第64話 障壁の中心点
「お、戻ってきたようじゃな。何か気になるものでもあったかの?」
あやめの所に戻るなり、そんな事を開口一番問いかけられた。
しかしすぐに、
「あの……あやめさん、まずは私たちの紹介を……」
と、あやめの横にいるふたりの女性のうちのひとり――見た目的には俺たちと同じくらいの年齢と思しき少女が、そんな風に言った。
「おおっとすまぬ、たしかにそうじゃな。――既に咲彩から聞いておるやもしれぬが、紹介させて貰うぞい。今のが若女将とでも言うべき美夜子、そしてその隣におるのが、母親であり女将でもある雪江じゃ」
そんな風にかりんが説明すると、
「美夜子です。よろしくお願いします」
「大女将から紹介されました通り、女将をしております雪江と申します。よろしくお願いいたします」
と、それぞれ頭を下げながらそんな風に告げてくる。
……っていうか、あやめって『大女将』だったのか。
見た目的にはまったくそういう感じには見えないから驚きだ。
そして、まさに同じ事を思ったらしい舞奈が、
「え? あやめさん、大女将なんですか?」
と、そんな風に問いかけた。
「うむ。まあ、最初から隠居して、宿の事はほとんどなにもしておらんゆえ、名前ばかりじゃがの」
「えっと……。どうしてそのような姿に?」
そう舞奈が問うと、あやめは何を言っているんだと言わんばかりの表情で、
「元々この姿じゃが……?」
と、そんな風に答える。
それに対して舞奈は、口元に手を当てながら、
「えっ!?」
という驚きと困惑の入り混じったような声を発した。
大女将というくらいだから、見た目と実際の年齢が違う……要するに、雪江さんよりも年上だと思い込んでいたのだろう。
まあ……俺も同じように、そう思い込んでいたけどな。まさか見た目通りだったとは……
「ここに囚われる事になる前の、この宿の本来の『大女将』と『女将』――妾の母と祖母じゃが――は、『城』に行ったまま戻って来なかったのじゃ。そして……この宿ごと妾たちがここに囚われた際、囚われておるという事を認識出来ておったのは、妾と雪江、そして美夜子の3人だけじゃった。なので、元の立ち位置に合わせる形で妾が大女将、雪江が女将、美夜子が若女将……という事にしたのじゃ。ここに囚われておる事を認識出来ぬ他の者たちも、妾たちが『代理』としてそうしている……と、そういう風な認識は出来るようじゃからの」
「な、なるほど……そういう事だったんですね。それはその……し、失礼しましたっ!」
あやめの説明を聞いた舞奈がそう言って思いっきり頭を下げた。
「なぁに、気にする事ではないわい。それはそうと、さっきの質問じゃが……」
笑いながらそう言って、再び俺たちの方を見てくるあやめ。
さっきの質問というと、『何か気になるものでもあったか』という奴だな。
「ああ、一応この一帯――この宿を封鎖にしている『障壁』あるいは『格子』と呼べるものの全容については確認出来た」
そんな風に俺が告げると、あやめの代わりにその場に来ていたかりんが少し驚いた表情で、
「え? そんなものあったの?」
と言ってきた。
うん? かりんはあれに気づかなかったのか? かりんや鈴花のような『感知』出来る能力を有する人間に、そもそもそういったものを『探知』出来るギネヴィアがいたのにそうだという事は、あれは昼間じゃないと視る事はおろか、感知も探知もまともに出来ないって事になるが……
と、俺がそんな思考を巡らせた所で、
「かりんや鈴花に視えなかったという事は、そういう事なんだと思います」
などと、まるで俺の思考を読んだかのように言ってくる舞奈。
「そ、そうか」
「どういう事よ?」
「まあ、単純に昼間じゃないと視えもしないし感知も出来ないんじゃないかって事だ。夕方から早朝にかけては、『外』と繋がっている状態になるしな」
訝しげな表情で首を傾げるかりんに対し、俺はそう説明する。
「ああー……なるほど、たしかにそうかもしれないわね。そこを通過したのは『空気の感じ』でなんとなくわかったけれど」
俺の推測に、かりんは納得の表情でそんな風に言うと、
「まあ、妾もそんなもの目にした事はないがの。――おぬしたちはどうなのじゃ?」
などと横にいるふたりの女性――雪江と美夜子に問いかけるあやめ。
「いえ、私も見た事はありませんね」
「同じです。でも、ここから大きく離れると、なんとなく薄っすらと格子のようなものが視える時がありますね。そして、それに触れるとピシッという痺れが走るんです」
雪江と美夜子が、それぞれそんな風に返事をしてくる。
なるほど……雪江はあやめと同じでまったく視えていないようだが、美夜子の方は若干ではあるものの、視る事が出来るようだ。
「まあともかく、その障壁、あるいは格子と呼ぶもの――面倒だから『障壁』とするか――があるんだが、それの中心点がこの場所から北に少しズレているんだ」
「え? この宿を閉じ込めているのなら、この宿を中心にしていそうなものだけど、どうしてそんな事に?」
俺の話を聞いたかりんがもっともな疑問を口にする。
「正直言って、それに関しては良く分からん。実際、その中心点の場所まで調べに行ってみたんだが、これといって何も見当たらなかったからな」
「そうだね。隠蔽されているような感じもなかったね」
俺と涼太がそんな風に言うと、
「――あやめさんたちにお尋ねしたいのですが、なにか『心当たり』とかありませんか?」
と、舞奈が問う。
「ふーむ……。心当たりと言われてものぅ……。この近くに何かあるという話は、母や祖母からも聞いた事がないわい」
「北側は山が深いので、基本的に立ち入る事はありませんし、私も何かあるという話も聞いた事はありませんね」
「あ、私は興味本位で何度か入った事がありますが、ただ森が広がっているだけという印象しかありませんね……」
あやめ、雪江、美夜子がそれぞれそんな風に言ってくる。
この3人でも分からない――というか、心当たりひとつないとなると、完全にお手上げだな……。どうしたものか……
俺が「うーん……」と唸りながら思考を巡らせていると、
「……それって『こっち側』にあるのかしらね?」
なんて事をかりんが言ってきた。
「え? どういう事です?」
「なんというか……ここって、言ってしまえば牢獄みたいなものでしょ?」
首を傾げる舞奈に、そんな風に問い返すかりん。
「まあそうですね」
頷く舞奈に対してかりんは、
「でしょ? だとしたら、牢獄の『鍵』とも言うべきものを『牢獄の中』には、置いておかないんじゃないかしら……? 脱獄してくださいって言ってるようなものじゃない」
と言って、肩をすくめてみせた。
……言われてみるとたしかにそうだ。
そんな『鍵』を置いておくとするならば……
「あっ! な、なるほど……たしかにその通りです! となると――」
ハッとした表情でそう口にする舞奈。
そして、その言葉を引き継ぐように俺が、
「――外か!」
と、声を大にして言った。
閉ざされた空間を生み出しているものなのだから、『ソレ』もその空間の中に存在するだろうと考えていたが……
かりんの言う通り、普通に考えたら牢獄の鍵を牢獄の中には置いておかないよなぁ……
しかも、この障壁は『中に閉じ込めたものたちを、永久に外に出さない』という前提で生み出されているのだからなおさらだ。
完全に『この障壁を生み出した者』が『障壁の外から術式を施した可能性』を失念していたな……
今回も思ったよりも長くなりました……
とまあ、そんな所でまた次回!
次の更新も予定通りとなります、5月29日(水)の想定です!




