第58話 幽霊宿・伍
宿の庭から脇を抜けて裏手へと辿り着くと、裏手にも表側の建物を一回り小さくした程度の大きさがあると思われる――暗いし、まだ周囲を回りきったわけじゃないから、あくまでも推測でしかないけど――建物があり、通路で繋がっていた。
「――開かない襖の先って、この通路と建物なんじゃない?」
そんな風にボクが言うと、カナちゃんが建物を見回しながら、
「多分、そう……」
と、そう返してくる。
そしてそこにミイちゃんが、
「でも、この建物……なに? ここも客室? それとも、働いている幽霊の寮的な?」
という疑問兼推測を口にする。
「幽霊に……寮?」
「ないとは言い切れない。幽霊だって疲れる時は疲れる。休みたい時はある」
首を傾げたボクに、ミイちゃんがそう告げてきた。
それに対して、
「……そ、そう言うものなの?」
とボクが返すと、
「全ての幽霊がそうというわけじゃないけど、人に近い幽霊はそういう傾向にある。セラとかも多分、以前はそういうのあったと思う」
なんて事を更に言ってきた。
「……咲彩も私がいたあの異空間で、走り回ったら疲れたはず。半分、亡者に片足を突っ込んでいたのにも関わらず」
「え? あ、あー……うん。たしかに……?」
更に言葉を続けてきたミイちゃんに、ちょっとだけ首をひねりつつ、そう返事をするボク。
い、いきなり饒舌になったのは、あそこに休む事も出来ない状態で閉じ込められ続けていたから……なのかなぁ?
そうボクが思った所で、カナちゃんが小さく肩をすくめながら、まだ何か言葉を続けたそうなミイちゃんに割り込むようにして、
「まあ……その、それはともかく……どこか入れそうな場所……探そう?」
と、言ってきた。
ボクは『ナイス割り込み!』と心の中で称賛しながら即座に、
「あ、うん、そうだね。もうちょっと先へ進んでみようか」
と返して、先頭を歩き始める。
そしてそのまま少し進んでいくと、木戸があった。
「あそこから入れないかな?」
ボクがそう言うと、カナちゃんが素早く駆け寄り、木戸に手を掛ける。
が……
「駄目……。ここも開かない……ね。鍵なんてないのに……」
と、そんな風に報告してきた。
「建物全体が何かの力で閉ざされている……?」
「あ、そう言えば透真君たちが今日、廃墟ホテルを探索したらしいんだけど……そのホテル、結界みたいなので入口を隠されていたんだって」
ミイちゃんの呟きに、ボクはさっき連絡した時に聞いた情報をふと思い出し、そう告げる。
……あ、そう言えば、黒志田先生が死んだって話もしてたなぁ……
まあ、学校では『一身上の都合』で退職っていう扱いだけど。
便利な言葉だよね、『一身上の都合』って。
なんて事を思っていると、
「……なるほど。もしかして……これも、それと似たような感じだったり……して?」
と、カナちゃんが呟くように言ってくる。
「可能性はあるけど、まあもうちょっと進んでみようか」
まだ結論を出すのは早いので、ボクはそう告げて再び歩き出す。
……しかし、その後も3ヶ所程入れそうな場所を見つけるも、どこも中に入る事は出来なかった。
鍵のないただの戸なのに、まるで壁のように微動だにしないんだよね……
「これは……入れそうにないかも」
「むぅ……。こういう時、肉の身体は厄介……」
ボクの呟きにそう返してくるカナちゃん。
「いや、肉の身体って……。その言い方はなんだかちょっと卑猥……」
「……卑猥だと思うその思考……。それ自体が卑猥だと思う……よ? さすが咲彩……。いやらしい……ね」
「あ、弥衣から聞いた。いやらしいって」
「ちょっと待って!? なんでそういう話に!?」
ボクがカナちゃんとミイちゃんにそんな突っ込みを入れた所で、ガタンという音が響いた。
「いやらしい咲彩、少し静かに……して」
「……だ、誰のせいだと思ってるのさ……」
カナちゃんの一言に対してボクは、グギギッと心の中でのみ音を出して歯噛みしながら、返す声のボリュームを落とす。
「とりあえず隠れる。誰か出てくるかもしれない」
そのミイちゃんの発言はもっともだったので、ボクはそれ以上は何も言わずに、静かに頷くと、近くの茂みにそっと隠れた。
すると、程なくして黄色味がかった橙色の明かりがポウッと現れ、ボクたちの方へと近づいてくる。
うーん……。人魂とかではなさそうだけど……
と思っていると、古風な手持ち行灯を手にした着物姿の少女が、音もなく姿を現した。
……まあ、足はあるけど幽霊なんじゃないかなぁ……
歩く音がしないし、実際には少しだけ浮いているのかも。どこかのタヌキ型……じゃなくて、ネコ型ロボットみたいに。
……それにしても、随分と見た目は幼い感じだなぁ……。小学生――それも低学年くらいの背丈しかないんじゃないかな……?
いやまあ、いわゆるロリババアという奴かもしれないというか……むしろ、この場所の事を考えると、その可能性の方が高そうな感じだけど。
なんて事を考えていると、その少女――多分、幽霊だけど――はボクたちの近くで立ち止まり、手持ち行灯を動かして周囲を見回し始める。
そして、少女はボクたち3人が息を潜めて隠れている方に対して、手持ち行灯を向けて視線を向けてきた。
これはもしかしてバレた……?
と思ったものの、少女はそのまましばらくこちらの方を眺めてから、何事もなかったかのようにクルリと身を翻し、来た道を引き返していった。……あれ? バレてなかった?
「……後を追ってみよう」
「そうだね。もしあの子が木戸を開けたら、その時は閉まる前に光球になって飛び込んでみるよ」
ミイちゃんに頷きつつそう返し、少女の後をそっと追うボクたち。
すると、少女が先程は閉ざされていた木戸に手を掛け、開け放った。
あとは閉められる前に飛び込――って、あれ?
光球化しようとしたボクだったが、少女は予想外の動きをしたというかなんというか、開いている木戸をそのままにして建物の奥へと去っていってしまった。
「うーん? 開けっ放しだけど……なんでだろう? また出てくるのかな?」
ボクがそう口にすると、
「……あるいは、誘われてる……とか? さっき、こっちをじっと見ていた……よね?」
「うん。バレずに済んだ思ったけど、やっぱりバレてたのかも。だとすると、罠?」
と、カナちゃんとミイちゃんが言ってくる。
「あー、なるほど。誘っているっていうのは十分あり得る気がするね。でも、その上でボクたちに入って来いっていう意味で開けっ放しにしているんだとしたら、罠じゃなくて、何か『話』があるのかも」
「……たしかに、これが罠だとしたらあからさますぎるかも。……だったら、とりあえず入ってみる?」
ボクの言葉に納得しつつも、そんな風に返してくるミイちゃん。
それに対してボクは、「うーん……」と口に出しながら少し考え、
「まあ、もし仮に何かあったとしても、転移魔法があるから脱出するのは大して難しくもないし、ここは誘いに乗って入ってみようか」
と答えて、少女の後を追うように、建物の中へと足を踏み入れるのだった――
咲彩視点はあと2話くらいの予定です。
まあもっとも……あくまでも『予定』ですが……(汗)
といった所でまた次回!
そして、次の更新ですが……予定通り来週の水曜日だと遠すぎる事もあり、次の話がそこそこ出来ているので、平時よりも1日前倒して火曜日にしようかと思っています。
というわけで、次の更新は5月7日(火)を想定しています!
※追記
一部の漢字にフリガナ(ルビ)を追加しました。




