第十二話 レベルアップ加速
昨日の激闘が嘘のように、俺はいつも通り登校した。
だが、教室の席に着くと、昨日までとは明らかに周囲の視線が違う。突き刺さるような注目度だ。
「ヒサシ君、よかったわね」
隣の席に座るミキが、嬉しそうに話しかけてきた。
「天野ヒサシ。一応、前に出てきて挨拶しなさい」
三年A組の担任が、冷ややかな声で言った。
黒いスーツに一分の隙もなく整えられた髪型。いかにもエリート銀行員といった風貌で、眼鏡をクイッと上げる仕草には神経質さが滲み出ている。
今までUクラスで見てきた、ヨレヨレスーツのやる気のない担任とは大違いだ。
「えーっと……一応、はじめまして。天野ヒサシです。特別に一人だけクラス替えで、今日からA組に入ることになりました」
俺は教壇に立ち、ぎこちなく挨拶した。
昨日の作戦でレベル35(偽装)の実力が公になり、最下位クラスからの異例の移動が決まったのだ。
軍の作戦で功労者となった生徒を、いつまでも「戦力外」のUクラスに置いておくのは世間体が悪いという、大人の事情だろう。
「では、席に戻りなさい」
担任の指示で席に戻ると、前の席に座っている猿田が背中越しに振り返った。
「……何かわからないことがあれば、オレに聞きな」
ボソッと言い捨てると、すぐに前を向いてしまった。
耳が少し赤い。猿田の奴、照れているのか?
あんなに嫌な奴だと思っていたが、意外に面倒見がいいのかもしれない。
「では授業を始める。今日はGCR測定の原理について、数学的アプローチによる検知パラドックスの解説を行う」
エリート先生が淡々と説明を始めた。
黒板に書かれる数式は呪文のようだ。今まで自習ばかりだった俺には新鮮な光景だが、レベルが高すぎてついていけそうにない……。
◇ ◇ ◇
久しぶりに「授業らしい授業」を受けて脳が疲弊した放課後。
だが、日課のスライム退治は欠かせない。
現在、一般的に知られている人類の最高到達レベルは40。
世界にはそれ以上の実力者もいるかもしれないが、あの天才ミコトでさえ40からレベルが上がらず停滞しているのが現実だ。
それに対し、俺のレベルは200。十分すぎる気もする。
しかし、あのベルゼブブの存在が、俺の不安を駆り立てる。あんな化け物が、まだウジャウジャいるかもしれないのだ。
そして何より、この街のどこからでも見える巨大なタワー。
通称『バベルの塔』。
元々は六十階建てのビルだったものが、異世界パンデミック第二波後に変貌し、百八階相当の塔になったと言われている。
周囲百メートル以内は完全に封鎖され、噂ではレベル40の冒険者でさえ、中に入ることすらできなかったという人類未踏の魔境だ。
「もっとレベルを上げる方法は無いものだろうか?」
スライムを効率よく倒す方法(無限湧きダンジョン)を見つけて、レベルアップの速度は劇的に上がった。
だが、レベルが上がるにつれて必要討伐数も増え、このままではすぐに頭打ちになる。
『バベルの塔』に入ってみるというのも手だが、慎重には慎重を期したい。
公園のスライムを片付けた後、『びっくりダンジョン』でスライムを機械的に討伐しながら、俺は知恵を巡らせた。
もはやスライム討伐は、呼吸をするのと変わらない作業になっていた。
今の俺は『リストリクト』でレベル1の状態だ。
それなのに、敵の攻撃パターンが手に取るように読める。剣の使い方も熟練し、ほんのわずかな労力で敵を葬れるようになっている。
「……もしかして?」
ふと、あるアイデアが脳裏をよぎった。
スライムを次々と蹴散らしながら、仮説を立てる。
今までやったことはない。リスクは高い。だが、もし成功すれば、一気にレベルを上げられる可能性がある。
「やってみるか」
俺はダンジョンの2層へと降りた。
そこはレベル2の魔物、ゴブリンで溢れかえっていた。
「リリース! レベル2(ツー)!」
まずはレベル2に設定して小手調べだ。
ゴブリンが棍棒を振り上げ、襲いかかってくる。
俺はそれをヒラリとかわし、無防備な後頭部に剣を振り下ろした。
「ぐぎゃあああ!」
ゴブリンは真っ赤な鮮血を噴水のように吹き出し、どうと倒れた。
人間のような魔物が血を流す光景は、何度見ても気分のいいものではない。
しかし、数秒と経たずに死体は飛び散った血と共に青い光となり、綺麗さっぱり消え去った。
「よし! ゴブリンも問題なく倒せる。もう少しこのまま戦って、対ゴブリン戦の動きに慣れよう」
一体、二体、三体……。
同時に二体、三体と囲まれても、冷静に対処してゴブリンを倒しまくる。
ゴブリンはスライムと違って、所持する武器が個体ごとに違っていたり、体格にも差がある。人間のように個性があるのだ。
たまにやたらと腕っぷしの強い個体も混じっている。
「ゴブリン討伐のコツ、だいたいわかってきたぞ。……いよいよ、実験開始だ」
俺は深呼吸をして、意識を集中した。
次は初めての試みだ。格上の相手に対し、あえてレベルを下げて挑む。
「リリース! レベル1(ワン)!」
俺のレベルは1に制限された。
身体が鉛のように重くなる感覚。ステータスが激減した証拠だ。
通路の奥から、ゴブリンが一体、こちらに向かってくるのが見えた。
「よし! 来い!」
ゴブリンが振りかぶった棍棒を、剣で受ける。
ガギィィン!!
「くっ……!」
重い! そして速い!
試しに受けてみたが、ゴブリンの攻撃は受けるべきじゃない。
レベル1の貧弱な耐久力では、一撃でも貰えば即死しかねない威力だ。
「やっぱり、レベル1でレベル2の魔物と正面から殴り合うのは無理があるな」
俺は戦法を切り替え、ゴブリンの攻撃を紙一重でかわし、隙を見て喉元に剣を突き刺した。
ガチンッ!
硬い!
レベル1の攻撃力では、ゴブリンの硬い皮膚に弾かれて、剣が深く刺さらない。
「ゴブリンって、こんなに強かったのか……。いや、俺が弱くなってるだけだが」
そこからは死闘だった。
十分ほど攻防を繰り返しただろうか。
ようやくゴブリンの喉元の柔らかい部分に剣をねじ込み、絶命させることに成功した。
◇ ◇ ◇
レベル1で格上のゴブリンを倒すのは無謀な挑戦だったが、数時間も戦い続けると、だんだんと身体が慣れてきた。
スライム相手のようにはいかないが、一体三分ほどで倒せるようになってきた。
その時、頭の中で待ち望んだ電子音が響いた。
『レベル201になりました』
来た!
俺はすぐさまステータスを確認する。
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天野ヒサシ 17歳 男
レベル:201
HP:40085/40085 MP:36087/36087
攻撃力:180
耐久力:210
速 度:220
知 性:180
精神力:139
幸 運:150
スキル:リストリクト(任意のレベルに制限するスキル)
リリース (リストリクトの効果を消して本来の力を発揮する)
――――――――――――――――――――
「よし! 思った通りだ」
仮説は正しかった。
レベル200から201になるためには、同格以下のスライムなら「次のレベルと同じ数」、つまり201体を倒す必要がある。
しかし、レベル1の状態(格下)で、レベル2のゴブリン(格上)を倒すと、カウントの進みが早い。
計算すると、100体倒した時点でレベルが上がったことになる。
つまり、格上の敵を倒せば、今までの倍以上の速度でレベルアップができるということだ。
来週からは夏休みが始まる。
パンデミックが起きない限りは、一日中時間がある。
俺はニヤリと笑った。
この夏休みは、全てをレベルアップに費やすのだ。
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