第60話 幽霊宿・柒
「ほう、それを聞いてくるとはのぅ。ここにいる者――霊体じゃが――は、一言で言えば『呪い』によってここに囚われ続けておるのじゃ。ここは昔から宿……と言っても、昔はただの宿ではなく、いわゆる傾城屋や女郎屋などと呼ばれるような『そういう類の宿』じゃったのじゃが……とある騒動の際に『抵抗』した結果、全ての者が殺され、そして死したる魂を永遠に閉じ込める呪いが用いられたのじゃ」
「うわぁ……。なかなかエグい話だね……」
あやめの説明にボクがそんな風に少し顔をしかめながら言うと、
「たしかに。そんな事をするとか、余程『敵』の不興を買ったか、あるいは見せしめとして使われた感じがする」
と、ミイちゃん。
「そうじゃな。おぬしの言う通り、おそらく『逆らえばこうなる』という見せしめに使うのに、『たまたまちょうど良かった』程度なのじゃろうな……。彼奴らはそういう事を平然とするからのぅ」
あやめはため息混じりにそう言うと、両手を左右に開いて首を横に振ってみせる。
「かりんが術式で作られた空間ではないと言ってたけど、まさか呪いとはねぇ……」
ボクがそんな風に呟くと、それに続いてミイちゃんが新たな問いの言葉を投げかける。
「それからずっとここに閉じ込められている感じ? その時に殺された全員が、あやめのように囚われている事を認識したまま?」
「否。それに関してはそもそもの話になるのじゃが、ここに囚われておる者は大きく二組に分かれておるのじゃ。ここに囚われているという事そのものを認識しておらず、また認識する事も出来ず、延々と続く日々をただただ繰り返しておる者たちと、妾のように、ここに囚われておる事を認識しつつも、どうにも出来ない者たちじゃ」
「なるほど……。普通は前者ばかりになるはず……。後者が生じたのが特殊……。殺され方の違い……?」
あやめの説明を聞いたミイちゃんが、顎に手を当ててそんな事を呟きながら、思考を巡らせる。
「……どゆこと?」
ボクが首を傾げながら問うと、
「セラが身近にいるせいで、あれが普通に感じているかもしれないけど、本来あれほど記憶を持ったまま幽霊と化すのはあまりいない。普通、記憶の大半は肉体側に残ったままで魂側に転写される記憶は少ない。大体は何か強い『想い』などが中心。だから、魂が曖昧な記憶で『死ぬ前の姿を模した霊体』を纏って、その状態で彷徨う事になる。無論、曖昧だからそのまま自己も認識出来なくなっていく事で徐々に存在が消えていって、最終的には消え去る。そうじゃないと、魂がいつまでも『次』に行けないから。――ちなみにセラの場合は、あまりにも酷い殺され方をしたから、そのせいでほぼほぼ完全な状態で、魂に記憶が焼き付いたんだと思う」
なんて事を一気に告げてくるミイちゃん。
う、うーん……一気に言われたせいで、いまいち理解が追いつかない……
ええっと……幽霊は一部の記憶――想いしかないが故に、曖昧な姿で彷徨って消えていくのが普通って事……だよね。多分。
たしかに、一般的な幽霊のイメージって姿が曖昧な感じではあるよね。元の姿形がしっかりしているのっていうと、ゾンビみたいなのになっちゃうし。
そんな事を考えていると、カナちゃんが、
「ここは……ミイが封じられていたあの場所と、根幹は同じような感じ……かな」
などと言ってきた。……うん、更に良くわからなくなったよ。
「というと?」
カナちゃんの発言に対し、ボクが再び首を傾げながら問うと、
「魂の……転生が封じられているような感じ……だね。要するに、魂が閉じ込められているんじゃないかって……思う。あの場所では、死んでも……特定の場所で肉体ごと復活していた……けど、あれもまた……魂が閉じ込められているがゆえに可能な事……だし」
と、そんな風に説明してくるカナちゃん。
そしてそこにミイちゃんが、
「あそこは、肉体から魂が抜け出す事それ自体が封じられていた。だから、死んでもそのままどこかで復活する」
という補足を口にする。
「……ふむ。おぬしらの話している内容の方が、妾としては興味深いが、まあ今は置いておくとしよう。――おぬしらの言う通り、ここは魂が幽閉され続けておる場所。ゆえに存在が希薄化せぬのじゃ」
「だから、人間そっくりな見た目なんだね」
あやめに対してボクがそんな風に言うと、
「うむ。しかし、死ぬ前の『最後の1日』の事しか、魂としての記憶が存在せぬゆえ、それよりも前の事を思い出す事も、それ以外の事も新しく覚える事もないのじゃ」
と言ってくるあやめ。
「なるほど。それで『ここに囚われているという事を認識出来ていないし、する事も出来ないって言ったわけだね。だから延々と同じ日々――『1日の動き』を繰り返している、と」
「うむ。客が訪れた際に、その客の対応をするのも、『1日の動き』の中に含まれておるがゆえに可能なのじゃ」
ボクの発言に対して頷くあやめ。
つまり――
「うーん……。言い方を変えると、『時の流れそのものは進むけど、同じ事が延々と繰り返されるだけの無限ループ状態』になってるって感じかなぁ……」
「まあ、ここに囚われておる多くの者たちは、自分たちが延々と同じ日々を続けているなどとは思ってもおらぬし、思う事もない……という状態である事は、ある意味まだ『マシ』であると言えなくもないがの」
「うん、たしかに。認識している上で閉じ込められ続けるのは苦痛。私は更に『拘束されていて何ひとつ出来ない状態だった』から、シャレにならなかった……」
あやめに対して頷きながらミイちゃんがそう返すと、あやめは悲しげな――というか、ミイちゃんに対して同情しているようにも感じる――表情で、腕を組みながらため息をつき、
「……おぬし、妾たちよりも酷い経験をしておるようじゃな……。妾たち『ここに囚われている事を認識しておる者』は、幸いというべきか、ここには時折迷い人が訪れるがゆえに、その者たちとこうして会話したり色々と楽しむ事が出来るからのぅ」
なんて言った。
「――だから、あの場所を破壊してくれた透真には感謝。こうして、『ホムンクルス』とかいう名前の、人の手によって作られた肉体も得られたし」
目を閉じ、胸元に手を当てながらそう口にするミイちゃんに、
「……その透真というのは何者なのじゃ? 今の話だけ聞くと、途轍もない術師のように感じるのじゃが」
という、ある意味もっともな疑問を口にするあやめ。
それに対して――
「そう……。途轍もない術師――というか、魔法使い……だね」
「うん。見た事も聞いた事もない、なんでもあり級の魔法を使える人間」
などと答えるカナちゃんとミイちゃん。
う、うーん……。これに関しては否定のしようがないなぁ。実際その通りだし。
と、そう思いながらボクは、
「多分、この状況も透真ならなんとかしそうだよね。あ、ちょっと連れてきてみる?」
なんていう提案を口にした。
次の話は咲彩視点と透真視点が混在する形になりそうです。
とまあそんな所でまた次回!
次の更新は予定通りとなりまして、5月15日(水)の想定です!




