミキも肩で息をしている。連戦続きで精神的にも消耗しているようだ。
「そうだな。さすがのオレ様も、腹が減ってきたぜ」
猿田は斧を道具袋にしまうと、大きく伸びをした。
ここまで、レベル150前後の魔物を相手に登り続けてきたのだ。無理もない。
「次のフロアまで進んでみましょう」
ミコトはそう言うと、気丈に先頭を切って歩き出した。
その提案に反対する者はいなかった。なぜなら、上へと続く道が、これまでの石造りの階段ではなく、天井へ伸びる長いハシゴに変わっていたからだ。
フロアの雰囲気が変わる。それは、何かが終わるか、あるいは始まる予兆だ。
俺たちはハシゴを登り、天井のハッチを押し開けた。
その先に広がっていたのは、言葉を失うような光景だった。
「すげえ……!」
猿田が呆けたような声を上げる。
「広いってもんじゃないわね。……ちょっと、上を見なさいよ」
ミコトが指差す先には、コンクリートの天井ではなく、抜けるような青空が広がっていた。白い雲がゆっくりと流れている。
「空だ。太陽もある……」
俺が驚愕していると、ミキが俺の腕を掴んで揺すった。
「ヒサシ! ねー! あっち見て!」
彼女が指差す東の方角には、キラキラと輝く水平線――海が広がっていた。
西を見れば、緑豊かな地平線が続いている。
「ここは……もしかして異世界?」
誰もが抱いた感想を、ミコトが代弁した。
塔の中に、別の世界が丸ごと入っているとでもいうのか。
「とにかく、進んでみよう」
俺たちは草原を歩き出した。
どこまで続いているのかわからない広大な空間。風の匂いも、土の感触も本物だ。
「あれを見て!」
しばらく歩くと、ミキが前方に人工物を発見した。
木の柵に囲まれた牧場のようだ。その中に、牛舎のような大きな建物が建っている。
◇ ◇ ◇
「柵の中には、動物はいないわね」
ミコトは警戒しつつも、柵を開けて敷地内へと入っていく。
「ちょっとミコト、勝手に入っていいのか?」
「いいのよ。どうせ魔物のテリトリーでしょ」
行動力お化けのミコトは、躊躇なく牛舎の扉に手をかけた。
ギィィィ……。
重い扉が開く。
「え……!? どういうこと?」
中を覗き込んだミコトが、絶句して立ち尽くした。
「どうした?」
俺たちも後ろから中を覗き込み――戦慄した。
そこには家畜はいなかった。
代わりに、小さな子供たちが、まるでブロイラーのように狭い檻の中に押し込められ、鎖で繋がれていたのだ。
「なんてこと……!」
ミキが悲鳴を上げ、檻へと駆け寄った。
「みんな! 大丈夫!? 今助けるから!」
ミキは魔法で鍵を破壊し、子供たちを檻から出していく。
「お、俺たちも手伝おう!」 「ああ! クソッ、ふざけやがって!」
俺と猿田も駆け出し、子供たちの拘束を解いた。
だが、子供たちの様子がおかしい。
助け出されても喜ぶこともなく、泣くこともなく、ただ虚ろな目でぼんやりと立ち尽くしている。まるで、意思を奪われた人形のように。
「オイ! お前ら! なぁーにやってんだァ!!」
ドォォン!
入り口の扉が蹴り破られ、巨大な影が侵入してきた。
牛頭人身の怪物、ミノタウロスだ。
――――――――――――――――――――
【ミノタウロス】
・討伐推奨レベル:220
・スキル:奴隷化(自分より弱い者を思考停止させ奴隷化する)
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「人間のガキ共が……俺の家畜に何をしてやがる!」
ミノタウロスは巨大な戦斧を振り回し、威嚇するように鼻息を荒げた。
「お前が……この子供たちをこんな目に合わせているのか!」
俺の中で、何かが切れる音がした。
怒りが沸点を超え、視界が赤く染まる。
「ヒサシ!」
ミキの制止も耳に入らない。俺は一瞬で距離を詰め、ミノタウロスの懐に入り込んだ。
「グオッ!?」
反応する間も与えない。
俺はミノタウロスの太い腕を掴み、ねじり上げた。
「うぐおぉおおお! い、痛ぇ! 放せ、放せぇ!」
レベル220の怪物が、赤子のように悲鳴を上げて膝をつく。
俺はそのまま顔面を地面に押し付けた。
「この子供たちは何なんだ! どこから攫ってきた!」
「こ、このガキ共は『ノード様』への捧げものだ! く、詳しいことは俺は知らねぇ! ただ管理してただけだ!」
ミノタウロスは恐怖に震えながら答えた。
嘘はついていないようだ。こいつもただの下っ端か。
「……失せろ」
俺が手を離すと、ミノタウロスは転がるようにして建物の外へと逃げ出した。
「いいのか? ヒサシ」
猿田が斧を構えたまま聞いてくる。
「ああ。アイツの逃げた方向に、親玉の『ノード』とやらがいるはずだ。案内役になってもらう」
俺は振り返り、虚ろな子供たちを見た。
まずは彼らを保護しなければならない。
「今から地上に戻るか?」
ミキが心配そうに言うが、ここから1階まで戻るのは時間がかかりすぎる。
「俺の道具袋を使おう。……ミキ、悪いけど一度みんなを外へ出してくれ」
「え? どういうこと?」
「建物ごと、回収する」
俺は道具袋の口を大きく広げた。
子供たちを乗せたままの牛舎が、青い光に包まれていく。
「『アステカの祭壇』の力で拡張された俺の道具袋なら、建物一つくらい余裕だ。中は時間も停止しているし、ここよりよっぽど安全なシェルターになる」
建物が吸い込まれ、草原には土台の跡だけが残った。
俺はミノタウロスが逃げていった方向を見据えた。
草原の彼方に、天にも届くような銀色の塔が見える。
「あそこだ。まだ囚われている子供たちがいるかもしれない。……行くぞ」




