第68話 宿と囚われし魂
「この辺りのはずなのですが……。私たちの家――宿は見当たりませんね……」
そんな風に美夜子が言ってきた通り、宿があるはずの場所は草木が生い茂っているだけで、何も建っていなかった。……まさかの後者だったか……
「どうやら、まだこちら側に戻って来るのを阻害している何かがあるようね」
というかりんの言葉に、心の中で同意しつつ思考を巡らせる俺。
……もしや、『囚われている魂が宿に存在したままの状態では、現世へ復帰する事が出来ない』のか?
いや、待てよ? そもそも障壁は、中にいる幽霊たちが知らず知らずの内に自らを呪縛しているその力を、今破壊した祠――術式が増幅させる事で生み出しているもの……
であれば、そこをどうにかしなければ駄目なのではないだろうか。
そう結論付けた俺は、それを皆に話してみる。
「――たしかに今の状況を考えると、そんな気がするわね……」
かりんが俺の言葉に納得の表情でそう口にすると、
「それはつまり、宿に囚われている皆を成仏させなければいけない……と?」
という疑問の声を、美夜子が投げかけた。
「ええ、そういう事になるわね。あの障壁がなくなった以上、成仏させる事自体は、大して難しい事ではないわ。なにしろ、そういうのが得意な人間が3人……いえ、4人もいるんですもの」
美夜子に対してそんな風に答えるかりん。
かりん、涼太、悠花の3人と……あと誰だ?
と、心の中で首を傾げていると、
「4人? かりんと盆子原さんの所のおふたりで3人……。ん、んんー……? ……駄目ですね、最後のひとりがわかりません……。どなたです?」
と、舞奈が口にした。
「鈴花よ。あれでも一応『そういう類の巫の力』を持つ血筋の人間――もっと言えば、私の『家』の末裔だし」
「あっ! ああーっ! た、たしかに言われてみるとそうですね! 『鈴花は絶対に違うと思い、最初から候補に入れていなかった』ので、そこに思い至りませんでした……っ」
かりんの説明に対して、そう返す舞奈。
……なるほど、舞奈の分析能力は『自分が絶対に違うと思い込んでいる』と駄目なのか。今更というかなんというか、初めて知ったな。
そんな事を思った俺だったが、敢えてそれは口にはせず、
「ま、とりあえず戻るとしよう。この事をあっちでも話さないと駄目だしな」
とだけ言って、ゲートを開いた。
……
…………
………………
「――なるほどのぅ。まあ……正直、寂しい気持ちもあるのはたしかじゃが……そうは言っても本来ならば、とうの昔にこの世から旅立っていたはずの魂……。いつまでもここに留まり続けるのも違うじゃろうな」
「……その言い方だと、自分自身も消えるみたいに聞こえるわね」
あやめの言葉に対し、そんなツッコミめいた言葉を返すかりん。
「む? 違うのかの? 妾はてっきり、妾も含めて全て成仏させるものかとばかり思っておったが」
「違うのです。『自分たちが囚われている事を認識していない』から、『知らず知らずの内に自らを呪縛している』のです。『自分たちが囚われている事を認識していた』ら、そんな事は起こらないのです」
首を傾げるあやめに、かりんに代わるようにして説明する悠花。
「ふむ? そういうもの……なのかの?」
いまいち納得しきれていなさそうな表情でそう口にするあやめ。
それに対して悠花はというと、肩にかけている小さな鞄から護符を取り出し、
「そういうものなのです。もちろん、あやめさんがこのまますぐにでも成仏したいと言うのなら、そうする事も可能なのですよ? ひとりだけでしたら、これで十分対処出来るのです」
などと、少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら告げた。
「いやいやいや! その必要はないのじゃ、まだ早いのじゃ! 妾はもう少しこの世に留まりたいというか、あちこち見て回りたいからのぅっ!」
全力で手を横に振って拒否を示すあやめ。
「そうです? では止めておくのです」
悠花がそう言うと、
「悠花さん、あまりあやめさんをいじめては駄目ですよ」
と、美夜子がやれやれと言わんばかりの表情でそんな風に言い、
「それにしても……あやめさんもそんな風に考えていたんですね。私も同じく、もっと外の世界を知りたいと思っています」
なんて事をあやめの方へと顔を向けながら言った。
その美夜子に対し、
「まあ、昨日の夕ご飯の時にもそんな風な事、言ってたものね」
なんて言葉を投げかける咲彩。
そう言えば、何かに使えるかもしれないと思って、しっかりとその情報を記憶しておいたとか言ってたな。
「はい。今までは無理だと諦めていましたが、出来るのであれば当然そうしたいというものです。もっとも……この身が魂――いえ、霊体である以上、出来る事は限られてしまうでしょうが……」
美夜子のそんな発言に対して、
「その問題は、ホムンクルスを使えば解決しますね」
と、そう返しつつ俺の方を見る舞奈。
「まあ……たしかにそうだな」
俺はそんな風に答えつつも、ホムンクルスを多用してもいいものなのだろうか……? と、そんな事をちょっと思った。
なにしろ、あれって元は『敵対する奴ら』の技術だからなぁ……
だが、
「えっ!? 本当ですか!? 解決出来るのならそうして欲しいです!」
なんて事を力強く言ってくる美夜子を見て、すぐに『ま、いいか』という気になった。
敵対する奴らの技術だろうなんだろうが、技術は技術にすぎないからな。それを使う者次第というものだ。
「――元々は『悪意のある人間たち』の使っていたものですけど、力はただ力でしかないというものです。美夜子さんなら問題ないと私は思いますよ」
などと、舞奈がいきなり言ってくる。
……俺の思考を読んだかのように言うのは止めて欲しいのだが……
というか、前よりも的確に言ってくるようになってないか……?
そんなに俺は考えている事がわかりやすいのだろうか?
「まあ、常日頃から見続けている透真さんだからですよ」
再び俺の考えている事を推測した発言をしてくる舞奈。
……まあ、たしかになんだかんだで一緒にいる時間は長い気がするな。
「そういう事ではないのですが……。あ、いえ、なんでもありません」
舞奈が何故かちょっと不満そうに、しかし少し顔を赤くしながら、そんな事を口にする。
……うん? 一体どういう事だ? 例によって、こっちの思考を分析しての発言だとは思うが、唐突すぎてよくわからないぞ……と、心の中で首を傾げていると、
「ところで、雪江はどうするつもりなのじゃ?」
というあやめの声が聞こえてきた。
それに対して雪江さんは、
「そうですね……。私はどちらでも構わないのですが……我が子が――美夜子がそのホムンクルスとやらを使って外の世界を見てみたいのというのならば、私はこの『美夜子が帰るべき家』に残りたいと思います」
と、そんな風に言って美夜子を見た。
「なんだかんだで、ある意味想定していた所に落ち着いたわね」
「たしかにね。じゃあ、あとは――」
咲彩がかりんに対して頷きながらそう返した所で、
「――儀式の準備は終わったよ!」
「トッラトッラー、万全万端でありますトォーラァー」
なんて事を言いながら、鈴花とオトラサマーがやってくる。
どうやら宿に囚われている者たちを浄化……じゃなかった、こっちでは成仏というんだったな……。言い直すとしよう。
――どうやら宿に囚われている者たちを、成仏させる準備が出来たようだな。
それなりに削ったのですが、それでもなお会話が長いですね……
ま、まあ、そんな所でまた次回!
次の更新も予定通りとなります、6月12日(水)を想定しています!




