第145話 術式と石版と鎖と
まあ、舞奈の呟きはさておき……
と、俺は開いた穴の先へと視線を向ける。
そこにあったのは、術式の描かれた巨大な箱のようなものだった。
――いや、箱というよりもカフェのバックヤードにある業務用の冷蔵庫みたいな感じ……と言った方が適切かもな。開けられそうにはないけれど。
代わりに横に穴が開いていて、そこから鎖が箱の中へと入り込んでいっている。
石版から伸びている鎖の終端って感じだな。
っと、それはさておき――
「これは……隠し部屋にあった術式……?」
「そうですね。あのマンダラのような術式にそっくりですね。描かれているものは、少しずつ違っていますが」
俺の呟きに続いて、そんな風に言ってくる紡。
……なるほど、言われてみるとたしかに少しずつ違う気がするな。
相変わらずの記憶力だ。
「ブッルブルー。この術式、鎖に関係しているっぽいブッルねー。正確に言うと、鎖を伝う霊力の流れを制御している感じブルゥ」
「要するに、鎖のコントロールパネルみたいなもの……という事ですかね? これを弄れば、石版も停止させられる感じですか?」
ブルルンの発言に対し、舞奈がそんな風に問い返すと、
「ブッルゥブッルゥ。そうブルねー。術式の感じからすると、出来そうブッルよー。停止させるだけじゃなくて、流れを反転させる事とかも出来そうな気がするブッルルー」
なんて答えるブルルン。
「反転……。霊力の流れを逆にして元の場所に霊力を戻す? でも、それをした所で『摘出』された根幹の霊力が回復するわけでもないし……何の意味があるのかしら……」
反転と聞いて、かりんが何やら呟きながら考え込み始める。
でも、たしかに一度流れ出したものは戻しようがないよなぁ……
となると、反転する事でどこか別の場所に流れる仕組みがある……のか?
もしあるとすると……
「例の石版に何らかの仕掛けがあって、そこに作用するのかもしれないな」
と、口にする俺。
「……そうね。この霊力はそもそも表側――通常空間から引き込んだもの。通常空間に戻すのではなく、あの石版に戻して、そこから別の場所に流す……というのは、たしかにありえなくはない話ね……」
「だったら、反転させてみるー?」
かりんに続くようにして、セラがそんな風に言ってくる。
「そうだな……試してみるのはありかもしれない」
と、そう答える俺。
そしてそのままブルルンに対して、「反転させてみてくれ」と告げた。
「ブルブルゥ。了解ブルー。反転させるブッルよー。あ、廊下の仕掛けを停止させる術式もあったから、そっちは停止させておくブッルルー」
そう言って術式の前で前足と後ろ足の両方を動かすブルルン。
それを見て、
「空中で犬かきしているみたいー」
なんて言うセラ。
いやまあ、たしかに俺もそう思ったが……
「ブルルゥ! 犬かきをしているわけじゃないブルよー!」
と、ちょっと憤慨するも、
「ブルゥ……でも、ちょっと操作しづらいブッル……」
という言葉を続けるブルルン。
「教えてくれれば、代わりに操作しますよ」
舞奈がそんな風に言うと、ブルルンは、
「ブッルゥ。魔力を流すのがちょっと面倒ブルよー……?」
と言いながら振り向き、そこで何かに気づく。
「ブルルッ! それよりも手っ取り早い方法があったブッル! セラ、合体するブルーッ!」
「え? ……あー、あれだねー。セラルンズ合体ッ!」
「ブル。一瞬間があったのが気になるブッルね? 忘れてたブルル?」
「わ、忘れてないよー? そ、そんな事より早く早くー」
そんな事を言いながら両手を大きく広げるセラ。
……うん、どう考えても忘れていたな……
「ブルゥ。……まあ、敢えてツッコミはしないブル。それじゃ合体するブッルよー」
敢えてツッコミはしないとか言ってる時点で、ツッコミを入れている気もしないではないが……
なんて事を思っている間に、セラの頭の上へと張り付くブルルン。
……そこである必要はあるのだろうか?
というか、さっきからツッコミどころが多いというか、連発だな。
などと考えた所で、
「ちょっと重いー……。けど、凄いーっ! どうすればいいのか分かるー! 操作しちゃうねー」
と、ちょっとはしゃぎながら告げてきた。
そして、そのまま術式を操作し始め……程なくして、
「これでオッケーなはずー!」
という言葉と共にブルルンが頭から離れ、
「ブッルルー。バッチリブルー」
と告げながら、その場で丸を描くように回転した。
「さすがですね、ありがとうございます」
舞奈はそんな風にセラとブルルンに対して言った後、俺の方を向き、
「早速、石版の所まで戻ります? 戻りましょう」
という問いの言葉を投げかけてきた。
……いや、問いではないか。戻りましょうと言い直してるし。
しかも、既に扉の前にいるし。
「どうしてそんなに一刻も早く出ようという感じなのさー?」
「人形の術式は解除したんだし、問題ないでしょうに」
セラとかりんがちょっと呆れ気味に、そう舞奈に対して言うと、
「そ、それはまあ……そうなんですが……そうなんですが……!」
なんて返す舞奈。
俺はそれを見ながら、人形の髪が伸びるのが、そこまで怖かったのだろうか……と思いつつ「まあ、戻るとしようか」と告げた。
すると即座に、
「はい、そうしましょう!」
と言いながら部屋から出ていく舞奈。
そう……『言って』ではなく、『言いながら』である。
「す、素早いですね……」
「あ、ああ、そうだな……」
やや唖然とした表情で言ってきた紡に対してそう返しつつ、俺も部屋の外へと出た。
そしてそのまま、何の仕掛けもなくなった廊下を通り、石版のあった部屋まで戻る。
すると――
「あれ? なんだか鎖が増えてないー?」
「はい。一度天井を伝ってから、右側の壁沿いに床に向かって伸びているあの鎖と、それから、奥の壁に向かって伸びていってそのまま壁の向こう側へ続いている鎖が、いつの間にか増えていますね」
セラに対して紡がそう答えながら奥の鎖を指差した通り、いつの間にか鎖が増えていた。
「ま、まさか、人形の呪いですか……?」
「ブッルゥ……。そんなわけないブルよ……」
舞奈の発言にブルルンがツッコミを入れる。
それに続くようにして、
「まあ……いつの間にかというよりかは、さっきの術式の操作によるものだろうな。この鎖も一種の魔法――というか、かりんの呪符の剣や鎖と同じようなもの……術式の塊のようだし。……というか、舞奈ならそのくらい分析出来るだろうに」
と、そんな風に言う俺。
そして、かりんがその言葉に頷いてみせる。
「そ、そう言われると……たしかにそうですね……」
なんて言って頬を掻く舞奈。
……どうやら強い恐怖の感情は、分析能力を無力化してしまう事があるみたいだな。
なんというか、それが今更判明するとは……という感じだが。
「ま、それはそれとして……壁の向こう側に伸びているのは良く分からないけれど、もうひとつはあきらかに下……地下へ向かっているわね……」
「そうだな。そっちは『地下に何かがある』という事なんだろう。ある意味、予想通りという感じもしなくはないが……」
かりんに対して俺がそう返事をした所で、
「ブッルルー。オトラサマーから魂の動きを感知して追いかけたら、ご主人が調べた例の焼却炉みたいなよくわからないものに辿り着いたと言ってきたブルよー。しかも、急にそこに『鎖』が巻き付いたとも言ってきたブッルー」
なんて事を言ってくるブルルン。
――そのブルルンの言葉に、俺は新たに増えた鎖を見て思う。
それはどう考えても、『コレ』と関係がありそうだな……と。
思ったよりもかなり長くなってしまいました……
舞奈がアレに対して半分トラウマみたいな事になっている描写が多すぎた気もします。
ま、まあ、そんな所でまた次回!
次の更新は平時通りに戻りまして、4月5日(土)の想定です!
……平時通りに戻るだけなのですが、再び間が空いてしまっている感じに……




