第十六話 異世界孤児院
今日は土曜日。学校は休みだ。
日課のスライム・ゴブリン退治も早めに終わらせた俺は、珍しく自由な時間を持て余していた。
時間もあるし、情報収集も兼ねて、あの『異世界メイド喫茶』にでも行ってみようか?
決して猫耳メイドさんが目当てなどではない。あくまでも、異世界の実情を知るための真面目なフィールドワークだ。
「あれ? ヒサシ。こんな所で何やってるの?」
不意に背後から声をかけられ、俺はビクッと体を震わせた。
「ミ、ミキ!? い、いや、これはその、異世界の情報収集をしようと思ってね!」
「へえ、休みの日にまで? ヒサシは勉強熱心なのね」
「あ、ああ……。もちろんさ、ハハハ……」
危ない危ない。まさかメイド喫茶に行く途中だとは口が裂けても言えない。
「そういうミキこそ、今日は何か予定があるのか?」
「うん。私は土日はいつも、同じ所に通ってるの」
「え? そうなの?」
そういえば、ミキが休みの日に何をしているかなんて、幼馴染なのによく知らなかった。
「ええ、この先にある『異世界孤児院』のお手伝いよ」
「異世界孤児院……? そんな施設があるのか」
「うん。でも、私一人じゃ手が足りなくて、いつも困ってるの……」
ミキは寂しそうに眉を下げた。
「もし予定がないなら、俺も手伝おうか?」
「えっ! 本当に? 大丈夫なの!?」
「ああ、もちろん。俺でできることなら何でもするよ」
ミキの表情がパッと明るくなった。
「ありがとう! とっても助かる!」
ミキの笑顔に、俺も胸を撫で下ろした。
異世界孤児院について全く知らなかったのは怪我の功名だった。これでメイド喫茶行きを自然に回避できる。
◇ ◇ ◇
普段は通らない路地裏の小道を進むと、古びた教会のような建物があった。
看板には『異世界孤児院』と手書きの文字がある。
扉を開けて中に入ると、たくさんの子供たちが一斉にミキに飛びついてきた。
「あ! ミキおねえちゃんだー!」
「おねえちゃん、きたー!」
よく見ると、猫耳のついた女の子や、狼の顔をした男の子。小さなスライムや、ちびっこゴブリンまでいる。
みんなミキを囲んで、背中に乗ろうとしたり、腕を引っ張ったり。ミキの人気はすごいな。
「ミキおねえちゃん。この人はだあれ?」
小さな猫耳の女の子が、俺を指差して首を傾げた。
「この人はヒサシお兄ちゃん。お姉ちゃんと同じ学校のお友達なの。今日はお姉ちゃんがお仕事してる間、みんなと一緒に遊んでくれるわよ」 「お、おう! 俺はヒサシ。よろしくな!」
俺は精一杯の笑顔で手を振ってみた。
女の子は俺の顔をジッと見つめると――。
「……ぷいっ」
え?
思いっきりそっぽを向かれてしまった。
子供の心をつかむのは、魔物退治より難しいかもしれない。
「おやおや。今日はお友達も一緒に手伝ってくれるのかい? 本当に助かりますよ」
奥の方から、優しそうなお婆さんがゆっくりと出てきた。
「はじめまして。天野ヒサシです」
「ああ、君はよく公園でスライム退治をしている子だね。いつも町の平和を守ってくれてありがとう」
「えっ! 知ってくれてたんですか?」
俺の毎日の地味なスライム退治が、こんなところで感謝されるなんて。少し照れくさいが、嬉しい。
「それじゃあヒサシ。私は院長先生と掃除や洗濯をしてくるから、子供たちの面倒をお願いね」
「お、おう! 任せろ!」
◇ ◇ ◇
「ぐおわッ!」
ちびスライムが、俺の腹に全力でボディプレスをかましてきた。
「うおおお! こいつよわいぞー!」
ちびっこゴブリンが、背中からよじ登ってくる。
「うおっ! ちょ、待て!」
こいつら、ガキとはいえ魔物の子供だ。力が強い!
常人なら骨折しかねないじゃれつき方だ。
レベル1(偽装)で相手をするのは、かなりの重労働だぞ。
「ふふっ、ヒサシ大人気ね!」
洗濯物を抱えたミキが、嬉しそうに通りがかる。
「ミ、ミキ……こいつらの相手、体力使うな……」
「ヒサシが相手してくれるから、みんな嬉しくていつも以上にはしゃいでるのよ。……ほらほら、みんな! おやつの時間よ! おやつを食べたらお昼寝の時間ですからね!」
おやつという言葉に、子供たちの動きがピタリと止まった。
や、やっと解放される……。
◇ ◇ ◇
「どうぞ。こちらも召し上がれ」
子供たちが昼寝に入り、ようやく静寂が訪れた。
院長のお婆さんが出してくれた手作りクッキーと紅茶で、一息つく。
「今日はお疲れ様。おかげさまで、溜まっていた仕事が全部片付いたわ」
ミキが充実感たっぷりに言った。
「こんな場所があるなんて、知りませんでした」
「そうだねぇ。一般には隠されているからね。子供とはいえ『魔物』を保護しているというのは、こちらの世界の人たちにはなかなか理解されないからねぇ」
院長のお婆さんは、寂しそうに微笑んだ。
「でも、魔物も小さな頃から人間と接して理解し合えれば、きっと協力し合えると思うの」
ミキは真剣な眼差しで言った。
俺も今日一日過ごしてみて、その考えには同意だ。
いつもは倒しているスライムやゴブリンの子供たちが、人間と同じように笑い、じゃれついてくる。
種族が違うだけで、心はあるのだ。
その時だった。
バンッ!!
教会の重い扉が、荒々しく蹴り開けられた。
「我らは陸王トロール第六軍団、100人隊である!」
ドカドカと押し入ってきたのは、全身鎧に身を包んだゴブリンの兵隊たちだった。
その数、三十体以上。外にもさらに多くの気配がある。
「な、なんですかあなた達は!」
院長が立ち上がる。
「この場所は我らが接収する! 直ちに立ち退け!」
「お待ち下さい! まだ移転先も決まっていないんです!」
院長が必死に懇願する。
「一体、どうしたんですか?」
「昨日、突然言われて……。ここを異世界の陸王トロール様の拠点として使うから出て行けと……。まさか、こんなに早く来るなんて……」
院長の声が震えている。
「そんな! 一方的すぎるわ!」
ミキが憤る。
「そんな無茶苦茶なことが許されるのかよ」
異世界には法律も人権もないのか?
弱肉強食、力こそが全ての野蛮な世界なのか?
「ほれ! さっさと出ろ!」
一際体の大きな100人隊長が、院長を乱暴に突き飛ばそうとした。
「やめてください! ここには親とはぐれた子供たちがいるんですよ!」
「なに? 人間ごときが我々に指図しようと言うのか?」
「いえ、話し合いが出来ればと……」
「我らの世界の『話し合い』とは、こういうやり方だッ!」
隊長はいきなり、手に持った槍を院長に向けて振り下ろした。
「危ないッ!」
俺はとっさに院長を庇い、その一撃を受けた。
ガィィィン!!
なかなかの威力だ。俺は衝撃を殺すために、わざと後方へ吹き飛ばされたフリをして壁に激突した。
「ヒサシ君!」
「大丈夫だ……」
俺はゆっくりと立ち上がり、砂埃を払った。
隊長のレベルは20。その他の兵隊はレベル10前後。
建物の中に三十体、外に七十体。
今の俺の解放レベル35なら、余裕で制圧できる。
「そうですか。これがあなた達の『話し合い』の方法ですか」
俺は静かな怒りを込めて、隊長へと歩み寄る。
「ミキ、院長と子供たちを守ってくれ」
「……はい! 気をつけて!」
ミキも俺の意図を察し、すぐに防御魔法の準備に入る。
「いくぞ!」
「なに……ッ!?」
俺が踏み込んだ瞬間、隊長の視界から俺の姿が消えたはずだ。
次の瞬間、隊長は鳩尾に強烈な拳を叩き込まれ、声もなく崩れ落ちた。
それを合図に、俺は残りの兵隊たちを一気に畳み掛けた。
剣などいらない。素手で十分だ。
ドガッ! バキッ! ズドン!
一分も経たないうちに、教会内のゴブリンたちは全員、床に転がって呻き声を上げていた。
「え? なにが起きたんですか……?」
院長のお婆さんは、目を丸くして立ち尽くしている。
俺は苦悶の表情を浮かべる100人隊長を見下ろし、冷たく告げた。
「この場所を立ち退くことは出来ません。お引き取りください」
「ぐっ……、人間ごときに……ここまで強い者がいるとは……」
隊長は屈辱に顔を歪めながら、撤退の合図を出した。
兵隊たちは這うようにして逃げ去っていった。
◇ ◇ ◇
「すいません。壁とか壊しちゃって」
俺は壊れた壁の破片を片付けながら謝った。
「いんや。助かったよ。本当にありがとう……。だけど、また兵隊達が来そうで心配だねぇ」
「大丈夫です。俺がここを見張りますよ」
「それは心強いねぇ。わし達の世界では力が全て。弱い者は虐げられるだけさ」
「こちらの世界も似たようなものです。腕力じゃなく、金や権力が物を言いますがね」
理不尽なやり方は許せない。
今の俺には、大切な人を守れるだけの「力」がある。
これまで泣き寝入りするしかなかった、無力な俺とは違うんだ。
「ところであの兵隊は、どこから来てるんですか? 街中を歩いていればすぐにわかるはずですが」
「街の中心にそびえ立つ、巨大なタワーからです。毎日決まった時間に、あそこから出てきているようですよ」
異世界の魔物が、あの『ザ・タワー』から出入りしているとは。
異世界パンデミックは偶発的な現象ではなく、あのタワーが異世界への「門」として機能しているということか。
「ところで、陸王トロールとは何者なんですか?」
「異世界の国を治める王を支える、四大聖獣の一人じゃよ」
陸王トロールの上に、更に王がいるのか。
思ったよりも巨大な組織を相手にしてしまったのかもしれない。
「その異世界の王に、直接話は出来ないんでしょうか?」
「滅相もない! 異世界の王ベルゼブブ様には、会うことすらかなわないよ」
ベルゼブブ……?
あのアウトブレイクの時に遭遇した、蝿の王か。
俺が喧嘩を売ってしまった相手は、やはりあの化け物の配下だったのか。
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