第69話 かりんと儀式
鈴花とオトラサマーに連れられる形で庭に出ると、そこには簡易的とはいえ、それなりに整えられた祭壇が出来上がっていた。
仕上げをしていた雅樹が、俺たちに気づき、
「お、来たか。とりあえず問題はないと思うが……一応確認してくれ」
と、そんな風に言ってきた。
無論、俺にはさっぱりわからないので、その言葉はかりんに対するものだ。
「ええ、わかったわ。まあ、見たところ問題はなさそうだけど。細かい所までバッチリな感じだし」
「そりゃま、涼太や悠花が細かく調整していたからな」
かりんの言葉に対して雅樹がそう返すと、
「はいです。悠花は初めてやるですが、儀式そのものは知っていたのでしっかり調整したのです」
「古文書も参考にしたし、大丈夫だと思う。……でも、こんな古い儀式を知っているなんて、かりんさんは凄いね」
なんて事を悠花と涼太が口にする。
「ま、まあ……私の家は、古い術式や儀式がメインだったから……」
かりんが頬を人差し指で掻きながらそう答える。
……実際には、その『古い儀式』を普通に行っていた時代の人間だからなのだが。
「それにしても、こういう大掛かりな術は初めて見る。興味深い」
「うん、たしかに……ね」
「私は、ひとりひとり成仏させる方法しか知らなかった」
「たしかにそうですね。というか、普通はそうですし」
弥衣、カナ、ミイ、紡の4人が祭壇を眺めながら、それぞれそんな事を言う。
「ひとりひとりやる方法だと、この宿に累積されちゃってる陰の気――霊気に邪魔されて手間がかかる……んだっけ?」
そう口にして首を傾げる咲彩に対し、
「そうらしいですね。陰の気とか言われても見えないので分かりませんが」
と言って、周囲を見回す舞奈。
そこに鈴花が、
「私はなんとなく分かるんだよね。というか、前よりも分かるようになったっていうべきかな?」
と、そんな事を言う。
「巫女の血という奴ですね。ううーん……私にもそんな血が欲しいです」
「……舞奈の持つ『凄まじい分析能力』なんていう異能じみた代物の方が、私は欲しいと思うんだけど?」
羨ましそうな表情の舞奈に対し、鈴花がそう返して肩をすくめてみせる。
「チェンジ出来るのならチェンジしたいんですけどね……」
「ま、そうそう都合良くはいかないって事だねぇ……」
そんな事を舞奈と鈴花が続けて口にした所で、
「まったくなのです。悠花もお兄ちゃんと資質をチェンジしたいのです」
なんて事を言いながら、オトラサマーと涼太を交互に見る悠花。
どうやら、オトラサマーが自分の力で動いているわけではない事に対して、いまだに思う所があるようだ。
……まあ、わからんではないが、こればかりは如何ともしがたいからなぁ。
「隣の芝生は青く見えるって奴だね」
「うーん、今ならその言葉が良く分かるよ、うん」
紘都の発言に対し、鈴花が腰に手を当ててため息をつきながらそう返す。
「ほう、これはまた思ったよりも立派な祭壇じゃな」
宿から出てきたあやめがそんな風に言う。
見ると、その後ろには宿の者たちの姿があった。
「とりあえず、全員連れてきましたが……」
「……何をするのか説明しても駄目でした……」
美夜子と雪江さんがそう残念そうな表情で告げてくる。
「そうでしたか……。でも、どうしてそうなるんでしょう……?」
舞奈がそんな疑問を口にすると、
「……囚われている事を認識出来ない霊体というのは、言ってしまえば音楽の――『楽曲のデータ』と同じ。『再生』すれば実際の演奏と同じものを聞くことが出来る。だけど、違う曲が流れてきたりはしない。演奏と違って『僅かな音の差』すらもない。常に『同じ楽曲の同じ音』が流れる。それと一緒」
なんていう説明をするミイ。
……う、うーん……
例えがいまいちわかりづらいな……
理解出来なくはないが……
と思っていると、
「……えっと、ロボットで例え直すと……AIによる自己判断で動くロボットではなく、決められたプログラムに沿って動くロボット……みたいなもの?」
なんて事を咲彩が言った。
案の定というべきか、いまいち理解しきれなかったようだ。
「……そのロボットとかAIとかいう代物については、最近知ったばかりだから詳しくないけど……まあ、多分そういう事で良いと思う……」
今度はミイの方が理解しきれていない。
……まあ、生きてきた『場所』『時代』が違いすぎるからなぁ……
俺もそうだから、良く分かるというものだ。
なんて事を思っていると、
「うん、問題ないわね。あやめたちも来たみたいだし、早速始める?」
と、かりんがそんな風に言ってきた。
「そうじゃな。……皆の事、よろしく頼むぞい」
そう返事をして頭を下げるあやめに、
「ええ、任せておいて」
と答え、祭壇の中心に座るかりん。
それに続くように、悠花と涼太が祭壇の左脇と右脇へとそれぞれ移動。
そして最後に鈴花が、鈴が複数付いたハンドベルのようなもの――おそらくハンドベルではないと思うが、残念ながらそれがなんであるのか知らないので、そうとしか表現出来ない――を手にして、かりんの後方に立った。
「さて、それじゃ始めるわよ」
そう言うなり、なにやら長い呪文のようなものを唱え始めるかりん。
あやめがその様子を眺めながら、
「――囚われている事を認識しておらず、認識する事も出来ず、ただただ同じ日々を繰り返すだけの者たちとはいえ、長年……それはもう本当に長い年月、共に暮らしてきただけあって、こうして成仏させてしまう事には、少しこう……抵抗があるのぅ……。無論、ここに縛り付けておくのは良い事ではないし、解き放ってやるべきじゃと、そう思ってはおるが……」
なんて事を口にする。
「そうですね……。私も同じような感じです」
と雪江さんが続き、美夜子も言葉にこそしなかったが、頷いて肯定を示した。
そんな3人に俺は、それはまあそうだよなぁ……と思いながら、何かを言おうとするも、どうにも良い言葉が出て来ない。
他の皆も何も口にしないという事は、俺と同じなのだろうか?
そんな風に考えつつ、結局無言のまま、かりんの行う儀式を眺めるのだった。
今回も想定以上に会話が長くなってしまったので、一度ここで区切りました……
次で収まるようにしたいと思いつつ、また次回!
次の更新も予定通りとなります、6月15日(土)の想定です!
※追記
誤字を修正しました。




